グウィネビア様、女子会を仕切る
テーブルはクロスからお菓子まで新しいものに変えられていた。
「お好きな席をどうぞ」という執事に甘えて、私たちはテーブルを近付けて全員で円になるように椅子をならべて座ることにした。
「あなたジェニファーさんですよね」
私は一人の少女に話かける。
他の子どもたちに較べると幼い容姿であるにもかかわらず、まるで社交界にデビューする令嬢のように髪を高い所で纏めている。重たい髪飾りが今にも落ちてきそうで痛々しい。
「は、はい。グウィネビアさ……ま、私、の名前を、あの……」
突然話しかけたからだろうか、上手く話せなくて困っているようだ。
「驚かせてごめんなさいね。私の父とあなたのお父様が一緒に仕事をしているでしょう? 今日はお兄様といらしたのね。どうぞ私の隣に座ってくださいな」
そう言って私は隣の席を進める。
ジェニファーは新興貴族の男爵令嬢で12歳だ。
今日は15歳の兄と一緒に来ていたのだが、その兄はランスロット様と一緒に温室に行ってしまった。一人取り残され唖然としていたジェニファーが気になって声をかけたのだ。
招待客の名前は頭に入っている。顔までは知らなかったが、15歳の集団の中でひときわ幼い彼女はよく目立った。
子どもを連れてきていいと言っても、このお茶会では入学前の15歳か14歳で参加するのが一般的だ。
彼女の両親は、上手くすれば兄と妹、揃って王子と親しくなれると思ったのだろう。12歳の少女には荷が重いことだ。
「せっかくですから、皆さん、自己紹介をしませんか? 私、皆さんの名前とお姿がまだ一致しませんの」
そう言って私は自己紹介を始めた。
私の右隣に座っているセシル、エルザの順に自己紹介が続き、最後にジェニファーの番が来たとき、運悪く頭の薔薇の花弁がはらりと落ちた。
「――っ」
ジェニファーは言葉にならない悲鳴をあげた。
堪らず下を向くと頭がさらに傾いで花弁がひとひら、またひとひらと抜け落ちていった。最後に残ったがくが落ちると、アップしていた髪の毛も一房降りてきた。
庭のあちこちから自由に散策する大人たちの笑い、語り合う声が聞こえる。やわらかな午後の光に包まれた明るい庭園の中で、子ども用テーブルの周りだけが奇妙な静けさに支配されていた。
この状況を打開するために最初に動いたのは、意外にもセシルだった。
「ジェニファーさんはまだマシよ。私なんて頭もドレスも花だらけなんですから。きっと、お茶会が終わるころには酷いことになっていますわ」
セシルは大げさにため息をついてみせた。お茶会が始まったころの今にも泣き出しそうな姿は微塵もない。
「セシルさん、最初のころ随分調子が悪そうでしたけど、今はどう?」
私は尋ねた。
「頭もドレスも薔薇で重たいし、いつ落ちるか分からないから怖くてどうしようもなかったんです。周りにこんなに綺麗な薔薇があるのに頭に干からびた薔薇なんてつけて……滑稽ですわ」
セシルが言うと、あちこちから似たような不満がもれた。
「そもそも薔薇を選んだのが失敗だったように思います。私のは造花ですけど本物には見劣りしますもの」
エルザが言った。これにも同調の声が上がる。
「グウィネビアさんのお姿が正解でしたね。その刺繍、ほんと見事ですもの」
「セシルさんのドレスも素敵よ」
「萎びた薔薇が付いていなければ、ですわ」
ジェニファーは控えの間にいって髪を整えることになった。ジェニファー付きの侍女はこの事態に全く対処できないようなので、ソフィアに対応してもらうことにした。数人の令嬢が続く。
私たちはかって気ままにお茶とお菓子を食べることにした。
「さすがは首都。こんなに美味しいものがあるなんて……」
エルザがスコーンにジャムをつけながら呟く。
「あら、エルザさん。私もこんなに美味しいあんずジャムを食べたことありませんよ」
セシルが答える。
二人は和気あいあいと次に食べるべきお菓子を吟味していた。
席に戻ってきたジェニファーも大きなマフィンを頬張っている。よほどお腹が空いていたいたようだ。緊張がとけて今やっと食べ物を口にいれる余裕ができたのだろう。
テーブルのあちこちから賑やかな会話が聞こえる。最初の雰囲気とはうってかわって和やかな空気が生まれている。
「あんずもよいのですけど、ハチミツもすばらしいわ」
「甘いものばかりだとさすがに……あら、ハム……チーズも!」
「パンにはさむのですよね、以前見たことがありますわ」
男性陣の目がないせいだろうか、それとも重たい生花をとったからだろうか。皆、解放感に浸っているようだ。
「このハチミツは、わが領地の物ですけど殿下もちゃんと知っておられましたわ」
銘々お喋りに興じていた令嬢たちが『殿下』という単語に色めき立つ。いっきに空気が尖る……。
「でも……私、領地のこと何も知らなくて……。せっかく殿下が声をかけて下さったのに……、お恥ずかしいかぎりです。髪飾りやドレスのことにかまけている暇があるなら、領地のことを勉強するべきでした」
ネリーという名の令嬢だ。頭にはやはり薔薇の生花を付けている。
声をかけて頂いたと喜ぶのではなく、このように自身の至らなさを反省できる。見所のある方だ。
「ネリーさんのおっしゃり通りですわ」
私は令嬢たちを見回すようにして口を開く。
「殿下が求めていらっしゃるのは、自身にすり寄るものでも、見た目で気を引こうとするものでもなく、真に知性と真心を持った友であると、私、思いますの」
うーん、これ、『あんたたち着飾ることばかり考えてんじゃないわよ』って言ってるように聞こえるかな?
しかし私は本気で訴えたいのだ。
いずれ殿下が即位した時、彼の人の治世を支えるのはこの世代なのだ。皆、真剣に自らがなにを成せるなのか、成すべきであるかを常に問いつつ、学園にて勉学に励んでほしい。
と、言うようなことを以前トリスタンに言ったら、「きびしー、おもいわー、ひくわー」などと散々いわれたので口にはしない。
「いやー、盛り上がってますね、お嬢さま方。ところで取れたてのあんずはいかがですか。ジャムもいいですけど、果物はそのままに食べるにかぎりますねえ」
能天気な声の主はトリスタンだ。左腕にあんずの入った籠をかかえ、右手には食べかけのあんずを持っている。
本気であんず狩りに勤しんでいたようで上着を脱ぎ、シャツを肘のところまでまくり上げている。
妙に堂々としたその態度が癪に障る。どう考えてもお茶会の招待客の姿ではない。
隣にはランスロット王子がいる。トリスタンは袖を巻くってあんずを取りながら殿下の隣までキープしていたのだろうか。たいした社交能力だ。
少年たちの後ろには、銘々が連れてきた使用人たちがいる。トリスタンの上着を持って佇む侍女マリーの姿もある。澄ましてはいるが顔の疲労はさすがに隠せない。あまり好きな人ではないが、この状況には同情する。
「あなた何しに来たのか忘れたの。あきれた人ね」
周囲の目もあるので、一応注意点しておこう。
「いやあ、すごい背の高い木があってさ、温室だよ? 上の方に果物がなってて、食べられるんだってさ。でもお客だから遠慮して登らなかったんだ。どう? ちゃんと考えてるでしょ」
どうだっとばかりにトリスタンが応える。
あまりうるさく言っても仕方ないので、取り敢えずもぎたてのあんずを食べることにした。生のあんずは思いのほか食べやすく、口の中にほのかな酸味と甘味がひろがる。
戻ってきた少年たちも好きな所に座ってお菓子やパンを摘まんだり、仲のよい者同士の歓談を楽しんでいる。
「グウィネビア、いいかい」
殿下が私に声をかける。
「はい、殿下」
「忘れてないよね、約束」
「ええ、今日はもう無理かと思いましたわ」
言いながら、私は席を立つ。
ジェニファーの兄はちゃんと妹の面倒を見ているだろうか、殿下の目がないのをいいことにジョフリーがトリスタンに絡んだりしないだろうか。
気がかりを残しながら、私は殿下と共に皆の元を離れた。




