グウィネビア様、反省会(愚痴大会)ののち、試験に挑む
「ちょっとー、なんなのあの顎っ!あの顎ぉぉっ!」
お茶会の翌日、エバンズ邸のお茶室でトリスタンが盛大に愚痴っている。
もはや使用人たちの前でも取り繕う気はないらしい。
ソフィアには、休みを取ってもらっている。ここ数ヵ月、気まぐれな主人に本当によく付き合ってくれた。
マリーは相変わらずトリスタンの後ろにピッタリついているが、彼女こそ休暇が必要だろう。この家に最初来たときと人相が違っている。
「人の顔の特徴をあげつらうのはよくないわ。品位に欠ける行為よ」
私はトリスタンを諌める。
「なんで教えてくれなかったの、あれのこと」
トリスタンは私の言葉を無視してわめいている。
あれこと、顎こと、ジョフリーのことだ。
「ちゃんとリストを見せたわよね。新興貴族の男爵家」
「いや、それだけだよね。もっといろいろ情報あったよね? 僕、睨まれたよ。無茶苦茶怖かったんですけど」
昨日、いかにも余裕な態度でランスロットの隣にいた人物とは思えない、びびりっぷりだ。日増しに落差が激しくなっているようだが学園生活は大丈夫だろうか。
「こっちだって名前と爵位ぐらいしか分からなかった のよ。特に子どもなんてそんなもの。大体新興貴族と辺境伯じゃ、格が違うでしょ。堂々としていればいいの」
「格とか意味ないから、田舎の貧乏人と都会の金持ちじゃ、相手にならないから。ねえ、剣術の稽古、もっと頑張らない? 絶対いつか決闘とかになるから」
「決闘なんて今時聞いたことないわ。だいたいジョフリーさんは魔法の家系よ。騎士じゃないわ」
私の剣術の稽古は型を忠実に覚えることが中心だ。強くなることや試合に勝つことは念頭にない。だがトリスタンが望むなら剣術の先生に来てもらったほうがいいかもしれない。
「ジョフリーさんのことはまあ、今考えたって仕方ないわ。ラ……殿下とはどうだった。」
ランスロットとトリスタンはかなり親しくなったように見えた。しかしランスロットは他の子にも気を遣っていた。トリスタンだけを特別に気に入ったわけでもないかもしれない。
「君のことで盛り上がったよ! 共通の話題があるっていいよねっ」
さわやかな笑顔で答えるトリスタンがこの上なくうざい。
「あなた落馬のこと言ったわね。余計なことで殿下を煩わせないでほしいわ」
「あ、ごめん。みんな知ってることだと思ってたんだ。ほんと、ごめん」
「まあ……いいわ。私は忘れてたんだけどみんなには衝撃的だったみたいね。でも、これからは私の話題以外で盛り上がってほしいわ。他の子はどう? セスさんと話てたみたいだけど」
「ああ、セスの話は面白かったね。彼、何年か前まで平民だったってさ」
「あら、そうだったの?」
初耳である。
トリスタンに聞いた話によると、外国人との付き合いが多く輸入品を扱う商人だったセスの父は、あまり家に帰ってこない人だったらしい。
ある時、数ヵ月帰ってこなかった父が突然帰ってきて『貴族になった』と一言だけ言うと、妻子を城下の屋敷にいれた。
その後、セスは急ピッチで貴族としての立ち居振る舞いを叩き込まれ、父と一緒に登城し、ランスロットの勉強仲間になったらしい。
出世というべきだろうか。なんだか父親の野心に振り回されている感じがする。
「セスは金持ちなんだけどさ、新興貴族の中でも新・新興貴族だから、ジョフリーにみたいに比較的古い新興貴族に逆らえないらしいよ」
ふむ、新興貴族にも色々あるんだ。
一口に新興と呼ばれているが商人出身と官吏出身では仲がよくないらしい。ここにいつ貴族に取り立てられたか、などいくつかの要素が加わって外からは見えづらいヒエラルキーが存在しているようだ。
こういう話をあのお茶会で聞き出せたトリスタンの社交能力はすごい。
さらにセスに首都の観光名所に連れていってもらう約束をしているらしい。
「観光もいいけど試験が終わってからがいいわよ。貴族が落ちるわけじゃないけどあまりみっともない成績は取れないからね」
「あ、それ。不思議だったんだよね。試験の前にお茶会も呑気な話だしさ、みんな学園の話はしても試験は興味ないかんじだよね。昨日はそこまで話ができなくてさー。落ちないならなんのために試験するのさ。うちの親もよく分からないみたいだし」
「ああ、それね……多分お父様たちの時代とは試験が違うんだと思うわ」
私はトリスタンに学園と試験について話す。
もっとも私も詳しいわけではない。
「今の試験は全員は筆記だけど、昔は貴族は面接で平民だけが筆記だったんですって、でもそれでは公平性にかけるってことになって今の形になったみたい」
「ふーん、でも貴族って試験落ちないよね。公平?」
「公平なんて形だけね」
「でも平民って文字が読めたらいいくらいじゃないかな」
首都では平民の教育レベルも高いが、それ以外の領地ではトリスタンの考えが一般的なのかもしれない。
「平民もいろいろよ。富裕層の教育レベルは、たぶん一部の貴族より高いわ。ナレトには平民のための教育機関もけっこう、あるしね」
とは言っても平民の教育は長くて15歳で終了。そこから先に行くにはお金が必要だ。
「はー、貧乏だと家庭教師も雇えないしね。さらに田舎はつらいよ。僕みたいな家柄だけの貧乏貴族には学園は助かるな」
「今みたいに貴族が全員入学するようになったのは、そういうお金のない貴族の底上げが目的みたいね」
「どうせ不公平なのは分かってるんだから、試験いらなくない?」
「試験で学力を見ないと入学時点の実力がわからないでしょ。クラスは学力別に振り分けられるみたいだし」
「え、もしかしてクラスで試験の点数分かっちゃう?」
「ううん、各クラスの学力が片寄らないように振り分けるんですって」
「……ホントに?」
「さあね」
多分学力別に分けたら純粋に試験で選別される平民が優秀なクラスになってしまうような気がする。
それが分からないようにするための振り分けではないかと、私は勘ぐっている。
「うーん、平民と同じクラスかあ。母上もびっくりしてたよ、平民と一緒なんてね」
「昔は平民クラスと貴族クラスに分かれていたみたいよ。でもあからさまに教師の態度が違ったらしくってね」
結局、抗議があって今のようなクラス編成になったらしい。
話に夢中になっているうちにお茶が冷めていた。給仕が新しいお茶をいれようとするのを制して、私は部屋に帰る準備を始める。
「私、みっともない成績をとるつもりはないから、今から勉強するわね」
「え、いや、もう十分でしょ」
「がたがた言ってないで、あなたもするのよ。試験は何がおこるか分からないんだから。合格ラインでも落ちることがあるの」
「は? なんの話?」
間違えた。違う世界の話だった。
そして試験当日がやってきた。
「いくわよ。トリスタン」
「……うん」
気合いも睡眠も充分。
試験開始時間より早めに会場に到着した。
試験は学園で行われる。正門前で馬車から降りると係の者が控えの間に案内してくれる。
受験票もいらない、筆記用具も向こうが準備してくれる。至れり尽くせりである。
控えの間は普段は談話室として使われているのだろう。いくつかの丸テーブルに椅子がおいてある。柔らかそうなソファも用意されていた。
人はまばらで見るかぎり平民らしき姿はない。
「まずは深呼吸、リラックスよ。すーはーすーはー」
「あのさ……」
「キョロキョロしちゃだめ。周りがみんな賢く見えたからって気にしないで」
「いや……、周りが賢くというより君がバ……いや、なんでもない」
「グウィネビア様のお部屋はこちらでございます」
「トリスタン様、こちらへ」
早い時間に来たので余裕があったはずだが、ソフィアとマリーによって控えの間からそれぞれの会場に連れていかれた。何が強制的に連行されてるような気がするが、まあよい。
いざ、試験開始である。
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試験はぬるかった。
「あれ、間違える要素あった? 全員満点じゃないかしら」
「いや、そこそこ難しかったよ。僕はエバンズで勉強見て貰えなかったら正直きびしかったとは思う。君がおかしいだけだよ」
色々納得しがたいものを抱えながら受験会場を後にした。




