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~姫様! 今世一度のチャンスを物に~

 お父さまにお城から追放された時は、それはそれは驚きました。

 いえいえ、まさか『お姫様』が追放されるなんて思ってないじゃないですか。末っ子ですけど、王族ですからね。好き勝手やってますけど、節度は守ってますし、誰にも迷惑をかけていませ――

 いえ……マトリチブス・ホックには迷惑をかけているかもしれませんけど。それでも、皆さま私のために頑張ってくださっておりますし、嫌われてはいないと思います。遠征した時なんかお給料ちゃんと増やしましたし、怪我をされた方にはきっちり上乗せしました。

 それはさておき。

 追放されるということは、しばらくパーロナ国から離れられるということ。

 これはチャンスだと思いました。

 お父さまもお母さまもお兄さまの目からも、逃れられる!

 これは師匠さまと逢引きできるチャンスでは!?

 と、期待したのもの束の間――

 まさか『高貴なる牢獄』で有名な魔法学院とは……

 がっかりです。

 そりゃお父さまも何の対策もしないで、しばらく帰ってくるな、と言うはずです。というか、国民から頂いた大切なお金を無駄に使って私の教育をするなど、浪費に当たってしまうと思うのですけども。

 ですが――


「ラビアンさまに御声をかけて頂けたのなら、仕方がないことですわね」


 国民の皆さまも納得してくださると思いたいです。

 それも含めて、ラビアンさまにお祈りしましょう。


「光の精霊女王ラビアンさま。どうぞ私たちの祝福を」


 頼んでもいないのに、簡易神殿を建築して頂けたので使わないのはもったいない。

 ということで、祈らせて頂いております。

 もっとも――都合の悪い人物を幽閉する場所として使わせてもらってますけど。

 簡易神殿ではなく、簡易牢獄と化してますわね。


「申し訳ありませんラビアンさま。このような使い方をした罰はどのような形でも受け入れます」


 お祈りの最後にそう付け足すと返事がありました。


「わっ」

「どうしました、姫様」


 護衛に付いていたマルカが慌てて駆け寄ってくる。

 場所が場所だけに騎士たちはピリピリしていますので、ちょっとした言動でも動いてしまうので、反省です。


「問題ありませんよ、マルカ。ラビアンさまから返事がありましたので、少し驚いただけです」

「おぉ」


 と、護衛に付いてくださる皆さんが声をあげる。


「して、どんな御言葉を?」

「問題ありません、と。一言だけですが、簡易神殿を牢獄のように使うことを許してくださいました」


 なにより、この魔法学院が牢獄のようなものなので。牢獄の中に牢獄を作ろうとも問題ないのかもしれませんね。


「ラビアンさまのお優しい配慮に感謝を……」


 そう祈りを捧げる騎士もいました。

 心無しか、簡易的に作られたはずの彫像が少し細かくなっている気がするんですのよね。よりラビアンさまのお姿に近づいているみたい。

 不思議です。


「みんな大げさだね」


 マトリチブス・ホックが祈る中、メイド姿のパルちゃんはのほほんと彫像を見つめている。


「パルちゃんは当たり前に声が聞こえるからですよ」

「でも神官魔法は使わせてもらえないんだよ。ちょっとくらい使えてもいいのに」

「ラビアンさまにもお考えがあるのではないでしょうか」


 主に、勇者関係として。

 現在の勇者がパーロナ国出身だということは知っています。そして、今代の勇者さまをご加護をしているのがラビアンさまです。

 そんな関係がありますので、調べさせて頂きますとすぐに答えに行きついてしまいました。

 勇者アウダクス。

 その従者としてプラクエリスという少年が共に旅立ち、すでに20年近く経過していること。

 加えて、そのプラクエリスが今はエラントと名乗り、ジックス街に帰ってきていることはとっくに知っています。

 だからこそ、パルちゃんにラビアンさまから御声がかかっていても不思議ではありません。

 言葉には出しませんでしたが、そう心の中で付け足しておきました。

 お父さまが頑なに師匠さまとのラブを邪魔するのも、きっと勇者に関連しているからに違いありません。

 そして、私がラビアンさまに御声をかけていただけたのも……

 なにかしらの『運命力』のようなものを感じます。いったい精霊女王さまは私に何をさせようとしているのか。

 それを聞いたところでお返事はありませんでしたが。

 悪いことではない、と信じたいところです。


「パルちゃんも、ちゃんとお祈りしてお願いしたら使わせてもらえるかもしれませんよ」

「そうかなぁ」


 騎士たちと一緒になってお祈りするパルちゃんですが……


「ダメだって」


 肩をすくめて、そう言いました。

 それでも、おぉ~、とマトリチブス・ホックたちは感嘆の声をあげるのですけどね。


「やはり魔力量が足りないのでしょうか。残念ですね、パルちゃん」


 そう言いながら、パチパチとまばたきをする。

 パルちゃんはそれに反応答するように、一度大きく目を閉じてくださいました。

 よし。

 伝わりました!


「――それでは別邸に戻ります。マルカ、監視を怠らないように。別邸への罠はまだ続けてください。さすがに放火という愚かな手は使わないと思いますが警戒は慎重に」

「ハッ」


 マルカに護衛騎士たちのことを任せて、私は別邸へ戻りました。

 別邸に戻るとルビーちゃんと師匠さまが廊下でお話をしていました。


「あら、お帰りなさいお姫様。お風呂にします、それともお食事にします? それとも、あ・そ・び?」

「遊びます!」

「ダメです、ヴェルス姫」


 師匠さまに止められました。残念。


「ルビーちゃん、皆さんと話し合ってくださったのですよね。どういう結論が出ました?」


 お勉強部屋へ移動し、ルビーちゃんから報告を聞く。フラレットは強制的に引き抜くとして、シュリアとロンドマーヌの問題です。


「ロンドマーヌには責任を取らせてください。具体的に言うと、フラレットの活躍を見守らせてくださいな。後ろ盾にするのがいいでしょうけど、そこはお任せします。フラレットは人間種の魔法レベルを底上げする素晴らしい存在です。それを潰しかけた責任と栄光を手にする姿を、生涯に渡って見せつけるのです」

「途中で裏切らないかしら?」

「その時には遠慮なく消してください。それが分からないほど、愚かな娘ではありませんわ」


 分かりました、と私はうなづく。


「シュリアちゃんは個人的にわたしと仲良くしてくれようとしましたので、なんとなく助けて欲しいです。無理ならわたしが個人的に助けようと思いますが、そちらで手を出してくだされば楽になれますわ」

「分かりました。私の妹にします」


 無理です、と周囲から声があがりました。残念。なんかカワイイ子なので、妹にしたかったのですけれども。


「以上です。では、わたしは休みますわ。新しい『本』はないかしら?」

「ふっふっふ。あります」

「――さすがですわ、ヴェルス・パーロナさま。わたし、今ほどあなたを恐ろしいと思ったことがありません」


 師匠さまが何とも言えない表情をしていらっしゃいますのが、ちょっと面白いです。


「食料庫の新しく追加されたお芋さんの箱の底面です」

「なんですか、その裏取引みたいな……」


 師匠さまが呆れたような表情を浮かべました。

 ふっふっふ。


「師匠さま。私、これでも盗賊ギルドの一員ですので。プリンチピッサと呼んでください」

「失敗したかもしれん」


 師匠さまは天を仰ぐようにして顔をそむけました。

 うふふ。

 というわけで、師匠さまとルビーちゃんは出ていき、あとはお勉強時間です。


「皆さま方、どうぞ楽にしておいてくださいな」


 特にウロウロしたり、用を申し付けることもありませんので、騎士やメイドさん達にそう言っておく。

 あとは教師に渡された魔法に関連する教書を読み込みました。

 そのまま夜まで時間が経過し、夕飯の後にフラレット、シュリア、ロンドマーヌの三人とお話をしました。

 フラレットとロンドマーヌの扱いは決まっていますので問題ないのですが……シュリアちゃんなんですよね、ほんと。助けたい理由はありますが、助けなければならない理由がありません。


「ん~。『お友達』で押し通しましょうか」


 シュリア・エリオルト・サンバーグ。

 サンバーグ家は、どこの国のどんな貴族なんでしょうか。あとで調べてもらいましょう。結果次第では、それこそ師匠さまに依頼することが出てきてしまいますが……


「う~」


 お父さまもお兄さまの手も借りず、やり遂げないといけませんね。国を動かすには、個人的過ぎますし、助けたい理由が弱すぎる。メリットがまったく無いので、むしろ罰を与えるという意味合いの方が簡単に思えてきました。

 つまり『ワガママ』を使わなくてはなりません。そして、それが通用する自分の立場を恐ろしく感じます。

 緊張するというか、怖いというか……これが王族の責任なのでしょうか。

 まったくもって、私には不相応な力という気がします。


「はぁ~」

「大丈夫、ベルちゃん? 今日はやめとく?」

「いいえ。いいえ、パルちゃん。これとそれは別問題です。というか、今日しかチャンスがないじゃないですか」


 パルちゃん達、明日には帰ってしまいます。あらゆる方法を使って今日という日の準備を整えましたので、実行しない理由はありません。


「それではパルちゃん。いっしょに寝ましょう」

「はーい」


 メイドさんに加えて、パルちゃんといっしょに寝室に移動します。そのままパジャマに着替えまして、明かりを消して就寝……のフリは完了しました。

 ベッドの中でこそこそと寝巻を脱ぎますと、パルちゃんもメイド服を脱ぎました。そのまま服を交換して、着替えます。

 前髪を深くおろして、今日のパルちゃんの髪型とおそろいにします。

 できるだけ瞳が見えにくいような髪型で、私の瞳はほとんど見えないはず。


「完璧な変装です」

「にひひ。がんばって、ベルちゃん」

「はい。それではおやすみなさいませ、パルちゃん」


 ベッドから抜け出しますと、スカートを少しだけ整えてから寝室を抜け出す。廊下には何人も護衛騎士が夜番をしていますが……今日の寝室前の当番はルーラン・ドホネツクです。


「おや。姫様は寝ましたか。パルヴァスはエラントさんの部屋へ?」


 この新人うっかりさん。

 金髪でメイド服を着てるロングヘアーの少女はパルちゃんだと思い込んでくださったみたいで、思わず勝利の拳をラビアンさまに向かって突き上げたいところでしたが、我慢しました。

 なにより、すでに暗くなった廊下。

 この状態でわたしとパルちゃんを見分ける方法など、服装意外では難しいです。加えて、お姫様がメイド服なんて着るはずもない、という先入観!

 盗賊スキル『変装』。

 完璧にマスターしました!


「――」


 こくん、と口元に人差し指を当てながら、静かに、というニュアンスをルーランに伝えると、私はそのまま廊下を移動する。

 廊下には何人かの騎士がいますが、それらはすべて窓の外に注意を向けています。走り出したい衝動をなんとか我慢して、歩いていく。

 師匠さまが利用している寝室に到着すると、ノックもせずに扉を開けて部屋の中へ侵入しました。


「何の用ですか、ヴェルス姫」

「ひえっ!?」


 一撃で見破られましたので、私は膝から崩れ落ちた。

 うぅ……!


「な、なんで分かったのですか……変装は完璧のはずですのに」

「扉の開け方が違いましたので、何となくです。パルはもう少し乱暴なんですよ。ヴェルス姫の開け方は丁寧なので、分かりました」

「くぅ……! 育ちの良さが憎らしいです」


 はぁ~、とため息をつきつつ、師匠さまの座っているベッドへ移動しました。すると、ススス、と師匠さまがベッドから移動してしまう。


「どうして逃げるんですか?」


 今にも部屋から飛び出していきそうな師匠さまを呼び止めました。


「逃げます。というか、逃げさせてください。俺はまだ殺されるわけにはいかないので」

「そんなに私が嫌いですか?」


 ぐぅ、と師匠さまの息が詰まる。


「その質問は卑怯です、ヴェルス姫」

「では、好きということで。でしたら、いっしょに寝ても問題ありませんね。脱ぎます」

「脱がないでください。いや、マジで何を考えてらっしゃるんですか」

「既成事実を作ろうかと」


 最悪じゃないですか、と師匠さまが表情を崩す。王族の姫に向けたらダメな表情でしたので、思わず笑ってしまいました。


「マジで勘弁してください。マジで殺されますよ、俺」

「いいえ。いいえ、ダメです。諦めて私といっしょに寝てください。それとも、今すぐ叫び声をあげてマトリチブス・ホックを呼びましょうか?」

「どっちを選択しても、結果は同じになるんですが……?」


 師匠さまがマルカに殺されることが確定しました。

 うふふ。


「はい。ですので、師匠さまも素晴らしく良い体験が出来る『一緒に寝る』を選択するのがモアベターかと思います。もちろんベストは『人思いに結ばれる』ですが」

「俺の中ではワーストの選択肢ですよ、それ」

「まぁまぁ。まぁまぁまぁまぁ」


 良いではないですか、良いではないですか。と、師匠さまに近づく。師匠さまは諦めてくださったみたいで、素直に捕まってくださいました。

 ふふふ~。

 というわけで、師匠さまを引っ張ってベッドまで移動しました。


「パルの仕業ですか?」

「ふたりで考えました。ルーランが鍵です」

「なるほど。素晴らしい作戦です」


 師匠さんは諦めてくださったみたいで、いっしょにベッドに入る。


「ふふ。今世一度のチャンスを物にしました」

「まだまだチャンスは転がってくると思いますけどね」

「いえいえ。師匠さまこそ、チャンスですよ。今晩なら何をしてもバレません。私が黙っていれば、どんなことをしてもいいんですよ?」

「ホントですか?」

「はい。私は決して口を開きません。光の精霊女王ラビアンさまに誓って」

「では、すぐに寝ましょう」

「なんでですか、なんでですか~!」


 師匠さまの意気地なし!

 ということで、ベッドの中に師匠さまをポカポカと叩いたり、雑談したり、色々とやりたいことを語る夜更かしを楽しむことができました。

 とても楽しい思い出を作ることができましたし……これでもう、お別れになってしまっても後悔はしません。


「師匠さま、最後の最後のお願いです。キスしてもいいですか?」

「ダメです」

「では、握ってもいいですか?」

「何を!?」

「どっちか選んでください」

「それを『不都合な選択』と言います。詐欺師が使う手ですよ、お姫様」

「ふふ。ではキスですね」


 というわけで、師匠さまとキスをすることができました。


「はい、師匠さま。どうぞ」

「頬でもいいですか?」

「えぇ、もちろんです」


 愛しい思い出。

 きっと、生涯忘れることのない思い出。

 嬉しかったです。

 もっとも――


「おはようございます、姫様」

「あれ?」


 朝、起きた時にはマトリチブス・ホックに囲まれていましたし、師匠さまの姿もありませんでした。

 というか、いつの間にか自分の寝室に帰ってました。メイド服はそのままでしたけど。


「あれ~?」

「あれ~、ではございません! 結婚前の、ましてや未成年の姫様が殿方と一夜を共にしようとするなど、前代未聞です!」

「小説などでは良くある話ですが?」

「現実と虚構の区別をつけなさい!」

「あ、はい」


 怒られました。

 ですが――

 私の勝利は揺るぎません!

 師匠さまと添い遂げ(仮)ましたもん!

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