~卑劣! あっちは女子会こっちは飲み会~
盗賊ギルドへ行くと伝えるが、パルはリンリー嬢と過ごすことを決めていたらしく、お断りされた。
「ごめんなさい、師匠~。リンリーさんを裏切れない……」
「いやいや、リンリー嬢を裏切ってこっちに付いてくると言ったら、俺が怒ってるところだ」
友人は大切に。
日々の対応が物を言うのは、当たり前なので。
それでなくとも遠征をすることが多いので、余裕がある時にはできるだけリンリー嬢に合わせてやりたい気持ちもある。
「ふっふっふ。今日はパルちゃんと夕飯もいっしょに食べるって約束しましたからね。エラントさんはひとりで寂しく食べてください」
悪い顔をしてこちらに勝ち誇るリンリー嬢だった。
盗賊の仕事もできるんじゃないだろうか。男から情報を聞き出すとき、コロっと相手を寝返させるのも楽そうな気がしないでもない。
まぁ、俺には効かないけど。
それはさておき――
「リンリー嬢の中でルビーがいなくなってるのが気になるところだが……?」
「嬢って言わないでください。ルビーちゃんもお誘いしますぅ。女子会ですよ、女子会。男は立ち入り禁止です」
「女子会か。素晴らしい。ご近所の噂、というものは侮れない。特に奥様たちの会話というものはその街や村の文化が色濃くにじんでいる。パル、しっかりと女子会を乗りこなしてこい」
「はい、師匠!」
この世に盗賊修行の糧にならない物など無い。
あらゆる物事は、すべて盗賊に繋がるのだ。
「純粋に楽しんでよぉ、パルちゃん」
「にへへ。美味しい物を楽しく食べるの楽しみ」
だよね~、とリンリー嬢も嬉しそうではある。
「エラントさんは、本物の『嬢』と楽しんできてください」
「パルの前で変なこと言わないでくれないか、リンリー」
「師匠、浮気するんだ~。最低~」
「最低~」
半眼でこちらをにらみつけてくる女子。
やめてください、泣いてしまいます。
「へいへい、じゃぁしっかりと浮気してくるよ」
「いってらっしゃーい」
ルビーという名の愛人がいるせいで、パルの中で浮気という物の価値が異常に低くなっている気がしないでもない。
それはそれでどうなんだ、と思いつつもふたりに見送られて盗賊ギルドのある商業区へと移動した。
賑わっている風景をそれなりに眺めつつ、酒問屋へ向かう。
いつものように筋骨隆々の店員さんに符丁を伝え、奥の部屋へと入り、床下に潜り込んだ。
「いらっしゃい、エラント」
カウンターに肘をついて、だらけたポーズでゲラゲラエルフことルクス・ヴィリディが気乗りのしない声で挨拶してくれる。相変わらずよろしくない煙がただよっている。
そんな中で、いつもよりも気だるそうな雰囲気がルクスから感じられた。
「随分と腑抜けてるじゃないか」
「まぁ、そんな日もあるよ。『エルフ』には」
「あぁ~」
エルフの女性は季節に一度か二度、妊娠できるタイミングがあるらしい。個体差があるらしく、もっと多いエルフの女性もいるらしいが、ルクスは逆に少ないほうなのかもしれない。
妊娠可能となる時期になると、エルフによっては体調を崩すようで。
ルクスは丁度、その状態のようだ。
「何か必要なものはあるか?」
「いい、いい。いったい私が何度これを経験してきたと思ってる?」
「え~っと、一年に8回と考えて……」
「マジで数えるヤツがあるか」
あははは、とルクスが笑ってくれる。ゲラゲラまでもっていくことはできなかったが、まぁ笑える元気があるのなら、問題ないだろう。
「とりあえず上納しておく」
ディスペクトゥスを立ち上げたとは言え、一応はジックス街の盗賊ギルドにも所属していることになっている。
いろいろと有利になるので、お金を納めておいて損はない。
むしろ、お金を納めることによって便宜を図ってもらうという魂胆もある。情報だけでなく仕事も回してもらえるしね。
その仕事で名声を高めておき、盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の成り上がりに繋げる、という魂胆だ。
今のところ順調に浸透しているのは、先の魔法学院依頼を考えれば明らか。そろそろ芽が出て枝葉が充分に広がったところだろうか。
根も葉もない噂話に花が咲いていることを願おう。
というわけで、カウンターの上に1ペクニア――金貨一枚を置いた。
「おまえさん、どこでそんなに儲けてるんだ? ディスペクトゥスってのは、そんなに美味しい仕事がまわってくるのかよ」
金貨を持ち上げ目の前に掲げるルクスは、ニセモノじゃないのか、と金貨をジロジロと鑑定しはじめた。
「失礼な。本物だぞ」
「だなぁ……ニセモノだったほうが面白いのに」
ひとつも面白くない、と俺は苦笑した。
「ルクスもこっちに入るか?」
情報収集能力に加えて記憶力も抜群のエルフだ。全身に刺青があるし、すぐにゲラゲラ笑ってしまうが、能力は本物。
引き抜いておいて損はない。
魔王退治にはどんな人材がいても持て余すことはないはずだ。
「いいや、やめとく。どうせロクでもないことやってんだろ、おまえ」
「光の精霊女王ラビアンに顔向けできないようなことはやってないぞ」
「そうかい。表に出られるってのはいいことだ」
ルクスは背もたれに体重を預けると、細い両腕を左右に広げて肩をすくめた。エルフらしい、しなやかな手足も、ここまで細いとやはり病的に見えてしまう。
まぁ、それ以上に刺青が紋様のように刻まれているので余計にそう見えてしまうのかもしれないが。
「表のついでに、夕飯でも行かないか」
親指で後方を示してみる。
「ん? なんだついにフラれたのか? パルヴァスの見る目もついに正しくなったわけだ。素晴らしい」
「そうなってくれればいいが。今日は黄金の鐘亭の看板娘と女子会をするらしい」
「リンリー・アウレウムか。あの娘は要注意だぞ、エラント」
なんだって?
「何か裏があるのか。俺の見立てでは、あそこは単なる宿にしか見えなかったが……」
「あくまで、あの娘の問題だ」
ルクスは人差し指と親指をこすりあわせるようなアクションをした。
情報量を寄越せ、ということだろう。
情報ランクの指定は無し。つまり、広域性のある情報ではなく、あくまで身内のみに通じる情報という意味でもある。
加えて、おまえはあの娘にいくらの価値があるつもりだ、という値踏みもされている状態だ。 安く払えば、価値なし、と捉えられ、高く払えばこれからは足元を見られる。
的確な値段を提示しなければ、俺の立場と共にリンリー嬢の立場が危うくなってしまう。
「――エルフの森には、おまえのようなエルフはいなかったぞ」
そう言いながら中級銀貨を一枚親指で弾いた。
ルクスはそれをキャッチすると、皮肉げに鼻を鳴らす。
「ここはエルフの森ではなく盗賊ギルドだ。クズどもの墓場だよ」
「せめて巣窟にしてくれ」
墓場で充分さ、とルクスは苦笑した。
「で、リンリー嬢の情報は?」
「あの子、相当に胸がデカいし器量良しだろ。そこらの強欲商人が狙ってる」
「うん。……うん?」
え、それだけ?
「おい、こらゲラゲラエルフ」
「私のことをその名で呼んだヤツは漏れなくブチ殺してるぞ、プラクエリス」
「本名で呼ぶな。その名は捨てたんだ」
そりゃまぁ、俺の正体などとっくに露見してるだろうけどさ。
「とりあえず盗賊ギルドとして、そりゃ御法度だろうゲラゲラ。おまえが殺されるようなことをするからだ。おまえ、マジか。マジでやってんなぁ、おい」
「罵倒の語彙が少ないヤツめ」
「うるせーよ、金返せ」
「提案があるんだ、エラント」
「なんだ。金を返せば聞いてやらんことはない」
「夕飯いっしょに食べようぜ」
ルクスは銀貨を親指で弾いた。天井スレスレまで回転しながら飛んだそれを目で追いかける。
銀貨をキャッチすればオッケーという意味で。
落とすなり、弾き返したりすれば、ノー。
考えるヒマも与えてくれないとは酷い話だよ、まったく。
と、思いながら銀貨をキャッチした。
「分かった」
「さすがエラントの旦那。へっへっへ、ゴチになりやす」
「三下のフリはやめろ、気持ち悪い」
「失礼だな。これでもエルフだから気持ち悪いってことはないだろ、気持ち悪いってことは」
「エルフに謝れ」
「なんでだよ!」
と、大声でツッコミを入れたルクスはギャハハと笑った。まぁ自分のツッコミで笑っただけにツボには入らなかったらしく、すぐに治まったが。
「体調は大丈夫なのか?」
「酒くらいは飲める。というか、こんな機会じゃないと飲めない」
「妊娠に酒はダメなんじゃなかったっけ」
ちがうちがう、とルクスは否定する。
「普段は記憶力が鈍るから飲めないんだよ。だが、今は通常状態で鈍ってる。つまり、開店休業中ってわけだ。だったらもう飲むしかないだろ」
「ダメな大人の理論だ」
ギャハハハ、と下品に笑うルクスに俺は顔をしかめた。
やはり12歳以上の女はダメだな。
うん。
「ギルトも誘うか」
上にいる筋骨隆々店員も誘ってはいかが、と俺は言ってみるが、ルクスは首を少し傾げて、いや、と言う。
「確か今日は別件が入ってた。商業区の寄合だったか。一応は参加しないといけないだろ」
盗賊ギルドが偽装しているとは言え、商売は商売。
そっちはそっちでちゃんとしないといけないのは当たり前か。
「酒問屋は儲かってるのか」
「おう。マジで珍しい銘柄とか置いてるので、貴族からガッポガッポよ」
遠征に行ってもらった盗賊に買い付けてもらっているとか何とか。一挙両得というか、なんというか。
「よし、ちょっと待っててくれ。よそ行きの服に着替えてくる」
そう言うと、ルクスは奥の部屋へ引っ込んだ。夏も冬も関係なく薄着のルクスだが、他の服も持ってたんだなぁ、と妙に感心してしまう。
「おまたせ」
すぐに戻ってきたルクスは、肌をほとんど覆っている服装で、ちょっとした冒険者のようにも見える。街ですれ違っても、気付けないかもしれないな。
「さすが盗賊だな。変装スキルが完璧だ」
「おいおい、それがレディに対する感想かよ」
「失礼、お嬢さん。エスコートさせていただいても?」
「良き良き」
なんだその返事、と悪態をつく間もなく手を取られてしまう。
「よぅし、パルヴァスとルビーにデートしているところを見せびらかしてやろうぜ」
「おまえ最低だな」
「今夜は飲むぞぉ。今夜は帰りたくないの」
「出発する前から言うな」
「一晩のあやまちが待ってるぜ!」
「おまえひとりで間違っとけ」
「あはははははははは!」
「というか、今はマジで妊娠するんだろうが。絶対やめとけ」
「……そうだった。絶対に手を出してくるなよ、エラント」
「間違ってもババァに手ぇ出すかよ」
「ひっでぇ男」
ゲラゲラと笑うルクスに引っ張られるようにして外へ出る。
「おや、お出かけで?」
「ちょっと飲んでくるよ。会合は任せた」
「へい。エラントの旦那、ルクス姐さんを頼みます」
「できれば断りたい。そのあたりに捨ててきていいか?」
「ははは。そうなればこちらで拾っておきますので、ご自由に」
「ひっでぇ男ばっかりだなぁ、ウチのギルドは。なぁなぁちょっとイイ男を紹介してくれよ、エラント」
ふむ。
俺が紹介できると言えば――
「いつか王様になって国を持ちたいって言ってる男ならいるが」
「なんだそのアホみたいな野望をもった男……確実にやべぇヤツじゃねーか……」
おい戦士よ。
エルフがおまえの夢にドン引きしてるぞ。
「おら、もっと出せ。いい男のひとりくらい知り合いでいるだろ、出せ出せ」
「やめろ、脇腹を殴るな」
すでに一緒に飲むのをオッケーしたのを後悔してる。
今夜は最悪な一晩になるだろう。
「助けて、パル」
「弟子に助けを求めるとは……情けない男だ」
マジで助けて!




