~流麗! バラバラになった~
新種モンスター。
仮称『ガラス』。
近づけば精神干渉を受け、幻覚を見せられる。
離れたところからの攻撃は魔力による自動障壁。ちょっと石を投げた程度では防御されてしまう。
さて、どうやって倒せば良いのか。
「普通の冒険者なら知恵を働かせるところですが」
残念ながら、わたしは『知恵のサピエンチェ』。
「つまり、考えるまでもありません」
影を引き延ばし、ガラスの足元まで伸ばす。といっても、ガラスは浮いてますけどね。
あと、日の光すらほぼ届いていない谷底で『自分の影』もあったものじゃないですけど、影は影。
わたしのフィールドという意味で影を伸ばします。
「行きますわよ」
ガラスの下部から影をせり上げさせ、太いロープのようにして絡みつかせた。精神干渉、もしくは魔力障壁が発生するかと思いましたが、問題なく拘束できましたわね。
まるで抵抗する様子がありませんので、もしかしたらもっと単純な思考をしているのかもしれません。
近づく者には精神干渉からの魔力攻撃。
遠距離からの攻撃には魔力障壁での防御。
その他のパターンには反応しないのかもしれませんが……モンスターならば、人間種が敵として定められておりますからね。影を通じての攻撃、なんていうものは初めから想定外だったのでしょう。
魔法攻撃ならば、また別のパターンが見れたかもしれませんが……残念ながら、わたしは魔法が使えません。
「なので、そのままお覚悟くださいませ」
耳があるのかどうかは分かりませんが、そう宣言して右足を引く。
グッと身を屈めるようにして右足に力を込めた。
「せーのっ!」
息を吸い込み、岩地を踏み抜く勢いでガラスに向かって走る。
一歩。
たった一歩で充分です。
まばたきひとつ以下の時間でガラスへと肉薄する。
綺麗な森の中が見えた。流星の降り注ぐとても綺麗な森です。
しかし、そんな幻惑が見えたところで動き出したわたしを止めることはできません。
もしも止めたければ――
――裸の師匠さんでも見せることでしたわね!
「ぷはぁ!」
美しい森が消え、現実世界に戻る。慌てて地面に足を付いてブレーキをかけた。
つんのめるように転びかけますが、なんとか静止に成功。振り返れば自分で踏み抜いた足元の岩が弾けるところで、ガラスが砕け散るところでした。
まるで消えていた音が世界に戻ってくるように、いろいろな音が重なり、爆発したようなものとなる。自分で起こした風にぶわりとあおられて髪とエプロンドレスのスカートがはためいた。
その結果に満足して、わたしはふぅと息をつく。
「まっすぐいって、ぶっ飛ばす。これがわたしの『知恵』ですわ!」
どんなもんだ、えっへん。
と、はしたなく拳を天に突き上げてしまいましたが……誰も見ていないので問題ありません。
お嬢様は拳を握りしめないものです。
たぶん。
「さて、とりあえず倒しましたが……っと、ありましたありました」
もしかしたら普通にゴーレムだった可能性もあったのですが、ガラスが消滅した跡にちゃんとモンスターの石が残っていました。
ちゃんとモンスターだったのが確認できて一安心です。
「上から落ちたのでしょうか」
わたしは上方を見上げる。わずかなラインが空を横切っているようにしか見えない地上でしたが、そこから落ちたとしてもガラスは浮いていましたから、無事だったのかもしれません。
もしくは――
ゴーレムでなくとも、魔王さまが谷底の掃除にこっそり設置していたりしたかも。魔王さまが綺麗好きだった話は聞いたことありませんけど。
まぁ、なんにせよ無差別に襲ってくる設定にした魔王さまが悪いので、わたしは悪くありません。精神干渉能力で人間領に影響を与えているのもよろしくありませんわ。
せっかく高低差があって人間種が侵入してこないようにしてるっていうのに。下手をすれば勇者だけでなく、騎士団を送り込まれて前面戦争になってしまいますよ、魔王さま。
「というか、谷底で増幅されるってどういう偶然ですのよ、まったく」
運が悪いというか、魔が悪いというか。
仮称ガラスも余計なことをしてくれたものです。素直に谷底で粉々になっていれば良かったものを。
「はぁ~」
息を吐きつつ、谷底の遺品集めを再開する。それらを影で回収しつつ、一応はと岸壁に手をついて魔力の通りを調べてみた。
「うわ、なんですのこれ」
なんというか、スルスルと魔力が通る気がします。いえ、正確には魔力の純度が上がる、みたいな感じでしょうか。
「……フラレットの杖と関係が?」
石と木の枝を通すだけで、魔力効率が上がる。
そんなわけがないと思っていますが……もしかしたらこの土地の石のせいなのでしょうか?
確か、このあたりのを拾っていますわよねフラレット。
「ふむ……?」
仮称ガラスに向かって踏み込んだ時に踏み抜いた岩。その岩の破片を拾ってみて、魔力を通そうとしてみますが……魔力が通りやすいということはなかったです。
「あれ? んんん?」
不思議に思って地面に魔力を流してみると……先ほどと同じように魔力が研ぎ澄まされるように通っていく。でも、砕けた石には魔力が通らなかった。
やはり何か特別な加工をしているんでしょうか?
でも、この谷底では魔力が反響されているようですし……
え~っと、う~んと――
「分からん」
考えても何にも分かりませんので、もういいです。
なんかこう、イラっとしましたので破片もいらないのでポイっと捨てました。
さて、帰りましょう帰りましょう。
というわけで、ポチャン、と影に入って断崖絶壁を伝って人間領へ戻りました。
これができるので、わたしは人間領に来ることができたわけで。
アスオくんは無理ですが、ストルは可能でしょうか。アビィなんか浮いてるけど空は飛べませんからね。きっと谷底まで落ちてから、岸壁の中を登るように地上まで移動しないといけないので一苦労かもしれません。
「ふう」
とりあえず周囲に誰もいないことを確認してから、影から出ました。メイド服の汚れは影の中に置いてきて、綺麗さっぱり。
「まずは師匠さんに報告ですわね」
お姫様の別邸に戻ると、まだお勉強は続いているようで。
しばらくユリファ事件に関わらせてしまいましたからね、大変そうです。ベル姫の従者となっている師匠さんに声をかけるのも気が引けるので、待機しておきました。
ちなみにパルは美味しそうに料理の味見をしている。ユリファの魔眼について調査を頼んだのですけど、まったく実行している様子はありませんわね……この小娘が……!
「あなた、堂々としたものですわね。これ、山の上では貴重品ですのよ?」
「んあ」
パンを頬張りながらパルは料理長を見る。
「かまわないよ。美味しそうに食べてもらえるのなら本望だ。君も食べるかい?」
「フルーツはありますか?」
「オレンジがあったかな。それでいいかい?」
「ありがとうございます」
オレンジをカットしてもらって、食べました。美味しかったです。
それはともかく、夜。
お姫様にはまだわたしが吸血鬼だと告白していませんので、谷底の情報共有は寝静まった後になりました。
「その仮称ガラスが原因の可能性が高いと」
「まぁ確定ではないですが。ガラスを倒してから吹雪は見えなくなりました。魔眼を通しても流星は見えませんわ」
「ふむ。そうだとするなら、ガラスが原因と考えて間違いないだろう」
なんとも言えない表情をする師匠さん。
この場合、わたしの報告を疑っているのではなく、依頼者へどう報告するのかを迷っている感じですわね。
「適当にでっちあげれば良いのでは?」
「露見しない嘘か。たとえば?」
「魔眼を通してでしか見えないモンスターが魔王領との境界に浮いていた、ということにすれば良いのです」
「……それが冒険者ギルドに伝わると、恐ろしい騒ぎになるぞ」
魔眼を通してでしか見えない……つまり、不可視のモンスターが存在するとなると、非常に厄介となるのは間違いない。
大陸中の魔眼持ちが集められる可能性がある、と師匠さんはガシガシと頭をかいた。
「あ、じゃぁ魔法学院からは見えなかった。としたらいいんじゃない?」
「どういう意味ですの、パル」
「変な結界の影響で、ガラスの身体が透けて見えてたってことにすれば。浮いてたのはそのままで」
なるほど。
嘘には真実を混ぜればいいですが、透けていた、という情報をそのまま利用するわけですか。
この学院の特殊な結界も良く分かっておりませんし、それがいいかもですわね。
「ふむ。パルの意見を採用しよう」
「やった」
「ではユリファ事件の結論をまとめる」
はい、とわたしとパルは師匠さんにうなづく。
「上級貴族ユリファは、学院中からイジメを受けていた。それは旧貴族文化に染まり切った学院のルールにそむいていたから。ユリファは女子寮の窓から落下し、死亡。自殺として扱われている。メイドと護衛騎士は学院によって殺害された。遺品は埋められており、その痕跡を守るように学院所属の騎士が見張っていた」
訂正や付け足しはあるか、という師匠さんの視線に、問題ない、と視線で答える。
「ユリファが窓から落下した原因はモンスターである仮称ガラスの持つ精神干渉である。魔眼持ちは精神干渉により、自然と魔王領に向かって歩かされてしまった。その結果、ユリファは窓から落ちたと思われる。どのような状況で精神干渉を受けたのかは分からないが、恐らくメイドも護衛騎士も助けるヒマもなかったんだろう」
実際に、窓際に立って外を見ることは日常的に出来ます。
冬の時期であろうと、窓も開けることがありますから、止めるヒマはホントに無かったんでしょうね。
「周囲から見れば、イジメを苦に自殺したと思われても仕方がない。それを隠蔽する学院の意思も分かるし、それを見てきた従者たちを口封じするのも分かる。無論、理解はしないがな」
ふぅ、と師匠さんは息を吐いた。
「以上がユリファ事件の真相と結論付ける。もっとも、ユリファが魔眼持ちだったかどうかが鍵となるが……これは学院で調べるよりマガイック・ルツアーノ氏に聞くのが一番かもしれないな」
「師匠さんは、そのような情報を聞いていませんの?」
「聞いていない。もしかしたら、ユリファは魔眼そのものを誰にも言ってなかった可能性もある」
どういうこと? と、パルが聞く。
「たとえば、読心の魔眼がある。相手の思考を読み取れる魔眼だ。そんなものを持っているとバレたら誰も近寄ってくれないだろ」
「わたしの魅了の魔眼も本来は嫌われるタイプの魔眼ですわ。弱いので問題ありませんけど、本来ならば目を合わせるだけで惚れさせられます。そんなものを持っていると公言すれば、誰も近寄ってはくださいませんわ」
「あ~、そっか……」
「他にも千里眼があるな。見える範囲は個人によって変わるらしいが、基本的には覗き魔扱いされる」
「師匠さんが持っていなくて正解ですわね」
「人を覗き魔扱いするな」
「かわいい女の子の着替えやお風呂を覗かないと誓えますか?」
「……ち、誓えますよ?」
「「ダウト」」
嘘はほんの少しの真実を混ざればいい。
そんな基本的なことも出来ないくらいの師匠さんの嘘でした。
「あ~、その、とにかくだ。そういう感じの魔眼を持っていた場合、他人には打ち明けないことが多い。魔眼持ちは貴重と呼ばれる所以だな」
本来は魔眼持ちがこの世にもっと多くいるのかもしれないが――本人がそれを隠しているのなら、その総数は数えようがない。
なるほど、とパルは納得している様子でした。
「ユリファは相手の地位に関係なく優しく接しているという評価を受けています。もしかすると、魔眼が関係していたのではありませんか?」
「そうかもしれんな。いったい何の魔眼を持っていたら、貴族さまがそうなるのか分からないが……」
「むしろ、マイナスの魔眼だったのではないでしょうか?」
「マイナス?」
師弟そろって首を横に傾げる様子は微笑ましい。
わたしは思いつきですが、人差し指を立てながら適当に説明してみました。
「相手の顔や姿が分からず、魂しか見えない魔眼。なんてどうでしょう? 人間種の魂は同価値しかありませんので、すべて平等に見えます。男女の差ぐらいは分かったかもしれませんが、他は何も分からなかった」
美醜や年齢関係なく。
その魂は同価値である。
そんなふうに見えていたからこそ、ユリファは優しかったのではないか。
「さすがにそれは極端過ぎるとは思うが……そうだな。もしかしたら他人が同価値に見えるような魔眼を持っていたのかもしれないな」
果たしてユリファは本当に魔眼を持っていたのかどうか。
そして、その魔眼はどのような能力だったのか。
調査しても判明しない可能性がある、ということ。
真相は、それこそ神のみぞ知るのかもしれませんけれど。神に聞いて答えてもらえるのかどうかは別問題。
「ラビアンなら知ってるでしょうか?」
三人で窓の外の夜空を見ました。
相変わらず分厚い雲が空を覆っていますが……もう吹雪は見えません。
あの綺麗な流星も二度と見られないと分かると少し残念な気もしますけど。このような考えを抱いてしまうからこそ、ユリファは落下することになったのでしょうね。
果たして、ユリファはどんな幻覚を見ながら窓から落下したのか。
願わくば。
その最後の瞬間まで、傷みが無かったことを――せめて光の精霊女王ラビアンに祈ることにしましょうか。
もっとも――
「返事は無いな」
「あたしも」
神や精霊女王すら、分からないことはこの世にあるようですけど。
「大したことありませんわね、神も精霊女王も」
「そんなこと言って、天罰を落とされても知らないよ」
「いいのです。女の子ひとり救えない神など、勇者サマより劣りますわ」
ため息をひとつ。
魔法学院の夜に落としておきました。