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~流麗! 成り上がりの底辺たち~

 さて食堂に到着しました。

 各所にマトリチブス・ホックが睨みを利かせるという物々しい雰囲気に騒然としている貴族たちですが、その視線を一気に集めてしまってもベル姫はたじろぐことはありません。

 さすがですね。

 むしろ国中の人々から注目されているわけですから、この程度は〝少ない〟と感じるのかもしれません。

 ちなみにシュリアちゃんは、ひぅ、と悲鳴を漏らしました。

 黒紺だけの視線ならば大丈夫だったかもしれませんが、真紅貴族も混ざっています。今まで真紅からは無視されているか視界にも入らない生活だったところを、急に注目されてしまっては悲鳴のひとつもあげてしまうでしょう。

 まぁシュリアちゃんの場合、黒紺貴族だけであってもびっくりしちゃった可能性は充分にありますが。

 なんでしょうね、この子。

 庇護欲を刺激するといいますか、かまってあげたいといいますか。やはり、子猫。子猫的な雰囲気があります。ますます師匠さんに近づけてはいけない気がしてきました。


「プルクラちゃんはいつもどこで食べているのですか?」


 食堂で席は自由。

 王族が来てもそれは変わらないのでしょうか。

 まぁ、いきなりベル姫のテーブルを用意するのは場所も時間も足りなかったのかもしれません。


「あの端っこの方ですわ」

「そうなのですか? もっと明るいところで食べればいいと思いますけど……」

「中央付近は真紅貴族とその取り巻きが独占しているので、日陰者はすみっこがお似合いなのです」

「そういうものですか。シュリアちゃんはいつもどちらで?」

「え、えっと、私はあのあたりです」


 手を繋いだままなので、おずおずと指をさす子猫シュリア。わたし達ほどすみっこではなかったですが、やはり端のほうでした。


「こういう場合はどうしたらいいですか、師匠さん」


 お姫様が来た、という状況にざわざわとしていた食堂内がシンと静まり返ってしまいました。

 いつまでも入口で止まっていると何か行動を起こされるかもしれませんので、手早く席を決めたいですね。


「護衛の観点から言いますと、端っこがいいですね。背後を警戒しなくて良いので有利です。それに、近づいてくる者を正面から特定できます」

「ではそうしましょう」


 いつもわたしとフラレットが座っているところへ移動し、席につきました。

 ベル姫が真ん中でその左右にわたしとシュリアちゃんが座る。


「サティス、フラレットを連れてきてくださいな」

「あ、それでしたら一応、ウチの騎士を連れて行ってください。それで拒絶できなくなります」


 ……すでにフラレットの性格を把握してますわね、ベル姫。

 さすがです。

 これが王族の『人を見る目』というやつでしょうか。どこか、盗賊スキル『みやぶる』と似通ったところがある気がしますが……そんなことを言うと、世界中の王族からにらまれそうですね。

 王と盗賊をいっしょにするとは何事か、と。


「いってきまーす」


 護衛騎士といっしょに食堂を出ていくサティスを見送ると、ベル姫のメイドさん達が食事の準備を始める。

 お姫様は食堂の食事ではなく、自分で連れてきている料理人のものを食べるようです。


「相当なお金がかかっているんじゃないですか?」


 そう聞いてみると、ベル姫は苦笑した。


「そのかわり、料理人さんは喜んでくださいました。お給料が倍になったわけですから」

「倍にしたんですか。太っ腹ですわね、パーロナ国。国民から徴収した税ですので、ちゃんと使って欲しいものです」

「いろいろやっていますよ。道の整備とか、下水の安全確保とか。冒険者さんに依頼をしたりすることもあります。たぶん」

「なんで曖昧ですのよ」

「未成年は関わらせてもらえないので。それよりもしっかりと神官魔法を学んできなさい、とお父さまに言われました。お兄さまやお姉さま達にきらきらした瞳で応援されてしまっては、政治に関わるヒマも余裕もないかもしれません」


 ベル姫が肩をすくめるので、わたしも肩をすくめておきました。

 いや、ほら。

 わたしも政治をやらないといけない立場なんですけど、全部アンドロちゃんにお任せしているせいで何も言えません。

 一応、モンスター退治とか肉体労働はしていたのですが……どう考えても王のやる仕事ではありませんね。

 支配者らしい仕事と言えばそうなのですが。

 まったくもって、何も言う権利がありませんので肩をすくめておきます。あと、良く分かんないのですよ、政治。サッパリです。とりあえず領民をイイ子イイ子してればいいんじゃないんですか? 違うんですか? それじゃダメなんですか?


「甘やかして得られる物はありますが、失う物が多いですよサピエンチェさま」

「別に失うものなどありませんわよ」

「尊厳を失います」

「裸で支配領を歩けと言われればやりますけど。あ、首輪をされて引きずられているほうがお好みかしら」

「死ね」


 というわけでアンドロちゃんに丸投げすることになりました。

 まぁ、尊厳放棄は冗談として。わたしがやるとみんな働かなくなるか、こっそり悪いことを始めるかのどっちかになるらしいです。


「シュリアちゃんも食事の準備を始められたらどうですか?」

「え、あ、は、はいっ! ど、同席してもいいのですか……?」


 ベル姫の横に座っておいて今さらな質問ですけど、まだまだ混乱しているようですわね子猫ちゃん。


「もちろんです。ソースが飛んできてドレスに付着しても私は許します」

「ぜ、ぜったいに気をつけます……」


 シュリアちゃんはメイドさんに目配せしました。こくん、とうなづく彼女のメイド。動きがぎこちない、というか酷く緊張していますわね。無理もありませんが。

 ツン、とベル姫の肘を指で突っつき視線をシュリアのメイドに向けてから護衛騎士に向ける。

 それだけで意図を察してくれたようで、ベル姫が命令しました。


「誰かシュリアちゃんのメイドにも護衛についてください」

「ハッ」


 ひとりの騎士が足早に追いかけていく。

 大丈夫とは思いますが、狙われる可能性はゼロではありません。

 安全には安全を。


「プルクラちゃんはサティスちゃんが戻ってくるまで準備できませんね。遅くなりますから、それに合わせましょうか?」

「ご遠慮なく食べてくださいな。むしろお姫様の食事を観察できる良い機会です」

「そこまで豪華ではありませんよ」


 それもそうですわね。

 こんな山奥では持ち込める食材も限られていますし、貯蔵する専用の倉庫が与えられているわけでもありません。都度、転移を使って持ち込むのも限られているでしょうから、料理を幅は狭くなるでしょう。

 なるほど、料理人のお給料が倍になった理由が分かった気がします。


「さて」


 では、もうひとつ仲間を増やすことにしましょうか。

 わたしはこちらを注目する貴族たちを見ました。食事を始めている者もいますが、大多数は呆然としている感じで、あとはひそひそと会話をしています。

 その中で孤立している貴族を見ました。


「少し席を立ちます」

「護衛は必要でしょうか?」

「そうですね。騎士をひとりと師匠さんを貸してください」

「分かりました。ミナリア、お願いします」

「はい!」


 何度か見かけたことのある護衛騎士が付いてきてくれるみたいです。それから師匠さんが黙って後ろから付いてくる。

 師匠さんを呼んだことで察してくださったのでしょう。

 話が早くて助かります。

 貴族たちが注目する中、食堂内を歩いていく。

 移動先にいたのはもちろん――


「ごきげんよう、ロンドマーヌ・カンドディアさま」

「……何の用よ。いえ、何の用ですか」


 フラレットをいじめていた主犯、ロンドマーヌは相変わらず孤立しているみたいで、今日もひとりで食事をとっていました。

 彼女にはわたし達の目的を話しておりますので、ここで本格的に仲間に引き入れておく必要があります。

 まぁ、本音を言うと――


「口封じに来ました」

「――……」


 みるみる顔色が悪くなっていくのは、わたしの後ろにオールバックで非常に目つきの悪い従者がいるからでしょうか。

 それとも『口封じ』と聞いて悪い笑顔を浮かべた護衛騎士のミナリアとかいう女のせいでしょうか。


「冗談です。古代語で言うとイオコール」

「なぜ旧き言葉で言った……」


 後ろから師匠さんがツッコミを入れてきました。

 後ろからツッコまれましたわよ、わたし。

 うふふ。


「な、なにが目的なのよ」

「先ほど言いましたとおり、口封じです。状況が変わりました」

「……あのパーロナ国のヴェルスさまが関係してるってことね。どういうことなのよ、あなた。王族にまでケンカを売ったってこと……?」

「失礼ですわね、そんなことしませんわ。マジで以前からの知り合いでしたの。偶然こちらでお勉強中でしたので、王族の力を借りることにしました」


 皆さん王族がいることを秘密にしているなんて酷いですわ、と言葉を漏らしたところロンドマーヌが呆れた表情でため息を吐きました。


「どうやったら王族と知り合いになれるのよ……」

「サティスが仲良しになったついでに、わたしも仲良くさせてもらっているだけです。友達の友達は親友ですわ。この魔法学院ではそのような文化は発生しないと思いますが」

「そうね……間違ってもそんな文化は生まれないわ。友達の友達は敵、だったらあるかもしれないけど」


 皮肉げにロンドマーヌが笑いました。


「ちなみにこちらの殿方はわたしの師匠さんです」

「私の弟子が大変な失礼を働いたようで。ご迷惑をかけて申し訳ありません」


 師匠さんは周囲に見えるようにわざとらしく慇懃に頭を下げる。

 この行為は、王族の従者が頭を下げた、ということに見られているはず。つまり、お姫様が頭を下げた、と同等の行為にも見えるはずです。たぶん。


「――頭をあげてください。私は頭を下げられるようなことはしていません。すべて私が蒔いた種によるものです」

「そう言っていただけて助かります」


 師匠さんは頭をあげると、鋭い目つきをいくらかやわらげて微笑んだ。

 なにその笑顔。

 それを向けられるロンドマーヌがめちゃくちゃうらやましいんですけど!


「許していただけるのなら、是非ともいっしょに食事はどうでしょうか? あぁ、もう食べ終わられたのですね。ではお茶の準備をしましょう。どうぞ」


 笑顔のまま、有無を言わさぬまま矢継ぎ早に師匠さんは告げた。


「――はい」


 観念したのかロンドマーヌは返事をする。

 表情を取り繕えているのが、さすがですね。ロンドマーヌはメイドに命令して食事を片付けてもらう。

 その間にいっしょにベル姫のもとまで移動した。


「ただいま戻りました。こちらロンドマーヌ……なんとかさんですわ」


 ファミリーネームなんでしたっけ?

 後ろから物凄い勢いで師匠さんが睨みつけている気がしましたが、振り向かないでおきます。

 やはり、先ほどロンドマーヌに向けた笑顔がうらやましい。

 わたしも師匠さんに後ろからツッコまれながら、優しい笑顔を浮かべてもらいたいです。いえ、愉悦の表情でもかまいません。

 支配者を支配する悦楽と悦びを、是非とも師匠さんに味わってもらいたいですわー!


「は、初めましてヴェルス・パーロナさま。ロンドマーヌ・カンドディアと申します」


 カーテシーで挨拶するロンドマーヌ。

 ファミリーネームを忘れてしまったわたしのことは許してくださるようです。まぁ、王族を前にしてそれどころではない雰囲気ですけど。


「初めまして、ロンドマーヌさま。ヴェルス・パーロナです。今回は師匠さまやプルクラちゃんに協力していただけたようで、私からもお礼を。ありがとうございます」


 お姫様は立ち上がり、丁寧に頭を下げる。

 ロンドマーヌはあたふたとしましたが、結局のところお礼を受け入れたようです。


「ただいま~。フラレットつれてきたよ~」

「……こ、こんにちはッス」


 そうこうしているとフラレットをつれてサティスが戻ってきました。

 お姫様と黒紺の生徒たち。

 しかも、かなり底辺の黒紺が集まっています。


「ふふ。さてさて、役者がそろった、というやつでしょうか。それでは、ここより成り上がりの物語を始めましょうか」


 こういうのを下剋上というのでしたか。

 周囲の反応が楽しみですわ~!

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どうでもいいけどすっかり師匠が脇役な件 どうでもいいけど
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