~可憐! 弟子、三日会わざれば刮目して見て欲しい~
師匠が王都に行ってから今日で三日目。
王都までは馬を使っても三日かかるってイークエスが言ってた。
徒歩で行くのは考えられない距離なので、乗り合い馬車か馬を使っているのは確実だろう。ってイークエスが教えてくれた。
つまり、師匠は速くても今日、王都に到着したと思う。
いや、師匠のことだから、ぜったいに王都に着いたはず!
だって師匠は完璧で、凄い人なんだから!
って、思いたい。
できればあたしもいっしょに連れていってほしかったなぁ~。
「はぁ~……」
ということは、あと三日。
最低でもあと三日は師匠に会えないってことだ。
そもそも何をしに行ったのかも知らないので、もしかしたら王都に何日か滞在するかも。
そう考えたら、まだまだ会えないってことになる。
最短で三日後に会えるけど、師匠の用事によってはもっとずっと長く会えないかもしれない。
「うぅ~……」
そりゃぁさ。
あたしはさ。
冒険者になっているので、そんな簡単に会える状況じゃないですよ。
でもさでもさ。
近くにいてくれてもいいのに。
ずっと見ててくれてもいいのにぃ。
こんな簡単にあたしを信頼するなんて、師匠は間違ってると思う。
だってだって!
あたしなんてまだまだ全然で、まったくもって何もできないんだから!
「日に日に弱っていくな、パルヴァス」
「元気だせよ~、パルヴァス。師匠がいなくなっただけじゃないか」
今日も今日とて河川工事の見回り中。
初めてみんなで魔物を退治した日から、同じ仕事を続けている。ローテーションのように、何度か見回る場所を交代しているので、景色とか警戒場所は変わってくる。
なので、いつだって真剣に挑まないといけなかった。
けど。
それなりに慣れてきたので、みんなにも少しだけ余裕が出てきたみたいだ。
まぁ、油断しない程度には会話ができる。
そんな感じ。
なので、あたしの後ろを歩くガイスとチューズが声をかけてきた。
後ろから見て分かるくらいに、あたしは落ち込んでるのがバレてしまっている。
隠すつもりもないけど。
盗賊としては失格なのかもしれない。
「うぅ。だって師匠がいないんだもん……」
あたしがそう声をあげると、隣を歩いていたイークエスが頭をポンポンと撫でてくれた。
でも、装備が装備だけに撫でるってより叩く感じに近いけど。
ガントレットは、やっぱり重くて冷たい。
それでも、慰めてくれてるのは分かるので素直に撫でてもらう。
「師匠も大事だとは思うが、パルヴァスはオレたちの目なんだ。しっかり前を見ていてくれないと困る」
「はーい」
頼むぞ、とイークエスは肩をポンと叩いた。
そんなあたしに後方から視線を感じる。
なんだ、と思って振り返ったらサチの視線だった。
「……」
なぜか怒ってる。
ような、気がする。
「大丈夫だから。サチも気にしないで」
「……分かった」
と、彼女はうなづくだけ。
サチのことも、調査が進んでいるみたい。
盗賊ギルドの人が、中間報告っていうのかな。
現状、サチについて分かったことを報告してくれた。
昨日の夜、あたしがトイレの個室に入っておしっこをしてたら、上から丸めた紙が放り込まれた。
「嫌がらせ?」
新人に対してのイジメか!?
って身構えたけど、違った。
なんだろう、と思って中を見たらサチの調査結果だった。
結論だけ簡単に書いてある感じで――
神殿戒律に該当なし。
調査続。
と、書いてあった。
つまり、サチは嘘をついてるってことが確定したっぽい。
異性に肌を見せてはいけない。
そんな戒律は存在しなかったってことだ。
でも。
戒律が嘘だったとして……今回の犯人につながるのかどうかは分からない。
なんとなくだけど、ぜんぜん関係ない気がする。
本当の戒律が何であれ、サチが誰かを罠にはめたり、悪い人とつながっているようには思えない。
なにせ、ず~っと一緒にいるし。
それこそ朝起きて、いっしょに冒険に出て、いっしょにご飯食べて、お風呂に入って、寝る。
常にいっしょ。
違うと言ったらトイレの中ぐらいなものだ。
場合によっては、いっしょにトイレにも行くぐらいだし。
それを考えると、サチがなにか悪いことをしているタイミングみたいなものって、無い。
まだ分かんないけど。
誰も行方不明になってないから、行動してないってだけかもしれないけど。
でも。
サチが嘘をついているのは事実って分かった。
それは貴重な『情報』だ。
師匠が言ってた。
情報は大切に。
そこから推測できることは多くあるけど、その推測を決めつけてはいけない。
確証に代わるまでは、あくまで予想でしかなく。
その予想を前提に動くときは、失敗も念頭に入れること。
って、師匠が言ってたのをハッキリと思い出す。
「あっ」
と、視界の端に動くモノ。
あたしは素早く身を屈めると、イークエスたちも足を止めて屈んだ。
「魔物か?」
「あっち」
森の中、木々のすきまにチラチラと見える影があった。
何かがいる。
でも、それが魔物かどうかはまだ判断できない。
「――あれは」
あたしは立ち上がった。
じ~~っと見て、盗賊スキル『鷹の目』の訓練をする。見えにくい森の中、木々の間に見える何者か。
対象を見通し、視線を通し、攻撃の射線を通すスキル。
「見えた」
その正体を確認して……息を吐いた。
「鹿だ。ただの動物」
「なんだ鹿か」
はぁ、と息を吐いてイークエスは立ち上がる。
「野生動物より先に見つけるって、どうなってんだパルヴァスの目は」
チューズも息を吐いて、立ち上がりそっちを見る。
あたし達の気配に気づいたのか、鹿は跳ねるようにして逃げて行った。
「偶然だよ。だって、今まで野生動物なんて見なかったし。あたしが凄いんじゃなくて、あの鹿がマヌケだったんじゃない?」
「それもそうか」
チューズがケラケラと笑うが、イークエスとガイスは神妙な顔つきだ。
「……どうしたの?」
サチも気づいたらしく、ふたりに問いかけた。
「パルヴァスの言う通りなのだが、今までに無い状況っていうのが気になる。注意した方がいいのかもしれない」
イークエスの言葉にガイスが続いた。
「何か魔物が森の奥に現れて、野生動物が逃げ出してきた。たまたまオレ達がそこにいた、みたいな可能性がある」
なるほどぉ。
これが、情報とそこから導かれる推測ってやつかな。
「見に行ってみる?」
あたしは森の奥を指さした。
「見張りと退治が依頼内容だ。魔物は退治してもいいが、報告するだけでも金になる。そういう意味では、ここで引いてしまっては依頼を達成していないのも当然だ」
イークエスの言葉にあたしはうなづいた。
「じゃ、あたしが前に出る」
「分かった。俺はサチの横まで下がる。ガイスが二番手、チューズはその次だ。この並びで進むぞ」
金属鎧のイークエスは後ろに下がった。
ガチャガチャ音がなるから、仕方がない。
「何かあったら助けてね、ガイス」
「もちろん」
まかせとけ、と彼はトンと胸を叩いた。
それにうなづいて、あたしは森の奥を見る。
何かいるかもしれない。
でも、何もいないかもしれない。
情報と推測。
この場合、いるのを前提に行動した方がいいよね。
あたしは息を殺し。
前へと忍び足で歩き始めた。