~卑劣! 何だか知らんがとにかく良し!~
まるで我が意を得たり、とルーシュカ・ジックスはキリリと眉毛を上へ動かした。
さすが貴族の美人さん。
表情がハッキリとなさっている。
言いたいことは言い切った。
これでわたしの願いは叶うだろう。
勝利者はわたしだ。
そんな感じの表情だった。
分かりやすい。
と、そんな風に思うが……娘さまとは正反対に、奥様の表情は曇りがちだ。
「そうは言っても、あなた……いえ、でも……う~ん」
あらあらどうしましょう、という感じで奥様は頬に手を当てる。
問題はない。
問題はないはずだが、ルーシュカが異常に乗り気なのが逆に不安、という感じだろうか。
もちろん、俺は娘さまが何をやったのかは知らないはずなので、何も言わない。
なにがなんだか、という感じで様子を見ておく。
「大丈夫ですわマ――お母さま! わたし、何も間違いは起こしません。いいえ、起こしようがないではありませんか。この子は女の子なのです。なにをどうしようと言うのです? 逆の間違いも起こりませんわ。だって、この子は女の子なんですから!」
「それはそうですが……」
「わたし、やることが無いのがいけなかったのだと思います。日々、なにをするわけでもなく、生きていたのが悪かったのです。やることと言えば小説を読み空想の世界に旅立つだけ。愛と平和をいかに訴えても、わたしの世界が平和になるだけでした。そう。ヒマだったのです。ヒマがわたしを悪に染めたと、そう言い切っても良いでしょう。ですが、これからは違います。ピンシェルさまの仕事に、わたし大変に感銘を受けました。これは人助けなのです。そうですよね、ピンシェルさま!」
おっと。
俺に話を振られたのならば、答えないといけない。
なにより、いまの俺は商人という立場。
大手を振って娘さまに味方をして当然だろう。
彼女の思惑が、どうであれ。
「えぇ。この際だから言ってしまいましょう。隠しても良い話ではございません。そのルーシャという娘は、物乞いでした。ですが、少し話しただけでも彼女が優秀であることはすぐに分かります。卑しいことをしていた、と切り捨てるのは簡単ですが、そんな彼女を救ってこその人情というもの。それも相まってルーシュカさまのおっしゃる人助けに繋がるのはもちろんのことですが、貴族としての役目も立派に果たせますでしょう」
俺は淀みなく、そう言い切ってみせる。
今の発言に嘘はない。
全て本当のことだ。
だからこそ、ルーシャは驚き、ルーシュカさまはニヤリと笑った。
いや、ルーシュカさま。
そんな分かりやすい『我が意を得た』みたいな表情は逆効果ですので、隠した方がいいですよ?
「でも、女の子なのよ。それでもいいのね?」
ん?
いやいや、お母さま。
その発言もちょっと危ないですよ?
事情を知らなければなんでもないセリフかもしれませんが、知っている俺からすれば、もうギリギリの発言というか、お母さま側もそこそこ理解のある意味になっていませんか?
え?
もしかして幽閉されてるのってルーシュカさまだけじゃなくて、お母さまもってこと?
親子そろって、そういうこと!?
え、そうなの!?
「もちろんですわ、ママ! あ、いえ、お母さま! この娘ならば、ルーシャならば、わたし前に進める気がします!」
前ってどこだよ……
いったいどこに行くつもりなんだよ……
え? マジでだいじょうぶ?
俺、とんでもないところにルーシャを送り込んだんじゃないの?
え?
いや、ほんとマジで……
「ピンシェルさま」
「は、はぁ……あ、いえ、はい。なんでしょう奥様」
「この仕事、お受けいたします。いえ、正式には娘のルーシュカと契約して頂けますでしょうか。先ほどの会話で分かったかと思いますが、娘は一度失敗をしております。自分の娘の人生が狂ってしまったのかと思っていましたが、ピンシェルさまのおかげで光が見えたような気がします」
「そ、それはなによりでございます。申し訳ないのですが、私にはあまり理解できないところの話のようで。ですが、商売は商売。契約は契約です。どうぞ、ルーシャを一人前のメイドに育てて頂けますか?」
「はい。可能ですわね、ルーシュカ」
「はい! 頑張ります」
よろしい、と母親の決意は固まったようだ。
逆に俺の不安感が増していくのは何なんだろうな。
もともと、そういう不貞をやらかしていないか、その調査に来たはずだから……その片鱗を見れて良かった、となるところじゃないのか。
どうにも不安になる感じがある上に……これ、おそらく件の冒険者行方不明事件にはまるで関係ない気がしてきたぞ。
仮に、だ。
ルーシュカさまや奥様が事件に関わっていて、少年を手籠めにしていると仮定しよう。
そうすると、ある程度は満たされている訳だ。
娘さまの精神面が充足しているはず。
欲望の捌け口があるとなれば、『ニセモノ』であるルーシャには反応しないはず。
それこそ、ルーシャが男の子じゃないと分かった時点で、いらない、と判断するのが普通だ。
だって手元に『ホンモノ』があるんだから。
わざわざニセモノのルーシャを手に入れる必要はない。
でもルーシュカさまは欲しがった。
男の子のような女の子を欲しがった。
それはつまり……代替品を見つけた、ということだ。
しかも、手元に置いておいても咎められない最高の物をゲットした、ということ。
合法的な最良品を手に入れたってこと。
果たして――
果たして、俺は本当にルーシャを救うことができたのか、どうか……
あわよくば、ルーシャをメイドとして潜入させ、教育をしてもらいながら内情を探ってもらおうと思っていたが……
それは果たして、正しい策だったのかどうか。
「ひとつ……ひとつだけ約束して頂けますか?」
俺は、言葉を選ぶようにして、貴族さまに伝える。
「どうか、どうかルーシャを傷つけるような事だけは控えて頂きたい。注意しても良いでしょう。罰を与えることも、時には必要だと思います。ですが、どうぞルーシャの心だけは傷つけないようにして欲しいのです。これは、あくまで商売ですので。壊れた物をお客様に売るわけにもいかないのです。どうか、そこだけは容赦して頂けないでしょうか?」
ルーシャを物のように扱うようで。
それでいて、心までは傷つけるな、と。
詭弁もいいところだ。
でも。
それでも。
俺の言葉はルーシュカさまに届いたらしい。
「……もちろんですピンシェルさま。わたしは、この娘を傷つけません。約束します。いいえ、約束するまでもありません。メイドを泣かせることなど、主として下の下。貴族としては恥じる部分です。ご安心くださいませ、ピンシェルさま。わたしがルーシャを立派なメイドに育てあげてみせます」
俺の言葉に、ルーシュカはハッキリとそう答えた。
その瞳は……濁っていない。
嘘はついていない。
まっすぐに、真実として、俺にそう答えていた。
「……ありがとうございます」
だから。
俺は慇懃に頭を下げた。
もしも――
ルーシャが酷い目にあったとしたら。
俺は責任を持って、彼女を引き取ろうと思う。メイドとして雇ってもいい。俺の顔を見たくもないのであれば、金貨を全て託してもいい。
その覚悟を――
俺は、決めた。
「それでは、私はこのあたりで失礼します」
「あ、あの――ご主人さま!」
ルーシュカの膝の上で、ルーシャが叫ぶように俺を呼び止めた。
「あ、ありがとうございます。ぼ、ボクのため……なんですよね? ボクを助けてくれたんですよね? ボクが生きられるようにしてくれたんですよね……ありがとうございます、ご主人様!」
ルーシャの瞳が揺れていた。
涙が溜まっているのが、見て取れた。
違うよ。
俺はキミを利用しただけの、卑劣な盗賊なだけだ。
そう言いたかった。
でも、言えない。
だから、俺は笑って言ってやる。
嘘みたいな本音を。
俺は出会ったばかりの、とても聡明で美しい少女に向けて言った。
「違いますよ、ルーシャ。ご主人様は、あなたの後ろにいる方です。私はピンシェル。ただの商人です。まったく――これだからあなたには教育が必要なのです。いいですか、基礎からきっちりと教えてもらうんですよ。分かりましたね?」
「――は、はい!」
よろしい、と俺は笑って。
部屋を後にするのだった。