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~流麗! 老騎士の矜持~

 王族別邸放火事件。

 とでも名付けましょうか。

 お姫様の住む邸宅が火事ともなれば、それは学院の管理というよりもメイドの責任とされる可能性が高いです。

 まさかそれを狙ったわけではないでしょうけれども、いきなり放火をしかけてくるとは思ってもみませんでした。

 もっとレベルの低い嫌がらせとかが始まると思っていたのです。靴を隠すとか、机の上にゴミを置くとか、椅子や机に傷を付けるとか。

 しかし、よくよく考えてみれば……そのどれもが王族の物に手を付けるということを意味していますので、どちらにせよ死罪級ではあるのでしょうか。

 まぁ、多少のやり過ぎでもメイドに対しての嫌がらせとかその程度だと思っていたんですけどねぇ~……

 なんにせよ放火はやり過ぎと思います。

 ユリファが自殺したのも、こういうやり過ぎなところがあったからでしょうか。

 とりあえず、放火の犯人が潜伏したのが、この魔王領との境にある林なのですが……


「おトイレですので、後ろを見ていただければ助かります」

「そうはいかぬ。しっかりと監視せねば、お嬢様に危険が及ぶかもしれませんからな」


 老騎士が目を光らせていました。

 まるで放火犯が潜伏するのを隠すかのように、森への侵入を拒んでおります。

 漏れそうです、とでも言えば見逃してもらえると思いましたが……尚の事食い下がってくるとは予想外。

 もっとも。

 老騎士の方も、監視する、と言えば引き下がると思ったのでしょうけれど。

 残念ながらわたし、これでも冒険者経験がありますので。そのあたりの草むらでお小水をするのには慣れっこです。

 むしろ師匠さんに警戒してもらいながらしたりしたこともあるので、ご褒美でした。


「ルビー……」

「なんですか師匠さん。あ、もしかしてモンスターがいました?」

「いや、違う。よくよく考えれば影の中ですることも出来るんじゃないかと思ってな……」

「師匠さん、それは違いますわ。わたしにとって影は服とか部屋とか、そういうイメージです。おトイレをぱんつをはいたまま部屋の中でする。地獄ですわ」

「……確かに。いや、しかし……」

「もう、なんですの。そんなにわたしを守るのがイヤなんですの?」

「なんか申し訳ない気がしてなぁ……」

「あぁ、そういうことですか」

「なんだ?」

「師匠さんはロリコンですが、それはそれとして排泄系統の趣味はないということです」

「……確かに。汚いのと可哀想なのはダメだな」

「分かります分かります」


 と、意気投合したのを覚えています。

 もっとも。

 誰彼かまわずおトイレを監視してもらうのを是としているわけではないので勘違いしないでくださいまし。

 さて。

 林の中を放火犯へ向かって移動していく。眷属で追える限りは追いましたので、大体の場所は把握しております。

 こんなことならもう少し足の早い眷属にしておくんでしたわね。トカゲとかでしょうか。しかし、トカゲが寮の壁にいたりすると目立つので、使い勝手が悪いですけど。

 まぁ、これが制限があるからこそ楽しいわけですので。

 今はこの状態を楽しみましょう。


「お嬢さん、このあたりが良いのではないかね。間に合わなくなってしまう」


 老騎士に呼び止められる。

 これ以上は進むな、という警告ですわね。


「いえ、もう少し奥に。万が一、誰かに見られてしまったら余計な二つ名を付けられそうですもの。不名誉な二つ名はいりませんわ」


 そう答えて進もうとしますが――金属質の音が聞こえた。

 チラリと振り返ると、老騎士が剣を抜いていました。


「どうしました、騎士さま」

「魔物がいる気配がしてな。警戒させてもらう」


 大正解ですわ。

 あなたの目の前にいる者は魔物です。

 しかも魔王直属の四天王、知恵のサピエンチェです。

 討つことができれば人間種にとって大金星。歴代の勇者たちですら達成できなかったものです。


「仕方ありませんわね、ここでさせてもらいます」

「……賢いお嬢様は嫌いではない」

「あなたに好かれるメリットはあまりなさそうですけど」


 そう言いながらスカートの中に手を入れる。ぱんつをおろす素振りを見せれば動揺するかと思いましたが……マジでこちらをガン見しつづけますのね、おじいちゃま。

 マジで仕方ありません。

 ごくごく普通の冒険者レベルでやりましょうか。

 スカートの中の影を利用してナイフを作り出す。それを引き抜く感じを見せながら老騎士に向かって走った。


「っ!」


 躊躇なく剣を突いてくる老騎士。無論、そんなものに当たるわけにかいきませんので、避ける。伸び切ったままの肘関節部分に影ナイフを刺し込もうとしましたが――


「くっ!」


 おじいちゃまは避けるのではなく甲冑で弾きました。


「ふふ」


 なかなかどうして、戦い慣れしてるではありませんか。魔法学院に幽閉されたロートルと思いましたが、どうやら経験は豊富なようで。

 しかもお嬢様相手に躊躇がありませんわね。

 ナイフを弾いたまま、そのままの勢いで剣を斬り上げてくる。躊躇なく攻撃に転じるということは、わたしを殺してもかまわないという意思。

 まったくもって不快ですが。

 騎士としてはそれが正解ですわね。

 振り下ろされる剣。それを懐に潜り込むようにして避けますと、がら空きになった胴に向かって体当たり。少しだけおじいちゃまのバランスを崩すと、そのままナイフを顔に向かって振り下ろす。


「くお!」


 ですが、それも顔を伏せるようにして兜でふせがれました。ほっぺたくらいは切り裂こうと思ったのですが、やりますわね。

 さてこの至近距離。老騎士の剣の間合いの内側であり、ナイフの攻撃範囲です。この状態で相手の選択肢は、自分から離れるか、相手を離れさすか。

 その二択。


「ふっ!」


 しかし、おじいちゃまはわたしの予想に反しました。なんと剣の柄を振り下ろすように攻撃してきたのです。

 攻撃を与えられればそれで良し。防御されても可。相手が避けたなら、剣の間合いとなる。

 まさに両得な選択肢。


「どうしてこんな所にいらっしゃるのでしょうか。もったいない」


 わたしはおじいちゃまの攻撃を紙一重で避ける。半身になって避けたことで、自分の間合いを保ったままです。

 では、次はわたしのターンですわね。

 というわけで、老騎士の足を取るように体当たりしました。甲冑は防御力が高くて優れモノですが、やはり重いのが難点です。

 転んでしまった時の復帰の遅さは、まさに致命的と言えるでしょう。

 ガシャン、と音を立ててもつれるように倒れる。しかし、その瞬間におじいちゃまは剣から手を離し、わたしの制服を掴んで無理やり投げ飛ばしました。


「あらら」


 首にナイフを当てて決着とするつもりでしたが、まだまだ上手くはいかないらしい。

 ころころっと転がって立ち上がると、おじいちゃまも立膝状態で剣をかまえていらっしゃいました。

 つくづくレベルの高い騎士さまだこと。


「おまえさん、何者だ」

「あなたこそ。本当にどうしてこんな所にいるんですの?」


 さっきからみるみる血色が良くなっているんですけど。ちょっと若返ってません?


「なに。単なる老兵よ。主を守護し、仕えるのが騎士たる我の役目。そこに名声など必要なし」

「お見事ですわ。騎士の鑑ですわね。ナイトの称号を与えたいところです」

「飾りなどいらぬ。この剣だけで充分だ」


 わたしは肩をすくめました。

 称号や飾りもまた、畏怖、として役に立つことがあります。それこそ権威とでも言えましょうか。

 見せるだけで相手を躊躇させることもまた『技』だと思うのですが……そこは相容れぬようですわね。


「して、おまえさんは何者だ?」


 ここまでやってしまっては、単なるお嬢様と言っても信用されないでしょう。

 だからといって冒険者と名乗るのも面白くない。

 ならば――


「……そうですわね。きちんと名乗らねばなりませんか」


 興が乗りました。

 老騎士に、華やかな最期をプレゼントしてさしあげましょう。


「決して声をあげぬことをお約束ください」


 わたしは人差し指を口元に当てて、そのまま影の中に沈んでいきました。


「なっ!?」


 驚く老兵の前に、黒いドレスを着て影の中から出る。ずずず、とゆっくりと顔を出し、にっこりと口を三日月の形にして笑いました。


「お初にお目にかかります、おじいちゃま。魔王さまが四天王、知恵のサピエンチェと申します。以後、お見知りおきを」


 紅の瞳に金色の環を浮かべる。

 魅了の魔眼を発動させ、老騎士をみやった。


「っ!」


 もちろん、わたし程度の魔眼レベルでは老騎士に利きませんでしたが。それでも威圧として働いたでしょう。すこしたじろぐのが分かりました。


「なんということだ。魔物が言葉を使うとは……!」

「あら。人間種が言葉を使うんですもの。魔物種だって言葉ぐらいは使えますわ。共通語というのでしょう? 便利ですわね。もっとも、わたし達はそれ以上にはなれませんでしたが」

「神にでも挑むつもりか、バケモノめ」

「いいえ、神などつまらないです。それよりも楽しいものがありますわ」

「なんだ?」

「人間種と遊ぶことです」

「外道め!」


 あら酷い。

 家の雪かきついでにパルと宿屋娘のリンリーといっしょに雪遊びしたことの、何が外道ですか、なにが。

 失礼しちゃうわね、プンプン。

 というわけで、斬りかかってきたおじいちゃまの剣を指で受け止めました。


「くっ、おおおおおぉ!」


 おじいちゃまは剣を振り上げ、下ろし、斬りかかり、斬り上げ、突いてきましたが――そのことごとくを人差し指でふせいであげました。


「なんと……」

「残念ですが、おじいちゃまの武器ではわたしに攻撃が通りませんわ。せっかくの素晴らしい剣技ですが、武器が追いついていません」


 もう少し切れ味が鋭かったり、重い剣であれば、こんなふうに防御できませんでしたが。さすがにナマクラな剣では棒を振り回しているのと大差ありません。

 もっとも。

 そんな素晴らしい武器があるのなら、是非とも勇者サマか戦士サマに提供していただきたいところですけどね。


「……痛いところを突いてくる魔物だ」

「ふふ、わたしの『攻撃』ですもの」


 尚も斬りつけてくる剣の腹をポンと叩き、反れたところでおじいちゃまに肉薄した。後ろへと飛び退る動きに合わせ、距離を更に詰める。そのまま無理やりにでも剣を斬り上げてきたところをジャンプで避けて影を伸ばしました。


「ぐぅ……!」


 影でおじいちゃまの首を掴むと、そのまま掲げるようにして持ち上げる。尚も剣を振るってきますが、すべて影で受け止めました。

 元より、手で止める必要もなし。

 それらを見せつけて、『遊び』であったことを思い知らせてあげます。


「楽しかったですわ、おじいちゃま」


 影を剣で切り付けますが意味はなし。暴れるように足でわたしを蹴りますが、影を消失させられるほどの威力もありません。

 残念でしたね、おじいちゃま。


「カハッ――……」


 首を締めあげ、意識を落とす。

 もちろん、殺してしまってはダメなのですぐに首を解放。呼吸をちゃんとしていることを確かめた後、そっと寝かせてあげました。


「さて、騎士としての務めは立派に果たせましたか?」


 返事はありませんが。

 苦悶の表情の中に、どこか満足そうな表情で気絶している気がするのは……果たして気のせいなのでしょうか。


「あなたが守っているこの魔法学院。それほど価値があるようには思えませんけど」


 守護騎士たる老兵は。

 果たして、どんな経緯でこの場所に幽閉されるに至ったか。

 退屈な物語の終焉は――


「きっと退屈なのでしょうね」


 そう思うことにしました。

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