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グウィネビア様、トリスタンと熱い夜を過ごす

 その日の夜、私は自分の部屋のバルコニーに面した窓のカギを開けていた。部屋はすでに暗い。ただ小さなランプの灯りがあるだけだ。

 常に侍女を伴い行動している私が真に1人になれる時間だ。通常、この時間帯は日記をつけたり、書き物をしたりするのだが、今日は違う目的で起きていた。


 ――――――。


 音さえなく、ただ微かな気配だけを感じさせながら、バルコニーからトリスタンが入ってきた。

 私は座っていた椅子から立ち上がり真夜中の客人を迎える。闖入者ではない、私が招いたのだ。


「いらっしゃい。トリスタン、お待ちしてました」


「いらっしゃい、か。乱暴な招待ありがとう。わざわざ夜に壁づたいに来い、って何かの罠かとおもったよ。僕の部屋、3階なんだよ、分かってる? 可哀想な従兄弟が落ちて死んだら、少しは悲しんでもらえたかな?」


「あなたの能力に期待したの。手紙は持ってきた?」



 ソフィアに手紙を持たせトリスタンに渡して貰ったのだ。内容はシンプル。


『皆が寝静まったら、バルコニーから私の部屋にきてください G』


「持ってきたよ。そっちで処分してよね。あの人、ソフィアさんだっけ? 僕より隠密だったよ。誰にも気がつかれないよう手紙をすっと差し出してね。あれはマリーも出し抜いたよ」


「マリーってあなたの側にいる侍女?」


 お茶会の席にきた侍女のことだろう。

 事前にソフィアが用意していた椅子にトリスタンは腰を落とした。足をだらしなく伸ばしている。

 私もトリスタンに対面するように椅子に座る。


「あの人、いつもくっついてるけどね、僕の侍女じゃないよ。母様の腹心だね」


「あら、あなたがやんちゃしないように、監視してるの?」


「逆だね。僕がやんちゃするようにさ。君にね」


 小さなランプの灯りではお互いの表情は見えない。だが私の目には彼がニヤリと笑ったような気がした。なんとなくゲーム冒頭のトリスタンに近づいた気がする。


 私が何も言わないのでトリスタンは話を続ける。


「ここに来るほんの数日前だよ。母様がさ、君と殿下の婚約が白紙になったって言い出してね。白紙も何も婚約自体初めて聞いた話だからさ。あの子が王妃になるんだ、すごいなーって呑気に聞いてたわけ」


 先ほどから気になっていたがトリスタンの態度も話し方も変わっている。たぶんこっちが本来の彼なのだろう。しかし話の内容が内容だけにそれどころではない。


「待って、なぜおば様は婚約の話を知っているの? 内々の話だったはずよ」


「母様が特殊なだけ。あの人、領地に籠ってるけど宮廷に人脈があるみたいなんだ。大丈夫。こんな重要な話、べらべら話さないよ。年頃の娘や息子がいたら特にね」


「ちょっと意味が分からないわ……」


 トリスタンの言葉に私は困惑していた


「母様はさ、自分の息子が『薔薇の君』と結婚できると思っちゃったわけ」


 なるほど可能性としてはなくはない。


「あなたの意思はどこにあるの? 私と、その、結婚したいの?」


「意思ねえ……だって『薔薇の君』だよ。王妃様お気に入りの公爵家の令嬢だよ」


「身分も家柄も問題ないわ」


「あるよ。育ちが違う。首都で王室主催のパーティにあたり前のように呼ばれる家と田舎に引きこもった一族。はっきり言ってノーグにずっといる僕なんかよりナレトに住んでる子爵家、男爵家の子どもの方がずっと洗練されてるんだ。貴族だけじゃない。平民の金持ちなんてさ、もう貴族と見分けがつかないくらいじゃないか」


「あなたは自分の故郷が嫌いなの? ずっと領地にいるのが辛かったの?」


「逆だよ。ノーグが大好きなんだ。父様も母様も、僕らみんなノーグが好きさ。ナレトは好きじゃないゴミゴミしてる。空はいつも雲ってるし人はバカみたいに着飾ってる。ノーグはいつも晴れてる。どこまでもどこまでも平原が続くんだ。馬を走らせたらそりゃあ素晴らしいよ。この辺りの森なんて目じゃないさ。それに海がある。見張り塔のてっぺんに登ってみたらいいさ。陸とはまったく違う世界なんだよ、あそこは。でも他の土地の連中には、特にナレトに住んでるやつらには分からないだろうさ。みんな、ノーグなんてまともな人間の行くところじゃないって思ってるからな」


「行きたい」


 私は思わず叫んでいた。


「私行きたいわ。どこまでも広がる平原で馬を走らせたいし、海も見たいわ。それでもし晴れていたら、なにもかも美しい所なのね」


「君……ノーグに興味があるの。あの、もし、行く事にほんとになったら……いや、止めとこう」


 トリスタンは今にも椅子からずり落ちそうなほど浅く腰を掛けている。喋りすぎて疲れているのか。そして深いため息をつく。


「ほんの数週間前は学園生活で頭がいっぱいだったよ。ナレト、嫌だな。田舎者だって言われるんだろうな。金持ちの平民にバカにされるかも……って、そしたらいきなり薔薇の君と結婚しろとか、王妃様のお茶会に行けだのになってさ。で、来てみたら君、洒落にならないくらい綺麗になってるじゃない。なんか怖すぎて目も合わせられないし、息もできなくなりそうだった。しかも綺麗ってだけじゃない、すごい努力家だよね。僕、勉強ってあんな風にやるもんだなんて知らなかったよ。それから自分と母様がとんでもなくバカで滑稽だと感じるようになってさ。母様に煽てられたとはいえ、自分が『薔薇の君』に釣り合うなんて一瞬でも思ったことが恥ずかしいんだ。ほんと、このまま消えちゃいたいくらい。この屋敷に来てからそんなことばっかり考えてるのに、君ったらおかまいなしに僕にかまうから、まいったよ」


 トリスタンは一気に喋った。本音を出しきったのか、さきほどよりグッタリしてる。言葉は悪いが何かの絞りかすみたいだ。


「ずっとあなたが私との間に壁を作ってるように思っていたの。その理由を知りたくてこんな無茶なことをして……、ごめんなさいね」


「いや、僕が……、僕らが悪いんだ。勝手に下心を持って乗り込んで、勝手に撃沈したんだから、ざまあないよね」


 そう言いながらトリスタンはよろよろ立ち上がる。


「図々しいのは承知だけど、これからも友達でいてくれる? 君に軽蔑されたくないんだ」


「もちろんよ。学園生活が始まる前にしっかり勉強しましょう。社交が不安なら前に来ていただいてた先生に見てもらいましょうね」


「あ……、うん……」


 そしてトリスタンはふらふらと幽鬼のようにバルコニーに向かう。

 あの状態で部屋に帰ることができるのだろうか。


「君ってさ、なんっていうか、案外、気さくないいやつだよね」


 去り際にこちらを見て一言、そう言うとトリスタンはバルコニーから消えるように去っていった。

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