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~流麗! それぞれのお別れ~

 ユリファ事件の調査に一定の結論をくだしました。

 もちろん、真相が暴かれたわけではありません。結局のところ、死人に口なし、というのが前程にあり、ユリファ自身が誰かに殺されたわけではないのですから、真実に到達するのは不可能かもしれません。

 それでも、従者が殺されたのは確実です。

 ただ、依頼内容はあくまでユリファの調査であり、従者を殺した者たちへの復讐や報復までは命令されておりません。

 むしろ、これ以上動いては報復の機会を奪ってしまうというもの。

 怒りのぶつけどころは置いておかないといけません。

 というわけで、お別れの時です。


「それでは帰りますので、これでお別れです」

「は、はい。その、ありがとうございました」


 隣の席のなんかカワイイ子、シュリアちゃんに挨拶しました。あまりこれと言った縁はありませんでしたけど、なんとなくこちらを気にかけてくださっていたその綺麗な心を、この腐り切った学院で穢して欲しくない気もします。


「シュリアちゃんは、そのまま真っ直ぐに育ってください」

「は、はぁ……」

「わたしみたいな汚い盗賊になってはいけませんよ?」

「ふふ。盗賊はすごく悪い人みたいなイメージがあったのですけど、プルクラさまやサティスみたいな人がいるが分かって、すこし印象が変わりました」


 くすくすとシュリアちゃんは笑う。

 ほんとカワイイので、世の中にロリコンがいる理由が分かるというもの。

 こう、なんというのでしょうか……

 無茶苦茶に壊したくなりますわよね。

 えぇ。

 安心してください。

 思うだけで実行しません。

 わたしは吸血鬼であって鬼畜ではありませんので。


「正直に言うとシュリアちゃんはあまりそういった物に関わらないほうがいいとは思いますが。いざとなった時には盗賊ギルド『ディスペクトゥス』を頼ってくださいな。ご旅行の計画から部屋の掃除まで、なんでもお任せください」


 後方で子猫シュリアのメイドがとてもイヤそうな顔をしました。

 まぁ、旅行の計画も部屋の掃除もメイドの仕事でもありますので。その仕事を取られるとなると、メイドのプライドが許さないのでしょう。

 それでなくとも、わたしは嫌われていますからね。


「盗賊を頼る前にベル姫を遠慮なく頼ってください。いいですね?」

「ホントにいいのでしょうか?」

「パーロナ国の末っ子姫。お人好しで人懐っこく、とても気さくで良い子です。それでいて、すでに人生を退屈している様子がありますので、なにか問題を抱えて会いに行くと、とても良い顔をしてくださいますわよ」


 えっちな問題なら、そりゃもう尽力してくださるに違いありません。

 どすけべ姫ですから。

 という言葉は子猫シュリアちゃんには聞かせられませんので、飲み込んでおきました。わたしにだって『自重』という言葉はあります。えらい。


「それでは、またどこかで会いましょう」

「はい。ありがとうございました、プルクラさま」


 お互いににっこり笑って、なんかカワイイ子であるシュリアちゃんとお別れしました。



 ~☆~



「さて、ロンドマーヌさま」

「なんですの」

「そんなに睨みつけないでくださいな。お別れの挨拶に来ただけです」


 ロンドマーヌにそう伝えると、そっけない返事がありました。


「あなたはどうしますの、ロンドマーヌ」

「どうするとは?」

「この腐り切った学院に、まだ残るのか聞いております」

「……それ意外に私に道があると思って?」

「ありますわよ」


 間髪入れず答えると、ロンドマーヌは少し驚いた表情を浮かべた。


「ベル姫を頼りなさいな。救ってくれますわよ」

「……私は、フラレットを虐げていたような女です。救われる権利なんて、ありませんわ」

「罰を受ける権利ならありますわよ」


 神妙な表情を浮かべて、ロンドマーヌはこちらを見ました。


「このまま学院にいますと、あなたは楽になりますわロンドマーヌ。フラレットは素晴らしい技術を持っているので、必ずお姫様といっしょに連れ出されます。そうならなかった場合、わたしが動きます。誘拐してでもフラレットは救いますわ。ですが、あなたまで一緒に救う努力をわたしはしません」

「……」

「ですので、このまま学院にいるとロンドマーヌは罪から離れられます」

「私にフラレットと一緒にいて、ずっと罪の意識を持て、と言いたいのかしら」

「はい。ですので、罰を受ける権利があります」


 ロンドマーヌはわたしから視線を外し、複雑な表情を浮かべました。


「それは、フラレットを困らせることにならないかしら。わたしが苦しむように、フラレットも苦しむと思うわ」

「あなたがそのままでしたら、そうなるかもしれませんわね」

「どういうこと?」

「関係性の話です。ロンドマーヌとフラレットがちゃんと『お友達』になれれば、その関係性は苦しみではなくなりますわよ」

「……友達」

「良く分からないでしょう? 『お友達』という言葉を知っているのに、ニュアンスが上手く把握できないでしょう。それがこの学院が腐っている理由ですわ。貴族にだってお友達はいます。利害関係を越えた友情はあります。外の世界の貴族はそれが当たり前です」

「……本当に、この魔法学院は間違ってますの?」


 はい、とわたしはうなづきました。

 魔物とモンスターは明確に違いますし、魔物種は喋りますよ。というぐらいには、世間と学院は乖離しております。


「一度、外へ出たほうがいいですわ。真っ白になれば、お友達ごっこではなく、本当に友達になれるかもしれません。あなたも、フラレットも」

「……許してくれるかしら」

「そこは保障しかねます。もしかしたら、一生許されないかもしれません」


 フラレットはフラレットで、歩み寄る様子はありませんでしたからね。

 もっとも。

 あの子の興味は魔法の杖にしか向いていませんので。

 ちゃんとお友達になる、というのは本当に難しいかもしれません。


「あ、そうだ」

「なんですの?」

「フラレットは外の世界の常識に当てはめても、わりと困ったちゃんです」

「そうなのね」


 ロンドマーヌは苦笑しました。


「ですので、あなたが味方になってあげてくださいな」

「味方……それはどうやればいいんですの?」

「簡単ですわ。後ろから黙って見ていればいいのです。否定せず、嫌わず、馬鹿にせず。ただあの子を見守るだけ。敵が現れれば、前に立つのではなく横に並ぶだけでいいです」

「守るのではないの?」

「それは、騎士の役目ですよロンドマーヌさま。あなたは騎士ではなく、貴族です。それとも、フラレットの騎士になられますか?」

「……無理だわ」


 嫌がって拒絶しているのではなく、自分の力不足を認識してフラレットは首を横に振った。


「ですので、隣に立つだけで良いのです。ひとりぼっちじゃないのは、意外と心強いものですわよ」

「そうね……」


 わたしに負けたせいで、一度はひとりぼっちを経験しているロンドマーヌです。無論、従者がいたので、本当の意味でひとりぼっちではないでしょうけど……この旧貴族文化に染まり切った心では、それは同一だっただろうと予測できます。


「心は決まったようですわね」

「えぇ」

「では、フラレットのことをよろしくお願いします。さようなら、ロンドマーヌさま」

「さようなら、プルクラ」


 目礼をしたわたしに対して、ロンドマーヌは頭を下げず、まっすぐにこちらを向く。

 さようなら、ロンドマーヌ。

 次に会うときは、あなたが魂だけの存在になっていないことを。

 切に願いますわ。



 ~☆~



「そうッスか。えっと、もう会えないッスか……?」


 フラレットの部屋で学院を去ることを伝えると、珍しく彼女から弱気な発言が聞けました。


「あら、しおらしい。そんなにわたしのことが好きになったのでしょうか」

「……迷惑ッスか?」

「いいえ。とても嬉しく思います」


 床に座り込んでいるフラレットの前に座りました。


「あなたの作る杖は、きっと人間種に素晴らしい技術革新を起こさせます。この場合、魔法革命と言うほうが妥当かもしれませんが。ですので、あなたはこんな所に居るべきではありません。よって、あなたを誘拐しても良いのですが……」

「ですが?」

「それだと無用な争いを生みますからね。無難にお姫様に救われてください」


 そうなんスけどぉ、とフラレットは言葉を濁す。


「あら、ベル姫に不満があるのかしら」


 ぷるぷるぷる、とフラレットは首を横に振る。


「それなら良いではありませんか。ベル姫は盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の一員です。ですので、いつだって会えますわよ」


 フラレットの両手を持つ。

 とても女の子の物とは思えない、ゴツゴツとした職人の手。たったひとりで孤独に魔法の杖というものをこの世に生み出した指であり、恐らく歴史に名を残す者の最先端。


「プルクラは、こんな私に……ぜんぜん人付き合いができない私に良くしてくれったッスから……それがとても嬉しかったッス」

「好きになりました?」

「……そうッスね。親父さんの次に好きっス」


 あら残念。


「一番にはなれませんでしたか」

「ふふ。私の一番は親父さんで決まってるッス。命を救われても、それは譲れないッスよ?」

「じゃぁ二番は私で固定しておいてください」

「分かったッス」


 言いましたわね。

 後悔させてあげるつもりはありませんが、わたしの正体を知っても二番を不動の物にしていただけると嬉しいです。


「では、はい」


 わたしは両手を広げました。


「なんスか?」

「お別れのキスです。庶民の間では、これが普通なので」

「早くもプルクラの二番が揺らいでるッス」

「はやくも!?」


 仕方ありませんわね。


「ファーストキスは、その……できれば好きな人と……したい……かぁ~」

「あら乙女。それは二番の人にはできないキスでしょうか」

「うん」


 そんないじらしい返事を聞かされたら、ホントにキスできないじゃないですか。

 もう。


「では、せめてハグだけでもしましょう」

「分かったッス」


 座った状態から少しだけ腰を浮かせて、フラレットはこちらに倒れ込むように抱き付いてきました。

 それを受け止めると、彼女の小さな体を抱きしめる。


「さよなら、プルクラ……いや、ルビーだったッスか」

「プルクラでもルビーでも、ルゥブルムでもサピエンチェでも、なんでもいいですわよ」

「名前、多いんスね」

「ミステリアスな女ですので」


 ぶふ、と吹き出すフラレット。

 なんでそこで笑うんですか、失礼ですわね。


「またすぐに会いますので、そんな気にしないでください。それよりも、ちゃんと朝に起きてごはんを食べて、夜にはお風呂に入ってください」

「……ハイ」


 なんでそれがイヤなんですか。


「友人の言葉は聞くものですわよ」


 まったくもう、とフラレットを離しました。

 わたしが立ち上がると、フラレットも立ち上がる。


「それでは、行きますわ。またね、フラレット」

「はい。ごきげんよう、プルクラ」


 最後だけは貴族然として。

 綺麗なカーテシーを見せてくれるフラレット・エンフィールドでした。

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