~卑劣! 昼下がりの奥様と罪人~ 2
想像していたのと違った。
いや、予想以上に美人だった、というべきか。
イヒト・ジックスの娘。
ルーシュカ・ジックス。
その肩書は『罪人』。
そして、『ショタコン』。
失礼な話なのだが、俺の脳内ではちょっと小太りで陰湿な笑みを浮かべている豚のような女だったのだが……違った。
母親に似た柔和な雰囲気と、父親のピッと引き締まった両方の雰囲気を持つ才女に見える。
第一印象は完璧だ。
それこそ貴族の娘と言われれば、その通りだ、とうなづくしかないぐらいに完璧な貴族らしい美人だ。
ふむ。
あまりにもショタコンというイメージが先行し過ぎていたようだ。
これは反省しなければいけない。
母親が美人で、イヒト領主もそこそこ整った顔立ち。
ならば、その娘が不細工なわけがない。
普通に考えれば、予想できたことではあるが……貴族という存在に対しても偏見があるのかもしれないな……
いや、正直な話――
二十歳を過ぎてしまった女で、尚且つ少年に手を出した犯罪歴がある女と聞けば――
豚のような女を想像してしまうのは俺でなくとも仕方がないのではないか。
うん。
俺は間違っていない。
うん。
よし、やっぱり反省はしないぞ。
「わたしは別にいいでしょ」
「ほら、そんなこと言わないで。あなたもそろそろ誰かとお話した方がいいんだから」
客人に応対しろ、とそんな感じで言われたのかもしれない。
ルーシュカさまは嫌そうな表情を浮かべて部屋の中を見てきた。
「どうしてわたしまで……」
と、言いながらルーシュカさまは部屋の中を見渡し、俺――ではなく、ルーシャに視線が止まった。
そう。
俺を無視するように、ルーシャに視線が釘付けになった。
よし!
餌に喰いついたぞ!
そういえば、ルーシュカとルーシャは名前も似てるな。
名前を利用して『運命』だの『神の絆』だのとこじつけられるかもしれない。
まぁ、これは使えるかどうか分からないが、利用できるなら利用するか。
「――え、えっと、はい。話を、聞きます。いらっしゃいませ、お客様」
渋々だった表情はどこへやら。
ぎこちない笑顔でルーシュカは部屋に入ってきた。
「これはこれはお嬢様とお見受けします。私のことはピンシェルとお呼びくださいませ。応対して頂き、まことに恐悦でございます」
恐悦でございます、って合ってたか?
まぁ、いい。
娘さまの視線というか認識は、もう俺ではなく後ろのルーシャに夢中だ。
多少の言葉が間違っていようが、どうでもいいに違いない。
「あ、はい。あ、いえ。わたしくルーシュカ・ジックスです。よろしくお願いしますね」
スカートを持ち上げた貴族の挨拶。
その間も、ルーシュカの視線は俺ではなく、ルーシャをちらちらと見ていた。挨拶をする相手が俺ではなくメイド。
どう考えても不作法だが、いまはそれがありがたい。
これはもう勝ったも同然じゃないですかラビアンさま。
ありがとうございます。
この勝利を、神さまに捧げます!
「本日は面会して頂き、ありがとうございます。実は、ちょっとしたお願いがあってジックス様を頼りにやって参りました。本来ならば約束を取り付けた後に訪問するのが常識かと思いますが、なにぶん私、平民の出身なものでして。突然の訪問を許して頂きたく思います」
「いえいえ、いいのですよ。身分の違いはあれど、同じ人ですもの。あ、それとも別の種族でした?」
奥様は俺ではなくルーシャの猫耳を見る。
「いえ、私は生粋の人間です。耳もここにある通り、長くもないですから」
「あらあら、ホントかしら? ちょっと失礼して……」
え?
は?
奥様は少し腰を浮かせると、テーブル越しに俺の耳を触る。
いやいやいや。
いきなり知らない男の、しかも平民の耳を触るってどういうこと?
というか近い。
ドレスの胸元が近い。
この人――、思った以上に、というか見た目通りの穏やか過ぎる人なのか、もしかして!?
「ママ、ママ! 困ってらっしゃるわよ、ママ――じゃなくて、お母さま!」
「あらいけない。ごめんなさいね、驚かせてしまったかしら」
おほほほほ、と奥様は笑う。
その隣でルーシュカが、ごめんなさいね、と目で訴えかけてきた。
おかしい……
これでは幽閉されているのは娘ではなく奥様の方な気がしてくる。
いや。
実は奥様も何かしらやらかす可能性があるから、比較的穏やかで何事もなさそうな王都に住まわせられているのだろうか。
この、ぽやややん、とゆるい感じ。
柔和を通り越して甘いだけ。
実は何にも考えていない。
うーむ。
そんな気がしてきたぞーぅ。
「でも、これで人間って分かりました。理解するのって大事ですわよね」
うふふ、と奥様は笑う。
イヒト領主。
実はめちゃくちゃ苦労人だったとか?
実は、あまり人とのめぐり逢いが良くない運命の持ち主だったとか?
いやいや。
まぁ、それとこれとは別問題だ。
実質――娘の情操教育というか情緒というか、情事というか、性教育的なのは失敗しているのは確かなので、あまりうまくいった人生とは言い切れないし。
うーむ。
ま、ともかく――
いいくるめ……じゃなくて、話を続けよう。
「はい、理解を深めて頂き嬉しく思います。ましてや奥様に触れて頂けるとは、我が耳も光栄でしょう。明日からは少しばかり着飾ってもいいかもしれませんね。良いイヤリングを探すとします」
と、俺のヘタクソなお世辞と冗句に、奥様は笑顔で喜んでくれた。
やはり心配になってくるほどのお人好しなのかもしれない。
「おほん。それでは本題に入らせて頂きます。私、商人とは名乗ったものの……実は奥様方に物を売りにきたわけではないのですよ」
「あら、そうなの?」
奥様の言葉に、俺はうなづく。
「では、どのような用件かしら?」
「ひとつお願いがあってやって参りました。ひとまず、話だけでも聞いて頂けないでしょうか?」
「もちろんいいわよ。ねぇ、ルーシュカもそう思うでしょ?」
「え、あ、はい。もちろんですママ……お母さま」
ちらちらとルーシャを見るのに夢中で、ルーシュカさまの反応が少し遅れる。
よしよし。
餌にばっちり食いついて、すでに針を飲み込んでしまっている状態だ。
ちょっとやそっとじゃバレる心配もない。
あとは糸が切れないようにさえ気を付ければ、なんてことはない、立派な大物を釣り上げることができるだろう。
「今日、私が話を持ってきたのはメイドです。お分かりの通り、私の後ろに控えているルーシャのことでお願いがあってやって参りました」
「ひうっ!?」
貴族さまの視線(もっとも、この場合は奥様の視線であってチラチラと見ていたルーシュカさまの視線と複合した物)が向いた瞬間――
ルーシャは短く悲鳴をあげた。
よろしい。
それでこそ、平民らしい反応だ。
か弱く、びくびくと震える男の子みたいな女の子のメイド。
完璧じゃないか。
ルーシュカさまの膝の上で握られた拳が何よりの証拠だ。我慢も限界にきているのかもしれない。
まぁ、我慢してもらわないと困るが。
更に強固な餌を見せられたので、あとは竿を立てて引っ張るのみ。もう糸が切れるとか針が取れるとか、そんな心配はしなくても良いだろう。
俺は心の奥で大漁旗を振りながら、ガッツポーズを決めるのだった。
――旗を振りながらガッツポーズとは。
俺も器用になったもんだなぁ。
まぁ、心の中なので何をやろうとも自由なんだけどね。