グウィネビア様、出陣(お茶会)
ついにお茶会の当日がやってきた。
私とトリスタンはそれぞれ違う馬車に互いの両親とともに乗った。
私たち2人を一緒の馬車に乗せようと、辺境伯夫人は頑張ったようだが、トリスタンと辺境伯に阻止されたようだ。
「ずいぶん落ち着いた雰囲気の衣装を選んだのね」
お母様が私を見て小さな声で言う。
今日の私は深い緑色のドレスを着ている。シンプルに見えるが黄色と白の複雑な刺繍がそれは美しい古典的のデザインだ。
髪はサイドに複雑な編み込みをいれつつ、ハーフアップにしている。髪飾りは繊細なレース編みの小さな小花を控え目に散らしている。
見る人が見れば全てに細かい意匠が組み込まれているのが分かる装いである。
もちろんお母様も分かっている。が、それでも不満なのだ。
本来ならお茶会の直前に殿下と私の婚約が発表され、お茶会の主人公は殿下と私のはずだった。しかし婚約発表されてない以上、私は招待客の1人にすぎない上に子ども枠での参加者だ。
今日、子どもたちの中で注目されるのは殿下と今年初めて参加した子ども――トリスタンのような立場の者だ。
私は彼らを立てて脇役に回るつもりだ。最初に選んでいた衣装は止めて、あえて控えめなドレスにしたのだ。
「今日はトリスタンのような初めて大人のお茶会に呼ばれた子がいるでしょう? その方たちが気後れしないように。私は脇にいるわ」
「いくらお父様のお決めになったこととは言えね。あなたは『薔薇の君』なのだから誰よりも目だっていいの。堂々としていいのよ」
堂々とすることと目立つことは微妙に違うと思うのだが……。
「ああ、可哀想。夢だった婚約を先延ばしにされて、ショックで落馬したくらいなのに。こうやって立ち直って、懸命にがんばってる」
「え? お母様……、違うんですよ……、あの……」
どうもお母様の中では、父親に婚約を先延ばしにされショックのあまり落馬した不憫な娘、ということになっているらしい。
とんだ誤解である。これではお父様が一方的な悪役になってしまう。
否定しようにも不満が爆発したのかお母様の言葉は止まらない。
「15で婚約なんて早すぎることはありませんよ。昔の人は15、6で結婚していたそうじゃないですか。だいたいね、いくら時間をかけても、この子ほどランスロット様の隣にふさわしい娘なんて現れるもんですかっ」
「昔とは違うよ。15歳なんて子どももいいところだと思うね。まだまだ未熟、逆に言えば可能性の塊と言ってもいいだろうね。殿下もグウィネビアも未来はまだ決まってないんだよ」
お父様は娘の婚約話を白紙にした父親、という役割を演じきるつもりのようだ。なんというか申し訳ない。
結局、馬車の中の重苦しい空気は解消されることのないままお茶会の会場に到着したのだった。
王妃様のお茶会の会場は王宮ではなく、首都郊外にある王妃様の元実家で行われる。王妃様のご実家の一族はすでに城下にある貴族街に居住を移していて、残された屋敷は王妃様の私的な付き合いなどに使われている。
先代の頃から庭園に力をいれており、メインは屋敷より庭の方だと言われている。
たしかに屋敷の規模でいえばエバンズの方が大きいだろうが、庭の薔薇園は王国屈指の規模を誇り、温室では異国の珍しい植物が咲き乱れている。
さながら植物園といったところだが、最近では羽の美しい鳥や異国の猿などの飼育も行われているらしい。まさに王妃様の趣味全開ワールドなのだ。
毎年開かれるお茶会だが王妃様の私的なもの、という体で開催されるので国王陛下は来られない。子どもにとっては小さな社交界デビューといったところである。
会場につくとまずは屋敷の大広間に集められた。大人たちはめいめい知り合いを見つけては挨拶をしていき、子どもは大人しくその後ろをついて歩く。
子どもといっても学園入学前の15歳がほとんどだ。一応、親が招待されたなら何歳の子どもでも連れて来てもよいとされている。しかし基本的には大人が主役のこのお茶会に幼い子どもを連れてくるものはいない。
しばらくすると屋敷の執事の声を掛けられお父様とお母様と私は庭に向かう。
今日は首都ナレトにしては珍しいほどの晴天だ。青い空と鮮やかな芝生の緑のコントラストが美しい。
庭には丸テーブルが用意され、その周りには大小さまざまな花瓶が配置されている。花瓶に生けられた色とりどりの薔薇は何かテーマ性があるのか少しずつ配色が変えてある。
会場の向こうには薔薇園があり、遠目にも今が盛りの薔薇たちが咲き乱れているのが分かる。お茶会の真の目的はこの見事な薔薇たちのお披露目にあるといっていい。
よく見ると肝心のテーブルの真ん中付近の花瓶たちはずいぶん控え目だ。豪華な花瓶にかすみ草と小振りな淡い色の花が生けられている。少し隙間が空きすぎ寂しげな印象を与えている。
庭に出された招待客は屋敷の使用人たち誘導で王妃様と王子殿下への挨拶に向かう。筆頭は我が家である。そしてその次がノーグ辺境伯一家となっていた。
「エバンズ公爵アルバート様ならび公爵夫人シルビア様ならび令嬢グウィネビア様、どうぞこちらへ」
王妃様の側近が高らかに私たちの名前を呼ぶ。
紹介を兼ねているのだ。
今日の招待客は30組、夫妻とその子どもたちである。家の格の順に挨拶をするのだが、この順番で揉めることもあるらしい。
王妃様とランスロット殿下の周りに配置されている薔薇は、去年、私が賜った赤薔薇である。その名も『グウィネビア』。薔薇の中でも大輪であり、深みのあるその色は光の加減によって濃淡が変わる。幾重にも表情を持つまことに贅沢な薔薇に自分の名がつけられたのだ。改めて考えると恐ろしい話である。
去年、完成したばかりの新作であり、最初は名前がなかった。たまたま(?)王妃様が私に『薔薇の君』の名とともにこの花を下賜されたことで、名前が決定した。
お父様が代表で王妃様と殿下に挨拶をする。私とお母様は後ろで頭を下げているだけである。この後29組の招待客が続くのだ。一人一人挨拶していたらキリがない。
ただし例外はある。
去年と同じく私とお母様は、王妃様に声を掛けられ顔をあげた。
「まあグウィネビアの今日の装い、素敵ね。最近の流行りの布は少し軽すぎるわね。美しいけど皆、同じに見えるもの」
王妃様はお母様に向かい、「娘のために良いものを選んだのね」、と言うと、お母様もしれっと「ありがとう存じます」と応えた。流石である。
そのあと王妃は近くにいる侍女に何か指示をだした。
侍女は薔薇を生けた花瓶を持って近付いてくる。
「グウィネビア、こちらに来て。あなたの薔薇よ。刺は抜いてあるの、さあ持ってちょうだい。」
王妃様に促されるままに私は『グウィネビア』のはいったシンプルな花瓶を渡された。
「まあ……」
赤薔薇を持った私をまじまじと見ていた王妃様が感極まったように声をあげる。
自分では分からないものの、私もなるほど、と思う。
今日の濃緑のドレスに赤薔薇がよく似合ったのだ。黄と白の刺繍も薔薇の周りの小花に見え、まるで赤薔薇と揃えることを想定して用意された衣装のようだ。
近くにいる人々も王妃様と似たような反応をしている。両親の後ろに隠れぎみのトリスタンなどは魂が抜けたような顔しているが、極度の緊張で何かが弾けてしまっただけかもしれない。
「グウィネビア、貴方に仕事をお願いしたいの。この薔薇をね、テーブルの花瓶に生けてきて頂戴。さあ、ランスロット、エスコートしなさい」
王妃様の声に応えてランスロット様は立ち上がり、私の隣に立つ。
「グウィネビア、花瓶を」
優しい声。
あと数年もすれば国中の女性が彼に名を呼ばれることを夢見るようになるのだろう。
名を呼ばれ、優しい言葉をかけられた者は男も女も彼の虜になる。
自分は彼の『特別』なのだと、たやすく信じてしまう。
『激ムズ』
異世界から声が聞こえるーー。




