~流麗! くそつまんねぇ人間種たち~
シン、と静まり返る教室内。
わたしとベル姫の関係に呆れているのではなく、現実を受け入れられないような感じでしょうか。
「プルクラお嬢様、荷物置いておきますよ~」
そんな空気の重い教室の中を、歩く音ひとつさせずサティスが移動し、一番後方のわたしの席に授業グッズを置きました。
わたし達を見る者とサティスを見る者に分かれていますわね。
さて、どちらを注視するのがこの場合の正解だったか……難しいところです。あとで師匠さんに聞いてみたところ――
「いや、俺も分からん。王族の膝に馴れ馴れしく座る下級貴族と、移動するメイド。どっちに注目しておけば良いか……いや、う~む、やはり王族を監視すべきか? なにか罠があるかもしれんし、信じられない状況なら幻覚や魔法、傀儡化などを疑うべきだろう。いや、だがしかし、メイドが足音すら立てず移動していたのならば、そちらを暗殺者として注意すべきことでもある。わざと王族に注目させておいて、その隙にメイドが遅効性の毒でも刺しておけば、対象は確実に殺せるし、メイドの顔を覚えている者などほとんどいまい。毒の効果が出るころには、すでにメイドは学院から去っているわけだ。手遅れだな。いや、待て。そもそも王族の膝に座り友人だと言っている状況がそもそもおかしいので、やはり幻覚を疑うべきか? とりあえずまっさきに自分の膝をナイフで刺すのが正解かもしれない」
「それで失敗したの、師匠さんではないですか」
「……うん」
師匠さんはそっぽ向きました。
かわいい。
誤魔化すように、ならば王族と下級貴族の視線を追うべきか、などと師匠さんはぶつぶつ言いながら悩みの迷宮に入り込んでしまったようです。
まぁ、師匠さんが失敗して血を流してくれたおかげで、わたしも我慢できなくなって恥ずかしい懇願をしてしまったのですけどね。
でも師匠さんの血は反則ですもの。
仕方がない仕方がない。
「ではプルクラお嬢様、授業がんばって。ヴェルス姫さまも」
「ありがとう、サティス」
「サティスちゃん、また後でね~」
ベル姫がウチのメイドとも面識がある。
それを見せつけておけば、わたしとベル姫が仲良しということの信憑性が増すでしょう。
もっとも。
お膝の上に乗れる時点で仲良しを越えた何かなんですけどね?
恋人同士でも許されない距離感ですけど、同じ旦那様に嫁ぐ関係性ですので。むしろ恋人以上結婚未満の関係と言っても過言ではありません。友達を越えた何かです。
くっくっく。
教室内で鋭く目を光らせている師匠さんがいますが――その視線はわたしに対してお姫様に不貞を行うのを咎める怒りに見えて、その実、うらやましい気持ちでいっぱいのようですわね。
ほらほら、いくら師匠さんでも体重の関係でお姫様のお膝なんて乗れませんよ。少女だけの特権です。うふふ。
「……」
にらみが鋭くなりました。こわい。
さて、マルカさんの視線も師匠さん並みに怖いので、というか、そろそろマジで掴みかかってくる気がしますので、立つとしますか。
「では、授業を楽しんでくださいなベル姫」
「はい。プルクラちゃんは居残りが多いらしいので、ちゃんと授業を聞いてくださいね」
「あ、はい」
正論と言いますか、普通に注意されてしまいますと冗談で返せませんわね。
肩を落としながらトボトボと自分の席へ移動し、座りました。
授業開始のベルが鳴る。
しばらく待ちますが、ディファス教師が入ってくるのが遅いですわね。王族がいるので、授業開始より早く来るものかと思いましたが。
マトリチブス・ホックに身体検査でもされているのかしら。
「あ、あの」
なんてことを考えながら席につくと、お隣の少女がこっそり話しかけてきました。いつもはこちらをうかがっているだけですのに。
しかし、この状況で話しかけてくるなんて。
勇気ありますわね。
「なんでしょうか」
周囲の貴族たちが耳をそばだてていますが、気にしないでいいでしょう。むしろ、教室にずらりと並んでいる護衛騎士に威圧されているようにも思えますし。
「お姫様とお友達って、ほんとう?」
こっそりと聞いてきますけど、こだれけ教室内が静まり返っているとこそこそ話でもそれなりに響く気がしますわね。
「はい、本当です。実は貴族になる前にベル姫と出会うことがありまして。そこで仲良くなりました」
「そうなんだ。あのお姫様って、パーロナ国の末っ子姫、だよね」
「はい。とても気さくなお姫様ですので、平民のわたしでも友達になってくださいました。良ければあなたも紹介してさしあげましょうか」
その言葉を聞き、周囲の貴族がすこし反応を示しましたね。
親の地位が幅を利かせる魔法学院において、黒紺が生きる道と言えば上位の貴族と懇意になることでしょう。
しかし、真紅の中級貴族と仲良くなることはあっても、真白の上級貴族と仲良くなるのは、ほぼ不可能となります。
誰も彼もお茶会に呼べるほど真白貴族に余裕もヒマもないでしょうし、メリットのない人間種と付き合うほど懐が広くもない。
結局のところ、黒紺は黒紺同士で固まるしかなく、わずかなチャンスを虎視眈々と待ち続けるしかないわけで。
そんなところへやってきた目の上のタンコブどころではない、目の上の王冠。
王族。
魔法学院にいることは知っていたが、自分たちとは何もかも違うわけで、授業すら個人で受けているという超特別待遇。
真白貴族よりも遥かな上位存在と言えます。
つまり、神。
本来なら声すら聞くことを許されない相手と知り合いになれる。王族と友達、いえいえ、知り合いという程度でも、この魔法学院で安全な地位を手に入れたと言えます。
それが今、わたしの手によって簡単に手に入ろうとしている。
反応するな、というほうが無理でしょうね。
さてさて。
内心どころか態度と言葉ですらバカにしていた相手が、実はとんでもない格上だった気分はいかがでしょうか。
しかも、上手くいけば有利な状況を与えてくれるオマケ付き。
ふふ。
残念でしたわね。
もっと普通に接していれば、こんなにも簡単に真白貴族を越える地位を手に入れられたというのに。
逃した魚は大きかった、どころではなく。
悪態をついてイジメていた相手が、実は神さまの使いでした。みたいな感じです。
もっとも。
その正体は魔王四天王のひとり、知恵のサピエンチェなんですけどね。
神どころか邪神でした。
ふふふ。
おもしろい状況ですわ。
「紹介……え、でも、私なんかが恐れ多いような……」
「気にしないでください。わたしでも大丈夫なのですから」
「……あはは」
そこは否定しなさいよ、お隣さん!
なんて叫ぼうかと思いましたが、教室の扉が開きましたので黙っておきました。命拾いしましたわね。
入ってきたのはもちろんディファス教師。いつもより遅れたのは荷物があったからか、それとも王族に対して授業することへの緊張か。
わたしも初日に受けた魔力チェックの道具を持ってきていますね。もしかしたら、あれの安全性をマトリチブス・ホックにチェックされていたのかもしれません。
「……それでは授業を開始します。……も、もうお分かりかと思いますが、本日よりパーロナ国の姫であるヴェルス・パーロナさまが参加されます。……皆さん、失礼の無いように」
いつもとは違った口調のディファス教師。
ふ~ん。
そこそこ話の分かる教師かと思っていましたが、やはり王族の地位というものは怖いですか。
いつもどおり、それなりの態度を取ってくださるかと思いましたけど。
どうにも窮屈そうに見えますね。
尊大な態度を部屋に忘れてきたように思えます。
……つまんないですわね。
それとも、たかが貴族に対しての無茶な要求というか願望でしたでしょうか。
「……」
誰一人返事をすることなく、教室内は静まり返ったまま。
一番前の席で、ベル姫はにこにこと笑っていることでしょう。
こういう空気になることは折り込み済み。むしろ、想定通りになっているので喜んでいるに違いありません。
あの子、わたしの退屈殺しと似たところがありますからね。
面白そうなことには自分から首を突っ込んでマトリチブス・ホックに迷惑をかけるでしょ。わたしもアンドロちゃんに迷惑をかけますので、同じです同じ。
「さ、さてヴェルス・パーロナさま。魔力のチェックを行いたいと思いますので、こちらを」
持ち込んできた魔力を調べる石。
確か流し込んだ魔力量によって色が変わるんでしたっけ。
ディファス教師はベル姫の机にそれを置いたようです。わたしの時は前まで歩いて来い、という状態でしたのに、ぜんぜん対応が違いますわね。
「こちらに魔力を流してもらえますか」
「分かりました」
後ろからでは何色か見えませんわね。というか、ディファス教師のさじ加減次第でいくらでも誤魔化すことができますよね、これ。
「それではいきます」
教室内はすこし期待するような感じの空気。
王族の魔力量とはどのようなものか、と首を伸ばすような感じで前方をうかがう貴族がちらほら。
はしたないですわよ。
「ふぅ、色が変わりました」
「……さすが王族。ご立派です」
そういうとディファス教師は包み隠すように石を布で覆ってしまった。結果はベル姫にしか分からない状態になりました。
ちょっと明らかな贔屓というのが見えますわね。
「ベル姫、何色でしたー?」
というわけで、最後方から声をあげてみます。
「ん~、黄色? 白色? 太陽みたいな感じでしたよ」
おぉ~、とざわめく教室内。
もしかして、普通に珍しい色なのかしら。
というか、それ絶対に精霊女王ラビアンの力が混ざってますわよね。普通に公表しても良いのでは?
しかし怖いですわね。神官って魔力に司る神の力が混ざってたりするんですの?
ちょっとちょっと闇の精霊女王ローフェル。わたしの声が聞こえていましたら、是非ともわたしを神官にしてくださいな。
そしたら太陽とかマグ無しで克服できる気がしないでもないですので、ウェルカム。
「……」
もちろん、声などかけられるはずもないので、何も起きませんでした。
残念です。
「プルクラ・ルティア・クルス、静かにするように」
闇の精霊女王に悪態をついていると、ディファス教師がこちらを見て叱ってきました。
「なんでわたしだけ……」
「静かにするように」
「分かりました」
という感じで授業が始まりました。
ベル姫にはすでに習ったあとの授業のようですが、あきらかにベル姫だけに向けた授業になっています。というか、ベル姫しか見ていないでしょう、ディファス教師。
「マジでつまんないですわね」
はぁ、と頬杖をついてもこちらに気付かないくらいです。
貴族たちからそれなりに面白い反応をいただけたので、大変満足していたのですが、教師まで媚びへつらい始めたら、幻滅です。
それは退屈以外の何物でもありません。
ちらりと近くに立つマトリチブス・ホックを見ましたら、目が合いました。
つまんないですわ、と目で訴えかけると、分かります分かります、みたいな視線が返ってくる。
話の分かる、というか、目の分かる近衛騎士ですこと。
淡々と授業が進み、ほんと何事もなく終了しました。王族を試すことは不敬にあたるとでも思っているのか、今日はテストも無し。
居残りが発生しなかったので、ラッキーと言えばラッキーと言えるかもしれません。
「では、ここまでです。ヴェルス・パーロナさま、私の授業を聞いてくださり、ありがとうございました」
「大変聞きやすく、分かりやすい授業でした。息抜きと思っていましたが、復習の機会として有意義な授業になりそうです。わがままを聞いていただき、ありがとうございますディファスさま」
「も、もったいない御言葉。しかと胸に刻み、我がダエリー家に伝えたいと思います」
「ふふ、ご冗談が上手ですわ」
今の絶対に冗談じゃなかったと思いますけどね。
「では失礼します」
「ごきげんよう」
まるで一対一のような授業と挨拶が終わったので、ディファス教師は教室から出て行きました。
マジでこっちをひとつも見ませんわね。明日は授業中にアンブレランスの素振りでも始めてやろうかしら。
ま、それはともかく――
「では、参りましょうか」
お隣さんに声をかけました。
「ほへ?」
お姫様の帰る準備が始まっていますが、他のメイドは入ってこれないらしく、帰る準備は遅々として進みません。
その間を利用して、お隣さんをベル姫に紹介しておきましょう。
この子は、それなりにわたしと交流を持とうとしてくださいましたからね。自分より下がいる、と安心して見下すような子ではなく、仲良くしようとしてくださいました。
そういう子は大好きですので、助けないといけません。
まぁ、偉そうにふんぞり返る貴族も、それはそれで好きですけどね。
「さ、行きますわよ。善は急げ、と言いますし」
「ひえっ!?」
なかば悲鳴にも聞こえるお隣さんの声を無視して、抱え上げました。身長はわたしのほうが高いので、そんなに違和感は無いでしょう。
そのまま抱えられた猫のごとく運びまして、ベル姫の隣にストンと置きました。
「ベル姫、紹介します。なんかカワイイ子ですわ」
「あら、ほんと。なんかカワイイ子ですね」
「びゃああああああ!」
王族を前にして悲鳴をあげる、なんかカワイイ子。
不敬を働いたので、マイナス1点です。
くすくす、とわたしは笑いましたが、師匠さんの目が怖かったです。
やめてさしあげろ、と。
まったく。
相変わらず小さくて可愛らしい少女に甘いんですから、師匠さんは。
このロリコン!




