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~流麗! 登場しない人物全員が犯人~

 遺品をすべて回収し、師匠さんに報告しました。

 服だけでなく、骨を収めてあるツボが余計に陰鬱さを強調させるような気がします。


「……せめて家族の元に届けばいいが」


 なんとも言えない表情を浮かべ、師匠さんは大きく息を吐く。

 これに関して、明確に意見を述べることができる者は少ないのではないでしょうか。

 それくらいには醜悪なものと思われます。


「護衛騎士までも手にかけるとは……犯人は老騎士か」


 まがりなりにも上級騎士の護衛を任されていた者。いくら狂った隔離空間とは言え、その実力は本物のはず。

 そう簡単に殺せないはずだが、と師匠さんは分析したようですが……


「いいえ、師匠さん。ここは魔法学院ですわ」

「――そうだった。魔法の可能性もあるのか」


 騎士が装備していた、ひしゃげた防具を見ながら師匠さんは言う。どのような魔法で防具がひしゃげるに至ったのか分かりませんが、この学院に存在する実力者ならば、むしろ『騎士』など簡単に殺してしまえるのではないでしょうか。

 剣が届かないところなど。

 この学院には、数えきれないほどあるのですから。


「むしろ殺された後にひしゃげた可能性だってあるか……」


 師匠さんは曲がってしまった防具を見ながら、言葉をこぼれさせた。誰に語るわけでもない言葉ですが、その可能性もありますわよね。

 なんにせよ直視するのをためらってしまうような遺品です。それを見て、まともに分析しろ、というほうが酷なのかもしれません。


「まるで、あたしが思ってた『貴族』みたい」

「そういえば、パルは怖がっていたな」


 甘えるように近づいてきたパルの頭を師匠さんは撫でる。こういう時は茶化さずに見守っておきましょう。

 精神的な負荷は分け合ったほうが良いですわ。

 ひとりで抱えて背負うには、思った以上に重たい話になりました。


「逆らう者は容赦なく殺す。悪い貴族そのままですが、旧貴族文化はこれが許されたのかもしれませんわね」


 そうかもしれないな、と師匠さん。

 さてさて。

 ショックな状況を受け入れるには少し時間が必要でしょう。


「ベル姫にはわたしから報告します。ふたりはごゆっくり」

「すまん」

「ありがと」


 どういたしまして、と答えてからお姫様の部屋へ向かう。

 時刻は朝。

 いつものようにどんよりと薄暗い曇り空ですが、お姫様は起きている様子。トントントン、とノックをすれば、中から入室の許可を得られました。

 中へ入ると、まだベッドの上でぼんやりとしつつ髪を整えてもらっているベル姫。優雅で、美しいお姫様の姿がありました。


「おはようございます、ベル姫」

「おはようございます、ルビーちゃん。どうしました?」

「少しショックな話があります。あなたには聞いてもらわないといけませんが、心の弱いメイドさんには退室頂いたほうが良いかと」

「……どうしますか、皆さん」


 誰一人、部屋から出る者はいませんでした。

 さすが王族に仕えるメイドさんですわ。

 この魔法学院にいるどの貴族よりも誇り高いと思われます。


「では――」


 埋められていた遺品と骨、その状況を説明しました。


「……それは本当ですか?」

「はい。明確な証拠はありませんが、ユリファの護衛騎士とメイドの物と思われます。ベル姫には直接関係はなく、あくまでわたし達が追っている事件の情報ですが、一応報告しておきますわ」

「今さら無関係でいられるほど、私は大人ではありません」


 遠慮なくそう言い切ったベル姫は立ち上がる。

 すでに表情は末っ子姫の物ではなく、王族のそれ。


「マルカ」

「ハッ」

「すでに油断しているでしょう。デイセンド・ライトフェルンを拘束し、連れてきてください」

「分かりました」


 マルカ騎士は何も質問することなく、否定することもなく出ていく。すぐさま編成が組まれ、件の黒幕はすぐに拘束されるでしょうね。

 もう少し泳がせ、上級貴族全員から証拠を集めるつもりでしたが……そうも言っていられない物が出てきてしまいました。

 衝動的な行動ではあります。


「怒りに任せての行動はよろしくありませんわよ、お姫様」

「……そうですわね。ですが、タイミング的にはちょうど良い頃合いでしょう」


 確かに。

 自分でけしかけた黒紺貴族が行方不明となり、別邸が火事ともならなかったという情報を加えて、更には老騎士の行方も知れず。

 そうなれば、作戦は失敗したと狼狽えたはず。

 しかし、身構えていてもいつまで経っても追ってくる様子はない。どうやら黒紺貴族も老騎士も口を割らなかったようだ。

 それよりもお姫様と懇意していたプルクラがなぜか裏切者として捕まった。誰か別の者の仕業だろうか。丁度良いカモフラージュだ。

 と、思っているに違いありません。

 まさに油断してきた頃合い。


「無駄に血を流さずに済みそうですね」

「それが一番なのですが……すでに血が流れていたとなると、思うところはあります」


 メイドさんに着替えさせてもらいながら、それでも瞳を閉じてなんとも言えない、という表情を浮かべるベル姫。

 王族としての感情は、また違うのでしょうか。

 悲しむというよりも残念がっているような、そんな表情です。


「姫様、朝食はどうしましょう?」

「すこし遅らせてください」

「ベル姫。せめてお茶くらいは飲んだほうがいいですわよ。甘い紅茶をおすすめします」

「そう。そうですわね。では、お茶をいれてくださいな。いつもより甘くしてくださいな。そんな気分です」

「分かりました」


 逆にメイドさんは普段通りに仕事をしているので、凄いですわね。

 道具に成り下がっているのではなく、お姫様の道具としてプライドを持っているような、そんな感じですね。

 素晴らしい職業意識。


「では、わたしは隠れておきます。どうぞお気をつけて」

「ありがとうございます、ルビーちゃん。パルちゃんは大丈夫ですか?」

「問題ありませんわ。あの子、なんだかんだ言ってお子様ですけど、なんだかんだ言って裏路地で一年も生き延びた子ですわ。思っている以上に強い子です。魔王さまを倒すくらいに」

「まるで勇者みたいですね」


 ふふ、と笑うベル姫。


「パルが勇者サマなら、あなたもその一員ですわよ。勇者パーティの姫騎士です」

「光栄です。ですが、私は盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の末席であるプリンチピッサのほうがお似合いです」


 勇者よりも盗賊がいい。

 変わったお姫様ですわね、ホントに。


「プリンチピッサだったら、師匠さんと結婚できそうですか?」

「そうですわね。会ったこともない勇者さまと結婚するよりは、盗賊ギルドに誘拐されたほうが面白いかと」

「イヤな人生設計ですわね~。協力はしますけど、期待しないでください」

「大丈夫です。完璧に誘拐されてみせますので。決め台詞はすでに決めてあります。『心だけでなく初めても奪って』、と!」

「どすけべ姫」


 メイドさんのひとりが吹き出しました。

 わたしとベル姫の勝利です。


「では、ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 ひらひらと手を振って、部屋を出る。

 廊下を歩き部屋へ戻ろうとすると――パルとの甘いひと時を終えた師匠さんが廊下を歩いてきました。


「お止まりくださいまし、師匠さん」

「なんだ?」

「今、お姫様は着替え中ですわ」

「……俺が覗くとでも?」

「覗かないんですか?」

「俺に死ねと言っているように聞こえるんだが」

「いま、マトリチブス・ホックの主要メンバーが外しておりますので。覗きチャンスです」

「止めているのか推奨しているのか、どっちなんだよ」


 ふふふ、とわたしは笑う。


「少々甘えたくなりましたので。ちょっとパルとお散歩に行ってきます。あの子、遠ざけたほうがいいかもしれませんので。あまり悪意というものに触れないほうが良いでしょう」

「……そうか。そうかもしれないな」


 今さら遅いかもしれませんが。

 旧貴族文化に染まり切った時代遅れの悪意など、知らないほうが良いに決まっています。

 この後、頭のおかしい上級貴族が連れてこられますので、お姫様を汚い言葉で罵る可能性が多いにあります。

 そんなもの、あの子に見せて良いわけがない。

 別の理由を付けて、別邸を離れていたほうが良さそうです。


「もうひとり名前があがっていた女貴族のなんとかっていうのを見張るとでも言っておきますわ」

「カタリナ・オールエンだ」


 そう、それ。


「じゃぁ、頼んだ」


 ひらひらと手を振る師匠さんを見送って、パルがいる部屋へ移動する。


「パル、お仕事ですわ」

「仕事?」

「カタリナ・なんとかを見張ります」

「オールエンね。さっきマトリチブス・ホックが動いてたのってデイセンド・ライトフェルンを捕まえにいったってこと?」

「はい。お姫様が我慢できなくなったみたいです。怒りに任せての行動ではありませんが、少々腹に据えかねたみたいですわね」

「怒りじゃお腹いっぱいになれないもんね」


 というわけで、わたし達はメイド服に変装しました。せっかくですから影から作り出したものではなく本物を着せていただく。

 お姫様に仕えるメイド服は、やはり着心地が違いますわね。きっちりと身体を覆っているのに、すごく動きやすい。


「ふふ。師匠さんにご奉仕したいですわね。一着ぐらい持って帰ってもいいかしら? ちょっと言葉では言えないことで汚してしまっても、ちゃんと洗って返しますので」

「ダメだって言われたよ。そのメイド服って、パーロナ国の王族に仕える者の証みたいなところがあるから、家で使うの禁止だってさ」


 まぁ、メイド服を含めての権威でもあるのでしょうね。

 生半可な努力では着ることが許されてないからこその王族に仕えるメイドと言えるかもしれませんが。


「髪型はポニーテールにしますか。パルはどうします?」

「じゃ、ツインテールにする」


 軽い変装ですけど、いちいちメイドの顔など確認しないと思われますので平気でしょう。


「では、参りましょう」

「はーい」


 デイセンドなんとかが連れてこられないうちに別邸を出る。そのまま神殿方向へ向かうと、マトリチブス・ホックが忙しく動き回っているのが見えた。


「ルーランもちゃんと仕事してますわね。感心かんしん」

「ほとんど護衛の仕事をさせてあげられなかったね」

「ま、新人ですし。出番がないのが当たり前でしょうか」


 新人まで出番があるという状況は、余裕がある場面ではいいですけど。そうでない場合は、もう壊滅に近いのではないでしょうか。

 直情的というか、直線的というか。そんなルーランが走っていくのを見送りつつ、移動していく。


「それにしても、今日も今日とて天気が悪いですわね~」


 久しく太陽を見ていないのは、わたしとしてはありがたいですが。

 人間種としては気が滅入るのではないでしょうか。


「山の天気は変わりやすいって聞いたことあるよ。高い山だから、いろいろ変わるよね」

「ん?」


 いろいろ変わる?


「ずっと曇りか吹雪ではなくて?」

「え?」


 わたしとパルは立ち止まりました。

 そして同時に空を見上げます。


「今日も吹雪ですわよね。というか、ずっと吹雪ですわよね?」

「なに言ってんの? 今は曇りで雪なんて降ってないよ?」

「え?」

「え?」


 ちょっと待ってください。

 どういうことですの!?


「雪がぜんぜん積もってないのに、吹雪って何言ってるの? 馬鹿なの? ついにボケちゃったか~、おばあちゃん」

「ちょっとちょっと、辛辣な言葉はマジでやめてください。泣きます」

「あ、ごめん」

「それはともかく、ホントに雪は降ってませんの? 冗談でなく?」

「降ってないよ? というか、ルビーこそ冗談じゃないの?」


 ふたりして、決して冗談でも悪ふざけでもないことを確認しました。


「仕事内容変更です。ちょっと調査しますわよ」

「マジなやつ?」

「大マジですわ」


 なんでわたしには吹雪に見えて。

 パルには見えていないのか。

 これは調査しておかないといけない気がします。

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魔物には吹雪に見える……?
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