グウィネビア様、知りすぎた令嬢になる
本来なら学生は発表会の準備で頭がいっぱいになるはずの時期である。
しかし、今、学園は新しい王子とアリシア姫の悲劇の話で一色に染まっている。
半月前まで、教本に数行割かれているだけの人物だったアリシア姫は、悲劇の姫として学生の心に深く刻まれたのだ。
学生の中には、貴族、平民問わず、アリシア姫一行と縁のある者たちがいた。
その代表は2年の貴族とりまとめ役のルイスだ。
アリシア姫の侍女の1人はゴドウィン伯爵の妹であった。
襲撃を受けた際、アリシア姫と同じ馬車にいた彼女は機転を利かせ、アリシア姫のベールや装飾品を身につけ姫の身代わりとなった。
彼女が他の随行者たちと共に刺客たちを引き付けたおかげで、姫は闇の森の入り口まで逃げることが出来たのだ。
「これまで、おば上の話は殆んど聞いたことがなかったのだ。まさに一族の誉れだ」
とりまとめ役の集まりで、ルイスは誇らしくおばの悲劇を語る。
「立派なことですわ」
「ほんとに、そんな素晴らしい方がいらっしゃったなんて」
ノーラとグレタが称賛の声をあげる。
「ガウェイン、君の親族も護衛の騎士だったようだな」
驚くほど優しげな声でルイスはガウェインに声をかける。
「はい、アリシア姫を守るため森で戦った3人の騎士のうちの1人が、父の兄弟だったようです」
ほうっとグレタがため息をついた。
みんな、驚くほど情報に精通している。
「謁見には誰が行くんだい? うちは父上だ」
「そうですね、おそらく祖父になると思います」
「きっと謁見は、素晴らしいものになるだろうね。学生は入れないのが残念だな」
ルイスは上機嫌で言う。
アリシア姫一行は全員、褒章を受ける。
侍女や騎士ばかりではない、末端の使用人を含めて全てだ。
遺族が謁見の間で国王陛下から褒章を授かるのだ。
貴族と平民が同じ空間で同じ名誉を受けるという、異例の授与式となる。
褒章授与の後、王宮バルコニーから王族が姿を見せる。
謁見の間に入れない貴族は、新年のように貴族滞在用の宮殿から、バルコニーの様子を見ることになるのだ。
「あの、グウィネビアさんは王宮には入られないんですか?」
グレタが遠慮がちに聞いてきた。
「私ですか? 私も学生ですし、私の一族からは特に関わりのある者もいませんわ。大臣なので両親は王宮でしょうけど、私は宮殿の方になると思います」
「でも公爵様とグウィネビアさんのおかげで、あの……殿下……、ええっと」
「ちょっと、いいかな」
言葉が続かないグレタに変わって、オスカーが話しだす。
「ねえ、ランスロット。僕らは、あのお方のことを新しい王子様なんて呼んでるだけど、実際のところ、なんってお呼びすればいいのかな」
そう、エーリヒの立場は特殊すぎて、皆、どう扱っていいのか、分からないのだ。
「父上が後見になっているから学園を卒業するまでは、王子と考えて貰ってかまわないよ。ただ彼は『殿下』と呼ばれるのは嫌がるだろうね」
どうやら後見人は無事、陛下になったようだ。
それから話は再び、アリシア姫一行の悲劇となる。
盛り上がっているのは、ルイス、オスカー、ノーラ、グレタだ。
ランスロットは如才なく相槌を打ち、ガウェインはいつもの通りの寡黙なガウェインだ。
私も愛想よく振る舞っているつもりだったが、オスカーは私の様子がいつもと違うことに気がついたようだ。
「グウィネビア、随分大人しいね、もしかして聞きあきてる?」
「いいえ、そんなことじゃ、ありませんのよ。ただ、正直、恐ろしくて。私が姫の侍女だったら、そんな風に素早く姫の身代わりになれるかしらと、考えてしまうのです」
かつて国と国、領地と領地の婚姻は、同盟強化、あるいは人質としての意味合いがあった。
歴史を紐解けば悲惨な末路を辿った姫の話は枚挙にいとまがない。
しかし、それは、私の中では過去の歴史的事実にすぎない。
当時のザールとグラストンの関係は極めて良好であり、一行は、刺客を差し向けられるなど予想もしていなかったのではなかろうか。
ただただ、明るい未来を信じていた一行は、突然襲いかかった殺意の刃の前に、何を考えたのだろう。
その無念と絶望を思うと、勇敢に戦った彼らの『物語』を聞いても、晴れがましい気持ちにはなれないのだ。
「20年前とはいえ、あの方がたの悲しい最期を思いますと、やはりつらいものがありますわ」
「ふん、君は意外と繊細なのだな。彼らの死を無駄にしないためにも、彼らの尊い犠牲、美しい精神を語り継がねばならないのだよ」
ルイスが尊大な調子で言う。
「そうですわね。それが正しいのでしょうね」
美しい物語で陰惨さを糊塗してしまえば、前国王の過ちに目を向ける者もなく、王室へ批判が向くこともないだろう。
まったく正しいやり方だ。
とりまとめ役が会議は終わったあと、私とランスロットは別室に移った。
「エーリヒの父ブルーノ氏の贈爵が決まった。死後に贈る爵位のことだよ。異例のことだけどね、この国の成立以前にはあったらしいんだ。エーリヒは学園卒業後、その爵位を継いで王家の一員から臣下となる」
「王太后様は、それで納得されたの?」
「いや、駆け引きさ。こっちもいろいろ犠牲にしたよ」
エーリヒの件があってから、私は王室の事情に詳しくなってしまった。
ランスロットまで、こうやって色々話してくれるものだから、私は普通の貴族令嬢が知るには分不相応な情報を持っている。
「エーリヒは王宮から私と一緒に学園に通うことになった。ヨーゼフ氏は貴族街に邸を用意することになっているよ」
「あら、一緒じゃないの? 親子……じゃないけど、家族を引き離さないほうがいいわよ」
どれだけ国王一家が心を砕いても、長年親子として生きてきた者の代わりにはなれないだろう。
「ヨーゼフ氏にも王宮に住んでもらうようにしたかったんだけどね、断られたよ。2人で貴族街に住むとなると、王が後見しているのに体裁がわるいしね。それにこちらの目が行き届かないと、おばあ様が何をするか分からないんだ」
「王太后様は結局、エーリヒと一緒に住むことをあきらめたの?」
「いや、それがね。王宮に一緒に住むことになったんだ。晩餐はいつも一緒さ」
何それ、怖い。
「母上がだいぶ機嫌が悪くてね、こっちも何かと問題ななりそうだよ」
嫁姑戦争勃発か……。
「でも後見を譲ることもなかったし、大体最初に考えてシナリオ通りになったわけね」
「エーリヒ関連は、今のところ、こちらが主導しているね。学園に入ったら、出来るだけ僕らの側にいてもらうつもりだ」
「でも、学年が違うわ。1年は1年の付き合いがあるでしょう?」
私やランスロットのように、何かの役についていない限り、学年を越えた交流というのはあまりない。
もっとも、最近は学園広報部、図書資料部、寄付係、寮の自治組織のような全学年で活動する機会も増えてはいる。
「いや、異例のことだが2年に編入となる。今は城で1年の内容を詰め込んでいるところだ」
「いきなり専門コースに進むの? エーリヒの負担になるだけじゃない」
「大変だと思うけど、僕らと同学年の方が都合がいいという判断だ。それとね、来年はおばあ様の実家の遠縁の娘が入学して来るんだ」
王太后様は自身の実家とエーリヒを結びつけるためにその娘とエーリヒの婚姻を望んでいる。
それに対し、国王陛下は「2人の気持ちを尊重する」としか言わなかったらしい。
「どんな子かは、まったく分からないけどね。どうもおばあ様はやる気なんだ」
「私たちにそれを妨害しろってこと?」
「うーん、その、そうだね。できればセシルやエルザ、それから君のあたりとエーリヒが結ばれてくれたら助かる」
「あきれた。ばかばかしい」
ランスロットは困ったように肩をすくめる。
彼だって内心、馬鹿げたことだと思っているのだろう。
「今のところ、心配なのは来年の1年生のことだけなの?」
エーリヒが誰を選ぼうと、エーリヒの自由だ。
私は彼が誰と親しくしようと邪魔するつもりはない。
私の問いに、ランスロットはすぐには答えなかった。
やがて彼は声を落とし、静かに話し始めた。
「重臣がね、だいたい1/3ほど入れ替わると思う。後釜はおばあ様の息のかかった者たちだ」
「それは……」
「取引したんだ。例の重臣会議のことは明るみに出さないかわりに、エーリヒの存在を闇に葬ろうとした者たちは自ら職を辞することになる。明日には告知されるよ。職を解かれるわけじゃないからね。不名誉とは言えない」
しかし、重臣が一気に王宮を去るというのはあまりにも不自然ではないか。
「まあね、気にする者もでるだろう。でも今、首都はエーリヒとアリシア姫のことで熱狂している。一般の国民はあまり関心を持たないだろうね」
元々、重臣の入れ替わりは激しく、任期なども存在しない。辞める理由が問われることもあまりない。
「辞める理由はね、何もエーリヒのことだけじゃない。まあ、いろいろ王宮と距離をおきたい者がいるのだ」
「そうなの……」
しかし、後任が後任だけに国王陛下もお父様も大変だろう。
「あと私たちに関係あるのは、ジョフリーだね。彼の父も王宮を去るよ」
ジョフリー!
ここで友人の名が出てくるとは思わなかった。
「どんな影響があるの? ジョフリーはどうなるの」
「何もないよ。ジョフリーの兄は変わらず王宮にいるし、彼も変わらず私たちの友人さ」
そうだろう? と言いながら、ランスロットは私を見た。
私は「そうね」と短く一言だけ添えた。
ランスロットが私に一番伝えたいことは、ジョフリーのことだったのかもしれない。




