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~流麗! 学院の秩序を乱す者~

 閉鎖的な空間ではどうしても強者と弱者が明確に分かれます。

 そして、閉鎖的空間における強者は大体『王様』になってしまいます。

 その王が実行するのが善政ではなく圧政というものがほとんどであり、その代表格がイジメというわけですが……


「オラ、なんか言えよデブ!」

「げははははは! きたねぇ! ブタかよ!」

「ごめんなさいじゃねーよ。おまえ何にもしてねーじゃん」


 ギャハハハハハハ、と下品な笑い声が響きました。

 圧政は時に、更なる悪しき文化を構築します。


「……」


 見ていて反吐が出ますわね。

 今まで以上の壮絶な暴力が始まったようです。鬱憤を晴らす、なんていう言葉が不釣り合いなほど、過度な暴力行為が行われています。

 えぇ、そうですね。

 これはイジメではありません。

 というか、そもそも『イジメ』という言葉など、都合の良いまやかしのようなものです。

 正確には『暴力』。

 地面に倒れ伏し、身を守るように縮こまっているリッツガンド少年を蹴り続ける貴族たち。

 王族の出現により、今までの生活が崩れてきました。

 それにより溜まっていく鬱憤。言うなればストレスです。

 下位の者が上にあがれるチャンスが与えらえるのは、女性のみ。自分たちには何のチャンスも転がっていない。

 いつまでもいつまでも、この高貴なる牢獄で――

 ずっとずっと、このままで――

 ――何にも無い人生を歩む。


「ゲハハハハ! ブタがよぉ、人間と同じ空気を吸えると思ったら大間違いだぜ!」


 その漠然とした不安を解消する方法が暴力しかない。

 極めて、愚かな結論です。

 もちろん、ストレスの発散方法としては最低です。最悪の解消方法です。


「虫唾が走る、というやつですわね」


 喜々として同じ人間種を無意味に殴るのは、どういう気分なんでしょうか?

 そんなことをして楽しめる精神状態というのは、ひとつも理解ができません。

 この暴力行為を見ているだけで、わたしこそが暴力に訴えそうになってしまいます。

 退屈で退屈で、それこそ鬱憤だらけで死にたくてたまらなかったわたしです。

 それでも人間種に暴力を振るうことでストレス発散など、したことがありません。したいと思ったことすらもない。

 もちろん、魔族にだって暴力は振るっておりませんわ。

 まぁ、支配領に出現したモンスターに対して暴力で解決していたから、ということが言えるかもしれませんが。

 なんにせよ、わたしは支配者という立場なので分かります。

 イジメという名の暴力その他行為をする存在は、非効率的で頭のおかしいクズですわ。

 魔王さまですら、やっていないというのに。


「もう少し耐えていてくださいまし、リッツガンド少年」


 今すぐ助けてあげたいところですが、それでは話がややこしくなってしまいます。

 作戦の要であるので、もうちょっとだけ我慢してくださいまし。


「早く早く……」


 こうも他人の行動に焦れるなんて久しぶりな気がしますわね。のんびりデートに行きましょう、と師匠さんをお誘いしたのに装備チェックで時間を取ってしまっている時のような気分です。


「どうしてわたしとのデートでパルと装備チェックしてるんですの!」

「いや、しかし……ひとつの油断が死につながる――」

「わたしが全力でお守りしますわ!」

「守ってくれるルビーを、俺は守らないといけないだろ。いや、力及ばずなのは理解しているが。似合わないかもしれないが、男の矜持というものがある。少しくらい頑張らせてくれ」

「好き!」


 装備チェック中の師匠さんに抱き付きました。


「ルビー邪魔! もう、師匠もどうしてこんな時にあたしに装備チェック頼むのさぁ! もうもうもう! 早く行ってしまえ!」


 パルがキレましたので師匠さんといっしょに逃げるように家を出ていったのを覚えています。 愛人とのデートにキレながら送り出してくれる正妻、という構図が面白かったですが。パルの心の広さに感謝しないといけませんよね。


「……っと、ようやく来ましたわね」


 過去の楽しかった思い出にトリップすることで心の安寧を保っていたところ、ようやくお姫様が偶然を装って通りがかりました。


「まぁ! なにをしておられるのです!?」


 殴る蹴るの状況に大声をあげながら駆けつけるお姫様。そんなベル姫を静止させるように慌ててマトリチブス・ホックが前に立ちますと、暴力を振るう貴族たちに対して剣を抜きます。


「動くな!」


 イジメの現場に従者なんて連れてくるわけがありませんからね。貴族たちは抜き身の剣などを向けられたことがありませんので、すくみあがっています。

 無論、逃げることなど許しませんが。


「全員地面に寝転び、手を後ろに回せ! なにをしている! 早くしろ、斬られたいのか!」


 演技とは思えない迫力でマルカ騎士が叫ぶ。

 訓練ではなく本番、という感じでしょうか。他の騎士たちも意識を変えるように取り囲みました。


「むしろ、イジメと聞いていてもっと軽い物を想像してましたか」


 マルカ騎士以外は、イジメという言葉に誤解があったようですわね。この場合、語弊というべきでしょうか。

 軽く押したり叩かれたりする程度と思っていたのかもしれません。

 聞いていたよりも、予想していたよりも、もっともっと酷い暴力を目の当たりにして、戸惑ったのでしょう。

 無論。

 程度の差はあれ、暴力は暴力。たとえそれが言葉だけであったとしても、当人のダメージは相当なものですので。

 許せるレベルではありません。


「姫様、危ないので下がってください」

「いいえ、いいえ大丈夫です。それよりも、その方を助けないと」


 倒れているリッツガンドに近寄るベル姫はドレスの裾が汚れるにも関わらず、しゃがみ込むと、助け起こすように手を添える。


「う、うぅ……ありがとうございます……」


 なにが起こっているのか、まだ理解できてないリッツガンド少年は、ようやく目を開けて相手がお姫様だと気付いたようです。


「わ、わぁ!? ヴェルスさま……いたたた……!」


 驚いた様子で立ち上がろうとしましたが、傷みで立てなかった様子。逆に尻もちをついてしまいました


「動かないでください。いま、回復しますね」


 お姫様は後方に控えていた師匠さんを呼ぶと、魔法の杖を受け取る。

 それに魔力を通したところで、足元に聖印があらわれました。光の精霊女王ラビアンの証が魔力のラインで描かれ、キラキラと輝く。


「プリモ・アイディ」


 ふわり、と魔力の光がリッツガンド少年を包みこむ。初級の回復魔法ですが、この魔法学院においては非常に珍しい物でしょう。

 なにより魔法の杖を通した今までにない回復魔法ですので、正式に使われるのは世界初とも言える現象です。もしかしたら歴史に名を残すかもしれませんわね、リッツガンド少年は。


「うわぁ」


 傷みが引いていくその効果にリッツガンド少年は驚いている。

 一方、地面に伏せられたままにされているイジメ貴族たちは驚く表情と共に、それが憎々しい表情に変わっていくのが見れました。

 ふふ、そうでしょうね。

 回復魔法とは言え、それは王族の施しとなるのは同義です。それを自分たちが見下していたリッツガンド少年が受けている様子は、それこそ不快以上の物があるでしょう。

 なにより、侮っていた相手が最上位の人物に助けられているのです。

 自分たちが余計なことをしなければ、この状況を生み出さなかったわけで。リッツガンド少年とお姫様を出会わせる原因になったのは、自分たちの行いで生じたもの。


「なにもしなければ、何も起こりませんでしたのにね」


 マイナスのままでいた相手を、わざわざプラスに引き上げるキッカケを作ってしまった。

 悔やんでも悔やみきれませんわね。


「立てますか?」

「は、はい! ありがとうございます」

「いえいえ、どうぞお手を」

「そんな、ヴェルスさまの手が汚れてしまいます。それに……僕はその、重いので」

「あら。立派な体ではありませんか。ふふ、ぽっちゃりさんですね」


 お姫様は手を引っ込めない。

 リッツガンド少年は、おずおずとお姫様の手を取った。


「ん~~~!」


 なんとか引っ張り起こした、というよりもリッツガンド少年が自分で立ち上がったように見えますが、ご愛敬というところですわね。

 いつベル姫が転んでも大丈夫なように、周囲の護衛騎士たちが抱きかかえる準備をしていたのも少し面白い光景でした。


「ふぅ。大丈夫ですか、立っていられますか? まだ痛いところはありませんか?」

「い、いえ、もう大丈夫です……!」

「一応、もう一度回復魔法を使っておきますね」


 お優しいこと。

 リッツガンド少年が遠慮を申し出るが、お姫様は躊躇なく回復魔法を使い、完全に回復させていた。

 もとより、冒険者が使う魔法ですからね。殴る、蹴る、などといった傷みであればすぐに回復できるでしょう。


「ふぅ。これでもう大丈夫です。あとは制服の汚れを落とせればいいのですが……残念ながら私はまだ浄化の魔法を使うことを許されておりません。ご自分で洗濯なさっていただけますか?」

「は、はい、もちろんです」

「あ~、でも汚れは手で落とせますね」


 ベル姫はそう言いながらパンパンパンとリッツガンド少年の制服についた砂や土を素手で払っていく。


「そ、そんな、ヴェルスさま。お手が汚れてしまいます」


 王族の行動を止めてよいものかどうか、リッツガンド少年の手はわちゃわちゃと動くばかりで定まらない。


「ふふ、これぐらいかまいませんわ。手は洗えば綺麗になりますもの。ですが、そちらの方々の汚れは落としたくありませんね」


 なごやかなムードでしたが、お姫様が視線を地面に伏したままの貴族たちに向ける。途端にゾっとするほどの冷たい空気になりました。


「どうして暴力を振るっておられたのでしょうか。ケンカならば一対一でやられてはいかがです?」

「……」


 誰も答えることなく、冷たい空気が重くなっていくのを感じます。


「答えられませんか。それは後ろ暗いところがある証拠になりますがよろしいですね。言い訳ひとつもない程、自分たちが悪いと発言しているようなものですが」

「い、いえ!」


 倒れ伏しているひとりが声をあげました。

 そのまま身を起こそうとしますが、しかし――


「貴様ぁ! 動くなと言っている!」


 マトリチブス・ホックによって立ち上がるのを阻止されました。延髄に剣を添えられれば、それ以上は立ち上がれなくなりますからね。誰も自分で首を切断したくないでしょう。

 まぁ、そこまでの切れ味があの剣にあるとは思えませんが。

 貴族のお坊ちゃんでは、剣の切れ味なんて分からないでしょうから仕方ありません。


「ふむふむ。どうやら異議申し立てはない様子。まったく貴族に連なる者だというのに、なげかわしい。貴族とは、そのまま『とうとき一族』です。一般民の模範となるべき者。それが理由もなく同じ貴族を攻撃するとは。どこの国のどの貴族の方なのか、あえて詮索しませんし聞きもしません。ですが、あなたの行いがあなたの一族にどんな影響を与えるのか、しっかりと考えて行動をなさいませ。良いですね――はい、異議はないようですのでこれで終わりとします。もし、次に同じようなことをしましたら、あなた達のことを直接国に対して報告し抗議したいと思いますので、そのつもりでお願いします」

「ヴェルス姫」

「なんですか、エラント」


 お姫様の申し立てに声を発したのは師匠でした。

 とても不愉快そうな声でベル姫は答えますが……表情はキラッキラッじゃないですか。よくもまぁ声色と表情をそこまで乖離できますわね。

 地面に伏している貴族たちからは見えてませんのでいいですけど。

 でも、リッツガンド少年からは丸見えになってるので、めちゃくちゃ戸惑っているじゃないですか。


「それは国同士の問題に発展しかねません。おすすめできない行為かと」

「それでもです。このような野蛮な行為、王族として許せません。どこにいようが、どこで何をしていようが貴族は貴族です。生きるために一般民から譲り受けた金銭で生活しているわけです。その振る舞いは常に正しくなくてはなりません。だというのにこの方々ときたら……盗賊の無礼より劣る行為ですわ。冒険者のほうがまだ礼儀正しいです」

「しかし――」

「くどい。エラント、あなたもそこにひれ伏しなさい」

「姫様。それ以上はワガママになってしまいますよ」


 マルカ騎士が止めてくださいました。危うく師匠さんがベル姫に踏まれて恍惚の表情を浮かべるところでしたわ。

 危ない危ない。

 こっちから見てるとずっと笑顔なので、どう考えても踏んでたと思うんですもの。そう思ってしまうのは仕方ありませんよね。


「……はぁ~。分かりました、分かりましたわエラント。あとでマルカに感謝なさい。さて、行きますわよ。ついでです、あなたも付いて来なさいな」

「ぼ、僕も、ですか?」

「はい。お名前を聞かせていただいても?」

「は、はい! リッツガンド・タンカーと申します」

「リッツガンドですね。わたしはヴェルス・パーロナです。どうぞ、これからは遠慮なくヴェルスとお呼びください」

「い、いえ、そんな。ヴェルス姫とお呼びさせて頂きます」

「ふふ。では私もリッツガンドさまとお呼びしますね」


 では参りましょう、とお姫さまご一行とリッツガンド少年が去っていく。近衛騎士たちはしばらく貴族たちに剣を向けていたが、多少の時間を置いて剣をおさめた。


「貴殿ら。報復しようと考えないことだ。これは姫様だけでなくリッツガンドさまも含まれている。承服しかねるのであれば、今ここで首を落とすがいかがなされるか。貴様らの死は姫には伝えぬ。本国には魂だけで帰っていただくが、いかがするか」

「……承服します」


 ひとりがそう答えると、マトリチブス・ホックは険しい表情をうかべたまま首肯し、お姫様を追うように去っていった。

 さて。

 ここから彼らがどのような行動に出るか見ていましたが……


「くそっ!」


 悔しそうに地面を叩いている者が数人。あとはうなだれるように落ち込むのも数人。反応が分かれましたわね。


「とりあえず、作戦成功ですわ」


 さぁさぁ。

 どんどんひっくり返ってきましたわよ。

 底辺たちが成り上がっていく。

 学園のルールが裏返っていく。

 例外が例外でなくなっていく。

 それこそ、『彼女』がやっていたことよりも、とびっきり過激で大きく乱れています。


「動き出しますでしょうか、秩序保持者が」


 楽しみですわね。

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― 新着の感想 ―
個人的には「イジメ=犯罪」という定義づけは、逆説的に、グレーゾーンを排除する事で「犯罪じゃないからイジメじゃない、有罪じゃなかったから俺は悪くない!」という開き直りを招く危険があるんじゃないかなー、と…
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