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~流麗! 吹雪なる流星~

 わたしには雪が降っているように見えて。

 パルには雪が降っているようには、見えていない。

 この大きな差異に気付いたわたし達は、まず学院の外へ向かいました。


「どうして外に行くの?」

「初日、魔法学院に入ったときに寒さがやわらぐのを感じませんでしたか?」

「……マグつけてたから、あんまり分かんない」


 パルは腕に装備しているマグをコツンと叩く。

 そういえばそうでした。

 黄金城地下ダンジョンを攻略するために寒さに耐性があるマグ。山の上にある魔法学院に来るとなれば、そりゃぁ装備してますわよね。

 わたしのマグは指輪型でしたので、外しております。貴族令嬢としては指輪のひとつくらいは付けていてもおかしくはないんですけれども、余計な注意を引いて探られてしまっては、余計なことになってしまいますからね。

 極力、嘘はつかないほうがいい。

 嘘に真実を混ぜるのもいいですけど、嘘をつかなくて良い状況、にするのも大事だそうです。


「では、雪が降っていたのは覚えておりますわね?」

「そっちは任せて。覚えてるよ」

「この学院の敷地内に入ったとき、弱まった感じはしませんでしたか?」

「う~んと……あ、うんうん確かに。そんな感じだった」

「ですので、魔法学院にはそういった結界が張ってあると思っていたのです。吹雪耐性と言いますか、寒さ遮断と言いますか。ですので、吹雪が見えていても、地面に雪が積もっていなくても、疑問に思わなかったのですわ」

「でもその時って、学院の中も吹雪だったよね?」

「……そうでした?」

「あんぽんたん!」


 パルに怒られました。


「ほ、ほら一度認識してしまったら、なかなか改められないじゃないですか。今さら師匠さんがロリコンじゃないと判明しても、わたし達の中では師匠さんはロリコンなのです」


 そんな言い訳をしつつ、学院の入口たる場所までやってきた。

 明確な壁や門があるわけではないので、その境界は曖昧ですけど。岩山には溶け残った雪が氷みたいになって残っています。

 これのせいで、吹雪がずっと降っているようにも思っていたんですのよねぇ。

 夏だと、一撃で異常だと分かったんですけど。


「ルビーは今も吹雪が見えてるの?」

「はい」


 わたしは空を見上げる。

 どんよりとした暗い雲に加えて、まるで空にノイズのように白くちりぢりとした線や点がいくつも走っている。

 わたしにはそれが、どう見ても『雪』や『吹雪』に見えます。


「じゃぁ、その雪って正面にも見える?」


 パルが指摘したのは、空ではなく前方の空間。学院の敷地の外であり、岩山にある道が見えている。

 ただそれだけで、降っている雪は見当たらない。もちろん、冬の間に降り積もっていて、まだ溶けていない雪は見えるが。

 空から降ってくる雪は見えませんでした。


「見えません。ですが、空には見えます」

「分かった。じゃぁ敷地の外へ行こう」


 パルといっしょに敷地の外と思われる場所まで移動した。スッと体感気温が下がる瞬間があり、そこが結界の外と思われる。


「このあたり?」

「そうですわね。で、空は……」


 わたしは空を見上げましたが……マジで雪が降っていませんわ。


「何か見える?」

「なんも見えねぇですわ」

「言葉がおかしくなってる」


 ケラケラとパルは笑いますけど、それどころではないくらいにショックです。


「え~。どうなってるんですの、これ。というか、パルには本当の本当に見えてないんですのよね?」

「うん。魔物だけ見えてるってこと?」

「そうなのでしょうか?」


 境界と思われる場所をひょこひょこと入ったり出たりしながら空を見ました。吹雪のように見えたり、それが消えたり、と確実に敷地内の何かが見えています。


「温度を緩和する結界の影響?」


 結界の影響で、吹雪のような物が見えているのか……

 それは是であるのですが……


「いいえ、そうではないはず。降っていない時もあったんですの」


 ここ数日はずっと降っているが、降っていないタイミングもありました。ですので、この結界だけがわたしに何かを見せているわけではないはず。

 他に要因があるはずです。

 でないと、ずっとずっと吹雪のはずですから。


「う~ん、なんだろう?」

「なんでしょうね。魔王さまの嫌がらせかしら」

「魔王サマ見てるんだ。ルビーがこんなところで人間と仲良しだから、怒った?」

「魔王さまが覗き魔だったとして……この程度の嫌がらせで終わるなら、魔王領は存在しませんわよ。バレた瞬間、ブチ殺されますわ」


 そうだよね、とパルはのんきに笑う。


「あ、そうだ。ルビーも時々、眷属召喚の『目』で覗きしてるけど、あれで見てみたら? 魔物種だけに見えるのなら、そっちでも見えるはず。それかコウモリで空を飛んで見てみたら、なにか分かったりするかも」

「これですわね」


 足元の影から目だけを顕現させる。


「キモっ」

「失礼な言い方をしないでください。で、この目を通して結界内から見ると……」


 わたしは片目だけを閉じて、顕現させた目に視線を移しました。


「吹雪、見えた?」

「――見えませんわね。あれ、ということは……」


 学院内に忍ばせている蜘蛛ちゃんに視界をうつす。

 女性寮にいる蜘蛛ちゃんですので、窓付近に移動してもらい、空を見上げました。


「あっ……」

「どうしたの?」

「蜘蛛ちゃんからは吹雪が見えません……もっと早くこの現象に気付けた可能性が……」

「この、ポンコツ吸血鬼!」

「甘んじて受け入れます。ポンコツでした」


 がっくりとうなだれる。

 ぜんぜんまったくこれっぽっちも気付いていませんでした。というか、蜘蛛ちゃんは基本的に外ではなく建物内に待機してもらってますし、外での移動も基本的に視点が地面ですので、空なんか見上げませんもの。

 分からなくて当然ですわ!

 ……というのも言い訳に過ぎませんので。

 ほんと、もう、ダメな吸血鬼です。


「師匠さんに思いっ切り叱られてきます。いえ、魔王さまにすべてを告白して、正式に裏切って来ようかしら。たぶん、殺されかけますので逃げますけど……助けてくださいます?」

「そこまでしなくていいよぅ」

「はぁ~」


 がっくりとうなだれますと、後ろからパルが顔を持ち上げて空を見上げさせた。


「『下を向くな、落ち込むな』という励ましでしょうか。ありがとうございます」

「ん~ん。落ち込んでてもいいから、ちゃんと働け。とりあえず異変を見ろ」

「あ、はい」


 わたしの愛する師匠さんの正妻が、わたしに厳しい。

 ……言葉にすると、それが当たり前な気がしますわね。愛人って、立場が弱いのか有利なのかちょっと分かりません。


「でもだからといって後妻を目指すのは、ちょっと……」

「なに言ってるの?」

「いえ、こちらの話です。愛人は愛人のままでいるのが正しい姿かと」


 それはともかく。


「今は結界の吹雪ですわね」

「眷属には見えなくてルビーには見えてるってことでしょ。なにが違うの? 魔力?」

「魔力が原因となると、魔法学院の生徒には見えてるということになりますが……そのような兆候、ありました?」

「ベルちゃんは何にも言ってなかったし、空を気にしている様子はなかったよ?」

「曖昧な推測は危険ですわね。仕方ありません、師匠さんに聞いてもらいましょう」


 師匠さんの傀儡化を少しだけ強めて、意思を伝えてみる。めちゃくちゃ傀儡化に馴染んだおかげで出来るようになってますけど……このまま更に馴染んでしまうと師匠さんとかパルとか、吸血鬼になってしまいませんよね?

 なんかちょっと不安です。


『ヴェルス姫に空を見上げてもらうんだな。吹雪が見えるかどうか、か』


 とりあえず説明を省いて、それだけ伝える。

 疑問に思わず実行してくださるのが師匠さんの良いところです。


『何も見えないそうだ』


 返答を頂き、お礼を言ってから傀儡化を解除しました。


「やはりベル姫にも見えていないようですわ。見えてるのはわたしだけのようです」

「じゃぁ正式に、魔物種にしか見えない吹雪ってこと? この結界って防御的な役割もありそうだし」

「そうなのでしょうか……魔王さまの呪いが可視化されてるとか……?」

「あ、でも眷属召喚の蜘蛛にも見えてないんだった。やっぱり魔族とか関係なく、別のところかな」


 確かに。


「では、わたしだけに見えていて、え~っと、わたしだけが持つ特徴と言いますと……魔眼?」

「役立たずの魔眼」

「魅了の魔眼ですぅ。役立たずですけども」


 上手く使えば相手の行動を妨害とか出来るんですのよ。まぁ、上手く使えた試しがあんまりないので、役立たずなのは確かですけど。


「魔眼を使って見てみたらどうなるのかな?」

「やってみますわ」


 視界に魔力を込めるようなイメージで、魔眼を発動させる。

 金色の環が現れ、紅色の瞳孔を囲った。

 これで魔眼状態ですので、結界内から空を見上げてみますと――


「あ」

「なにか見えた?」

「吹雪が濃くなったように見えます。より一層とノイズが顕在化したような……というか、これ吹雪ではありませんわね」

「どういうこと?」

「白い線が流れていくように見えます。流星にも見えますわ……綺麗……」


 魔眼状態ではないと、吹雪のように見えていたのですが。

 今は綺麗な流星のように見えます。光の線というのでしょうか、それがきらきらと輝くように見えて、それが吸い込まれるようにある一定の方角へ向かっている。

 もしも夜ならば。

 もしも晴れていれば。

 きっと美しい光景に違いありません。


「――ビー! ルビー!」

「え?」


 気が付けばパルに腕を引っ張られていました。

 そして、敷地内に向かってそれなりの距離を歩いていたことに気付く。


「どうしたの? 急にぼ~っとしながら歩き出して……」

「……魅了された? いえ、誘惑かしら。誘い出されたような気が……」


 なにかしら吐き気を覚えて口元に手を当てる。

 言い知れぬ不安感が襲ってきました。


「何があったの? というか、何が起こってたの?」

「分かりません。魔眼で空を見上げていると、流星みたいで綺麗だと思っていたらパルに呼ばれました。無意識で歩いていたようです」

「なにそれ怖い」


 えぇ、とわたしはうなづきました。


「まるで誘われているような感じでしょうか……綺麗な物って間近で見たいじゃないですか」

「宝石とか?」

「即物的ですわね。あなたには効かない誘惑でしょうか」

「食べ物だったら誘われちゃったかも」


 空に浮かぶ美味しそうな食べ物たち。

 ……どう考えても異常ですので、ぜったいに誘われない自信があります。


「誰が誘ってるのかな? あっち?」


 パルが示したのは学院の奥。

 校舎などがありますが……どうにもそこに誘われた気はしません。

 もっとそれ以上の奥。

 つまり――


「魔王領に誘われた気がします」

「魔王さまの勧誘?」


 そうかもしれませんが、そうではない気もします。まぁ、つまり、何にも分からないというのが現状でしょうか。


「でも、そのまま行くと落ちちゃうから意味ないか」

「そうですわね。せっかくお誘いを頂いても魔王領に落下したのでは意味が……」


 落下。

 落下?

 落下したと言えば――


「まさか……?」

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