~可憐! 魔物の罠~
いつもと違う。
日常では無い。
ほんの数日、それこそ三日ぐらいの話だけど。
それでもあたしは、森がいつもと違うんだなぁって思った。
野生動物を狩るのは、難しい。
だって、今まで一度も見かけなかったのだから。
もちろん空を飛んでる鳥とかは見かけたけど。悠々と空を飛んでる鳥は、野生動物の中でも特別っていうのが分かる。
空は彼らの領域であって、あたし達の生きる場所じゃない。
だからこそ、鳥たちはあたし達を危険だと思っていない。なので、姿を見せてくれるんだと思う。
それでも小型の鳥だけだ。
大型の鳥になってくると、きっと食べる部分があるから人間が襲うと思う。
大昔は普通に姿を見せてたけど、人間が襲うようになってからは見えなくなっちゃったんじゃないかなぁ。
って、思った。
つまり、狩人って凄い!
野生の動物を狩る人って、めちゃくちゃ凄いんだ!
盗賊と似たような職業だけど、盗賊とはまた違った専門家なんだってことが分かる。
あたしの実力では、ウサギだって仕留められないと思う。
でも。
師匠はどうなんだろう。
旅人をしてたぐらいだから、きっと狩人のスキルも高そうな気がする。野営とかするだろうし、食料だってそんなに多く持ち歩けないから、狩りの技術とかスキルも凄く高そう。
盗賊スキルだけじゃなくて、狩人スキルも教えてもらえるのかな?
師匠といっしょに旅ができたら。
きっと教えてもらえるかも?
「ふぅ……」
あたしは大きく息を吐いた。
いけないいけない。
集中力が落ちてきた。
気づけばまた師匠のことを考えてる。
今は、森の様子に注意しないといけないのに、どうしても思考が師匠に傾いちゃう。
あぁもう!
これもぜんぶ、師匠が悪いんだぁ!
と、叫びたい気持ちを抑えて、あたしは後ろに合図した。
あたしの位置までは大丈夫。
少々の物音とか立てても問題ないよ、という意味だ。
みんなは装備品を持っているから、どうしても音がしてしまう。特にイークエスは金属鎧だから、ガチャガチャと音が鳴ってしまうのは仕方がない。
サチの神官服にしたって、チューズが装備してるマントだって、どうしてもこすれる音がするし、みんなの足音はどうしてもうるさくなってしまう。
だから、それが聞こえる範囲に何も無いことを確認して、あたしは先行しながら合図を送っていた。
ホントはもっともっと先へ進みたいけど――
離れすぎた時の対処とか、あたし達にはまだ無理だ。
だから、慎重にゆっくりと、できるだけ集団になって行動する。
「よし」
みんなが来るのを確認して、あたしはまた森の奥へと移動していった。
斥候の基本は師匠に教わってる。
まずみんなが通る道を決める。
これは獣道とか、そういったおよそ通りやすい筋を見立てる。
で、そんな獣道を見張るような、監視するような場所をあらかじめ注視する。
例えば獣道の横に大きな藪があったりすると、そこが怪しい、となる。
だから、怪しい藪を確認したりして、安全を確保。
監視や魔物の姿が無いことを確認したら、移動して再度確認。
そしてみんなを移動させる。
という流れだっていうのは、簡単に教えてもらってた。
「だからといって、いきなりは出来ないよぅ」
それがあたしの本音。
盗賊としての基本行動は教えてもらってる。
基本は聞いてたけど、実際に実行するのは今回が初めてだ。
ぶっつけ本番。
失敗するに決まってるよね!?
「うぅ」
ぜったいにみんなに聞かせられないけど、そう叫びたい気持ちでいっぱいだった。
でも、やらなきゃいけない。
頑張らないと、みんなが危険になっちゃう。
だから、あたしが今できる全力で斥候をやる。
時間がかかってもいいから、ゆっくりゆっくりと進んでいく。
何度かみんなを呼んで次に進もうとなった時――
「っ!」
あたしは慌てて止まって、みんなの位置まで引き返した。
「どうした、パルヴァス」
ガイスの言葉に、あたしは地面を指した。
「罠があった」
「罠?」
チューズの言葉にうなづく。
「鳴子、っていうんだと思う。あの、ロープに鈴とか取り付ける、アレ」
足が引っかかると、音が鳴って知らせる罠。
それが、あった。
「冒険者が仕掛けたんじゃないのか?」
イークエスがゆっくり追いついてきたので、改めて説明するとそう言われた。
でも、あたしは違うと思う。
「ロープじゃなくて、木の繊維みたいなヤツだったよ。ねじってある手作りのロープ。で、動物の角みたいなのがぶら下がってた」
「それは鳴子か?」
そう言われてしまうと、なんとなく自信が無い。
「ん~。とりあえず、みんなで見て」
周囲に魔物の気配はなかった。
だから、みんなで鳴子の場所まで移動する。もちろん、安全に静かに気を付けて。
「……ホントだ」
サチがつぶやく。
みんなも実際に罠を見て、納得してくれたみたい。
「これ、鳴子だよね。引っかかっても、あんまり音が鳴りそうにないけど」
木の繊維をくゆらせて作ったお粗末なロープに、動物の角と石がぶら下がっている。もし足を引っかけたとしても、そこまで大きな音は鳴らないと思う。
あまり上手い作りではないので、なおのこと魔物が仕掛けた罠っぽい。
「だが、これで確信できたな。森の奥に罠を張る魔物がいる。だから野生動物が浅いところまで出てきたんだ」
イークエスは木の繊維を剣で斬り、鳴子を解除した。
つまり、知能の高い魔物がいる。
レベル1の魔物じゃない。
「どうする? ここで引き返してもいい。報告するだけでオレ達より優れた冒険者が対処してくれるはずだ。でも、もう少し奥へと進み、魔物の姿をちゃんと確認する。報酬は少しばかり上がるだろう。どっちを選ぶ?」
リーダーの提案に、戻るべきだ、と答えたのはガイスとサチ。チューズは確認すれば報酬が高くなる、と進む方の意見。
「パルヴァスはどう思う?」
「……あたし、ひとりで見に行く。みんなはここで待ってて。っていう意見」
「却下――いや、自信はあるのか?」
イークエスに向かって、あたしはうなづいた。
斥候は出来ない。
でも、偵察は出来る。
あたしには、師匠が買ってくれた成長するブーツがあるから、足音を立てない自信はあるし、ひとりだったら身軽だ。
それに――
「鳴子がここにあるってことは、近いでしょ? たぶん、もうちょっとだけ奥に行けばいるんじゃないかな」
「……言われてみればそうか。すでに深く踏み入り過ぎてる可能性もあるわけか」
イークエスは少し考え、即決した。
「分かった。パルヴァスは魔物の姿を確認してきてくれ。どんなヤツが何匹いたか。正確でなくて構わない。その間、オレ達はここで待機しておく。ただし、魔物に見つかった場合、相手がコボルト一匹であろうともオレ達は逃げる。パルヴァスも、発見された場合は逃げるのを最優先に行動してくれ。いいか?」
「うん、分かった」
いってきます、とみんなに背中を向けた瞬間、あたしは髪の毛をつかまれた。
「……待って」
がくん、と空を向いてしまう。
痛い。
もちろん、あたしの髪を掴んだのはサチだった。
「痛いよぅ……どうしたの、サチ?」
「神さまの祝福を――」
そう言って、サチは目を閉じて祈ってくれた。
「ありがと、サチ」
「……気を付けて」
今度こそ、あたしは森の奥へと静かにゆっくり確実に、進んだ。