~流麗! 最悪の火種~
さて、わたし達は成り上がりました。
お姫様という上位存在の異端に触れると、たとえ雑兵であろうとも騎士と成す。という感じでしょうか。
戦場でそんな物語もあったかもしれませんが、さすがに雑兵で王族の警護を任されるような者はいなかったでしょう。
もしくは、そのような状況まで追い詰められた国は滅びていると思われますので、たぶん歴史書に残っていません。
勇者も勝たなければ、単なる人間種ですもの。
今となっては、ほとんど敬われていないみたいですし。加護を与え、魔王さま討伐をお願いする精霊女王たちも心苦しいかもしれません。
歴代の勇者ならびに、消失した国家は。
どうやっても歴史書に記されそうにはありませんわね。
「滅びた国がどうして滅びたか、その理由が分かれば面白いんですけどね」
なんて。
つまらない教師のつまらない授業を聞きながら思いました。
ちなみに本日はベル姫はいません。個人授業です。
あんまり勉強をおろそかにするわけにもいかないらしく、たまに教師に対してプレッシャーをかけにくる、という存在になっています。
まるで夜更かしをする子どもを監視しに来る母親のようなもの。
ベッドの中で布団をかぶり、くすくすと笑う子ども時代は誰にでもありますわよね~。
「……」
わたしにもあったんでしょうか……?
あったらいいなぁ~。
まぁ、魔物種ですので、母親から生まれたのではなく棺桶から生まれたんですけどね。気が付けば棺桶の中にいて、そこから這い出しました。
もう記憶はおぼろげですので、何も覚えていませんが。
しかし、その情報だけ聞くと……わたしってば吸血鬼ではなくゾンビなのではないでしょうか。
腐った女の子では、さすがに師匠さんも愛してくださらなかったと思うので、吸血鬼で良かったと思います。
それにしても授業でさっぱり当てられなくなりましたわね。
加えて、テストで悪い点を取っているはずなのに居残りも無くなりました。
あからさまに配慮されていますわね。
わたしに対しての配慮ならいいのですが、王族に対しての配慮となっています。わたし個人には何の遠慮もしなかったはずですのに。
ほんと、つまらない授業ですわ。
子猫シュリアはちゃんと真面目に授業を聞いているようです。頑張ってください。
その他の貴族たちはというと、時折こちらをチラチラと確認する様子。視線がモロバレというよりも、顔ごとこちらを振り向くのでバレるのも仕方がない。
好奇や嘲笑の視線でしたのに、今ではすっかり変わり果てました。
不安です。
今まで見下していた相手が、遥か高みにのぼってしまった。そのせいで、何か復讐されるのではないか。
そんな不安があるようです。
ま、これもリッツガンド少年のおかげなんですけどね。
「少し復讐してください。あなたの気分を晴らすといいですわよ」
そう言って、ぽっちゃり少年にイジメの仕返しをお願いしました。
もっと嬉しがると思ってたんですけど、あんまり気乗りしない様子。
「分かりました」
困ったような笑顔を浮かべるリッツガンドでしたが、お願いは聞いてもらえたようで。男子寮を眷属で監視していると、しっかりと実行してくれたようです。
まぁ、軽い物でしたけど。
リッツガンド少年がやられたことを、そのまま返したのでしょうか?
頭から水をぶっかけていましたね。加えて、その場で制服を脱がせ、屈辱を与えておられました。
「気分が晴れるかと思いましたが……あまり気分の良いものではありませんね……」
お姫様にそう報告しているリッツガンド少年。
ざまぁみろ、という気分にはならなかったみたいです。
「お優しいのですね、リッツガンドさま。その心に敬意を評したいと思います。どうぞ、そのままのあなたでいてください」
「……ありがとうございます、ヴェルス姫」
「ですが、その優しさだけではダメです。時には『怒る』ことも大事ですよ。人間には喜怒哀楽というものがあります。しっかりと怒れる人間になってください」
「怒れる……その、必要でしょうか……」
リッツガンド少年は苦手のようですわね。
いったいどこで間違えてしまったのでしょうか。
「必要ですわ」
「プルクラさま……」
「あなたに子どもが生まれたとします。その子どもが平民の子どもをイジメました。さて、どうします?」
「……怒ります」
「はい、そのとおり。この場合、正確には『叱る』ですけど。あたなに生じたその感情は怒りです。もしもそれが欠落していた場合、あなたは子どもの間違いを許すことになり、あなたの子どもはそうやって育ちます。正しい怒りを身に付けてください」
「正しい怒り……」
「えぇ。くれぐれも『正義』で動かないことを推奨しますわ」
「正義はダメなんですか?」
「単なる個人が扱う感情としては、正義は大き過ぎるんですの。あんなもの勇者でもないと、背負いきれませんわ。つぶれてしまいます」
「はぁ……勇者ですか……」
「リッツガンドは勇者になりたいですか?」
ぶるぶる、とぽっちゃり少年のお腹が横に振られる顔と連動した。それをムニムニと掴みながらわたしは笑う。
「此度の勇者は光の精霊女王ラビアンの加護があると聞きます。ベル姫、リッツガンドにその資格があるかどうか、聞いてみてくださいな」
「答えてくださいますでしょうか」
「そ、そんなわざわざ……!」
リッツガンドが止めますが、祈るようなポーズを取りベル姫が天を見上げる。まぁ、天井がありますけどね。
たとえ天井が無かったとしても今日も吹雪。
きっと明日も吹雪。
気が滅入りますわよね。
「……お返事がありました。残念ながらリッツガンドさまは勇者になれないそうです」
「よ、良かった。ありがとうございます、ラビアンさま」
勇者になれなくて感謝の祈りを捧げる。
そんなリッツガンド少年を見て、みんなでくすくすと笑ったのは良い思い出となるでしょう。
「おっと」
話が反れました。今は授業中です。あまりにもつまらな過ぎて、意識が楽しい思い出に偏ってしまうのは、もう仕方がないことですよね。
というわけでリッツガンド少年が復讐を決行してくださったおかげで、わたしやフラレットを嘲笑していた者たちがビクビクする日々が続いています。
シュリアちゃんは誰にも何もされてなかったみたいで除外されているような感じがしますが……やっぱりなんかカワイイからでしょうか。
まぁ、さすがにこの年齢の女の子に嫌がらせをするという鬼畜にも劣ることができるのは魔王さまくらいでしょうね。
いやまぁ、いくら魔王さまでもそんなことしないと思いますけど。
人思いに殺してくださるでしょう。
さて。
「そろそろですわね」
復讐を恐れるそんな視線もありますが、イラ立ちの視線もあります。そういう類の視線は授業中には向いてきません。なにせ、イライラする原因は教室の一番前に置かれている王族専用の立派な机と椅子に向かっています。
今は空っぽですが、もしもベル姫が授業を受けていた場合、さぞ背中に敵意が刺さっていることでしょう。
視線の主は。
真白貴族です。
今まで王様気分でふんぞり返っていたのが、そうはいかなくなりました。まるで王様から一般民に叩き落されたような気分になっているに違いありません。
下から見れば、真白貴族は上級貴族のままなのですが、当の本人からすれば地位がひとつ下がったわけです。トップから陥落したわけです。
それは真白貴族にとって耐えがたい屈辱でしょう。
「以上、ここまでにする」
授業が終わり、教師が出ていく。入れ替わるように従者が入ってくるのですが……その前にわたし達の護衛騎士とメイドが入ってきました。
真白貴族より先に、です。
それもまた真白貴族にとっては耐えがたい現象とも言えるでしょう。
自分が何でも一番だった。
でも、そうではなくなった。
無論――大人ならば問題ないはずですし、国を出れば同じようなことがあります。なにより、貴族に対して王族がいるのが当たり前。
しかし、この高貴なる牢獄では真白貴族がトップでした。狭い世界で旧貴族文化に染まりきり、王のように振る舞うことが許された存在。
それが本物により壊されたイラ立ち。
耐えがたいほどの屈辱を感じているでしょう。
ですので――
「動きましたわね」
午後。
監視させている眷属が捉えました。
お姫様の住む別邸に近づくひとりの生徒。午後の食事時に皆が食堂に集まる時間帯ではあるので、人目はほぼゼロでしょうか。
お姫様もわたし達といっしょに食堂で食事をするようになったので、尚更監視の目は薄いです。
少々のメイドさんが残っているだけでしょうか。一応、護衛騎士も残っていますが、見事にその隙間を突いていますね。
まるで、このタイミングを知っていたかのようです。
「ふふ」
偶然でしょうか、それとも用意周到だったのでしょうか。どちらでしょうか。
残念ながらわたしの眷属が見てますので、完全に虚を突けたわけではありません。
さてさて、なにをするのか……と、思いきや――
「それは最悪ですわ……!」
生徒が持っていたのは火種。薄く火が残ったままの炭を皮手袋をつけて運んでいたようです。それを別邸の死角になるような角に置き、落ち葉をかぶせました。
燃えるか燃えないかは五分五分でしょうか。
これで息を吹きかければ確実に燃え上がるでしょうけど、それはやらずに素早く逃げ去りました。
「失礼。もよおしました」
「言わなくていいッス……」
フラレットに酷い表情で見られましたが、問題ありません。それよりも、と師匠さんとパルに視線を送り、足早に食堂を出ますと状況説明しました。
「放火!?」
「えぇ、まだ火は出ていません。おふたりはそちらを。わたしは放火犯を捕らえてまいります」
「任せた、プルクラ」
加速していく師匠さんとスカートを持ち上げて走るサティスを見送り、わたしは眷属の監視を続けていた放火犯を追いました。
そのまま森の中に潜伏して様子をうかがうようですが――
「おや、どうされましたかなお嬢さん」
森に入ろうとしたところで老騎士に呼び止められる。
魔法学院所属の護衛騎士で……え~っと、名前はなんでしたっけ?
グ、グロー? カなんとか?
なんかそんな感じでした。
相変わらず真面目に仕事をしているようですけど、今は邪魔ですわね。
「……ちょっと用事がありまして」
「こちらは魔王領との境界がある。と、以前にも伝えましたかな。お嬢さんが来るような場所ではない」
甲冑装備の老騎士は、皺だらけの顔でこちらを見てくる。
「申し訳ありません騎士さま。もよおしてしまいまして。女子寮まで持ちそうにありませんの」
「ふむ。それならば仕方がない。ただし、危険なので監視させていただく」
真面目を絵に描いたような騎士でしたが。
その冷たい瞳がわたしを見下ろしてきました。
あぁ。
なるほど。
そういうことでしたのね。




