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~卑劣! 昼下がりの奥様と罪人~ 3

 ひう、と情けない悲鳴をあげるルーシャ。

 まるで生餌が食べてくれと言わんばかりの動きを見せたお陰で、ルーシュカの視線が自然と釘付けになった。

 いや、最初から釘付けだったけど。

 あえて言う。

 釘付けの上から更に接着剤を流し込むくらいの、釘付けだ。

 もう俺の姿なんてどうでもいいぐらいに。


「メイドを……その娘を売りに来た、ってことかしら? かわいらしい子だし、雇ってあげたい気持ちはあります。でも、残念だわ。ウチにはもう優秀なメイドが何人もいるので、必要ないのよ。残念だけど……」

「いえいえ、奥様」


 申し訳なさそうにする奥様に対して、俺は手をあげてストップさせる。

 このままではお引き取りまで一直線になってしまう。

 人の話を最後まで聞かないのは言語道断のマナー違反ではあるが、ここは目をつぶって、いやいや、口を閉じて頂きたい。


「私はメイドを売りに来たのではありません。もちろん、私の商売はメイドの販売です。しかし、今日のお願いは違います。今日、私が貴族たるジックス家の奥様を訪ねた理由は、メイドの教育をお願いしに来たのです」

「教育?」


 はい、と俺はゆっくりとうなづいた。

 まずは奥様の意識をこちらに向けるために、意外な言葉を使ってみせる。

 販売と教育。

 決してつながらない言葉だ。

 その、思ってもみなかった言葉によって、相手の興味を引き出すことができる。

 この方法を使って、相手のペースではなく、主導権を掴めた。

 もっとも――

 奥様が不在であれば、こんな詐欺みたいなテクニックは使わなくても良かったのだが。

 ま、仕方がない。

 まずはゆっくりと俺は話し始めた。


「私、初めはメイドを売る商売を始めようと思ったのです。メイドは、それこそ優秀なお手伝いさんと言える仕事です。掃除から主人の世話まで、家の中の全てを把握し、過不足なく実行していくのが優秀なメイドの仕事と言えるでしょう。ですが、誰もが最初からメイド長のような仕事ができるわけではありません。屋敷の形はそれぞれ違いますし、部屋の使い方から調度品の種類まで、百の貴族がいるのならば百の正解がある。百点満点のメイドを目指すのは、至難の業。それこそ経験を経て、ゼロから育てていくものです」


 と、このあたりから俺は喋る速度をあげていく。

 こうすることで、この部屋の空間は俺のペースへ引き上げることができる。

 更に速いテンポになることで、自然と思考も早めることになる。

 つまり、正常の判断を失わせることにつながるのだ。

 ま、あくまでひとつの可能性として、の用法だけどね。

 あくまで俺は戦闘専門の盗賊なので、たしなむ程度。

 ホンモノの詐欺師の技術には、やはり敵わない。


「そこで私は考えました。ある程度の教育を施したメイドを貴族に売る。これは商売になるんじゃないか、と。ゼロからではなく、イチを知っているメイドであれば難なく仕事を任せられるのではないか、と。百点は取れませんが、最初から五十点を取れるメイドならば、それこそ価値があるのではないか、と。私は早速メイドになりたい少女を見つけ、教育しました。ひとり、ふたり、と順調に売ることができ、商売は順調に軌道に乗り始めたのです。あぁ、勘違いなさらないでください。決して奴隷販売とは違います。無理やり働かせたのではなく、きちんとメイドの意思も自由も辞める権利も尊重して働いてもらっています。売ろうと決めたお家も、ちゃんと調べてから交渉をして買って――これも言葉が悪いですね。そうですね、契約としましょうか。契約を結び、メイドを雇って頂きました。私は仲介料をもらうだけ。あとから返せ、などとは言うつもりもありません。さりとて悪い主人に、私のメイドを壊される訳にはいきませんから、契約を結ぶ相手は慎重に選びますよ」


 と、俺は奥様ではなく娘さまを見る。

 調べた。

 悪い主人。

 それらの単語に――果たして、わずかにだが、ルーシュカさまは反応を示した。

 ふむ。

 しかし、さすがは貴族の奥様。

 未熟な娘さまと違って、わずかな揺さぶりにも動じた様子はない。

 眉毛ひとつ、視線ひとつ、指先すら動かさないとは……イヒト領主が伴侶と決めただけはあるな。


「商売も順調に軌道に乗せ、次のメイドをこの娘……ルーシャに決めたのですが。これがまた思った以上に、想像以上に上手くいきませんでね」


 俺は大げさなほど肩をすくめて、ルーシャを振り返る。

 そんな俺を見て、ルーシャは何かしないといけないと思ったのか、わたわたと視線を俺と奥様とルーシュカさまに向けた。

 そして、何もできず挙動不審のまま『気を付け』をするに留まった。


「――この通りなのです」


 俺の『何も言わない説明』を受けて、あららぁ、と奥様はうなづいた。

 ちなみにルーシュカは、何か美味しい料理を目の前にしているような、そんな表情を浮かべている。 

 逆にまったく反省してねーんじゃないのかこの娘、とか思ってしまうが。

 まぁ、とりあえず話を進めよう。


「そこで私は、この娘を教育してもらおうと思ったわけです。その間に、もうひとりのメイドを一人前にしておけば、同時にふたりのメイドを貴族さまと契約を結べることになります。教育といっても、今まで通りでは上手くいきません。やはり、実践が何より、と思いまして。なにより、貴族さまに対しての緊張感が高すぎる上での問題だと判断しましたので。つきましては、このルーシャに実践的なメイドとして教育をして欲しいと思っております」


 どうでしょうか、と俺は真摯に奥様の瞳を見た。

 まぁ、今の話は全て嘘だ。

 嘘の中に真実をひとつ混ぜれば、嘘の精度は上がる。今回は、ルーシャが緊張の為に役立たず、というのを見せておいた。

 それを利用すれば、ルーシャの教育はうまくいかなかったのだろう、と勝手に想像してもらえるわけだ。

 そしてダメ押しに――


「もちろんタダで、なんて都合の良いことは言いません。ルーシャの教育費として1ペクニアを用意しております。これでルーシャの教育を引き受けていただけないでしょうか?」


 そう言って、俺はテーブルの上に金貨一枚を置いた。

 驚いたのはルーシャだけ。

 さすが貴族の奥様と娘だけあって、金貨一枚では驚きはしなかった。

 それでも――

 金貨一枚がどれほどの価値を持っているか。

 その価値を知らない――いや、その価値を軽んじている貴族ならば、早々と没落した方が良い。

 金貨一枚の価値を知っていてこそ。

 たとえ銅貨一枚であっても、その意味を分かっていてこその『貴族』だ。

 彼らの血は、それこそ庶民のお金で出来ているのだから。

 把握してもらわないと、困る。


「つまり、我がジックス家の屋敷で、メイドとして雇えば良い、ということでしょうか?」


 奥様は簡素に話をまとめる。

 むぅ。

 雰囲気からして分かっていたが……この奥様、非常にマイペースだな。

 詐欺やそういった物に引っかかりそうだが、その実、芯はハッキリとしている。

 こうまでマイペースを貫かれると、こちらのイニシアティブは有って無いようなものだ。どれだけ彼女を急かしたところで、得られる結果は変わらない。

 ホントに優秀なようだ。

 いや、だからこそ貴族なのだろうか。


「えぇ、その通りです。お引き受けしてもらえないでしょうか?」


 俺は頭を下げた。

 イニシアティブが取れないのならば、ここはもっともらしい商売の話を信じてもらうしかない。

 あと、金貨を払うのはこっちだ。

 奥様やジックス家に損害は無い。失うのは、ルーシャを教育する時間だけのもの。

 損得で考えれば、まぁプラスに天秤が傾くんじゃないのかな。

 メイドは足りなければ困るが、多くても困るものじゃない。

 さぁ、どうだ?


「ひとつ問題があります」

「……なんでしょうか?」

「その子、男の子ではないのですか?」


 おっと。

 奥様がそこを突っ込んでくるとは思わなかった。

 むしろ、そこを伏せておいて娘のルーシュカさまが引き取る的な話になるか、と思っていたが違ったようだ。

 いや、むしろ男の子だったら娘を幽閉している意味がなくなるので、あえて、かな。


「いえいえ! とんでもない。ルーシャは少しばかり緊張してしまう癖がありますが、ちゃんとした女の子です。誓って、嘘はつきません。あぁ、よろしければ私は席を外しますので、確かめてみますか? 大丈夫ですよね、ルーシャ」

「へ? は、ははは、はい! 脱ぎます!」


 待て待てまてーい!

 と、俺は叫びそうになったのをグっと我慢して、ルーシャを手で制した。


「落ち着きなさいルーシャ。男性の前でみだりに服を脱ぐなど、たとえ主人の前でも推奨できません。脱ぐのは私が部屋から出た後です。いいですか? いいですね?」

「は、はい。ごめんなさい、ご主人様……」


 よろしい、と俺は猫耳頭を優しく撫でてから部屋から出ていく。

 俺の後ろにメイドさんが付いてきて、いっしょに部屋から出た。

 本来は主人である奥様に付くべきだが……ま、俺が勝手に動き回らないように監視する方が優先かな。

 ルーシャの様子を見ても、あれが暗殺者にも見えないだろうし。


「ふぅ……」


 と、俺は大げさなため息をついた。

 貴族と渡り合ってる風だが、実はすごく緊張していたんですよ。みたいな感じをメイドさんに見せておく。

 ルーシャの件が上手くいった場合、このメイドさんに教えを受ける可能性がある。少しでも、怪しい部分が無いように、それっぽく見せておく必要があった。

 無駄かもしれないが。

 それでも、やらないよりはマシ。

 そんな感じかな。


「ふむ……?」


 さて、しばらくしたら呼ばれると思っていたのだが……

 遅い。

 どう考えてもメイド服を脱いで着る以上の時間が経っているはず……


「遅いですね」

「……そうですよね」


 メイドさんも少し心配そうな顔で俺の言葉にうなづいてくれた。


「ちょっとだけ確認して頂けますか? もしかしたら、ルーシャが何か粗相をしている可能性もありますので……」

「そうですね。部屋の中は見えないように、あちらを向いて頂けますか?」

「はい」


 俺は素直に従って、廊下の壁を見ていることにした。

 メイドさんがノックして扉を開ける。

 少しだけ会話が聞こえた。


「ぜったい受けるべき仕事だって、ママ。だってこんなに可愛いんだもん!」

「だから心配なのよ」

「あわわわわわ!?」


 親子の会話と共にルーシャの声が聞こえてきた。

 どうやら揉めてるらしい……


「あの~」


 そんな親子の会話にメイドさんが割って入った。

 おそらくルーシュカさまが奥様を説得していたのか。

 奥様の言葉から、どちらかというと娘の性癖に関して心配してる感じかなぁ。

 釣れた、と思っていたが……

 思った以上に餌が良すぎて逆に疑われているような感じか。

 こればっかりは仕方がない。

 ルーシュカさまを応援するしかない。


「もう大丈夫そうなので、お入りください」

「おっと。では、失礼します」


 と、俺は部屋に入ったが……ルーシャはがくがくと震えていた。

 ルーシュカさまの膝の上で。


「……えぇ~」


 どうなってんの、それ。

 いや、手が早すぎないルーシュカさま。

 この犯罪者め。さすが前科一犯は違いますね。

 という感想を俺は飲み込んだ。

 パルといっしょにお風呂に入ったり同じベッドで寝ている俺に、それらを言う資格はひとつもない。

 むしろ同類だと言える。

 やるな、ルーシュカさま。

 その手の速さ、見習いた――くないわ、やっぱり。


「えーっと、あなた名前はなんだっけ?」

「私ですか? ピンシェルです」


 そうピンシェル、とルーシュカさまが俺を呼びつける。


「この娘はわたしが教育します。どうか、わたしと契約をお願いします」

「ルーシュカ! この娘は勝手に――!」

「いいえ、いいえお母さま! これが、これこそがわたしにとっての天啓です! いま気づきました。いま、理解しました。わたしがこの世に生まれてきた意味を、いま知りました。わたしは教育者になるのです。未熟な者を、より高みに。経験の足りない者を、より熟練に。それを導く橋渡しの役目を、わたしは担いたいのです! そう! わたしは弱者が強くなっていくのを見るのが大好きなんですわ!」


 ……言ってることはマトモだった。

 素晴らしい人と思えた。

 だが。

 その膝にルーシャを抱えたままだったので。

 なんとなく。

 いや、確実に――

 それが詭弁と俺には思えてしまったのだった。

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