~流麗! ままならぬ世界での捌け口~
それからしばらく様子見の生活が続きました。
環境というものは激変はしますけど、それが浸透するにはジワジワとした時間が必要、ということですわね。
その間に、わたし達の立場がどうなったかと申しますと……
「あ、あの、いっしょにお食事はいかがでしょうか?」
「美味しいお茶菓子を用意しましたので、お茶会に参加されません?」
「今度、お勉強会を開きますの。ご、ごいっしょにどうです?」
「よければ私も王族の方へ紹介を……」
といった感じです。
まぁ擦り寄ってくる擦り寄ってくる。
わたしが野菜でしたら、すでにシュリシュリに擦り下ろされているところですわ。果物でしたらジャムなんかに使えますが、野菜ですと使い道が行方不明ですわね。
ほんと、吸血鬼で良かったです。
もちろん、わたしのところだけでなく子猫シュリアも同じ状況。ロンドマーヌは学年が違いますし、うっすらほんのり嫌われておりますので分かりませんが……きっと同じでしょう。
フラレットは半分引きこもってますからね、あまり変わらない状況かと思われます。
しかし、それでも以前とは比べ物にならないほど『視線』の内容は変化しているはずです。
フラレットだけは、多少生きやすくなったのではないでしょうか。
一応、お姫様に今後についてはお願いしたようですが……それこそ、結論はまだまだ出ない様子。ベル姫が魔法学院にいる間は、このままではないでしょうか。
「なにか動きはあったか?」
さて、午前中の授業が終わった後の午後。
黒紺だけでなく、ついには真紅貴族にも取り囲まれるような食事を終えたあと、ベル姫のもとを訪ねました。
まぁ、ベル姫を訪ねたというよりは師匠さんへの報告がメインですけどね。
「まだですわね。いつもどおりモテモテだっただけで、表立った動きはありません」
「サティスはどうだ?」
「なんにも。あたしの方では無理かもです」
肩をすくめるサティス。
出番がないので師匠さんに褒められるチャンスがなくて残念そうです。
「メイドは貴族の所有物、だったか。そうなるとサティスへの攻撃は主人への攻撃とみなされるか……それを考えると、やはりサティスへ何か行動を起こすとは考えにくいかもしれなんな」
おまえに問題はないぞ、と師匠さんはサティスの頭を撫でる。
えへへ、とのんきに笑う弟子ですが……
「嫌がらせを散々回避し続けましたからね。そのせいもあるんじゃないんですの?」
なにをしても無駄、という意思を周囲に植えつけたせいもあるかもしれません。
「甘やかすのはいいですけど。甘やかし続けたら弟子が心のおデブちゃんになってしまいますわよ」
「なによ、心のおデブって」
「ちょっとやそっとでは動かない、ということです。繊細の反対ですわ」
「いいことじゃないの?」
「師匠さんに優しくされるのが当たり前となり、なんの感動も得られませんわよ。初めての夜も当たり前に過ぎていくかもしれませんわ」
「――師匠、厳しくして」
「断る」
「なんで!?」
「俺は甘やかすのが好きだ」
「えぇ~……でもそんな師匠が好き」
そんなアホな師弟はさておき、お姫様にも状況を聞きました。
「さすがにこちらへアプローチしてくる勇気ある貴族はまだいませんね。前例がプルクラちゃんからの紹介、という形でしたので。その考えに囚われているのかもしれません」
なにせ旧貴族文化に囚われている人たちですので、とお姫様は皮肉を咥えた。
「なるほど。このままでは膠着状態となりそうですね。むしろ、ジワジワと状況を変えるのには不都合が発生するかもしれませんわ」
「不都合?」
はい、とわたしはうなづく。
「慣れです。ゆっくりとした変化に人間種は慣れてしまいます。モンスターが襲ってくる日常が当たり前となり、魔王さまが大陸の北方を支配しているのにもすっかり慣れています。怒りや不快感もそのうち消え去るでしょう。そうなっては誰も行動しなくなるかもしれません」
なにせ、この学院で旧貴族文化に染まってしまうような人たちです。閉鎖空間にいるからこそ染まってしまうとも言えますが、それでも明確なルールがあるわけではない空間に王族という新ルールが加わっている状態ですからね。
それが〝当たり前〟となってしまっては意味がありません。
「ここは劇的な一撃を加えることを提案しますわ」
「劇的ですか。どんなものでしょうか」
「男です」
ざわ、とマトリチブス・ホックとメイドの皆さんが声も発していないのにざわめいたのが分かりました。
「男? 師匠さまとわたしが教室でイチャイチャすればいいのでしょうか?」
是非とも実行しましょう、とのたまうドスケベ姫の額にチョップを叩き込みそうになりましたが、我慢しました。
たぶんマルカ騎士がすっ飛んできた上にわたしの首が斬られかねない事態に発展してしまう可能性もゼロではありません。
それで死なないのですから正体が露見してしまって、ユリファ事件どころではなくなってしまいますので、やめておきましょう。
「残念ながら師匠さんとイチャイチャするのではありません」
「え~、残念です。では、今夜も師匠さまといっしょに……おっと、なんでもありません」
むふふ、とお姫様は口元を手で隠して笑いますが。
「ベルちゃん、嘘が下手」
「あら、見破られてしまいましたか。さすが盗賊のサティスちゃん。上手く嘘をつくのは難しいですね。プルクラちゃんは動揺しました?」
「えぇ、思わず嫉妬でわたしも混ざろうかと提案するところでした。混ざってもいいです?」
「いいですよ。では、今夜はみんなでお風呂に入りましょう。いいですね、師匠さま。返事はハイ以外を許しません」
「断ります」
「王族の命令ですのに~!」
こういう時、本当にマジで断るので師匠さんという人間性が分かりますね。命令されたのであれば仕方がない、ではなく、マジで逃げる方にシフトするので。
血だけでなく、その精神性も好き。
きっとわたしが暴力によって師匠さんを支配しようとしても、本当の意味で支配できることはないのでしょう。
それが勇者パーティの証ということなのでしょうか。
いいえ、このような精神性だからこそ勇者サマに長年付いていくことができた、と言えるかもしれませんわね。
もっとも。
勇者を大事にするあまり、賢者と神官にうとましく思われて追放されてしまったみたいですけど。
ちょっと空気が読めないと言いますか、年上にはひたすら厳しいと言いますか。まぁ、賢者と神官が年下であろうとも、結果は変わらなかったと思いますけど。
それこそ10歳や12歳くらいでないとダメだったでしょうね。まぁ、そんな年齢でしたら、むしろ師匠さんが自ら勇者パーティを抜けた可能性が高いです。
我慢できなくなりそうなので、とかいう恐ろしい理由で。
「で、プルクラ。何かアイデアはあるのか?」
「もちろんですわ。皆さま、お耳を」
というわけで師匠さんとサティスとベル姫が寄ってきました。
「なにをしているのです、マルカ騎士。あなたもこちらへ。ほらほら、メイドさんも」
「我々も?」
「当たり前です。悪だくみはみんなでやるものですから」
というわけで、部屋の中央に集まってこそこそ話をしました。
「これ、こそこそ話の意味あるの?」
「一度やってみたかっただけです」
「……」
盛大に皆さんにため息をつかれましたが、ベル姫だけは喜んでくださいました。やはり、お姫様はわたしの気持ちを分かってくださる。素晴らしい。
「師匠さんと結婚したあと、わたしとも結婚してくださいな。生涯退屈をさせないと誓いますわ」
「はい、是非とも結婚しましょう」
重婚の約束を果たしたところで、さっそく行動を開始しましょう。
「では、チャンスが来ましたらサティスを向かわせますので、そのつもりで」
というわけで、お姫様の別邸を後にしました。
その帰り道にちらりと簡易教会へ寄ってみると、ほぼ完成している様子。近くにいたドワーフに話を聞いてみると、あとは内装だけみたいですわね。
「少し中に入っても?」
「いや、最初に入るのはお姫様って話だ。遠慮してくだされ」
「それはそうですわね」
「お嬢さんは光の精霊女王の信者ですかい?」
いえ、まったく違います。むしろ敵ですわね。
と、答えたいところですがグッと言葉を飲み込みました。
「少し縁がありまして」
「ほう、そうかい。まぁ、誰も興味を持ってもらえない物を建てたんじゃなくて良かったでさぁ」
そういってドワーフは作業に戻りました。
しばらくはベル姫が使うかと思いますけど、それ以降はどうなるんでしょうね。まぁ、依頼が終わった後の話はどうでもいいというのが本音ですけど。
簡易神殿が完成しましたら、この場所を使って密談してもいいですわね。毎回別邸まで行くのは面倒ですし、精霊女王の前で悪だくみをしているとも思われないでしょう。
まぁ、ラビアンだからこそ許してもらえる神殿かもしれませんわね。
大神ナーの神殿でしたら、絶対にナーから直接文句を言われますわ。私の神殿でたむろってんじゃない、とか言われそう。サチには良く言いくるめておいて欲しいものです。
さてさて。
作戦を伝えましたが、それがすぐに実行されるわけではありません。向こうの出方次第、というか不平と不満が溜まり次第、という感じです。
そのためにはお姫様には多少動いてもらいました。
内容は簡単です。
「お散歩を増やしてくださいな」
「なるほど、分かりました」
今まで危険だから、と出歩くことを控えておりましたベル姫。もとより魔法学院の陰気な空気に加えて天候も最悪ですからね。好んで外に出ないのは当たり前と言えます。
そのせいで、ベル姫がいることにまったく気付けなかった、という敗因はありますが……それの意趣返しでは決してないことを誓いますわ。
というわけで、しばらくは日常を過ごすしかありませんでした。
「段々空気が変わってきてるよ」
というのはサティスの談。
「それは良い意味で? それとも悪い意味で?」
「悪い意味で。ただし、あたし達にとっては良い意味で」
「重畳です」
今まで最下層で気にも留めなかった下級貴族が、王族との繋がりを持つようになり、立場が逆転する。
絵に描いたような、というよりも小説にも描けないような分かりやすい成り上がり。
そんな下級貴族に擦り寄る貴族たち。
つまり、今まで上に向いていた矢印が下に向くようになりました。自分たちは上に向かっているように思っているでしょうけど、下は下です。
わたしやシュリアちゃんは、偉くなったわけではありません。ロンドマーヌはある程度の地位でしたが、それでも最下層に落ちたことは間違いないです。しかし、一度見限った相手が急に再浮上してきたわけですので、そりゃもう気に入らない人間種からしたら、最悪ですわよね。
ただし――
これらは『女の子』限定と言える状況です。
擦り寄ってくる者たちの中に男性貴族はいません。元よりこれは、旧貴族文化の影響もあるでしょうけど、女性貴族に擦り寄る男、という構図がいけない。
近づいてくるという意味では、恋心がある、という感じで見られてしまいます。
よって。
恋人同士になる、という覚悟がない男は寄ってきません。
その点でいくとシュリアちゃんは師匠さんでもちょっと躊躇してしまう年齢……いえ、師匠さんならど真ん中の可能性も否定できませんが、あくまで師匠さんはロリコンです。ペドではないことをこればかりは神に祈るしかありません。
とりあえず、シュリアちゃんは大丈夫です。なんかカワイイのは年齢特有の愛され方でしょう。そんな子に言い寄るのは、それこそアレですので。
で、わたしとフラレットはまさしくちょっとアレな女ですので。声なんか、かけられるはずがありません。ロンドマーヌはかけられている可能性は高いですけど、彼女は男遊びをするようなタイプではありませんからね。すべてお断りしているのでしょう。
というわけで、不平不満がどんどん溜まっていきます。
男性貴族たちに。
「――おっと。ついに動きましたわ。サティス!」
「ほいさっさ!」
夕方。
自分の部屋で眷属による監視をしていると、男子寮で動きがありました。まずはサティスに先行してベル姫を呼びに行っていただき、わたしは男子寮へ向かう。
校舎の裏側を通ってこっそりと移動。影を使っても良かったんですけど、ここは正統派で頑張りましょう。
相変わらず空模様は最悪で吹雪が強く降っている様子。まるで外の世界を覆い隠すようにも思えますが……
「それこそ、学院の結界なのでしょうか」
高貴なる牢獄と言われるくらいですからね。この吹雪が『檻』と言っても過言ではないでしょう。そのわりには、まったく地面に積もっていないですけど。
ちらりと木々の間を巡回する老騎士の姿が見えました。
こちらに気付いているのか、はたまた無視をしているのか。それは分かりませんが、干渉してくるつもりがないようですので、今はスルーしましょう。
素早く男子寮の後ろへ回り込みますと……
「状況確認、完了」
まぁ、眷属の蜘蛛ちゃんで見ていたので状況確認はすでにしているんですけども、それを言ってしまうとルール違反というかチートですので。ちゃんと目視した、という証拠みたいなのはやっておきたいところ。
先にサティスが動いてるじゃないか、と言われたらそこまでなんですけど。
「吸血鬼の矜持ということでひとつ見逃してくださいまし」
誰に対しての言い訳かは分かりませんが、少しくらいこだわりを持って仕事をしたいものです。
だってこの世は退屈なんですもの。
自殺したいくらいに。
「さて」
退屈ではなく鬱憤に殺されそうになった男性貴族たち。
その解消の仕方はもちろんこれでしょう。
暴力。
イジメられているぽっちゃり少年――リッツガンド・タンカーが男子寮の裏でボコボコにされていました。