~流麗! 醜悪な祈り~
魔王領を眼前とした林。
その地面を掘り返して出てきたのは、木で作られた箱でした。
「わりと大きい……何が入ってるんだろ?」
いぶかしげに覗き込むパルですが、フタらしき物は見当たりません。上面は釘が打ち付けてあり、開きそうにありません。
もしかしたらひっくり返して入れてあるのかも?
「地面から取り出す必要がありますわね。パル、どいてくださいな」
「はーい」
影オオカミさんに頼んで、もう少し周囲を掘り進めてもらう。手が入るスペースができたら、木箱を持ち上げました。
パルやわたしなら、すっぽりと中に入れそうなくらいには大きな箱。そこそこ丈夫に作られているようで、傷んだり割れたりしている様子はありません。
よいしょ、と地面に置いて確認しますが……
「フタらしき部分、底にもありませんでしたわよね」
「うん。持ち上げた時に確認したけど、どの面もちゃんと釘が打ってある」
もう二度と開けるつもりはなかった。
そういう意味でしょうか。
ならば何故、この木箱が見つかるのを恐れるように老騎士はこの場を見張っていたのか。
「考えるよりも開けたほうが早そうですわね」
「うん。開けてあけて~」
プレゼントを待ちきれない子どものようなパルに、はいはい、と声をかけつつ上面の隙間に爪を挿し入れた。
人間種なら爪が剥がれるところですが、わたしなら大丈夫。普段から爪を武器にしたりしてますので、釘で打ち付けた木箱くらい簡単に開けられます。
ぐっ、と力を入れようとしたところで――
「あ」
と、パルが声をあげた。
「なんですの?」
「罠感知するの忘れてた」
「あっぶねーですわね、このスカポンタン」
「ルビーも忘れてたくせにぃ」
……わたしの場合、忘れてたというより、完全に頭の中に無かった概念です。
そうですわよね、ここまで厳重に見られたくない物ならば、なにかしら罠が仕掛けられていてもおかしくはないですよね。
というわけで、パルに罠感知をお願いする。
「ん~……ナイフで隙間を探ってみたけど、釘の数が多いからあんまり信用できないかも。振動で発動する罠は、さっき持ち上げて何も起こらなかったから仕掛けられてないと思う」
「もしかして危なかったんですの?」
「にひひ」
笑って誤魔化すパルでした。
「また師匠さんに怒られるところでしたわね」
ナイショにしよ、とパルがお願いしてきますので了承しておきました。
わたしだって連続で怒られたくありません。
ナイショ決定です。
「では魔力感知をしますわね」
パルの罠を見破る精度まで高くはありませんが、一応やっておきましょう。
「どう?」
「……なにかありますわね。それぞれの面に魔力が通っているのを感じます。開けると、なにかしらの魔法が発動するのかもしれませんわね」
「げ。あたし、そんな罠の解除方法知らないよ?」
黄金城の地下ダンジョン攻略時に色々と罠について教えてもらっていたパルですが、魔法系統の罠はさすがに苦手のようです。
まぁ、教えてくれる師匠さんが魔力の扱いに長けているわけではありませんので仕方ありません。
勇者パーティでは賢者の役目だったのでしょう。
「仕方ありません。無理やり解除しましょう」
「どうやるの?」
「わたしの影で木箱の内側をすべて覆いつくします。なにが発動しようとも、中身を守ってみせますわ」
「外側に向かって爆発したりしたら?」
「その時はいさぎよく一緒に燃えましょう」
「やだ」
というわけでパルがそそくさと後方へ逃げました。
まったく友達甲斐のない小娘だこと。
「いっしょに死んでくれると約束しましたのに。まぁ、パルと師匠さんが死んだ時には、わたしも自殺するつもりですけど」
いつまでも時間遡行薬でふたりを若返らせ続けるのも酷というもの。
できれば、あと200年くらいはいっしょに遊んで欲しいものですが、わがままはいけませんよね。
「未来はわたし達の子どもに託すことにしましょう」
産みまくりますわよ~、と気合いを入れて影で中身を覆いつくした木箱をバリバリと釘を引き抜くように無理やりに開いた。
次の瞬間――カッと何かが輝くように魔法が発動する。やはり開くと魔法が発動する仕組みだったみたいで、渦巻くように魔法の炎が燃え上がりました。
中身どころか開けたわたしまで燃やしてくるような広がり方。この木箱の存在に勘付いた者をできるだけこの世から消し去りたいという意思が見えます。
本当に見られるのがイヤだったみたいですわね。
「残念ながら、この程度の魔法では吸血鬼は消滅しませんが」
炎に巻き込まれてダメージを受けましたが……ダメージを受ける程度ですので、すぐに回復します。
「大丈夫だった?」
「もちろん。そちら、誰か気付いた様子はありますか?」
しばらく周囲の様子をうかがっていたパルに聞いてみると、たぶん大丈夫、という返事。
夜ですので、皆さま窓にはカーテンを締めてらっしゃるはず。多少の光が見えたかもしれませんが……まぁ夢の世界を冒険中だとありがたいですわね。
「さて中身ですが――」
木箱はすっかり爆ぜるように燃えている。しつこい魔法の火ですわね、と影で覆って消化すると、影を消失させて中身が見えるようにした。
「これは……」
木箱の中身、それは――
「着替え?」
「服のようですわね。メイドのエプロンドレスもありますわ。こちらは……防具でしょうか?」
胸当てのようですが……大きくひしゃげていた。他にも手甲や足甲などもありましたが、そちらには目立った傷のようなものはありません。
「これって、もしかしてユリファの……」
「その可能性は高いですわね。従者たちは行方不明となっている、という話ですが……しかし、その着替えや装備品がこの木箱で封印されていたのかもしれません」
まだ確定ではありませんが。
その可能性が高いと思われます。
木箱はそれほど古びた感じがしませんし、中身の服や装備品なども使用された感じが残っています。大昔の物、みたいな雰囲気ではなく、あくまで最近になって埋められた物という感じですので。
恐らく、ユリファの従者の物でしょう。
「あ、なんかツボがあるよ」
衣服などを探っていたパルがツボを発見した。衣服で包まれるようにして割れるのを防いでいたようです。
「ツボ? これだけ異質ですわね。何かしら価値のあるツボなのでしょうか?」
「なんかフタがしてあるよ、これ」
ほら、とパルが見せてくれる。
ツボの口のところに丸い板状の木がはめ込まれていた。ぴっちりと埋めるようになっていて、隙間が見当たらない。
「魔力は……無さそうですわね。単なるフタみたいです。開けましょう」
パルからツボを受け取ると、影を利用して木のフタを外す。少し引っ張ると、無事に外すことができました。
罠などはやはり仕掛けられておらず、ツボの中身を見てみる。
「これは……?」
ツボの中に入っていた少し焦げたような物を取り出してみる。先ほどの魔法の罠で燃えたわけではなく、初めから燃やされた後のように焦げていたのですが。
これって、もしかして――
「骨?」
これが骨だとしたら。
その骨は――
「……この人たちの、骨……?」
パルの表情がみるみる陰っていく。
たぶんですが、わたしの表情も似たようなものでしょう。
「――ユリファのメイドや護衛騎士は殺されて燃やされた、ということでしょうね。防具が歪んでいて傷があったのは、抵抗した証というよりも、無抵抗で一方的に攻撃された、と考えられるかしら。衣服に汚れがないのは、綺麗な物だけをここに収めたのかもしれません。着ていた物はすべていっしょに燃やされた可能性があります」
なんということをしているのでしょうか……主人の自殺を止められなかった罰なのか、口封じか。
それともこのように従者たちが殺されたのを憂いてユリファは自殺したのか……
どちらが先かは分かりませんが。
なんにせよ、残酷で醜悪なことには違いありません。
「ルビー、怖い顔してるよ」
「今だけ許してください。わたし、人間種が大好きなんですの。でも時々、魔王さまに賛同するときがあります。人間種など滅ぼしてしまえ。そんなことを思ってしまいます」
ごめんなさい、とパルに謝った。
「ルビーが謝ることじゃないよ。あと、魔王サマに賛同しちゃうの分かるし……」
人間種としてあるまじき発言ですが。
きっと、勇者サマも同じ意見だと思います。
こんなのが人間種の本性だとするのならば。
人間牧場で飼われている状態が一番お似合いです。
「でも、どうして埋めたんでしょうか……?」
パルがちらりと見たのは、すぐそこにある大きな谷。魔王領はすぐそばであり、覗き込んだところで底が見えないほどの高低差があります。
ひどい話ですが、わざわざ埋めるより、そこから落としたほうが遥かに露見する確率が下がるはず。
なにより、今わたし達が発見してしまったのです。老騎士に見張らせる、というのも悪手のような気がしました。
「……お墓の代わりかな」
「墓標もありませんでしたが」
「たぶんだけど、怖かったんじゃない? 魔王領に落としたら、ゴーストになって戻ってきそうな気がして」
「……否定できる要素が多々ありますが、陰気のアビエクトゥスがいますからね。もしかしたら、と思ってしまうのも分かります」
ゴースト種。
もしくは、幽霊と呼ばれる存在はたびたび目撃することがある。
それらはすべて、『本物の幽霊』とは違うのですが……稀に本物の幽霊がいることも事実。魂が生前の形を取り、思い残したことを実行する話は、英雄譚や小説、そして伝説という形で残されていることが多々あります。
ましてや絵本にさえ幽霊という存在が登場しますので。
魔法という存在を信奉しており、旧き文化に染まってしまった人間種ならば……遺品や遺体、骨などを無碍に扱えなかったのも分かる気がする。
もっとも――
「この惨状を見て、なにかしらの神罰を与えなかった神に思うところはありますね」
もしも彼らの魂を保護したというのなら、その原因ともなった者たちに神罰を与えないのが理解できません。
まったくもって神とやらの信用度が落ちる話ではありますが……
「あたし達が来たことが神罰じゃないの?」
なるほど。
そういう考えもありますか。
「ですが、神の代理など冗談ではありません。わたしはわたしの意思で動きます。神罰ではなく、吸血鬼として懲罰を与えたいと思ってしまいますもの」
紅の瞳でわたしは魔王領の境から、人間領の魔法学院を見るのでした。
どちらが魔の物なのか。
どこかの誰かに聞いてみたいものですわ。