~流麗! 流星の落ちる先へ~
魔眼によって見えた流星の景色。
そこに誘われるように無意識に歩いてしまった。
どこへ向かって歩いていたのか、それは定かではありませんが……わたしが向かった方角にあるものと言えば、魔王領。
つまり、そのまま歩けば――
「魔王領に落下……」
何気なく言ったその言葉に、何かイヤな予感がしました。
落下。
高所から地面に叩きつけられること。
「もしも、わたしが寮の三階にいたとしたら……果たして、窓枠を越えたのでしょうか」
「それって……」
「ユリファが窓から落ちたのは、このせいなのでは?」
「ホントに!?」
パルが驚きの声をあげる。
もちろん、わたしも半信半疑のような感じです。
魔王領に向かって歩いてしまう、という不可解な状況があっただけで、それとユリファを安易に結びつけるのは間違っているかとも思いますが……
ですが、どうにもイヤな予感がします。
「じゃぁ実験してみる?」
パルの提案に、わたしはうなづきました。
「確かめてみるのは大事です。ですが、どのような実験でしょうか」
「ん~。三階からホントに降りるかどうかはちょっと目立ち過ぎるから、あたし達の部屋でやってみようよ」
「まぁ、三階でも一階でも、窓から外へ出ようとする行為に違いはありませんわね」
分かりました、と了承して。
わたし達は早速、寮へと向かいました。
多少は目撃されていても、王族のメイドがなにやら裏切者の部屋を探りに来た、としか思われないでしょう。
それでも一応は気配と足音を消して女子寮に入る。
ツンツン陰険眼鏡に見つかると面倒ですし。
無事に部屋に入ると早速実験をしようと思ったのですが……
「うわぁ」
「やられてますわね」
部屋の中が荒らされていました。
ベッドのシーツや布団がぐちゃぐちゃになっており、床に散乱していたりしています。机の引き出しなど開けていた覚えはありませんが、開いていました。窓ガラスが割れていないだけ温情でしょうか。
まるで泥棒でも入ったかのような有様です。
「貴重品など、置いていました?」
「プルクラさまのお勉強セットくらいかなぁ」
というわけでメイド部屋へ行くと、お勉強セットが床に散らばっていた。丁寧にノートの上にインクがぶちまけられています。
「うわぁ、もったいない」
せっかく書いたお勉強が黒で塗りつぶされていました。貴族や偉人の名前など、どうでもいいことは確かですが……そんな方達の名前にすら敬意を払えないとは。
名前を黒で染めることは、すなわち名を穢すということ。
魔法を収めている学生でしたら、その程度の『呪い』はご存知かとも思っていたのですが。
知ってか知らずか、どちらにしろ情けない話です。
「こっちも酷いことになってますわね」
クローゼットの中に吊るしてある予備のメイド服がズタズタになっている。着たら大変セクシーなことになって師匠さんが大喜びしそうです。スカートなんか特に。
「持って帰ります?」
「いらなーい」
メイド服よりもお勉強セットのほうが残念に思っているパル。ノートとかインクとかペンとか、一般民にはメイドという存在よりも縁がないような気がしますし、そのせいでしょうか。
「学園都市に行ったら、新しいのを買いましょうか」
「え、いいよぉ。いらないいらない。お勉強セットって、なんか可愛かったから好きなだけ」
「ふ~ん。そんな感覚ですのね。では、お勉強セットのぬいぐるみを作ってもらいましょう」
「え、なんでぬいぐるみ? 意味分かんない。魔物種こわっ」
「なんでそんな酷いことを言うんですの、小娘!」
冗談だよぉ、と苦笑するパルに肩をすくめておきました。
「まぁ、犯人は誰でもいいですわね。何かの偽装工作ではなく、単純に鬱憤を晴らしたかったのでしょう」
残念ながら私物と言えるものは何もありませんので、盗まれた物は無い。むしろ、わたしの部屋よりメイド部屋のほうが酷い有様なので、もしかするとパルが狙われたものかもしれません。
「フラレットは大丈夫かしら?」
「先に確認しておく?」
「いえ、実験の後にしましょう。吸血鬼とか魔眼とか、説明が面倒です」
「面倒で済ますんだ」
「魔物種と人間種の違いなんて、種族が違うだけで同じおバカさんな生き物です。面倒の一言で済みますわ」
というわけで、目に力を込めるようにして魅了の魔眼を発動させた。相変わらず威力は弱いので、目の前にいるパルすら魅了することはできません。
「部屋の中に吹雪は見える?」
「いいえ、何も変化はありませんわね。やはり空しか影響しないようです」
では行きますわね、とパルに告げてから窓へ移動した。
「じゃぁ、窓を閉めた状態から始めますね」
ガラス越しに外を見る。
やはり空には流星のようなキラキラとした綺麗な風景が見えました。ですが、ガラスによるわずかな歪みが逆に気になります。
これが無ければ、もっと綺麗ですのに。
邪魔ですわね。
そう思って窓を開けました。
はい、これで綺麗に見えます。やはり窓やガラスを通してみるより、遥かに綺麗ですわ。流星が流れるように見えて、それらが一直線に、まるで集まるように一定の方向へ向かっていく。
集まる?
いったいどこに集まっていくのでしょうか?
よくみれば、一定方向ではなく、一点と言えるかもしれません。
これは確かめないといけないかも。
もっとよく見えるように――
「みぎゃ」
気が付けば地面に顔面を打ち付けていました。
どうやら窓から地面に落ちたみたいです。
「ルビー、ぱんつ丸見え」
パルの声が上から聞こえてきました。
やっぱり落ちたみたいです。
「不本意ながら、実験は成功してしまいましたか……」
ばったりと倒れながら、魔眼を使わないで空を見上げました。
やはり吹雪に見えます。
もしも晴れていたら、どのように見えるのかは気になるところですが……ひとつ確かめないといけませんね。
「パル、ユリファが魔眼持ちだったかどうか。師匠さんといっしょに調査してください」
「ねぇねぇ、ルビー。そもそも魔眼って何?」
「あら、知らなかったのですね」
立ち上がり、メイド服についた砂埃をパンパンと払う。
「なんとなくは分かるけど、ホントのところは分かんない」
「簡単に言いますと、ギフトですわ」
いわゆる、生まれた時から持っているもの。『才能』と言われるものではありますが、神から与えれられたもの、と人間種の書物に書かれていることもありました。
「ギフトの中でも殊更に特殊なのが魔眼です。主に『みる』ことによって発動する特殊魔法のようなものですわ」
見る、視る、観る、診る。
どれで発動するかは魔眼と個人によって違いますが。
「わたしの場合、目を合わせることが魅了の条件です。まぁ、弱いですけどね。見つめ合うと好きになってもらえますわ」
「見つめ合える仲だと、それって普通じゃない?」
「そうなんですのよね~。ですが、わずかながら精神干渉の意味がありますので、戦闘中に使うと相手の行動をキャンセルさせることができます」
「強いじゃん」
「それも弱いので、魔王さまには通用しませんわよ」
「ダメじゃん」
「とまぁ、魔眼とは生まれ持った特殊能力と思ってください。発動させると目に何かしらの変化がある場合があります。わたしの場合、金色の環。紋様が浮かび上がったり、瞳の色が変わったり、いろいろあるみたいですわよ」
「ほへ~。じゃ、ユリファの瞳に関しての情報を集めればいいのか」
「もしくは、魔眼と思われる何かしらの能力かしらね。そのあたり、師匠さんに任せれば大丈夫でしょう」
「ルビーはどうするの?」
「ちょっと魔王領に落ちてこようかと思います」
「え~……」
先ほど見た一点に集まる流星。
そこに何があるのか、気になるのは事実ですので。それを確かめたいと思います。
「死なないと思うけど気をつけてね」
「ふふ、ありがとうございます。無事に帰ったら、イチャイチャしましょうね」
「イヤ」
「断られてしまいましたか。では師匠さんとイチャイチャしますわ。それを見せつけてあげます」
「ひどい嫌がらせだ」
ケラケラと笑うパル。
では、流星の調査を開始――
「待って待って。フラレットから情報収集しなくていいの?」
「そうでした」
トンとジャンプして部屋の中に戻る。荒らされたのはそのままにしておいて、隣のフラレットを訪ねると……
「ん? なにか用事っスか?」
相変わらず耳栓をしてガンガン石を削っていました。
「わたしの部屋が荒らされてるみたいですけど……その様子だと何かあったのか気付いてないみたいですわね」
「え、え~っと……分かんないッス……え、荒らされてるんスか?」
「たぶんフラレットさまの音に合わせて部屋を荒らしたんだと思うよ。騒音で誤魔化せるから」
パルの言葉に、なるほど、とフラレットといっしょに納得しました。
「では、フラレットもお気をつけください。なにかあれば、ベル姫に言うんですのよ」
「分かったッス」
「あ、そうだ。フラレットさま、ユリファが魔眼持ちだったって聞いたことある?」
「魔眼? いえ、聞いたことないッス……というか、他の人と話さないので……」
そうだった、とパルは顔をしかめた。
「申し訳ないッス」
「フラレットはそれでいいんですのよ。今のは質問したこの子がダメなだけです」
「ごめんなさい、フラレットさま」
「むしろ、謝られるのがつらいッス……」
ふへへへ、と三人で微妙に笑い合ってから、フラレットの部屋を後にしました。
「では、わたしは流星の調査をしますので。師匠さんへの報告と魔眼の調査は任せました」
「はーい」
女子寮の入口でパルと分かれて、わたしは再び魔王領との境界である林へと向かいました。
すでに老騎士は捕らえていますので、咎める者は誰もいません。
「こうなってくると、あの老騎士は魔物種の味方だったのではないか、とも思えますわね」
偶然でしょうけど。
もしも魔物種の味方でしたら、吸血鬼とバラした時に驚かなかったでしょうし。むしろ、膝を付いて頭を下げるべき場面でしたからね。
そうではなかったので、違うことは違うのですが……
「クリティカルに邪魔をしてくれていましたわねぇ」
林の中を進むと断崖絶壁が見えてくる。
底が見えないほどの谷と、その向こうに見える荒野。アスオくんの領地ですけど、見える範囲では何もありませんわねぇ。
で、空を見上げますと――
「吹雪は見える」
ふむふむ。
流星だと一定方向――つまり、魔王領に流れる線ですけど、吹雪状態ではそう見えない。
こちらに何かあるのではないか。
と、アスオくんの領地を見まわしますが……見える範囲ではやっぱり何もありませんわね。
「ん~」
やはり、一度は谷底に落ちてみる必要があるようです。
「そういえば、谷底って人間領なのでしょうか。それとも魔王領なのでしょうか」
どちらでもない領域といえばそれまでなんですけど。
空を飛ぶ以外に、この谷を越える方法は限られていますからね~。ガーゴイルとかハーピーとか、モンスターでしたら越えられますけど。魔物種も人間種も、空を飛べる種族はいませんので越えられません。
有翼種って翼が背中に付いているのに空は飛べませんし、魔法で落下速度は落とせても、空を飛ぶ魔法は存在しませんので。
「どちらでもない、というのが正解でしょうか」
人間領からでも魔王領からでも、落ちればそのまま落下死する谷。
さてさて、そこに誘われているとしたら、いったい何が待っているのか。
「確かめてみましょう」
魔眼を発動させる。
途端に吹雪だった空模様が一直線のきらきらした流星に変わった。建物や木々などが無く、とても良く見える。
流星は一点へと集まっているようでした。
それらが流れていく先は……空の一点? そこに何かがあるような気がして、目をこらしますが、まぶしくてなかなか見えない。
次々と流星が集まっていく。
きらきらと輝き、まるで無限の宝石が集まっているようにも思えました。
ですが、やっぱり何かがあるような気がして、もう少し身を乗り出す。もうちょっと、もうちょっと近づけば何かが見えるような気がするのですが……
それが見えなくて、なんだかもどかしい。
とても綺麗なのに。
その正体が見えなくて、残念で、もっともっと見たくなって――
わたしは。
谷底へと。
落下しました。
酷く不快な――自分の身体が地面に叩きつけられ。
パーンと弾ける音が聞こえた。