グウィネビア様、金の猿と出会う
「グウィネビア、疲れてない?」
皆のいるテーブルを離れ、私は殿下の少し後ろをついて歩く。すでに小さな温室を2、3通りすぎている。
「全く疲れておりません。むしろ殿下の方が心配ですわ。薔薇園から温室に向かってお茶もお飲み物になってないですよね」
「お腹の方は大丈夫だよ。道すがらあんずをもいで食べてたから。それにしても彼ーートリスタンはあんずの木を見つけるのが上手いね」
……。
なんか、すいません。
私が謝るとこじゃないけど、なんかすいません……。
やがて大きな温室の前までやって来た。ガラス張りのその建物は外観だけ見ると貴族のお屋敷のようにも見える。むき出しの骨組みは、素材は分からないが優美なアーチ状に組まれている。あちこちに美しく複雑の装飾が施されているが、もしかしたら単なる飾りではなく魔方陣の類いかもしれない。
しかし、そこも通りすぎた。
この温室は去年はまだ建設中だった。今もまだ完成はしていないそうだが一部は客のために解放されている。トリスタンたちが入った温室はここだろう。
私もこの温室に入りたかった。いつか再び、この庭に、温室に来ることができるだろうか?
などと言うことをつらつら考えていたら、殿下の声をあやうく聞き逃すところだった。
「――彼は君にとってどんな存在?」
「トリスタン……ですか? そうですね。幼い頃は兄のような存在でした。今は弟のようなものです」
「弟?」
「弟ですね」
殿下のやや後ろを歩きながら、2人でこんな会話をしていた。
2人で、しかし2人きりというわけではない。
私たちの後ろにはソフィアと、もう1人、殿下の側近が付いてきている。
それだけではない。少し方離れた左右に護衛の騎士が、私が確認できるだけでも2人はいる。
このまま会話を続けるつもりだろうか。
確か、2人で話をーー、とは言っても2人きりとは殿下も言ってなかったかもしれない。
しかしソフィアも詳しくは知らない婚約についての話をこれだけの人数を前に話す気には到底なれないのだけれども。
そんなことを考えているうちに、ひとつの温室の前にたどりついた。
ガラス張りのそれは、先ほどの温室より小ぶりだが背の高い建物だった。外からは分かりづらいが金網のような物が見え、温室の向こうにさらに部屋があり、先ほどの温室より厳重に管理されているのが分かる。
殿下の側近が鍵を開け、私たちは中に入る。ソフィアと1人の騎士が入ってきた。中は思ったほど暑くはない。
入った場所は短いトンネルのようになっていて、その向こうにさらに部屋がある。メインはそこのようだ。
殿下の側近が鍵を開ける。殿下と私のあとにソフィアが入ろうとしたが、側近に止められる。騎士も入ってこなかった。そのまま側近は外から扉を締めた。
ガラス張りの部屋ではあるが私たちは2人きりになったのだ。
私たちは濃い緑の植物に囲まれていた。今、着ているドレスのような色だが、遥かに明るく鮮やかな緑である。
ソテツ、ヤシの木、昔どこかの植物園でみた勾玉みたいな植物。胡蝶蘭(社長室にあった)、南国のものらしい花。
向こうの世界の知識がわっと甦ってうかつに話すことができない。ここにある植物についての知識は、グウィネビアにはないはずである。
「あの……これは異国の植物ですか? 私、事典でも見たことがないのですけど」
「多分まだここにしかないはずだからね。ああ、大丈夫、魔力はほとんどないから」
そうだった。この世界には魔法があるのだ。
見たことのない動植物に遭遇したら、外見的には危険がなさそうに見えても、魔力を警戒して近寄らないのが、この世界の常識だ。
殿下の話によると、この庭園にある動植物は、すべて魔力量が既定値以下になっているらしい。
「ただ最近の研究では魔力の少ない動植物も互いに影響し合うことでつよい魔力を帯びることがあるのが分かったらしくてね。ここも防護の魔法陣が張ってあるんだ」
え、今、私たち危険なところにいるってこと?
そんなところに王子入っちゃうの大丈夫?
などと考えていると急に上のほうから、木々のざわめきを感じた。
温室に風?
見上げると何か小さな黒い影が、巨大なソテツのような木の後ろから現れて消えた。
その直後に今度は羽音とともに奇妙な叫び声をあげる鳥が私たちの少し上の木の枝に止まっていた。青に黄色、華やかな鳥だ。
「あれは――」
「『オウム』と呼ぶようだよ。喋る、と言われているけどね。まあ、人の声には似てるかな」
「あ、あれが喋る鳥ですのね。ほんとに誰かが叫んでいるのかと……驚きました……」
あやうく『オウム』と言いかけた。
危なかった……。
いくら勉学家の令嬢とはいえ、まだ公に発表されてないことを口走ってはいけない。
「ほら、あれが最初に話してた猿だよ」
ランスロット様は上を見上げる。その目線の先には先ほどの黒い影があったが、ガラス張りの天井から差し込む陽の光のせいでよく見えない。小さく尻尾の長い猿らしいシルエットだけがなんとか確認できた。
「母上が南の商人から買い付けたものでね。その時は、猿も鳥もよく馴れたかんじで商人の肩に乗ってたんだ。簡単に飼えると彼等は言ったのに、この調子だよ」
「まあ……簡単に飼えるなんて……。簡単な生き物なんていませんでしょうに。酷い方たちだわ」
商人たちはこんな風に異国の貴族や金持ちに動物を売り付け、金持ちは上手く飼い慣らすこともできず、動物たちを殺してしまうのだろう。
ちなみに『簡単な動物なんていない』という言葉は、女の子の気を引こうと思って『ハムスターなら簡単かなー』とのたまった竹中れいじが、女の子から喰らった説教である。
「君の言うとおりだ。どんな動物も簡単じゃないよ。今は馴らすことは諦めてね、ただ彼等が快適に過ごせるように心がけているんだ」
目がなれると猿の姿がさっきよりはっきり見えた。赤みがかった黄色い毛は確かに金色にも見える。やや警戒しながらも闖入者の様子が気になるようだ。
鳥のほうは、オウムの他にも少なくとも3羽いるようだ。種類は分からないがいずれも赤や黄色の鮮やかな羽を持っている。
「彼等は神経質でね。とくに猿は縄張り意識なのか時々酷く攻撃的になるんだ。さっきの護衛騎士がここに入った時には引っ掻いてきたんだよ。ああ見えても牙と爪が凄くてね」
うん、知ってる。猿怖い。修学旅行で同級生が襲われてるの見たわ。
「まあ、恐ろしゅうございますね、私たち大丈夫なんですか?」
「ここは二人以上は入らない決まりになってるんだ。棒みたいな武器を持たなかったらさほど心配はないよ」
なるほどここなら二人で話すことも出来るわけか。
さてここからが本題である
「トリスタンに聞いたよ。君落馬したんだって?」
トリスタン!!
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