~卑劣! 依頼終了の報告~
お姫様と添い寝事件を無事にスルーすることができた俺たちは、ティスタ国へ戻ってきた。
「よくご無事でしたわね、師匠さん」
「ルビー、分かってて黙ってただろ……」
「さてなんのことやら。わたしはわたしでおデブちゃん……こほん。リッツガンド・タンカーさまについて色々と動いていたので」
リッツガンドもまた魔法学院の犠牲者とも言える。しかし、いろいろと利用させてもらったのは事実であり、その分の見返りは返して当然だ。
「投獄される前に首を刎ねられるかと思ったぞ」
「その前にわたしが助けますので、師匠さんは死にはしませんわ」
「世間的には死ぬんだがな……」
まぁ、お姫様の普段の言動を良く知っているマトリチブス・ホックの皆さまなので、俺は被害者として扱ってもらえたのが幸いだ。
しかし、ルーランが落ち込んでいたのが可哀想だったので、是非とも名誉挽回のチャンスを与えてあげて欲しい。
そう思った。
むしろ、お姫様に罰を与えるべきなのではないか……とも思ったが、お姫様に罰を与えられる人物など国王だけであり、その国王に詳細を語ると俺の命が危ないので、どうしようもない。
ここまで考えての作戦だったのだろうか。
王族というものは、やはり恐ろしい……
「ふへ~、あったかいね」
お姫様の悪友が、にこにこと笑顔を浮かべて春の陽気を楽しんでいる。
……カワイイので許す!
そう思った。
魔王領のすぐ隣の山頂にある魔法学院と比べたら、南に位置するティスタ国の気温は、すっかり春の空気と言えた。
「久しぶりの青空を見た気がするなぁ」
黄金城の地下ダンジョンに潜っていた時にも感じたが、やっぱり人間ってのは青空や太陽を見ないと精神的に疲弊するのではないか。
そう感じる。
「わたしにとっては最悪ですわね。一気に気分が悪くなりました」
ルビーがげんなりした様子で空を見上げている。いきなり燃えだしかねない吸血鬼っていうのも困りものだが、やはり魔物種は太陽が苦手らしい。
魔王領が分厚い雲で覆われているのも、もしかしたら魔王の配慮なのだろうか。
人間種にとってはマイナスで、魔物種にはプラスに働く。
効率的な自治なのかもしれないなぁ。
「さて、報告しに行くか」
いきなり貴族のお屋敷を訪ねるのは無作法ではあるので、ひとつクッションを挟む意味を込めてティスタ国王直属シェル騎士団の団長であるルシェードに話を通す。
と言っても、こちらもまた王城勤めではるので、早々と話ができるわけではない。
なので、前回と同じく高台にある高級宿『青空の雲』に泊まることにした。
「まぁ、ちょっとした休息だと思ってくれ」
「はーい」
「分かりましたわ」
明日には連絡が来るだろう、とのんびり過ごしていたら、その日の夕方には迎えが来た。
情報が早くて助かるが、もう少しのんびりとしたかったというのも事実。せっかく高級な宿に泊まったんだしなぁ。
なんて思いつつ、馬車に揺られて向かった先は貴族のお屋敷ではなく料理店。これまた高級店であるのは間違いなく、店員に案内されて個室へと入った。
「どうぞご自由にご注文ください」
個室にはまだ誰もおらず、どうやら先に食事をしていてよいらしい。すべておごりのようだ。
「うへへへへ」
パルがだらしなく笑っている。
まだ何も注文していないというのによだれを垂らしそうな勢いだ。
まったくもって可愛らしい。
「わたしはフルーツでいいですわ。盛り合わせ的な物はあるかしら?」
「かしこまりました」
「えっとね、えっとね、あたしはお肉が食べたいからぁ……これ!」
メニュー表を指差すパル。俺の位置から見えないのが、なんとも不気味だ。たぶん、遠慮なく高い肉を注文したんだろうなぁ。
「俺は魚料理で。名物は何ですか?」
「それでしたらこちらなどいかがでしょうか。バターで焼いたムニエルになっております」
「ではそれで。飲み物は酒ではなく果実水で頼む」
かしこまりました、と店員さんが丁寧に下がっていく。
「師匠、お酒飲まないの?」
「報告中に酔っ払うヤツがいるか?」
「いるかも」
「そいつは盗賊失格だな」
まぁ、状況と相手によっては酔うフリをすることも大事だが……それをパルに教える必要はないか。
いわゆる房中術。
あんまりパルにそういう選択肢を選んで欲しくないので、あえて黙っておくことにした。
うん。
ひとまず雑談などをして待っていると料理が運ばれてくる。美味しそうなにおいは、パルの注文したステーキだった。熱した鉄板に乗せられてジュウジュウと美味しそうなにおいだけでなく、音までもが美味しそうな一品だった。
マジで遠慮なく頼んだらしい。
王族のメイドをやって感覚が狂ったのだろうか。これが当たり前だと思わないで欲しいので、帰ったら質素な食事に戻さないとな。
なんて思いながら、とりあえず食事を進める。
「んふ~! 美味しい!」
ごきげんなパルなので、まぁいいか。ルビーも満足そうにフルーツを食べているのだが、それを料理と言っていいのかどうか、少し疑問ではある。
まぁ、魔法学院ではフルーツは貴重だったからな。自由に食べられる物ではなかったので、満足しているようだ。
食事はつつがなく進み、食べ終わる頃にルシェードとマガイック・ルツアーノ氏がやってきた。
恐らく、タイミングを計ってくれたのだろう。
配慮が的確で、さすが、と言える。
「もう調査が終了したとは、驚きだ。間違いはないのかね」
マガイック氏の言葉に、俺はうなづく。
「ふむ。さすがのディスペクトゥスということか。送り出す時はいろいろと急かして悪かったね」
「いえ。入学に間に合わせるタイミングが重要でしたでしょうから、仕方がなかったかと」
バタバタとしたせいで、パルとルビーがヴェルス姫にまったく気付かなかった、という失態をしてしまったが……まぁ、許容範囲内だろう。
「さて、私も何か食べるか」
マガイック氏は店員に注文を済ませる。
「ルシェード、君も何か食べていくといい」
「では、お言葉に甘えて」
涼しい顔をして、ルシェードも魚介類のスープを注文した。さすがにステーキをがっつくようなタイプではないか、と内心で苦笑する。
まぁ、ウチの弟子が特殊なのかもしれない。
なんて思いつつ、果実水とは別に用意された水で口の中を湿らせた。
しばらくしてふたりが注文した料理が運ばれてくる。店員が出ていくのを待って、マガイック氏は口を開いた。
「さて、調査報告を聞かせてもらえるか」
「はい」
俺はユリファについて調べたことを報告していった。
また、学院の空気感や教師たちや生徒の様子などを細かく伝える。加えて、王族たるヴェルス・パーロナ姫を排除しようとしたことや、老騎士が邪魔をしてきたことに至るまでを伝えて、そのすべてを旧貴族主義という言葉に内包して、説明していった。
「むぅ」
「それは、本当ですか……?」
思わず食事の手が止まってしまうほど、王族に手を出すという衝撃にふたりは唖然とする。
「やはりユリファは自殺だったのか……」
「それに関しては、別の要素があります」
俺はルビーに目配せした。
「失礼します、マガイックさま、ルシェードさま。気を確かにしつつ、わたしの目を見てください。ちょっぴり気合いを入れてくだされば幸いですわ」
そう言ってルビーは魔眼を発動させる。
一般民なら問題あるかもしれないが、王城で働く貴族と騎士。ルビーの持つ魅了の魔眼の効果はそこまで高くなく、びくり、と震える程度で済んだ。
「これは――魔眼か、驚いた。切り札ではないのかね?」
「いいえ。わたしのこれは魅了の魔眼です。体験して頂いたとおり、大した効力は発揮しません。それとも、おふたりはわたしのことを好きになっております?」
貴族と騎士は、いいや、と苦笑した。
「娘と同じか、それより下とも言える君に惚れてしまう程、私は若くないよ」
そう答えるマガイック氏の答えを聞いて、にんまりと笑うルビーとパルは俺を見た。
俺は何故だが天井が気になってしまったので、上を見上げる。
ふむふむ。
安全上に問題なし。聞き耳を立てている不穏な輩もいないな。
さすが高級店だ。
素晴らしい。
「さて魔眼なのですが……ユリファはもしかして魔眼持ちだったのではないでしょうか」
「……いいや。そんな話は聞いていないが……」
「では、人の言動や機微に敏感ではなかったでしょうか。もしくは、視線やその他に関して、何か気になることはなかったかしら」
「ふむ……」
ルビーの言葉にマガイック氏は思い出すように考え込む。
「そういえば、一度だけ。彼女に会ったとき、私のことが分からなかった時があった。ぼ~っとしていたので、と答えたのだが……明らかに私という個人を把握できていない様子だったのを覚えている。それが魔眼と何か関係あったかは不明だが」
見えているのに、見えていない。
魔眼の影響だったのかもしれないが……やはり、今となっては確かめる術はない。
「分かりました。ここから先は仮定と推測の話になります――」
そう前置きしてルビーは仮称ガラスと名付けた新種のモンスターについて話をする。結界の作用により、その姿が見えなかった、という嘘を交えながらの説明だ。
ガラスによる精神干渉と魔法学園の結界が偶然にも奇妙な作用を引き起こし、人を外へと誘う催眠状態にさせることを説明した。
「これが仮称ガラスを倒した時に残された『石』です」
ルビーは立ち上がり、マガイック氏の前に魔物の石を置いた。冒険者ギルドに持ち込めば、どのモンスターとも合致せず、新種ということが認められるはず。
「ふむ……」
魔物の石を持ち上げ、マガイック氏は考え込むようにうなった。
「パルからは何かあるか?」
「いいえ。あたしが気付いたことは全て師匠に報告してます。付け足すことはないです」
「そうか。では、以上が報告となります」
「分かった」
マガイック氏はそう答えると、少しだけ息を吐き出した。そして目を閉じ、考え事をまとめる。
次に目を開けた時には大きく呼吸をした。
どうやら、何かを決めたらしい。
「ありがとう。調査をしてくれたことを感謝する」
「いえ」
「では、ひとつだけ聞かせてほしい」
マガイック氏はそう言って、ルビーを見た。
「あの学院に救うべき人間はいるかね?」
「いいえ」
マガイック氏の質問に、ルビーは逡巡することも躊躇することもなく答えた。
「そうか」
「ヴェルス姫と友達になっておられる貴族の方がいらっしゃいますので。その方に手をかけないように気をつけてくださいませ」
「ふむ。ではヴェルス姫にお伺いを立てるとしよう」
マガイック氏は立ち上がり、握手を求めてきた。俺とルビー、パルはそれに応えるように、マガイック氏と握手する。
意外と力強く手を握られたことに少し驚く。
恐らく、決意の強さが現れているんだろう。
「食事代と宿代は気にすることなく自由にしてくれ。あぁ、エラントくん。何か追加で注文はあるかな?」
それは――娼婦的な意味だろう。
「いいえ。俺には愛すべき弟子たちがいるので」
「ハハ、そうか。それは失礼した」
冗談と思われているようだ。
嘘には真実を混ぜればいい、のだが……真実を語っても信じてもらえない時はどうしたらいいんだろうな?
まぁ、信じられると逆に俺の評判が地の底に落ちるので、別にいいんだけど。
「では私は失礼する。ルシェードはどうする?」
「私も、もう少し仕事がありますので」
「途中だったか。すまん」
「いいえ。それではディスペクトゥスの皆さん、ありがとうございました。今日はここで失礼します。また明日、改めて挨拶にうかがいますよ」
そう言って、貴族と騎士は店を後にした。
ふたりの靴音が完全に聞こえなくなってから、俺とパルは大きく息を吐く。
どうやら無事に仕事は終了できたようで、なによりだ。
「魔法学院、どうなっちゃうのかな?」
パルが少し心配そうにつぶやく。
「さて、どうでしょうね。上手くいけば経営者交代からの粛清と立て直し。下手をすれば、全面戦争という具合でしょうか」
ま、そのあたりが妥当だろうか。
今のまま置いておくには、マガイック氏の気が済まないだろう。新種のモンスターの仕業ではあるが、俺たちはまだ冒険者ギルドには報告していない。
なにより証拠はマガイック氏の手の内にある。
冒険者ギルドに報告しなければ、仮称ガラスは存在しないことになる。
つまり。
ユリファは学院内の全ての人物に殺された、ということにできるわけだ。
もっとも。
誰も彼女を助けなかったのだ。
生徒は愚か、教師でさえも。
誰もユリファへのイジメを止めなかったし、その露見を恐れて護衛騎士とメイドを殺した。
その罪を償わなければならない。
その責任を取ってもらわないと困る。
「せめて、ユリファの魂が神のもとへ行けたことを願うばかりだ」
「ナーさまに聞いてみる?」
「そうだな。家に帰る前に、また学園都市に寄っていくか」
はーい、と答えるパルを見て、俺は微笑んでおく。
さてさて。
高貴なる牢獄、魔法学院がどうなるのかは、すべてはマガイック氏の手に委ねられている状態だ。
風の噂がまわってくるのを静かに待つとしよう。
「ふぅ」
果実水を飲みつつ。
俺は、なんとも言えないイヤな気分を、息と共に吐き出すのだった。