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グウィネビア様、再びお茶会反省会で今度はセシルの愚痴に付き合う

 試験から数日後。

 私はセシルとエルザをお茶に招待した。

 天気もよかったので庭の木陰にテーブルを用意する。

 王妃様のお茶会の時期に比べると、蒸し暑い季節ではあるが、今日は気持ちのよいそよ風がふいている。絶好のお茶会日和である。


 今日はセシルが砂糖菓子を、エルザがマフィンを持ってきてくれた。

 私は異国のフルーティーなお茶と柑橘系のジャムを用意したのだが、これはセスがくれたものだ。


「まあ、セスさんが?」


 セスの名が出たことにセシルとエルザが驚く。


「私に、というよりトリスタンにね。今日は二人で首都見物よ」


「あら、じゃあ、トリスタンさんはいないのね」


 セシルが呟く。


「トリスタンに興味があるの? じゃあ、今度一緒にお茶を飲みましょうよ」


 セシルは以前、窓から消えていったトリスタンを見て泣いてしまったことがあるのだが、覚えているだろうか。


「トリスタンさんに興味があるのは、あのお茶会にいた令嬢、全員でしょうね」


 エルザが言う。


「全員? エルザ、あなたも?」


「ええ、もちろんよ」


 笑いながらエルザが答える。

 あのお茶会の最初のころと、同じ人間とは思えないくらいエルザは変わった。

 もちろん、セシルと私との関係も随分親密になった。


 ちなみに私たち3人はお互い敬称なしで親しい間柄の人間らしく話している。学園生活が始まる前にもっとフランクな関係になろうとしているのだ。


「ホントにトリスタンなの? あの、殿下じゃなくて?」


「だって殿下は……」


 私の問いにエルザが答えようとして、言いよどむ。変わりにセシルが口を開いた。


「だって殿下はあなたと……。ねえ、私、学園入学前に発表があると思ってたの。殿下とあなたの……婚約が……違うの?」


 お茶会までに婚約発表はなかったものの、かなりの時間、私とランスロットは二人きりで過ごしたのだ。

 貴族たちは学園入学前に婚約発表が来ると思っているのだ。


「私と殿下には何もないわ。お互いよい友人でいようと確認しただけ」


 私の答えにセシルとエルザは戸惑う。本当に皆、面白いくらい同じ反応をする。


 現時点で私ほど未来の王妃にふさわしい令嬢は存在しない。自惚れではなく事実だ。

 ここでは結婚する二人の気持ちなど誰も考慮しない。本人たちでさえも。


 ランスロットは自分がグウィネビアを愛しているかどうか考えたこともなかったのだ。あの温室で私に問われた時、彼は初めて自身の気持ちに向き合い、自分なりの回答にたどり着いた。


 グウィネビアだって異世界の記憶を思い出さなかったら、今頃王子と婚約して得意の絶頂にいただろう。


 セシルとエルザにどれだけ言葉を尽くして説明したとしても理解して貰えないだろう。二人ともこの世界で貴族として生まれたのだ。彼女たちもいずれ結婚するだろうが、そこでは配偶者と互いに愛し合っているかどうかなど、考慮されないだろう。


「友人ってどういうことかしら……。もしかしたら、その……、いずれは恋仲になるかもしれない……ということ?」


 セシルがどもりながら言う。エルザも何を想像したのか顔を赤らめうつむいている。

 結婚や婚約は平気で口にできるのに、恋人、恋仲と言うだけで顔を赤らめる。ここはそういう世界なのだ。


「誰でもよ。可能性は誰にでもあるの。私かも知れないけどセシルかもエルザかも知れない。外国の姫君かもしれないし、あるいは平民でさえ可能性はあるわ。私は殿下が誰を選んでも、友人として支えていきたいの」


「ちょっと! 私の名前を出さないでよ!! 畏れ多いわ!」


 エルザが叫ぶ、可能性の話でも自分の名前が出るのはダメなようだ。


「平民!! まさか、やめて、怖いこと言わないで」


 セシル、学園長が父親なのにすごい拒絶反応である。


 ふむ。『殿下を友人として支えていきたい』が一番訴えたいことだったのに、そちらは彼女たちの関心ごとではないらしい。

 それくらい殿下の配偶者問題はセンシティブなのだ。


「まあ、この話題はこれくらいにしましょうよ。それより今日の二人のドレスと髪飾り、素敵よ」


 私は無理やり話題を変える。

 セシルとエルザはお互いを見た。好意的な視線が交差する。


 セシルは白を基調にしたドレスを着ている。胸元のフリルが華やかなだが派手すぎない。緩やかにアップした髪にはパールのバレッタ。この季節にふさわしい涼しげな装いだ。


 そしてエルザ。今日のエルザはお茶会とは別人の装いである。お茶会の時は明らかに着古したドレスを着ていたが、今彼女が着ている濃紺のドレスは最新のデザインのものだ。

 前髪を横に流し、後ろは高いところで結わえられたシンプルなポニーテールだったが彼女の波打つ豪華な赤毛にはそれで十分だった。


 ここで衣装談義に花咲かせるのがよいだろう。

 しかし、次の瞬間セシルは私の方を向いて言った。


「ありがとう、あなたはいつも通り素敵よ。ほんとあなたって『間違えない人』ね。」


 私のドレスは、明るい黄色のごくシンプルなものだ。髪はセシルと同じく緩やかにアップし、ヒマワリの花飾りをしている。

向こうではありふれた夏の花だったヒマワリは、子どもっぽい印象もあるかも知れないが、ここでは少し事情が違う。

 まずヒマワリは農作物だ。種を食べたり油をとる目的で外国から輸入されたものだ。最近では観賞用も出回っているがまだ知られていない。

 テーブルにあまり一般には出回ってない小ぶりの観賞用ヒマワリを飾って、衣装もヒマワリをテーマにして選んだ。観賞用ヒマワリは新しいファッションアイテムなのだ。


 気心の知れた女友だちとの楽しいお茶会をイメージして準備したのに、衣装を褒めたことで「あのお茶会」の記憶が甦ってしまったようだ。


「あら、あなたは『間違えた』の?」


「はあ、思い出したくもないわ。王妃様のお茶会だったのに。よりによって薔薇いっぱいの庭に大量の薔薇をつけていくなんてね。この失態を取り戻せるのはいつかしら? 考えただけで気が滅入るわ……」


 私はお茶会のセシルを思い浮かべる。それからジェニファーと数人の女の子たち。大人でも生花を付けている人が多かった。


 王妃様の庭園は改造を繰り返し、年々ボリュームを増してきている。薔薇に関して言えば品種、品質ともに他の追随を許さないレベルだ。どんなに見事な生花を付けて来ても見劣りするだろう。


「そういえば、みんな薔薇を示し合わせたように付けていたわね」


 知らないところで生花ブームなのか。


「王妃様が薔薇がお好きで、あなたが去年『薔薇の君』になったでしょう。自分の娘もあやかりたかったのよ。上手くいけば新しい薔薇に娘の名前がつくかもしれないしね」


 セシルがため息まじりにそう語った。


「まあ、そうだったの」


 王妃様の趣味嗜好を把握するのは難しい。彼女は新しい物や珍しい物を好むが、衣装や立ち居降るまいに関してはやや保守的なのだと思う。

 まだ見ぬ新種の植物を持ってきたのならともかく、ただありきたりの薔薇を頭に刺してきた所で王妃様の関心を引くのは難しいだろう。


「みんなご両親の意向に添っただけなんだから仕方がないわ。王妃様も気になさらないでしょう」


「親と子どもは切り離せないわ。うちの場合、母が問題なのよ。知ってるでしょ、母が新興貴族の出身なの」


 そうだった。伯爵家は伝統貴族だが、セシルのお母様は新興貴族の男爵家の出だ。


「ちょっといい?」


 聞き役に徹していたエルザが口を挟む。


「その新興貴族ってよく分からないのよ、私。新しく貴族に加わった方々、という理解でいいかしら」


 エルザは領地から出てきたことがなく、首都での貴族事情に疎い。そういえばトリスタンもあまりそのあたりを意識していないかもしれない。


「基本的にそれで間違いないわ。昔は領土の拡大に尽力を尽くしたり、土地を守ったりすることで王から爵位を賜るものだったでしょう? でも今は商人や官吏から貴族になる人がいるの。例えばセスさんのお父様は商人、ジョフリーさんのお父様は官吏だったはずよ。それをね、よく思わない人がいるの。正しい貴族のあり方は王と共に闘い爵位と領地を賜ったもののことで、それ以外のやり方で貴族になるなどもっての他ってわけ。でも、今、首都で勢いのあるのは新興貴族たちなの」


 私はエルザに説明する。しかしこの辺り、試験に出たはずなんだけど……。

 エルザ、大丈夫だろうか?


「新興貴族の中でもバカにされるのが商人あがり。特にお母様みたいな……」


 セシルは言いよどむ。


 セシルの母の実家はざっくり言うと金融業、早い話が金貸しだ。商人の中でもかなり嫌われている。


「セシル、あまりお母様のご実家のことを気に病まないほうがいいわ。あなたはあなたよ」


 私は言うが、セシルの表情は冴えない。


「実家だけの話じゃないわ。お母様自身の問題よ。グウィネビアも見たでしょ。あの人、お茶会にあんな薄い布と薔薇をつけて……。お母様はね、自分が流行を作ろとしているの。社交界の中心になりたいの。分不相応というのが分からないのよ。それでね、あの人、私も巻き込もうとしてるのよ」


 セシルは吐き出すようにまくし立てる。


 ちょっとお茶の席にふさわしい内容ではないし、セシルの侍女には聞かせるのはまずい。娘の侍女が母親に報告するかもしれないからだ。トリスタンの侍女マリーのように。

 セシルは興奮から我に返ると怯えるように周りを見回す。やはり侍女の存在が気になるようだ。


「みな、下がらせたわ」


 私が言うと、セシルもエルザも安心したように表情をくずす。


 ランスロットの話になったあたりから、ソフィアに目配せで合図をして、給仕の者たちとそれぞれのお付きの侍女を下がらせている。同性同士ならこうやって付き添いなしでいることも可能だ。


「セシル、お茶を入れ直すわ。大丈夫、私、お茶を入れるの得意よ」


 私は新しいカップにお茶を注ぎながら、セシルに話かける。


「セシル、生花も白いドレスも悪くなかったわ。バランスは問題だったと思う。花が重すぎてせっかくの軽くて柔らかい布が生かされなかったわね。場所が良くなかったのはあると思うわ。昼のお茶会だし、薔薇の季節はまだ薄着をするのは早かったから。でもセシルは分かってるんだから、お母様に言えばいいのよ」


 異世界でもっと()()なファッションをさんざん見てるので、正直そこまでおかしかったとは思わないんだけどね。


 セシルのお母様は新しい物や斬新のものなら、場所も立場もわきまえず採用してしまう、とにかく目立つことが正義の人なのだ。

 正直悪いことだとは思わない。新しいものが受け入れられるまでには時間がかかるものだし、洗練されるには場数が必要だ。

 ただその間に受ける毀誉褒貶に耐えることが、セシルにはできないのだ。


「お母様は私をもっと目立たせたいの。もっと明るく華やかになって欲しいみたい。毎日みたいに新しい流行の話ばかりするの。悪気はないのよ、でもうんざりするわ」


 セシルは深いため息をついた。


「私、うらやましいな……。私、お母様がいないから」


 エルザの言葉に私とセシルは即座に反応した。


「よかったら、話して」


 私の言葉にエルザは静かに話始めた。

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