グウィネビア様とラスボス王子
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このゲームにおけるラスボスことランスロット王子。
彼は腹黒でもなければ、人に言えない秘密を持っているわけでもない。洗脳されているわけでもないし、前世が魔王だったり、現代日本の童貞でもないし、もう一つの人格に侵食されつつあるわけでもない。
金髪碧眼、サラサラヘアー、笑顔眩しい正統派キラッキラ王子様である。
間違っても笑顔の下に黒い物が渦巻いてる系キャラではない。
しかしその笑顔が曲者なのだ!(by吉田さん)
他のキャラはしゃべり方や名前の呼び方、表情で好感度が分かるのにランスロットだけは最初から最後まで親しげな笑顔を振り撒いているのでプレイヤーが自分で失敗したことに気がつくのは、初見では不可能なのだそうだ。
しかし王子を恨んではいけない。
攻略サイトによると『王子とは万民にあまねく慈悲を振り撒く存在であり、王子の優しさに不満を抱くことは太陽が眩しいといって恨むがごとき愚かな行為』なのだ。
太陽じゃ仕方ないわな、うん。
ちなみに攻略失敗を教えてくれる親切キャラがグウィネビア様である。
『勘違いしないでね、殿下は誰にでも優しいの。みんな自分のことを殿下にとって特別な存在だと思ってるのよ。あなただけじゃないわ』
と実にストレートに真実を告げてくださるのだ。
しかし攻略情報のなかった初期には王子ルートに入ったことによるライバル宣言だと思い込んだプレイヤーが、他の攻略対象者を切り、そのまま突き進んだ挙げ句、ぼっちダンスパーティー&卒業エンドを迎える事案が相次いだらしい。
王子、おそろしい子っ
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殿下と二人で中央のテーブル周りの花瓶に赤薔薇を生けていく。しょせん素人が薔薇をなげ入れてるだけなので美しくはならない。後ろからついて来た使用人がきちんと整えてやっとまともになる。
王妃様のサプライズ演出だったわけだけど、私のドレスのせいで示し合わせたような格好になってしまった。
薔薇を持ちテーブルを周る姿ほまるで結婚式の演出(この世界にはないけど)のようだ。
これでは事実上の婚約状態ではないだろうか。ランスロット様はどう思っているのだろう?
後ろの方で辺境伯の声が聞こえる。王妃様からトリスタンへの声かけはあるのだろうか?
ちゃんと受け答えができるのだろうか?
「彼……が気になる?」
急にランスロット様が声をかけてきたので薔薇を持つ手に力がはいる。あやうく薔薇の茎を折ってしまうところだった。
「トリスタンのことですか? 気になりますわ。あの子、お茶会が怖くてしょっちゅう泣いておりましたの」
泣いてはいなかったかもしれないが、泣き言はしょっちゅう言ってたので、まあ、さほど違わないだろう。
「ほんとに? 彼……、すごく大人に見えるよ? 背も高いし」
「見た目だけなんです、ほんとはすごく臆病で……」
こんな話題をかなり密接して小声で話ながら薔薇を生ける姿は誰が見ても若い恋人に見えるだろう。
なお、この時の様子が宮廷画家により『薔薇を持つ少女』という作品になるのは、まだ先の話である。
しばらくお互いに沈黙が続いた。私は割りと本気で薔薇を生けていた。あとで直しが入るのは分かっていても、自分で綺麗に生けてみたい。この世界に華道的なものはあるのだろうか? このあたりは使用人まかせになっているのでよく分からない。それにしてもまず茎を切って高さを調整する必要があるだろうに、やっぱり花を生けたことのない貴婦人の思い付きだけに無理があるのかも……。
などとつらつら考えていたら、ランスロット様が突然話しかけてきた。
「あとで話をしてもいいかな」
「はい、私もぜひお話したいことがありますの」
内心、来た! と思いながらなるべく平静を装った返事をした。
「でも2人になる時間なんてありますか」
「一ついい方法があるよ。……えーっと、猿、見たくない?」
「え? 猿……」
なにか、いきなり話が飛躍したような……
「猿がいるんだ。金色でね。しっぽがこう……長くて」
「見たいっ……です。ぜひ」
金の猿見たい。普通に見たい。多分向こうだったらヤバいやつ。ワシントン条約とかアウトっぽいやつ。
あまりの食い付きのよさに、殿下は苦笑いをしている。
「あとね。喋る鳥もいるんだよ。綺麗な羽でね。」
「喋るっ……、ま、何語ですか」
たぶんオウムかインコあたりだと思うがどこの国から来たんだろう。外国で言葉を覚えたのなら、異国の言葉を喋るのだろうか?
殿下がうつむき加減で肩を震わせている。どう考えても笑っている。そこまで可笑しかっただろうか? いや、確かにちょっと食い付きすぎだったかも。
「あのう、殿下……、私、少しはしゃぎすぎでしたよね。えぇっと、失礼しました。」
「いや……いや……っ」
殿下、笑いが止まらない。笑い上戸か。
どう見ても笑いを堪えているのが丸分かりの殿下に、周りも気がついたころ、無事薔薇を配り終えた。あとは使用人に任せ、私たちは指定された席へと向かった。
席は大人と子どもで分かれている
子どもたちは殿下をいれて19人いた。15人が学園に入学する子どもたちで残りの4人は上の子についてきた弟妹たちだ。
今年は去年より子どもの参加者が多い。ランスロット様が参加しているからだ。親たちは我が子と王子を近付けようと必死なのだ。
私が誘導された先の子ども用テーブルには7人分の椅子がある。ランスロット様の両隣に私とトリスタンの席が用意されていた。
私の隣にはエルザという少女。
伯爵令嬢だが今日初めて会うので人となりはよく分からない。元大臣の父親とともに今は領地で生活している。
エルザも首都にあまり来たことがないらしく、境遇はトリスタンと似ているかもしれない。
赤毛に赤い薔薇の造花を髪飾りにして、やや型の古い赤色のドレスを着ている。全て赤で統一されているが意図してそうなったというより、あるものを合わせた結果と思われる。
エルザのとなりの銀髪で菫色の瞳の少女セシルは私の友人だ。伯爵令嬢で父親はキャメロット学園の学長をしている。
流行の軽めの布を使った白いドレスにフリルがふんだんに使われている。その新しい技術とデザインをごてごてとくっつけられた生花の薔薇が殺してしまっているのは残念なことだ。
髪飾りの赤薔薇も生花だが、不安定で動けば簡単に落ちてきそうで気になって仕方がない。
そのせいだろうかセシルの表情は冴えない。
トリスタンの隣に座っている四角い顎の少年がジョフリー。
ジョフリーはあからさまにトリスタンを睨み、ランスロット王子の隣にいるべきなのは自分なのだと分かりやすく主張している。
さらにその隣には、薄い金髪を大人のように横に流している少年セスがいる。特徴的な下がり眉のせいで表情が読み取れない。
ジョフリーとセスは共に新興貴族で殿下のとりまきである。城で同じ教師から学んでいるほどで、一緒にいる時間は私より遥かに長い。
それは父親たちの画策の結果で、当然よく思わない者もいるが優しいランスロット様は彼らを拒まない。
この二人のことは、正直、よく分からない。案外親のゴリ押しとは関係なく本人たちの美質ゆえに殿下の信頼を得ているのかもしれない。
しかし少なくともトリスタンを不躾に睨み付けているジョフリーは要注意だ。
そもそも普段から王子にくっついている二人が、殿下と同じテーブルにつく必要はない。
このお茶会は役割は日頃親交のないものたちを結びつけるためでもある。仲良しのためのお茶会ではない。
このテーブルの配置は親たちの意向よるものだから、本人たちをとやかく言うのは酷というものだろうが、セスはともかくジョフリーはそのあたりを完全に勘違いしているように思える。
硬い!
とにかくテーブルの雰囲気が硬く、そして重たいのだ。
こうして予想以上に厳しいお茶会がスタートしたのだ。




