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グウィネビア様、なんやかんやで失恋する。

 トリスタンは落馬のことを知らないはずだ。

 知っているのはランスロット王子と私の婚約が不成立に終わったこと、だけ。

 考えられるのは、私のお母様→トリスタンのお母様→トリスタン。この流れだろう。


 お母様は私が落馬したのは婚約が流れたことが原因だと思っていた。トリスタンにも同じ情報が伝わっていると考えると、殿下も同じ誤解をしているのか?


「あの、殿下……落馬は事実ですが大げさなものではなかったんです。すぐに目が覚めましたし、自分でも忘れていたほどなんです」


 落馬よりその後思い出した記憶のほうが衝撃的だったのだが、それは誰にも話せない。


 ランスロット王子は何も言わず、こちらをじっと見ている。


「私より母がショックを受けたようで、それで多分トリスタンのお母様に大げさなことを言ったのだと思います」


「公爵は『我が娘は殿下の配偶者になるには足りないところがある、もう少し時間がほしい』と言われたのだ。しかし私は別の意味に受けとった。足りないのは私の方ではないのか? 私が君に相応しくないと、公爵が判断されたなではないか、そう考えたんだ」


「そんな! とんでもありませんっ! 未熟なのは、足りないのは私なんです。殿下に足りないところなどっ!!」


 私は全力で否定した。

 正直、殿下にもなにがしか弱点はあるかもしれない。しかし15歳の少年なのだ。未熟で当然だろう。


 王位継承者であり、対立候補もなく、敵対勢力もない。

 内政はまあ安定しているといってもよい。

 そして本人は文武両道、温厚篤実。

 この条件で断るなら、断る方の問題である。


 はっきり言ってランスロット様に足りないところなどないのだ。


 足りないものなど……。


 いや、ひとつ……。


 私、グウィネビアにあって、ランスロット様にないものが、そうだ、ひとつ、ある。


「ランスロット様、私は幼いころよりあなたをお慕い申しておりました。今もその気持ちに変わりありません。ランスロット様は、私をどう思われていますか?」


 それは奇妙な愛の告白だった。


 婚約話を断りながら、『あなたをお慕いしています』と言うのだから。

 生まれてはじめての告白を口にしながら、しかし私の頭はしんっと冷めていた。

 心、ではなく頭、である。


「私は君を……。君を素晴らしい女性だと思っている。君ならきっと、その……未来の王妃にふさわしいと、思っている」


 それは、以前のグウィネビアなら喜びにうち震えるほどの言葉だった。

 好きな人から、素晴らしいと、王妃にふさわしいと言ってもらえたのだ。


 でも今の私は知っている。


 気付いてしまった。


 殿下と私の間にある埋めがたい距離を。


 素晴らしいと言ってくれる。


 王妃にふさわしいと認めてもらえた。


 でもけして『愛している』とは言ってはくれない。


 きっと殿下はグウィネビアを好ましい女性だと思っているし、妻にして問題のない相手だと思っているだろう。


 彼は知らない。


 まだ知らないのだ。


 「好ましい」以上の気持ちを。


 おだやかな「好意」など吹き飛ばしてしまうかもしれない激情を。


 15歳の少年は、まだ知らないのだ。



「ありがとうございます、殿下。殿下は本当に優しい方ですわ、それに正直でいらっしゃる」


「え……」


 私の言葉にランスロット様は戸惑ったような声をあげた。

 教師の前で正解が言い当てられなくて困っている子どものようだ。


「殿下、実を言いますと婚約の話は私がお父様に頼んで断っていただいたのです」


「!」


「率直に申し上げますわね。私が殿下を慕うほどの強い気持ちを、殿下は私には向けて下さっていません。それがお断りの本当の理由です。これは父にも話ていないことです」


 自分が愛するほどに、相手は自分を愛してはくれない。

 そんなことに気がつくのは悲しく、寂しいことである。


 2人の間に沈黙が訪れた。


「…………」


 ランスロット様は沈黙している。


 きっと彼は私の言った言葉を反芻しているのだろう。

 自分はグウィネビアを愛していると言えるのか。

 グウィネビアの言うところの「強い気持ち」を持っているのか。


「君の言うとおりだ……と思う。すまない」


 ランスロット様から予想通りの言葉が出てくる。覚悟はしていたものの、胸が痛い。


「しかし……しかしだ。私には立場がある。私は自分の気持ちで動いてはいけない。君もよく理解しているはずではないか。やはり今、この国に、君ほど王配にふさわしいものはいないと思うのだが」


「ここに来る馬車の中で私、母と話しておりました。昔は16で結婚していたから15の婚約なんて全く早いわけではない、と母は言うのです。でも昔は昔、今は今でしょう? 今は令嬢の中にも学園卒業後に大学や研究職になる方もいらっしゃるくらいですわ。殿方だって20を過ぎてからご結婚されるでしょう。陛下がまさにそうだったではありませんか。それに今は国内は安定しておりますし、国王陛下もご健在でいらっしゃる。学園で学び、友を作り、経験を積む。その上で配偶者を選んでもよいではありませんか。それくらいの自由が殿下にあってもよいはずです」


「それでは、君が婚約を承諾しなかったのは私のため? 私の自由のため」


「殿下と私のためです。立場から自由になれなくても、心は自由になれる。私、そう考えておりますの」


「そんなこと、可能なのだろうか」


「さあ、分かりません。でも試してみる価値はあるかと。学園で」


「学園で……」


 ランスロット様は思考の海へ深く沈みこんでしまったようだ。

 その表情は冴えない。美しい顔は曇り、瞳は厳しく光っている。

 私の方を見たかと思うと、耐えられないといった風情でうつむいてしまう。


 この人をこんな風に悲しませたくない。

 愛してはくれなくても私の大切な人なのに。


 ガラスの扉の向こうで、ソフィアたちが気遣わしげな表情でこちらを見ている。声が聞こえるわけではないだろうが、愉快な話をしているわけでないのは分かっているに違いない。

 すでに相当な時間が過ぎている。これ以上の長居は出来ない。


「今日、君が話たこと、少し考えさせてほしい」


 ランスロット様はやっと一言、絞り出すように言った。


 その時、急に哄笑が温室内に響き渡る。驚いた私たちは上を見上げる。

 オウムだ。

 金色の猿が、オウムに向かって威嚇するような声をあげる。

 下にいる人間が自分達に危害を加えるものでない、と理解した温室の生き物たちは、好き勝手に振る舞っている。

 もう私たちは、彼らの興味の対象外になったようだ。


「時間を取らせて済まなかったね。もう帰ろう」


 殿下は扉に向かおうとしたが、急に何かを思い出したようにこちらを振り返った。


「グウィネビア、私の我が儘をひとつ聞いてくれないかな」


「我が儘……ですか」


 先ほどまでの憂いに満ちた表情は消えていた。

 それどころか、妙に生き生きしているようにも見える。


「これからは私のことをランスロットと呼んでほしい。ジョフリーたちみたいにね。喋り方もだよ。いいかい」


「それは……」


「友達になってほしい。婚約者としてでなく、友として私のそばにいてはほしい」


「え、でも……」


 不敬にならないだろうか?


「決まりだ。言うことを聞かなかったら不敬罪だ。いいね」


 言いながら、エスコートのために手を差し出すランスロット様は完全にいたずらっ子の表情になっている。


「わかりました………。あ、いいわよ」


 私はランスロットの手をとりながら答えた。




 私は、失恋した。


 そりゃあ見事にはっきりさっぱりぽっきりと。


 そして友を得た。




 温室を出るとトリスタンが待っていた。なぜか隣にセスがいる。遅れてジョフリーと数人の男子、さらに隠れるようにセシルとエルザの姿も見える。どうやら子どもたちが全員来たようだ。


「ええーっと、お客をほっぽらかして何してるのかな?」


 トリスタンがにやにやしながら言う。

 ランスロットが求めているのはこういう感じなのか……。


「いや、すまない。みんなも今日は母上のお茶会に参加してくれてありがとう。また会う日を楽しみにしている。何人かは同級生になるね。次は学園……試験会場で会おう」


 ランスロットが早めの挨拶をすませると、皆で大人たちのところへ向かう。



 何かいいたげなトリスタンを無視して、私はセシルとエルザのところへ向かう。

 少し離れた所にジェニファーが兄と一緒にいる。兄と2人で私に頭を下げる仕草をするのでこちらも軽く会釈をする。


 すでに陽は傾き、庭園に降りる茜色の光が子どもたちを包み込む。

 ランスロットは、歩きながら一人一人に丁寧に話しかける。

 金の髪と白いスーツのランスロットが茜色に染まる様は、黄金に輝いているようにも見えた。



 私は、ランスロットが好きだ。


 大好きだ。大好きだ。大好きだ。


 誰が彼の隣になったとしても。


 私はランスロットが好きなのだ。



「でもさー、なんで試験の前にお茶会なのかなー」


 近くで、付かず離れずくっついてくるトリスタン(+アルファ)が呟く。

 そう、試験はこれからなのだ。

 これからなのだ!!

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