~卑劣! 昼下がりの奥様と罪人~ 1
イヒト領主の奥様とその娘さまが住む王都の屋敷。
という肩書は表向きなものだろう。
どうして離れて暮らしているのか?
どうしていっしょに自治領で暮らさないのか?
おそらく別の言い訳でカモフラージュされているはずだ。
その真実は、領主の娘の牢獄。
罰を与えられた少女を幽閉する――ひらたく言えば、大人しくしておけと閉じ込めておく屋敷、というわけだ。
もちろん、それは表向きは絶対に秘匿されている情報だ。下手をすれば、王様ですら知らされていない情報かもしれない。
だれが好き好んで一族の恥を外に見せびらかすのか。
娘であるルーシュカ・ジックスへの罰を、他からは分からないように与えているのだろうが、なかなかどうして、貴族の罰とは妙なものだ。
外聞を気にするあまり、表立って罰を与えらえず、幽閉に近い形となっているのだろう。
仕方がないといえば仕方がない。
貴族であるし、領主ということもある。
どんな些細な弱みも、見せるわけにはいかない。
そこを突かれれば、どんな手を使ってでも引きずりおろしてくる他貴族の手がある。良くて没落。悪くて慰み者。最悪で国家反逆者として死刑……といったところか。
「……ほう」
牢獄の中へ俺とルーシャは案内される。
そういう意味では、屋敷の外観に比べて内側の質素さに納得がいった。
屋敷の中は、豪華絢爛とは程遠い。
装飾品の類はほとんど無いし、絵画も一枚も無い。
分かりやすい貴族の成金趣味とは正反対の、それこそ落ち着いた質素な生活が見て取れた。
娘への罰、というよりも教育という意味が大きいのではないだろうか。
そんな風に思いながら通された部屋もまた、質素なものだった。
「ここでお待ちください」
若いメイドは一礼して部屋から出ていく。
それに俺とルーシャは丁寧に頭を下げて見送った。
さて……
「――ふはぁ」
ぜぇぜぇと肩で息をしそうな勢いでルーシャは呼吸をした。まったくもって、緊張が行き過ぎている。
肩もガチガチになっているようなので、落ち着け、と俺は彼女の肩を叩いた。
「俺はソファに座るが、ルーシャ。キミは後ろに立っているんだ。別に緊張は消さなくてもいい。ありのまま、でいろ。幸いなことに、失敗しても壊れるような物は――無いしな」
質素な部屋、というよりは殺風景な部屋、に近い。
応接室、なのだろうか。
奥に窓があり、机がひとつあって向かい合うソファとテーブルだけ。
調度品の類もなく、ましてや仕事部屋でもない。
ただ、そこにあるだけ、という……そんな部屋だ。
一応は掃除は行き届いているが、使われている様子もなかった。
まぁ、ジックス街のイヒト領主に用件があったとしても、その奥様と娘に用事などあるはずもなく、訪ねてくる人物なんてゼロに等しいだろう。
「貴族同士の付き合いも……ここではしないか」
横の繋がりは大事だ。
それは奥様の仕事でもあるはず。
しかし、もっぱら彼女は出かける側の人間だろう。
なにせ家の中には罪人がいるのだ。
ホイホイと客人を招くようなマネは、できるはずがない。
「ますます都合がいいな。ルーシャ、喜べ。キミは運がいい」
「は、はぁ……?」
そう声をかけたところでドアをノックする音が聞こえた。
俺はすぐに立ち上がる。その後ろで、ルーシャが息を飲むのが分かった。
いよいよ、本物の貴族さまの登場だ。
さて、奥様が出るか、娘さまが出るか。
奥様がお茶会にでも行っていれば――確実な勝利が掴めるが、果たして。
さっきのメイドさんが扉を開け、すぐに横へとズレる。
深々と頭を下げたところで、いよいよ本命が登場した。
「ようこそ。あらあら、お客様なんて久しぶりだわ。ふふ」
にこやかに。
美しく。
俺を歓迎するような言葉を言いながら部屋に入ってきたのは……奥様だ。
貴族らしい豪奢なドレスは、部屋着であろうとも庶民には手が出せない代物だろう。
煌びやか、ではあるのだがそれは彼女の素材が良いだけだ。
決して宝石や装飾品で着飾っているわけではなく、もとより美しい。
ただ純粋に美しい。
もっとも――俺の好みのゾーンからは外れてるので、どうという事もないが。
しかし、運を天に任せた勝負は負けのようだ。
娘ではなく奥様が応対してきたのは残念。
もう少し時間があれば奥様が出かけた隙を突いて訪問しても良かったのだが……まぁ、いかんせん、そこまで時間をかけられない。
ジックス街に置いてきたパルが心配だからなぁ。
早々と真相に近づいたりしないだろうが、それでも冒険者は冒険者。いつ何事が起こっても不思議ではない。
そういう意味では、王都の用事は一刻も早く済ませてしまいたいところなので、行き当たりばったりなのは仕方がない。
まぁ、策が失敗したら今晩にでも屋敷に忍び込むつもりだったし。
この流れに乗って、流れるだけ流されてしまおう。
「これはこれは麗しい奥様。話を聞いてくださるのみでも、いえいえ、一目奥様をこの目に映せただけでも、私にとっては光栄の極みであります。おっと、失礼。私、商人をしておりますピンシェルナールムと申します。どうぞ、ピンシェルとお呼びくださいませ」
「まぁまぁ、ご丁寧に。どうぞお座りになって、ピンシェルさん。久しぶりのお客様ですから、歓迎しますわ。ほら、ルーシュカも入りなさい」
ん?
奥様はそう振り返って言う。
扉は開きっぱなしで、メイドが閉める様子はない。
つまり――
「わ、わたしは別にいいでしょ……」
そういって、少女とも女性とも言える年齢の女が少しばかり顔をのぞかせた。
しかめっつらだ。
いや、迷惑そうな、嫌そうな。
そんな表情で扉から顔を見せたのは、件の罪人ルーシュカ・ジックス。
目的の人物が部屋に入ってきた。
どうやら――
奥様か娘さまか、という運を天に任せた勝負。
その結果は、どちらでもなく、どちらでもあるという……
まぁ、なんにしても。
俺は心の中でほくそ笑むのだった。