偽物乙女ドラゴンの必殺技
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
乙女ドラゴン。
社会学の研究で来日した留学生に過ぎない私が今の徒名で呼ばれるようになったのは、子供の頃に製作された同名の功夫映画が原因だ。
主人公と同じ王美竜って名前から、台湾にいた時もネタにされてたけど、あの映画って日本じゃ大ヒットしていたみたい。
堺県立大のゼミで自己紹介したら、「映画の『乙女ドラゴン』の主人公と同じ字なの?」って聞いてくる男子学生が結構いたもん。
雑誌の通信教育で習った功夫の型を披露した私にも落ち度があるって、重々承知してるよ。
おだてられたら悪乗りしちゃう性格なのは、自分でも反省してるよ。
それキッカケで友達が増えたし、映研の自主製作映画に女拳士役で出演する機会も得たし、大学生活を楽しく出来たから良いんだけど。
そんな私の虚名がエスカレートしたキッカケは、先週の土曜の夕方だったの。
学生街の居酒屋でゼミ友の蒲生希望さんと一緒に昼飲みしてた私は、ベロベロに酔っちゃったの。
「もう一軒行こうよ、蒲生さん。良いバルを知ってるんだ。」
気さくに片手を挙げたつもりだったけど、どうも視界が左右に揺れるなぁ…
「フラフラじゃない、美竜さん…」
見るに見かねたゼミ友の肩を借りる形で、私は何とか下宿に向かっていたの。
すると、そこに犬が突っ込んで来たんだ。
どうやら、散歩中の犬が興奮して飼い主を振り切ったみたい。
「アハハ、犬だぁ…」
飲み過ぎて気が大きくなった私には、猛犬なんて怖くなかった。
千鳥足が回避運動になったのか、私を狙った突進は空振りに終わり、犬は電柱に激突したんだ。
「ウガッ!」
手傷を負った逆恨みで怒った犬は、渾身の飛びつきを敢行したの。
「頭がフラフラするなぁ…おおっと!」
だけど千鳥足の私は路上の空き瓶に躓き、豪快に転倒してしまったんだ。
「キャイン!」
振り上げた右足で、犬の脳天を直撃しながらね。
座り込んだ私の目の前には、失神した犬を介抱する飼い主の老婆を尻目に、輝く瞳で私を見つめるゼミ友が立っていたの。
「ああ…蒲生さん?」
「凄いよ、美竜さん!功夫だけじゃなくて酔拳も使えるんだね!それに必殺技の踵落としも!」
私を下宿へ引きずりながら、蒲生さんは嬉々とした様子で話し掛けてくる。
後に学内で広まった「県立大の乙女ドラゴンは酔拳使い」って噂は、彼女が出所だろうね。
功夫は型だけで、酔拳はまぐれ当たり。
そんな偽物乙女ドラゴンなのになぁ…
こんな話が実家の両親や妹に知られちゃったら、私どうしよう?