~流麗! ここ掘れワンワン~
プルクラ・ルティア・クルスはヴェルス・パーロナ姫を裏切り、近衛騎士により拘束された。
そんな噂が学院中に広がったらしく、どこもその話題で持ち切りのようです。
「うまく意識がそれてますわね」
お姫様の別邸。
その窓から学院を見ておりますが……まぁ、見た目で何か変わったわけではなく、大した変化があるようには思えません。
相変わらずの天気ですし、陰気なことは変わりありませんけど。
「すっかり悪者だね、ルビー」
主人が悪なら、その従者も悪。
というわけでパルも裏方にまわっている状態ですので、いっしょに引きこもり中。任務中の休憩時間という感じで、すこし息抜きが出来たように思います。
さてさて。
次は黒幕たる上級貴族から話を聞き出さないといけません。表立ってお姫様が行動すると邪魔が入りかねませんので、まずは慎重に。
そんなわけでして、出番が来るまで休憩というわけです。
「できればベル姫のコレクションを読みながら時間を潰したかったのですが……」
マルカ騎士に没収されてしまったらしく、ひとつも残ってないらしい。
残念。
最近は挿絵という素晴らしい技術が生まれたそうなので、とても楽しみにしていたのに。まだまだ大衆には広まっておらず、それなりに高価な本みたいで。貴族の間で流通しているのか、それとも国が違えば事情が違うのか。
印刷技術の大国ってどこでしたっけ?
逆にお姫様もどうやってそんなものを手に入れたのやら。
ベル姫はベル姫で、独自のルートを開拓しているらしい。
盗賊らしい行為ではありますが……お姫様がそれでいいのかしら、と笑ってしまいますわね。
「ねぇねぇ、ルビー。放火が失敗したんなら、犯人はあせって逃げるんじゃないの?」
はやく捕まえなくていいの?
と、パルがわたしの横に並ぶようにして外を見ながら言った。
「あら。おパルさん、基本的なことをお忘れですわよ」
「なぁに?」
「この魔法学院の別名です」
「あ、そっか。『高貴なる牢獄』だっけ。もともと逃げられないんだ」
「そう。どうやっても逃げられない。ですけど、唯一の逃げ道があります」
「転移とか?」
上級貴族ならば、どうにかして転移の巻物を手に入れられるかもしれない。それで外の世界へ逃げる方法もあるにはありますが……逃げたところで上級貴族は貴族すら名乗れず、一般民に成り下がって生活する必要があります。
それは、上級貴族であればあるほどに耐えられないでしょう。
ですので、唯一の逃げ道は――
「自殺ですわ」
「あぁ……」
「この世から逃げられてしまっては、話を聞くにも神を通さないといけなくなります。ましてや、他者の憎悪にまみれたその魂が神のもとへ行けるとは限りません。モンスターに転生してしまう可能性も否定できませんわ」
「モンスターってそうなの?」
「いえ、適当に言ってみただけです」
適当なの!?
と、パルに睨まれました。
「知りませんわよ、モンスターの生まれ方なんて。魔王さまの呪いらしいですけど、最近になって知らないモンスターも現れましたし。案外、悪いことをした人間種や魔物種の魂の再利用かもしれない、と思っただけです」
「だったら魔物の石……モンスターの石か。それって、魂ってことになるの? なんか魔力っぽいものが残ってるみたいだし」
冒険者ギルドで買い取ってもらえる上に倒した証拠でもある石ですが……
「そう考えると不自然ですわね。人間種や魔物種が死んだら、同じように残らないといけませんし」
人間種が死ねば、残るのは骨とか皮とか肉です。
石だけがコロンと残ることは有り得ません。もちろん魔物種も同じです。コボルトだろうがゴブリンだろうが、モンスターではない限り、石など残るはずがありません。
「結局、適当だったのか」
だから言ったじゃないですか、とわたしは肩をすくめました。
「ふあ~。じゃ、あたし寝てる~」
「はいはい、今までお疲れさまでした。存分に休んでください。どうせなら添い寝してあげましょうか?」
「いらないよぅ。ひとりでやってて」
「ひとりで添い寝とはまた難しいことを言う……って、あ~ん、もういっちゃいましたの?」
もう少し相手して欲しかったですが、仕方ありません。
お姫様のベッドで眠れるチャンスですからね。
存分に楽しませてあげましょう。
「ふぅ。ようやくお勉強が終わりました。あ、ルビーちゃんは起きているのですね」
しばらくするとベル姫が勉強部屋から戻って参りました。どうやら先に自室にむかったようで、パルが眠っているのに気付いたようです。
遠慮してこちらに来てくださったみたいですわね。
「ごめんなさいね、ウチの小娘がベッドを占領してしまって」
「ふふ、問題ありませんよ」
末っ子姫はころころと笑う。
この子でしたら、平民どころか薄汚れた孤児がベッドで眠っていても許してくれそうですね。
いっしょに眠ろうとすると、護衛騎士が危ないからと拒絶しそうですけど。
「それで、ルビーちゃん。なにか動きはありそうですか?」
「ここから見ている限りは、まだ何も。むしろ、わたしが捕まったという話で件の上級貴族が油断しはじめてるところだと思います。上手くいきましたわね」
拷問の見本となることによって、上手く話を聞き出す。という役目と同時に、プルクラが裏切ったことを学院内に見せる。
注目をわたし一本に絞らせることにより、黒紺貴族とその従者、加えて老騎士が行方不明となっている情報を覆い隠す。
本来なら少々の騒ぎが起こるところを、アホみたいに目立っていたわたしが拘束されたことにより、情報は一本化されるでしょう。
何か事件が起こっているらしいが、犯人はプルクラに違いない。
そんな感じで。
平民ですし、行動もなにもかも破天荒で怪しかったのですから、王族の命を狙っていたとしてもおかしくはない……とでも考えて頂ければ、これ幸い。
これにより、上級貴族に余裕が生まれるはずです。
その余裕こそが、罠なんですけどね。
「さて、どんな行動に出るのでしょうか」
最低最悪の方法を取らないことを、どこかの神にでも祈っておきましょうか。
「こちらには、まだ何も起こっていませんね。マルカは何か報告はありますか?」
いいえ、とマルカ騎士は首を横に振る。
「師匠さまは気付いたことはありますか?」
「いいえ。どことなく終息していく雰囲気があります。もう少ししたら再び動く可能性がありますが……その場合、黒幕が変わっているかもしれません」
結局のところ、どの真白貴族が動いたとしてもおかしくはない。
と、師匠さんは肩をすくめました。
上級貴族という秩序保持者は、平和ではなくルールを守っているものですから。
そのルールを乱す存在を排除するのは、真白貴族の役目とでも思っているのでしょうね。
このままいけば、全員の証拠を握ることができそうです。
さてさて。
どんな罰を与えるか、楽しみではありますわね。
「では、私は神殿へ行って参ります。ルビーちゃんも起きているのでしたら、メイドのフリをして混ざります?」
「とても魅力的な案ですが、やめておきます。ほら、わたしの黒髪って綺麗ですので目立つでしょう? 一発で――いえいえ、一髪でバレますわ」
髪をわざとらしくかきあげながら言うと、ベル姫はくすくすと笑ってくださいました。
「それでは師匠さまとイチャイチャしてきますね」
「はい、いってらっしゃいな」
護衛騎士たちの視線が一気にお姫様に向く。
後ろに控えていた師匠さんに向かないところが、お姫様ならやりかねない、という信用度に繋がるところ。
「師匠さん、がんばって」
「そりゃどういう意味だ」
「あらゆる意味で、ですわ」
へいへい、と手を振って出ていく師匠さんとお姫様たちを見送り、わたしは再び窓の外を見続けることにしました。
まぁ、ホントは蜘蛛ちゃんで監視してるんですけどね。
やはり上級貴族の部屋へ侵入するのは難しく、護衛騎士の見張りが厳しいですわ。蜘蛛だけでなく、小さな羽根虫はおろか、砂粒ひとつすら許さない雰囲気があります。またそれらは従者にすら及んでおり、入室の前には丁寧に身体を払われている。
「よっぽどの綺麗好きのようで」
何かを警戒しているというよりは、これが当たり前という感じですわね。
というわけで、男子寮はあきらめて女子寮の上級貴族の監視に切り替えたのですが……こちらは逆にお茶会ばかりで大したものが出てこないんですのよね~。
むしろ、貴族の名と陰口ばかりでお茶会に参加した全員がユリファ事件の犯人とも思える。
無論、参加しているのは上級貴族同士に加え、真紅制服である中級貴族の姿もちらほら。
さすがに男性貴族はいませんが、会話を聞いている限りは男の名前も出てくる。
しかし、頻出ワードとしてはヴェルス・パーロナがトップでしょうか。
ベル姫は、バッチリ嫌われています。
まぁ、こっちから仕向けたことでもあるので仕方がないことですが……
「お友達を悪く言われるのを聞いているのは、ツライですわ」
耳をふさぎたくなる。
結局、このベル姫の如く嫌われていたのがユリファだったのでしょうか。うっすらと学院全体に蔓延っていた概念かもしれないですわね。
ユリファには何を言っても、何をしても良い。
そういう考えの行きつく先はどんなものなのでしょうか。
「放火を狙うくらいですから。殺されていても文句は言えないですわね」
もっとも。
状況的にユリファは寮の窓から落ちて死んだことが確定しています。ユリファが使っていた部屋を一応は調べましたが、特に特別なものは残っておりませんでした。
まぁ、そもそも隠蔽されておりますので怪しい物はすべて処分された後という可能性もありますけど。
結局。
盗み聞きで得られる有益な情報は無し。
せっかくのチート能力と言えますけど、結果が得られないのであれば無意味ですわね~。いっそのこと影を利用して男の子の部屋も探索するべきかしら。
なんて思いつつも時間が経過しまして――
「というわけで、行ってきますわ」
夜。
すっかりと日が落ちた頃にわたしとパルは行動を開始します。
「気をつけて。と、ルビーに言うのは間違いか」
「お気遣いはありがたくお受けしますわ、師匠さん。子ども扱いされているのでしたら、多少は怒りますけど」
「年上相手にそれは失礼だろ」
「気持ちはいつでも11歳です」
にひひ、とパルみたいに笑ってみました。
「嘘付けババァ」
「あなたは3歳くらいのようですわね、小娘」
余計なことを言うパルの口の中に指を突っ込んで舌を掴む。
まったく余計なことを言う舌ですこと。
「いひゃいいひゃい」
「舌に麻痺針でも刺してあげましょうかしら」
「ごめんなひゃい」
分かればよろしい、と舌を放してあげる。
「危なかったら逃げるんだぞ」
という師匠さんの言葉にうなづいてから、わたし達は夜の学院内を移動しました。
「ホントにあるのかな」
「無いほうがよろしいのですけどね」
そう言って向かったのは、魔王領との境にある林。
ほとんどが岩肌で覆われているか、石畳で舗装してあるこの魔法学院において、ほぼ唯一と言えるほど『何かを埋められる場所』です。
いいえ、もっと分かりやすく表現するのなら。
何かを埋めても違和感の生まれにくい場所、でしょうか。
さて。
わたし達がどうしてここに来たかというと――
師匠さん曰く、
「あの老騎士が『学院の秩序』に加担していた……となると、途端に怪しい場所になるのが魔王領との境にある林だ。モンスターが侵入してこないか見張っていた、という言葉はごもっともな話に聞こえたんだが……もしかしたら、何かを隠していたのかもしれん」
「何か、とは?」
「死体」
「まさか。近くに魔王領の境である大きな谷があるというのに。わざわざ露見しやすいように埋めたというのですか?」
「そこが引っかかるところだ。埋めるくらいなら落とせばいいと俺も思う。しかし、気になることではあるので調べてくれるか?」
「まぁ、師匠さんがそうおっしゃるのでしたら。素手で土を掘り起こし、爪が真っ黒になってしまったとしても、この手を愛してくださいますか」
「職人の手が美しくないとでも」
「……フラレットの手を美しいと思いましたわ。そうですね。では爪の間に入り込んだ土は師匠さんが舐めて綺麗にしてください」
「断る」
あ~ん、意地悪ぅ。という会話のもと、わたしとパルは林にやってきたわけですが。
「あたしだと何にも見えないや」
分厚い雲に覆われて、月明かりも星明かりもないのであれば、夜目の能力がない限りは光源がないと不可能でしょうね。
「訓練にもならなそうですわね。仕方ありませんので影を使いますわ」
「さすが吸血鬼。頼りになるぅ~」
「甘えてばかりでは師匠さんに置いていかれますわよ」
一応の注意はしつつ、林の中に影を広げる。ずずず、と表面を覆うようにして違和感のある場所を探した。
「……ありましたわ」
こっちです、とパルを連れ立って違和感のある場所へ向かう。
そこは魔王領との境にほど近く、それでいて木々が少しだけ開いている場所だった。振り返ってみてみると、校舎や寮からは見えにくい場所でもある。
「あ~、ホントだ。掘り返した跡みたいになってるね。何か埋めた感じ?」
パルにも見てもらいましたが、やはり何かを埋めたのかもしれません。
「掘ってみる?」
「時短で行きましょう。眷属召喚でオオカミさんに掘ってもらいますわ」
というわけで、影からオオカミを何匹か顕現させ、その場所を掘ってみる。
そして出てきたのは――
「箱……ですわね」
いったい何が入っているのでしょうか?
木で出来た箱が出てきました。




