~流麗! 意外と早い結論~
その日は解散となり、貴族の方々には護衛としてマトリチブス・ホックが付くことになりました。
「プルクラちゃんは護衛騎士いりますか?」
ベル姫が冗談のように聞いてきますので、こちらも冗談で返さねばなりません。
「では、夜の相手にひとり」
「おやおやぁ? 残念ですが、そんな理由でマトリチブス・ホックを貸せませんよぅ」
「あら。戦闘訓練の相手に、と思ったのですが……ベル姫はなにを考えて拒絶されたのですか?」
「えっちなことですけど?」
「強っ!?」
真正面からドスケベを受け入れましたわ、このお姫様。
「敗北を知りました。人間種の未来は明るいです」
「いっぱい子ども産みますから」
「わたしも負けませんからね」
さすが一国を預かる一族の娘。
我が終生のライバルとなるでしょう。
無論、ベル姫の子どもも自動的にライバルに認定していくので、『終生』です。きっと、永遠にわたしを楽しませてくれるに違いありません。
ベル姫の子どもとわたしの子ども、どちらがより可愛らしいか競い合いたいくらいですが……どちらも師匠さんの子ども。男の子であろうと女の子であろうと、両者極めて可愛らしいのは間違いないので、始まる前から引き分けですわね。
あと。
わたしの子どもって吸血鬼なんでしょうか?
それとも、ハーフ・ヴァンパイアみたいな種族になるのでしょうか?
ちょっと疑問ですので、師匠さんとの間に子どもが生まれるのが楽しみです。
「冗談はさておき。護衛騎士はホントにいります?」
「わたしだけ付いていない、というのも怪しいですからね。ひとりお貸しいただけますか」
例外がある、ということは、すなわちそれは例外である証左。
わざわざ周囲にそれを報せる必要は現時点ではありませんからね。むしろ、何かある、と思わせてしまうのは、別のパターンで使用するべきです。
今回は周囲に合わせて無力な人間種を演じる必要がありますので、護衛騎士を付けてもらいましょう。上手くいけば、こちらに誘導できる可能性もありますし。
「ではルーランがいいですね。まだ未熟ですので、プルクラちゃんのもとでなら安全に経験が積めます」
わたしを練習台にするつもりですか。
ま、いいですけど。
「というわけで、お願いねルーラン。決してプルクラちゃんの邪魔はしないこと。プルクラちゃんの言う事は聞いてね」
「ハッ!」
「では夜伽の相手を――」
「こういうのは聞かなくていいですからね」
「ヨトギは聞かない……覚えました!」
夜伽の意味を分かってないですわね、この実直騎士娘。
いまいち不安の残る返事ですこと。
「どつく骨ちゃん、騙そうと思ったらいくらでも騙せそうで怖いですわね。わたしが実はお姫様の命を狙っていると吹き込まれるとコロッと騙されそうです」
「ドホネツクです。私はそう簡単に騙されません」
「あ、外に魔王さまが浮いてる」
「姫様、お逃げください!」
剣をかまえてベル姫の前に立つルーラン。
「……おのれ、魔王などいないではないですか!」
「騙されないと言ったのはルーランですわよ。はいはい、剣を収めて。部屋に帰りますのでお供しなさい。サティス、いつまで師匠さんとイチャイチャしてますの。帰りますわよ」
「え~」
「え~、じゃありません。ここはベル姫に譲ってあげなさい」
「はーい。じゃね、ベルちゃん。気をつけて」
「はい。サティスちゃんも気をつけて。危なかったらいつでもここに逃げてきてくださいね」
というわけで、フラレットたちといっしょにベル姫の邸宅から出ました。
「ふぅ」
皆さん一様に息を吐いている。白い息が大きく流れていくのが見えました。
「いい子でしたでしょ、ベル姫」
「それはそうですけど……緊張するわ。って、なんで馴れ馴れしく話しかけてくるのよ、あなたは」
「こうなったらお友達になるのがセオリーですわ、ロンドマーヌ。諦めてください」
何か言い返そうとしましたが、それを飲み込むロンドマーヌ。後ろに控えるメイドさんは複雑な表情をしていました。
加えて、フラレットも少し複雑な表情を浮かべています。なんだかんだ言って、恨みはあるでしょうから。
同じ底辺となったからといって、すぐさまお友達ごっこができるほどおバカな子ではありませんしね。
「それでは皆さま、ご安全に」
寮につくと、それぞれ廊下を歩いて自分の部屋へと戻る。
最終的にはフラレットとわたしだけになりました。なにせ、寮の一番奥ですからね。
フラレットはチラチラと後ろに控える護衛騎士を気にしている。
「そんなに気にしなくていいですよ。私はいないものとして扱ってください」
苦笑しながら騎士は言った。
「で、でも……私の部屋はその、うるさいッスので……」
「慣れています。近衛騎士は大規模な戦闘中にも交代で休息を取る必要がありますので、そのあたりの訓練もしていますよ」
「そ、そうなんスか……じゃ、じゃぁ遠慮なく……ふへへ」
フラレットは愛想笑いを浮かべますけど、下手な笑顔ですわね。マジで愛想笑いじゃないですか。もっと愛想良くするから愛想笑いじゃありませんの?
「ではまた明日」
「はいッス。おやすみなさい、プルクラ」
「まだ夕飯も食べてないでしょうに」
もう引きこもる気でいるわ、この引きこもり娘。
はぁ~、と息を吐きつつ、ハイハイ、と手を振ってから自分の部屋へ入る。
どすん、とベッドに座るサティスを見ながらドア付近に立つルーランを見ました。
「さてルラーン」
「ルーランです。覚えているのにふざけて呼ぶのはやめてください」
「あ、はい」
嫌がっているのであればやめましょう。
「ごめんなさい。イヤでしたか」
「一族を背負ってマトリチブス・ホックに入りました。ドホネツクの名を穢すわけにはいきません」
……そのわりには、かなりの困ったちゃんな気がしなくもないですが。
空回りしないことを願うばかりですわね。
「では、一族の名に恥じぬよう、立派に護衛をしてください」
「ハッ!」
では外を見張っておきます、とルーランは部屋の外に出ていきました。扉の前にずっと監視をするつもりでしょう。
「こっちで座っててくれたらいいのにね」
「ま、『訓練』させてあげましょう」
とりあえず夕飯までは休憩することにして、サティスに休んでもらう。その間に眷属の蜘蛛を使って、いろいろと見ておくことにした。
「ふむふむ」
学園をそれぞれ見渡していくが――特にこれといった動きはないみたいですね。
お姫様が『こちら』に関わるようになった、ということが始まったばかりですので、それぞれ対応を考えているのかもしれません。
もしくは、自分の『親』のところへ手紙をしたためている最中でしょうか。
人生において王族と関わることなど皆無と思われていた魔法学院です。隠し子や表に出したくない子ども、もしくは命を狙われる可能性のある子、などなど。高貴なる牢獄に幽閉される理由は様々でしょうが、地位向上のための社交界の場になるとは誰も考えてこなかったでしょう。
しかし、ベル姫が現れた。
いえ、当初からベル姫がいたのですが、まったくの別行動。決してこちらに関わってくるようなことはなく、ほぼ無視されていた状態です。
むしろ、存在しないものとして扱われていた感がありますわよね。わたしにすら、その話がこなかったわけですし。あっちに近づいてはいけない、みたいな注意すらありませんでした。
だからこそ、真白も真紅も日常が過ごせたわけですけどね。
ですが、お姫様が積極的に関わってくるのならば話は別です。つまり、この魔法学院で起こった出来事はそのまま地続きで外の世界にも影響を及ぼす可能性が生まれました。
つまるところ、王族に媚びを売るか、それとも危うきに近寄らずか。
その判断を外部に求めている最中なのかもしれません。
魔法学院で過ごす貴族の子ども達が独自の連絡手段――メッセージの巻物などを持っているとは考えにくいですからね。
やはり手紙でやり取りするのが通常でしょうか。
「ふ~む」
もしかしたら、結果が出るまでしばらく時間がかかるかもしれませんわね。気長に待つのは嫌いではないですが、それはそれで退屈するのでイヤです。
「何か面白いことになればいいですけど」
とりあえず眷属での監視は続けましたが、何も起こらず。結局は夕飯となりました。
いつもどおりにフラレットといっしょに食堂へ向かう。
「……あら?」
いつもは空いている端っこの席周辺が埋まっていました。黒紺貴族の女性貴族たちが座っています。テーブルの上には食事の準備が整っているのに手が付けられていない。
何かを待っているようですが。
何を待っているかは明白ですわね。
「なるほど、始まりましたわね」
「何がッスか?」
「媚びを売るのが」
くふふ、と笑いながらいつもどおりの席につく。ちらちらとこちらをうかがってくる黒紺貴族たち。さすがに真紅貴族は混じっていませんね。
ルーランはわたしの後ろへ付き、周囲をうかがうように左右に視線を振った。萎縮させるだけの迫力はありますが、警戒にはなるでしょう。フラレットに付く護衛騎士も厳しい顔をわざと作っていますね。
「フラレット。これからは、このように皆さんがお友達になろうとしてきます。もちろん見え透いた下心で近づいてくるのですが……どうするかはあなたの判断に任せますわ」
「断らないんスか……?」
「わたしもベル姫も、滞在は有限ですわ。上手くいけばあなたを連れ出せますが……上手くいかなければ、フラレットは残されることになります」
「……」
「その時は必ず来ます。ですので、あなたに有利な状況を作っておくのは大事ですわ。まぁ、こうやって分かりやすく近づいてくる者で得られるメリットなど、たかが知れてますでしょうけど」
こそこそとそんなことを話しているとサティスが料理を持って戻ってきました。いつもより早いのは、邪魔がまったく入らなかったからでしょうか。
「いただきます」
食事を始めながらもフラレットは少し悩んでいるようですわね。
身の振り方を考えろ、と言われてもすぐに結論なんて出るはずがありません。ましてや、今後を左右することですので、時間が必要でしょう。
「プルクラ」
「なんでしょうか」
「私も、ギルドに入れて欲しいッス……」
おっと。
意外な結論を出したみたいね。
「喜んで。と、言いたいところですけど。それを実行しようとすると、師匠さんにあなたの一族を暗殺してもらわないといけないですわよね」
後ろでサティスが反応しました。
無駄に師匠さんの手を汚したくないのでしょうけど。そうもいかない事情が発生すれば、師匠さんは実行するかもしれません。
「……やっぱりそうッスよね」
「もっとも、師匠さんに聞いてみれば良いアイデアを出してくださるかもしれません。どちらにしろ、あなたの作る魔法の杖は魅力的です。こんなところに置いておくわけがありませんからね」
「じゃ、じゃぁ――」
「ギルドに入れるかどうかは分かりません。フラレットに『お仕事』は向いてなさそうですし、二度と親方さんに会えなくなるかもしれませんわよ」
「う……」
「ですので、頼むとしたら師匠さんではなくベル姫です。さくっと王族の力を借りなさい」
「……あの……プルクラ」
「なんですか」
「いっしょに付いてきて欲しいッス」
「ダメです。ひとりで行きなさい」
「なんでッスか、なんでッスか! 今まで散々、私を連れまわしたじゃないッスか! なんでこんな時だけひとりで行かせるッスかぁ~」
うぅ~、とフラレットはすがりついてくる。
「はいはい、早く食べましょう。じゃないと護衛騎士がいつまで経っても食事にありつけませんわよ」
「あ、わ、もも、申し訳ないッス」
慌てて食べ始めるフラレット。
マナーもなにもあったもんじゃないですけど、今さらですわね。そんなわたし達の機をうかがう野生動物のように見てくる貴族たちもいますが、このマナーを見て付き合いきれるかどうかが試金石とも言えますか。
不快に思い離れていくのなら、それもまた良し。
お猿さんのような食べ方を受け入れられる度量があるのなら、お友達になれる器量もあるでしょうとも。
「おっと、シュリアちゃんも来ましたか。ロンドマーヌは夕飯を抜くつもりでしょうか。お姫様のところに抜け駆けしてるかもしれませんわね」
こっちですわ、とシュリアちゃんを呼びつつ。
状況が刻々と変わっていく様子を楽しむとしましょう。