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~流麗! 悪役令嬢が笑う時~

「持ってきたよ~、プルクラお嬢様」

「ありがとうございます」


 わたしとフラレットの分をサティスが準備してくれたので、食事を始めます。

 お姫様を中心として横並びでテーブルについています。これで、いわゆる『看板』は作れたでしょうか。

 良い感じに目立っていますし、あとは伝言ゲームのように伝わっていくでしょう。


「ベル姫のそれ、美味しそうですわね」

「玉子焼きですか。では、プルクラちゃんのお芋さんと交換しましょう」

「ありがとうございます」


 ひょい、と玉子焼きとじゃがいもを切って焼いたヤツを交換する。レートとしては、こちらがだいぶ得をしてしまっている感じがしますが……お姫様にとっては一度はやってみたことだったのでしょう。ほくほく顔で嬉しそうです。


「姫様、行儀が最悪です」


 そしてメイドさんに怒られている。


「いいではないですか。こんなこと、ここでしか出来ませんわ」

「……外では絶対にしないでくださいね」

「はい、しませんとも」


 なんだかんだ言ってメイドさんも甘い。

 末っ子姫が『末っ子姫』になった理由が分からなくもないですけど、わがまま放題のイヤな娘にならなかったのは、単純にお姫様がいい子だったから、かもしれませんね。


「妨害はあったか、サティス」

「ありませんでした、師匠」

「ふむ。様子見の段階に入ったはずだ。これから、なんらかの接触が増えることが予想される。独自の判断で乗ってもいいが、失敗した時は必ず報告するんだぞ」

「失敗してもいいのですか?」

「いいぞ。ただし、敵の情報はすべて渡してもらう。いわゆる敵側に寝返ったフリをする『スパイ』と呼ばれるものだ。そして、『本当の失敗』とは正体が露見することを言う」

「つまり、スパイがバレちゃったらダメってこと?」

「本来ならば、スパイと露見した場合は拘束して拷問、こちら側の情報を洗いざらい吐き出させるところだが……こんなところで捕まるようなサティスじゃないだろ」

「えへへ~」

「というわけで、乗れそうだったら乗ってこい。まぁ無理に乗る必要はないけどな」

「はーい」


 後ろではこそこそと盗賊スキル『妖精の歌声』を使って師匠さんとサティスが師弟的な話をしていましたが……なんともヌルい。

 失敗しても良い本番なんて、ダメでしょうに。

 この甘々な訓練でちゃんと強くなってるサティスが立派というか、偉いというか。日々、ちゃんと訓練と修行を繰り返しているだけありますね。

 ほんと、今なら魔王さまの前に立つことはできるんじゃないでしょうか。

 ときどきやってる朝の不意打ち訓練にも対応してますし、本気の殺気もぶつけていたりしますので。


「……」

「……」

「……」


 さて、わたしやベル姫と違って、普通のお嬢様方のテンションはダダ下がりですわね。

 シュリアちゃんは緊張しているし、フラレットはキョロキョロと様子をうかがっていますし、ロンドマーヌは気まずそうです。


「親睦会が必要そうですわね。さぁ、ロンドマーヌさま」

「……なんですか、プルクラ」

「ちょっと余興をしてくださいな」

「それは命令かしら。それとも嫌がらせ?」

「単なるお願いですわ」

「では一言返します。お断りよ」

「好き」

「なんでそうなるのよ……」


 盛大にため息をこぼしてからロンドマーヌはお茶を飲みました。

 不機嫌そうなロンドマーヌを見て子猫が怯えてしまっている。


「大丈夫ですよ、シュリアちゃん。ロンドマーヌさまはこんな感じでも話せば分かる人ですので、警戒しないでくださいな」

「わ、分かりました。よろしくお願いします、ロンドマーヌさま」

「うっ……」


 シュリアちゃんの純粋な瞳に気圧されるロンドマーヌ。

 くくく、そうそうこれこれ。

 これが見たかった。

 シュリアちゃんって、なんかこう、子猫的な純粋さがあるんですのよね。まだ汚れ切っていないというか、学院に来たばかりで完全に旧貴族文化に染まっていないところもありますが、なにより汚い世俗にもまれていない。

 大切に育てられた結果、この魔法学院に送り込まれたところを見るに……暗殺や政局から逃がされたタイプでしょうか。結果的には不幸になってしまうのですが、殺されるよりマシかもしれませんね。

 しかし、この純粋な表情よ。なんかカワイイ。

 そんな子猫ちゃんが一方的な信頼を寄せてみなさい。

 一発で情が湧き、ほだされてしまいます!


「ちなみに、こちらのボサボサ髪がフラレットですわ、シュリアちゃん。知ってるかと思いますが、魔法の杖の開発者です」

「はい、お噂は少し聞いています。その……ホントに杖って有効なんですか?」


 木の棒を振り回してる変人、という説明を受けているかと思いますが、それは否定しておかないといけませんね。


「ベル姫も認めています。魔法の杖は本物ですわ」

「はい、本当ですよシュリアちゃん。一度使わせてもらえば分かると思います」


 お姫様が言うのであれば間違いない。

 真白貴族の権威が『絶対』であるのならば、王族の言葉など神のお告げにも等しいでしょう。

 なにより、ベル姫は神官魔法の使い手ですからね。

 この魔法学院では、マジで神と同等の扱いを受けてもおかしくはないです。


「是非とも使って感想を聞かせて欲しいッス。よろしくお願いしまス」

「はい、よろしくお願いしますフラレットさま」


 さてさて。

 シュリアちゃんを味方に引き入れるのに成功した、と考えても良いでしょう。ユリファ事件についても新一年生ですので、後ろめたいところは何も無いはずですので、協力してくれるのは間違いないです。

 なにより、自殺した生徒がいるにも関わらず、そのまま運営されている魔法学院ですので、事件を解決しておいたほうが安全になるのは言わずもがなですわ。

 このまま、各学年の最底辺の黒紺貴族を仲間に引き入れていくと良いかもしれませんが……それだと数が多すぎて方針がブレるかもしれないですわね。

 なにより、あくまでも目的はユリファ事件の解明なのですから。決して、下剋上が目的ではないので注意が必要です。

 ですが、もうひとり。


「目立つ看板は用意しませんと」


 残念ながらこの場にはいないようなので、仕方ありません。

 というわけで、サクッと食事を終わらせてしまう。と言っても貴族の食事ですので、丁寧に食べていくのがマナー。

 サティスだったら一口で食べ終わってますわよ、というものを5口くらいに分けて食べ終わりました。


「いいな~、ベルちゃん。美味しそう」

「はい、サティスちゃん。あ~ん」

「あ~ん」

「姫様、お行儀!」


 マナーなんか捨て去った王族が隣にいましたけどね。


「ハメを外し過ぎでは?」

「外すためにハメを覚えたのです」

「言い訳が盗賊染みてきましたわね」

「うふ」


 めちゃくちゃ嬉しそう。

 ま、ベル姫の人生がぶっ壊れたのであれば師匠さんがもらってくれますわ。それでみんなが平和になるのであれば、なんにも問題ないでしょう。


「さて、皆さま」


 食事が終わったところでお姫様が声をかけてくる。


「少し皆さまとお話をしたいと思いますので、付いてきてくださるかしら」


 シュリアちゃんはこくんとうなづく。

 フラレットとロンドマーヌはイヤそうでしたけど、一緒に行きましょう、というお姫様の言葉には逆らえず。まぁ、神さまが来いというのでしたら付いていくしかないのが人間種というもの。

 というわけで、みんなでぞろぞろと移動を開始しました。


「ねぇ、これどういうつもりなのよ」


 食堂から出て、相変わらずの空模様を見上げているとロンドマーヌが声をかけてくる。

 貴族たちの視線が少ないところで聞いてくるとは、さすが空気を読めるみたいですわね。


「もちろん事件解決への一手です」

「……ヴェルスさまもそうなの?」


 聞こえていたらしく、ベル姫が近づいてくる。


「はい。私もプルクラちゃんに協力しています。ご協力していただけるかしら」

「その、ヴェルスさまは王族として……いえ、なんでもありません……」

「気持ちは分かります、ロンドマーヌさま。しかし、王族と言ってもこんなものです。神さまが地上を歩きになっていた時代は分かりませんが、今はもっと気楽ですよ。あくまでも人間ですので。王であるお父さまなんて親バカでしたし」


 神官魔法が使えるようになったと思ったらこんなところへ莫大なお金をかけて勉強してこい、と言われるくらいですから。と、ベル姫は肩をすくめる。


「……」

「ロンドマーヌさま。世界を知ることです」

「世界……」

「幽閉されている身では難しいかもしれませんが、狭い世界では視野も狭くなります。見たいものしか見ないのではダメです。見たくないものも少しは見ておくべきです」

「見たくないもの……」


 この魔法学院では、見たくないものを見るほうが難しいかもしれませんわね。

 もっとも。

 人によっては簡単に見れるかもしれませんが。


「お悩みですね、ロンドマーヌさま。そうですわ、本を差し上げます。小説という文化は面白いですわよ。英雄譚もいいですが、恋愛物もオススメです」

「小説……ですか」


 魔法学院では魔法関連の書物はあっても、娯楽小説の類は英雄譚ですら存在しないようですわね。

 魔法使いが主役の絵本とかあっても良さそうですが、貴族はそんな娯楽に触れてはいけない、みたいな旧貴族文化でもあったのでしょうか。

 むしろ、旧貴族文化に『読書』というものは存在しなかったのかもしれませんわね。まだ紙や複製技術が発展していない時代だった名残か、娯楽小説が受け入れられる前の時代だったか。

 わたしが本を楽しむようになったのは、人間領に来てからですわね。魔王領にあるものは、あらかた読みつくしてしまったのが遥か昔の話ですので。新しい物語を生み出すことができない魔族という存在は悲しいです。

 というわけで、学園都市でむさぼるように本を読んでいました。

 物語というものを作り出せるのは人間種の特権なのでしょうか。

 むしろエルフでもドワーフでもハーフリングでもなく、ニンゲンの特殊能力のように思えます。秀でた身体能力がない代わりに、想像力と創造力を手に入れたのでしょうか。

 ふしぎですわね。


「小説はいいですよ、ロンドマーヌさま。それ一冊で他人の人生を丸ごと歩むことができます。残念ながら人生は一度だけ。生まれる先を変更することも、やり直すこともできません。なので、小説を読むのです」

「どういうことでしょうか?」

「小説に描かれているのは他人の人生です。それは嘘の物語かもしれません。ですが、その体験は自分の物とできるほど楽しい思い出となり、感動でき、経験となるのです」

「……そういうものでしょうか」

「はい。良ければオススメを一冊プレゼントします。慣れないと大変ですが、ちょっとずつでいいので読んでみてください」


 ……お姫様のオススメがベッドの下から出てこないことを祈るばかりですわ。


「どうしてヴェルスさまは、私にそんな良くしてくださるのでしょうか。言ってはなんですが、私を利用していらっしゃるのでしょう? そのまま道具や駒として使うのが王族ではないのでしょうか」

「そんなふうに扱って欲しいですか、ロンドマーヌさま?」


 ベル姫はイタズラっ子のような表情を見せた。


「いえ……」

「ふふ。答えは簡単ですわ」


 そう言って、末っ子姫はにこやかに答える。


「もうお友達ですもの。お友達に優しくするのは当然です」


 パーロナ国の末っ子姫は、とても優しく気さくで付き合いやすい。

 その噂に嘘や偽りはなく。

 すべて真実であることを理解したロンドマーヌは、少し泣きそうな笑顔で笑うのだった。

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