グウィネビア様、お茶会で奮闘する
2021.5.13
先々代陛下→先代陛下、曾祖父→祖父など若干の設定変更があります。
子ども達に用意されたのは3テーブル。どのテーブルも奇妙な静けさに支配されていた。召し使い達が茶器を温めたり食器とフォークを揃えたりする音が妙に大きく響き渡る。
あきらかに去年より空気が重い。
ここに集められたのは未来の国王の腹心になるかもしれない者たちなのだ。権力争いの前哨戦といってもよい。
しかし、まあ、まだ子どもである。この空間で何食わぬ顔をしてお茶と会話を楽しむには圧倒的に経験値が足りない。
私の視界の端に今にも泣きそうなセシルが見える。すぐにでも声をかけたい衝動に駈られるが隣にいるエルザを飛び越えるのはよくない。
セシルの隣は、下がり眉で常時泣き顔のセスがいるせいか、凄まじくウェットな空間が生じていた。
トリスタンを睨むジョフリーは既にチンピラ化している。
街でやったら即効ケンカが始まりそうなものだが、トリスタンは余裕で無視している。大柄でがっしりした体躯のジョフリーも、長身で優雅な雰囲気を漂わせるトリスタンの前では年相応の子どもでしかない。
エバンズ邸での地獄のお茶会特訓が実を結んだ瞬間である。師としてまことに喜ばしい限りだ。
沈黙を破ったのはランスロット王子だった。
王子は立ち上がり3つのテーブルの真ん中に立つと挨拶をはじめた。
「今日はわが母上のお茶会によく来てくれた。私は去年と今年、2度参加しているが今年は去年とは違う顔ぶれとなっている。城での学びは大いに得るものがあるが、それだけでは足りない。私はここにいる皆と親交を結び、自らの至らぬ所を補いたいと思っている。どうか皆の話を聞かせてほしい」
自身の席のない、2つのテーブルに座る子どもたちを見ながら王子が語ると、周囲の空気がほぐれていくのがわかる。
王子はここにいる全員に声をかけてくださるのだと、皆、理解したのだ。
「向こう見える薔薇園、解放されている温室には、自由に入ってほしい。それとテーブルのアンズジャムはこの庭で採れたものだ。ちょうど今が食べ頃だから見つけたら好きにもいで食べてもいいよ」
こんなかんじで最後はくだけた調子で締めくくった。
花園に植物園にアンズ狩り。忙しいお茶会である。装飾過多の令嬢たちは歩けるだろうか?
挨拶が終わりいよいよお茶とお菓子を頂く番になった。子ども席のお茶は1種類、あとは砂糖とミルクを選ぶだけだ。あまり種類を増やすと緊張している子どもたちが混乱するだろうからちょうどいい。
しかしお茶の準備は私の隣のエルザのところで止まっている。召し使いの問いにまったく答えようとしないのだ。
「エルザさん、お砂糖はいくつ?」
私が声をかけると、
「2つ……頂くわ」
と、やや強い口調でエルザが答える。
緊張しているのだろうか。
あとは特に問題なく全員にお茶が行き渡り、王子が口をつけるのを合図に全員がお茶を飲み始めた。
「グウィネビア、マフィンにアンズをのせてごらんよ、すごく美味しいから」
殿下が私に声をかける。
親しげな口調で周りをリラックスさせようとしているのが分かる。
「美味しそうですね。でも殿方には少し甘味が強いのではなくて、トリスタンはどう?」
「ちょうどいいよ。ハチミツよりこっちの方が好みだね」
すでにトリスタンはアンズをかけたマフィンを頬張っている。
「エルザさんはハチミツとアンズ、どっちがいいかしら」
「アンズを……頂きます」
エルザの声はまだ固い。
「セシルさんはどうされます」
「せっかくですからアンズを頂きますわ」
セシルの声が少し明るくなる。
ランスロット王子が声をかけ、セスはアンズを、ジョフリーはハチミツを選んだ。
ランスロット王子はトリスタンとエルザにそれぞれの領地について訪ねる。
トリスタンは事前に考えておいた海や草原について話たが、エルザは「何もないところです」「分かりません」といって口をつぐんでしまう。
「エルザさんはハリスのご出身ですのよね。ハリスといえば、たしか先代の陛下が、長く逗留されたと聞いておりますが」
私が尋ねるとエルザは驚いたようにこちらを見る。どうも話かけるたびにいちいち驚かれているような気がする。
「ハリスの湯ですね。祖父は退位されたあと、ふさぎの虫にとりつかれてしまいましてね。ハリスの湯につかると元気になったと、薬も魔術も効かなかったのに不思議なことだと、よく聞かされましたよ」
ランスロット様が言う。
ふさぎの虫というのは定義のはっきりしない曖昧な言葉だ。原因不明の体調不良などによく使われる。向こうで言うところの鬱病あたりだろうか?
「畏れ多いことです。『ここは偉い王様が来た土地だ』と、ハリスの者は言っております。唯一の自慢といってもいいかも知れません」
エルザ、今までの中で1番長くしゃべったかも。
「すでに退位されていたなら王様ではないだろう」
突然、ジョフリーが口をはさんできた。
事実ではあるが、だからなんだと言うのか。話題が自分に来ないことに対する苛立っているとしか思えない。
「ハリスの者にとっては偉大な王なのです」
エルザが、強い調子で反論する。弱々しい印象がいっきに覆る。
「はっ、田舎者が」
ジョフリーは吐き捨てるように言った。
あきらかに言い過ぎである。
ランスロット様の顔から笑顔が消える。ジョフリーの方を向き、口を開きかけた瞬間、よこから呑気な声をあげるものがいた。
トリスタンだ。
「この中で田舎者は僕とエルザ嬢だけみたいですね。どうです。首都になれましたか? 僕はそこの令嬢の厳しい監視の元で勉強ばかりしてるんです。すこしはナレトの空気に触れてみたいんですがね」
厳しい監視とは言いすぎである。
私のイメージを棄損しないでほしい。
「姉が在学しておりましたので学園のことは多少は……聞いております。私は領地から出たばかりで首都はよく分かりませんが、城の前の公園は素晴らしいと聞いております。とくに街路樹の中を散歩するのがほんとに楽しいらしくて。秋には紅葉が楽しめるとか。今から楽しみにしておりますの」
「うーん、公園を散歩する。いいですね。僕は首都に来てそこそこなんですけど、いや、おかしいな。城の前の公園なんて行ったことがないなあ」
ちらり、とこちらを見るトリスタン。
せっかく、マナーも立ち居振舞いも一から見直し、鍛え上げ、お茶会に出られるまで仕上げたというのに、恩知らずにもほどがあるではないか。
などという私の想いは無視して会話は進んでいく。
「この中で兄や姉から学園の話を聞いたものはいるか? ジョフリーの兄は確か今年卒業だったな」
ランスロット様が自分に話を向けてくれたのが、よほど嬉しかったのか、ジョフリーは嬉々として学園生活の話を始めた。
それから父親が学園長を務めるセシルに話題が移った。学園生活の話となるとみな真剣になる。楽器は何を選択するか、2年目はどのコースに進むか、暗唱すべき詩は何かなど話題はつきない。
途中殿下が他のテーブルに挨拶に向かったが、のこりの6人で会話は続く。
「男子はだいたい『英雄王の悲劇』を朗読するんですって、でも人気の章はみんながやるから上手い下手が分かるでしょう? お父様もみんなが好きな章はどうしても点が辛くなるっておっしゃるのよ」
詩の暗唱についてセシルが重要な情報を教えてくれた。
「それでも僕は『海の魔獣』の章をやるね。8歳から暗唱してるんだ、ランスロットにも負ける気はしないな」
ジョフリーは殿下を呼び捨てにする。親しい人間にだけ許されたことだ。
「僕は……簡単な章ならどこでもいいよ。つっかえずにやれば合格は貰えるんだろう?」
セスがため息まじりに呟く。
「僕は、あれだね。英雄王が純血の乙女を袖にして冒険の旅に出たその足で魔女と結婚する章がやりたいな」
トリスタンが何かとんでもないことを言い出した。
「まあ」
「まて、そんな章あるか!」
「あるんだよ。僕らが読ませてもらえるのは、新しく編集したものだろ? エバンズの書斎にあるやつはちょっと違うんだよ。英雄王が何回、婦人に誘惑されるか数えてみたんだけど、なんとーー」
「トリスタンっ」
私はたまらず叫んだ。
その時、ランスロット様が子どもたち全員に声をかけた
「薔薇園に行きたい者はいるかい?」
タイミングのよい声かけのおかげでこの話は中断となったのだ。
それにしても最近古典作品に熱心に取り組んでいるトリスタンに感心していたのに、まさかそんな本を読んでいたとは。
しばらく書斎は立入禁止にして教科書だけ読んでもらうことにしよう。
などと考えながら皆とともに薔薇園に向かった。




