グウィネビア様、美しく薔薇を観賞したいがそうも言っていられない
ランスロット様の声かけで希望するものたちは薔薇園に向かった。すなわち全員である。
わらわらと薔薇園に向かう少年少女というのはなんとも優雅さにかける。薔薇園を散策する貴族、というより社会科見学の中学生の集団といったほうが似つかわしく、なんだか懐かしい気分になる。
薔薇のアーチをくぐるとすでに大人たちが数人の塊になって薔薇の鑑賞を行っていた。その周りには揃いのお仕着せを着た男女が何やら植物についての説明を行っている。
庭師だろうか? 落ち着いた雰囲気で丁寧な説明をする姿は向こうの世界の美術館の学芸員のようだ。
「あの方たちは何者でしょう。ずいぶん庭園に詳しいようですが、庭師ですか? 教養のある方々とお見受けしますが……」
私は殿下に尋ねた。
「庭師としての仕事ももちろんですが、動植物に対する専門知識を持った者たちです。大半は学園の卒業生たちですが、詳しいことは母でないと分かりませんね」
ランスロット様の言葉にまわりからざわめきがおこる。
「まあ、学園の生徒が……」
「平民達だろうな」
周りから様々な声が聞こえる。
貴族にとって学園は教養をつむ場、立ち居振舞いを学ぶ場、人脈づくりの場であり学園での学びを後の職業に生かすなどという発想は基本的にはない。
そもそも働く(人に雇われ賃金を受けとる、商売をする)というのは卑しいことだと考えられている。
教師、研究、宮仕えなど、貴族にふさわしい仕事以外は選択肢の中にはないのである。
「驚きましたわ。でも……そうですわね、これほどの規模の薔薇園に、異国の動植物があるのですもの専門的な知識が必要なのは当たり前のことですわね。私、学園の知識がこのように生かされるなど想定しておりませんでした。不勉強でしたわ、お恥ずかしいかぎりです」
私は心からそう言った。
「私も君と同じさ。この屋敷の植物にどれほどの専門知識がいるのか最初分からなかったし、今でも分かってないよ。2年からのコースを魔法学にしたいくらいだ 」
ランスロット王子はこう言った以上、子どもたちがこの庭園のスタッフに無礼を働くことはあるまい。
しかし、魔法学か……
そう、この国では理系の知識はだいたい魔法に分類されている。人や動植物、水に大地、あらゆるものに魔法が含まれているからだ。
それにしても魔法学って詰め込みすぎな学問だと思うんだけど……。
王子を筆頭に子どもの集団がぞろぞろと薔薇園を歩く。「散策」とか「鑑賞」といった優雅な雰囲気は一切ない。皆、王子の側から離れまいと必死なのだ。
せっかく見事な薔薇があり、専門知識を持った人間の話を聞けるチャンスだというのに勿体ないかぎりである。
いつの間にか、この奇妙な集団は、王子と少年たち、その後ろを歩く少女たちと、綺麗にグループ分けされていた。
男の子たちはランスロット様の近くにいようと必死になっている。今、殿下のとなりにいるのは、なんとトリスタンである。
ジョフリーはなんとか殿下の近くに行こうと頑張っているが、他の少年に阻まれてうまくいってない。彼はセスのほうを向いて、何か無言で指示をだしているように見える。もっと王子に近付け、といったところだろうか。上下関係がはっきりしているようだ。
女の子たちはあきらかに精彩にかけていた。王子の側、というポジション取りに参加できないせいかもしれない。あとはテーブルから薔薇園まで歩くので疲れてしまったのだろう。
不思議なことにほとんどの子が髪やドレスに花をふんだんに付けている。セシルのように生花を付けている子もいるが、悲しいことに花は萎びて花弁の変色が始まっている。
周囲を生き生きとした薔薇に囲まれていることもあってなんとも無惨な光景だ。
「殿下、私、少々疲れましたわ。テーブルに戻ってよろしいですか」
ほんとは庭園を隈無く散策してもいいほどエネルギーが有り余っているのだが、他の令嬢を休ませるために私は殿下に断ってから席へ戻ることにした。
「そうか、済まない。気が付かなかったな。それでは皆で帰ろうか」
王子がそう言って帰ろうとすると、「温室がみたい」とジョフリーが言い出した。
結局、温室組の男子とテーブル組の女子に分かれてしまった。
ああ! 私も温室が見たいのに!
この調子だと殿下と二人になるチャンスはないかもしれない。
ほんとに私は金の猿……ではなくランスロット殿下と話ができるのだろうか?




