~流麗! お茶会(作戦会議)~
さて。
騒然とする食堂やそこら辺の気配を背後で感じつつ、とりあえず全員でベル姫の別邸に移動する。あまり長く一ヶ所に留まっていると囲まれてしまって、結果としてマトリチブス・ホックが大暴れするような展開になるやもしれませんので。
それは防がないといけませんものね。
「はい、フラレットも例外ではなくってよ」
「うぅ」
こそこそと逃げようとするフラレットはガッシリと腕を組んでおきました。
吸血鬼から簡単に逃げられると思ったら大間違いです。
「……あなたって思った以上に――」
なにかフラレットに言おうとしたロンドマーヌですが、口をつぐみました。
今さら何を言っても遅い、と思ったのでしょうかね。いじめている人間種が、自分が想像している以上に肝が座っていることに驚いたのかもしれません。
なにせ、お姫様相手に勝手に逃走を計るのですもの。旧貴族文化からしてみれば、死罪にも等しい行為に見えるのでしょうか。
普通に考えれば小心者ほど出来る行動ではありません。
もっとも。
大うつけ者であることには違いありませんが。
ぞろぞろと連れ立って歩くと、先日はまったく注目されなかったのですが、今回はすでに話が駆け巡っているようで、そこら中から視線を感じますわね。
敵意や害意、といった視線は感じませんが……
「どうです、師匠さん」
「今のところは無い。サティスは分かるか?」
「ん~ん、なんにも感じません。あたし達じゃなくて、貴族さまに向いてたりしたら、分からないかも」
自分に向けられる視線には敏感になりますが、他人に向けられる視線を感じ取るのは、かなり高度な感受性が必要そうですわね。
師匠さんが大丈夫と言っているので問題ないかと思いますが、お姫様ではなくフラレットやロンドマーヌに危害が加わらないようにしたいものです。
特にシュリアちゃん。
こちらの都合のみで、無理やり引き込んだだけに彼女の安全だけは必ず確保したいです。
護衛騎士を付けてもらいましょうか。
マトリチブス・ホックはたくさんいらっしゃいますので、ひとりふたり貰っても問題ないでしょう。
本人は名誉あるお姫様の護衛から外されるようなものですから、嫌がるかもしれませんが。
「こちらが私が滞在してる別邸です。どうぞお入りください」
ベル姫が自ら案内して、貴族少女たちを迎え入れる。
屋敷に入ると留守番をしていた護衛騎士やメイドさん達が頭を下げた。
「何か問題はあったか?」
「いいえ。屋敷に近づく者はいませんでした」
マルカが報告を受けている。
この短期間で攻めてくる愚か者はいない。というよりも、まだ機が熟していないと考えるほうが正しいでしょうか。
「たとえ教師であっても、近づいてきたら報告してくれれば助かります」
師匠さんがそう伝えている。
分かりました、と騎士はうなづき答えた。
なにやら物々しい雰囲気を感じ取ってか子猫シュリアと彼女のメイドさんが怯えてしまっています。
「大丈夫ですわ、シュリアちゃん」
「は、はぁ。えっと、私は何かしないといけないのでしょうか」
「いいえ、特別なことは何も。ただお姫様と友達になっていただけるだけで充分です」
シュリアの背中を押して進むことをうながす。
ただし、彼女のメイドには危険なことがあるかもしれないと裏でこっそり伝えておくべきでしょう。そのあたりは嫌われているわたしではなく、マトリチブス・ホックから聞かされたほうが良さそうですわね。
階段をのぼり、ベル姫が滞在している部屋へ到着すると、護衛騎士たちが息を吐いたのが分かった。
それなりに緊張していたようですわね。
やはり、主を危険な状況に置きにいく、というのは近衛騎士にとってあるまじきこと。緊張するというよりも、じわじわと自責の念に囚われていたのかもしれません。
「ではお茶の準備をお願いします」
メイドさんにベル姫が伝えると、ロンドマーヌとシュリアがびくりと肩を震わせた。フラレットはぼんやりと部屋の中を見ているだけで反応はしていない。
「お、お茶会ですか……?」
おずおずとロンドマーヌのメイドが発言をして、しまった、という感じで自分の口をおさえる。主を差し置いての勝手な発言、と捉えられてもおかしくはありません。
「気にしてないください。ここでは自由に発言してかまいません。私の陰口を目の前で言ってくださってもよろしいですよ。ただし、内容次第では私だって怒りますけど」
「とんでもございません、ヴェルスさま……!」
「はい、顔をあげてください。それから、お茶会ではありません。単なるお茶を飲んでゆっくりするだけです。決して『社交界』のそれではありませんので、どうぞ肩の力を抜いてください」
ホッと胸を撫でおろす貴族の娘とそのメイドたち。
貴族のお茶会とは、旧貴族文化であろうと、現貴族文化であろうと、戦場であることは間違いないのでしょう。
しかも女性貴族の文化ですからね。
相当なものがあるに違いありません。
苛烈なお嬢様同士の腹の探り合いとマウントの取り合い。
あぁ!
是非とも参加したいものですわー!
そこでボッコボコにされて、マウントを取られて嘲笑われてみたいです。
「ロンドマーヌさま、いつかお茶会を開催してくださいまし。わたし、ボコボコにされたいと思います。鼻で笑ってくださいまし」
「なんであなたは、そんなに負けたいのよ?」
「気持ちいいから」
ゾっとしたような表情をこちらに向けられました。
この表情は知っています。
恐怖、ですわね。
吸血鬼としての力を見せつけたりすると、わりと見られる表情です。暴力による結果でその表情を見せられても面白くないのですが……
今の状況ですと、超面白い。
「ウチのプルクラは変態なので、あまり喋らないほうがいいですよロンドマーヌさま」
「ちょっとサティス。勝手なことを言わないでくださいまし。変態ではございません。博愛主義なだけです」
「吐く哀だ」
ケラケラと笑うサティスの後ろに回り込みおしりを叩いてあげました。
「きゃうん!?」
「このとおり、メイドの粗相もおしりペンペンで許してあげる主義です」
「師匠ししょう~、プルクラが叩いた~」
「はいはい、分かったから大人しくしてろ」
「痛いところ撫でてください~」
「お、おう……」
「ちょっとズルいですわよ、サティス! わたしだって心が傷んだので胸を撫でてくださいまし、師匠さーん!」
と、飛び込もうとしたところでマルカ騎士に頭を掴まれました。
「お静かに、プルクラ殿」
「あ、はい」
マジで怒ってるみたいなので、大人しくしていましょう。アンドロちゃんに怒られた時みたいです。
ベル姫はくすくすと笑ってますのにね。
「さて、こんな感じでプルクラちゃんやサティスちゃんみたいに自由にしてもらってもかまいません。どうぞ楽にしてください」
それから、とベル姫は指を一本立てる。
「これから先のことを説明しますので、その間はちゃんと話を聞いてくださいね」
シュリアちゃんとロンドマーヌはうなづく。
物凄く緊張しているようです。
対してフラレットは何やら外の様子を見ているようで、窓の近くにいました。
「どうしました? あなたにも聞いていてもらいたいのですけど……フラレット?」
「あ、いえ、良い枝や石がこのあたりに転がっていないか見ていただけッス」
フラレットは慣れてしまえば勝手に自由に振る舞うというか、むしろ自分本位で身勝手なようですわね。相手が王族であろうとなかろうと、まったく気にしてないようです。
ある意味、大物ですわね。
「枝とか石を探すのもいいですけど……こんな吹雪で陰っていますのに、何か見えまして?」
「……?」
フラレットが首を傾げてこちらを見た。
ん?
なんでしょうか、なにか言いたげな――
「お茶の準備ができたみたいです。どうぞ皆さま、こちらにお座りになってください」
「おっと。行きますわよ、フラレット。あなたも無関係ではないのですから、ちゃんと話を聞いてくださいまし」
「分かったッス」
ひとまず情報の共有というか、作戦内容の共有が必要です。
あと、シュリアちゃんからもユリファについて聞いてみる必要がありますが……新入生の彼女に期待できる情報はないでしょう。
事実――
「じ、自殺があったのですか……!?」
そう驚いている様子でしたので、むしろ完璧に情報が遮断されていると思って間違いないです。隠蔽されている証拠、とでも言いましょうか。
隠したところで、ユリファの親族から情報が必ず漏れるというのに。現にこうしてわたし達が調査に来ているわけですから、無駄だと思いますけどね。
それでも隠さねばならない理由があるということでしょうか。
それとも、イジメという事実を隠したかったのでしょうか。
「シュリアちゃんには、経緯を説明しますね」
お茶をいただきながら、まずはシュリアちゃんに現状を説明する。あくまで目的はユリファ事件であり、お姫様はオマケ程度のもの。
間違ってもベル姫が解決する事件ではないことを念を押しておいた。
このあたり、間違って認識してしまうと後々になって大変なことになる可能性もあります。あくまでも盗賊ギルド『ディスペクトゥス』が請け負った調査依頼であることを念を押しておいた。
「プルクラさまは盗賊なのですか……」
「はい。騙すようなことになって申し訳ありません、シュリアちゃん。その代わりと言ってはなんですが、あなたの後ろ盾になってもらえる人を用意しました。なんとパーロナ国の末っ子姫です」
「お任せくださいシュリアちゃん。私は友達を大切にする主義です」
「え、あ、は、はは、はい!」
まぁ、混乱に対して混乱をぶつけるようなマネですので、シュリアちゃんが訳分かんないよぉ、とお目目をぐるぐるさせている気持ちは分かります。
「ちなみにこちらの殿方が盗賊ギルド『ディスペクトゥス』のギルドマスター、エラントですわ。近づくと怪我をしますので、シュリアちゃんはあまり近づかないように」
「は、はい。盗賊ですものね……そ、その、そんなに危険な方なのでしょうか……」
こっそりと聞いてくる子猫シュリア。
わたしも顔を近づけて、こっそりと伝えました。
「幼女、少女、関係なく隙あらば一部を串刺しにしてしまおうと狙っている鬼畜ですわ。シュリアちゃんも気をつけてください。たとえ美味しいお菓子をくれると言われても付いていってはいけません。甘い言葉に乗らないように」
「は、はい。分かりました……!」
「おいこら、聞こえてるぞ」
後ろからガッツリと肩を掴まれました。
ひぃ、とシュリアちゃんが悲鳴をあげてしまいましたので、師匠さんは大変悲しいそうな表情を浮かべる。
「冗談ですわ、シュリアちゃん。師匠さんは優しい人です。優し過ぎて、ちょっとダメなくらいですわ」
シュリアちゃんはおっかなびっくり後ろを振り返る。
師匠さんは、首を横に振った。
自分は優しくないです、という表現なのでしょうけど……逆効果ですよね、それ。優しさの証明な気もしますが、多少はシュリアちゃんの心の安寧を取り戻せたようです。
ただし、シュリアちゃんのメイドからは更に嫌われた気もしますし、師匠さんに対しても嫌悪的な視線を送っています。
うふふ。
可哀想な師匠さん。
「さて、シュリアちゃんも現状を把握できたと思いますので、これからの作戦を伝えておきますね」
ベル姫の言葉にわたし達はうなづく。
本来なら師匠さんが説明するべきなのですが、この場ではベル姫が説明するのが一番説得力があるでしょう。
なにせ、どこの馬の骨とも分からない師匠さんより、王族の権威があるお姫様のほうが立場は遥かに上です。
たとえ間違っている説明や作戦であっても、下の者はウンとうなづくしかありません。
旧貴族文化なら尚更です。
「……」
お茶を飲みつつ、お姫様の話す作戦を聞いていく。
さてさて。
上手く作戦通りにいけばいいですね。
すべてが解決した上で、晴れやかな気分で魔法学院を去りたいところです。