~流麗! さぁ、逆襲を始めましょう~
翌日――
何事も変わらぬように朝をむかえ、窓の外を眺めました。
相変わらずの曇り空。
薄暗く分厚い雲は太陽を隠し続けていますので、そりゃこんなところに住む人間種は陰険になりますわよね、なんて思ってしまう。
雪が降っていないだけマシですが、これで魔法学院の結界のような雪除去の装置が無かったらと思うとゾっとしますわね。
もしかしたら夏まで寮から出られないような暮らしが待っていたかもしれません。
「う~……おはよぅ、プルクラ」
「はい、おはようございます。今日はお寝坊さんですわね、サティス」
「師匠とベルちゃんが抱き合ってる夢を見ちゃった……」
「悪夢ですわね」
「でも、あたしには怒る権利がない気がして、悩んでいる間に寝過ごしちゃった」
「怒る権利はありますわ」
ぼんやりしているサティスの着替えを手伝ってあげながら、わたしは言いました。
「乙女はいつだって自分本位になる権利があります。わがままを言っていいのですよ。カワイイ女の子の特権ですわ」
「嫌われない?」
「お利巧さんより、よっぽど魅力的ですわよ」
「そうかなぁ」
「だって、人はそれを『嫉妬』と呼びますもの」
「『理不尽』とも言うよ?」
「すべて『愛』で片付けてしまいましょう」
横暴だなぁ、とサティスは笑いました。
ちょっぴり元気が出てきたようで、良かったです。
ハイできました、とメイド服に着替えたサティスの背中をポンポンと叩く。
「あとでいっしょに師匠さんを殴りに行きましょう」
「結局は『暴力』なんだ」
ケラケラとサティスが笑いましたので、もう大丈夫でしょう。
「では、フラレットを連行しますわよ」
「はーい」
部屋を出てフラレットの部屋に入る。相変わらず鍵がかかっていないので、夜中に犯してやろうかしら、なんて思ってしまいますけど親方に免じてやめておきましょう。
「おはようございますッス……夢ッスかね……」
「あなたも夢を見ましたの?」
「パーロナ国の姫が来て、私の杖を絶賛してくださった夢ッス」
「現実を受け入れなさい」
寝ぐせを整えてあげながら、フラレットを食堂へ連行する。特に周囲に変化は見られないようで、いつもどおりでした。
つまり、さげすんだ視線と嘲笑が向かってくるばかり。
一夜にして逆転、とまではいかないようです。
「まずはこの状況を変えなければいけませんね」
「お昼までの辛抱だ」
ひとまず朝食をいつもどおり食べました。サティスも妨害されているようですが、所詮は普通のメイドから受ける嫌がらせ程度。回避するのは余裕そうです。
「それが余計に相手の神経を逆撫でるのですけどねぇ」
周囲の悪意のこもった視線がサティスに集まる。それを避けるでもなく睨み返すのでもなく、受け流していくサティス。
テーブルに頬杖を付いて観察しました。
行儀が悪い、と叱られるところですが。
残念ながらわたしを叱ってくれる人間種がぜんぜんいないんですのよね。
「フラレットは叱ってくださらないかしら」
「何を言ってるのかぜんぜん分からないッス……」
「ほら、わたしって叱られて喜ぶタイプじゃないですか」
「……マジで何を言っているのか分からないッス」
はぁ~、と肩をすくめて首を横に振りました。
「やはりこんなところに閉じこもっていたら人間種はダメになりますわね」
「プルクラを見てると、こんなところにいたほうがマシって思えてくるッスよ」
「素晴らしい返し。やはりフラレットは逸材ですわ。結婚しましょう。誓いのキスは今すぐ実行してもよろしくて?」
「イヤッス!」
そんな楽しい会話をしつつ朝食を食べ終えると寮へ戻りました。
「今日も閉じこもってるんですの?」
「……そうッスね」
「分かりました。たまには外の空気を吸ってくださいね」
分かったのか拒絶したのか、そんな曖昧な返事をしてからフラレットは自分の部屋へ入っていった。どちらにしろ、授業を受けるような雰囲気ではありませんわね。
鍵をかける音は相変わらずしなかったので、それが愛情表現だと思っておきましょう。
「つまり、夜這いを待っているわけですわね。やはりフラレットと結婚するしかありません」
「ぜったい違うから、やめてあげて」
半眼になったサティスのツッコミを甘んじて受けつつ、授業の準備。と言っても、サティスが全部やってくれるのですけどね。
「少し遅めがいいかしら」
「そうだね。そのほうがいいかも」
サティスは意地悪そうな顔を浮かべた。きっとわたしも似たような表情を浮かべているでしょう。
おっと、魔眼が発動しないように気をつけないといけませんわね。ほぼ役立たずの魅了の魔眼ですけど、金色の環は魔物種のようだ、と思われては大変です。
正解者を闇に飲み込まなくてはなりませんので。
見られないほうが良いでしょう。
寮の廊下に待機させていた眷属の蜘蛛で様子をうかがう。ぞろぞろと教室に移動しているようですわね。
おや、珍しくツンツン三角陰険眼鏡が廊下に立っていますわ。
「ふむ。ま、そろそろいいでしょうか」
「もう出発?」
「えぇ。では、行きますわよサティス」
「了解、プルクラ」
ハイタッチでパンと手を鳴らしてから部屋を出る。
廊下はすでに他の貴族の姿はなく、静まりつつある雰囲気。最奥からでは少々見えにくいですが、まだツンツン眼鏡が立っていますわね。
ところで名前なんでしたっけ?
覚える気がないというよりも、覚える価値がないので難しいところ。
是非とも、興味深く面白い人間種になって欲しいものです。
「おはようございます」
「おはようございます、プルクラ。あなたに注意があります」
「廊下を裸で歩いてはいけないことは知っていますわ」
「……大人しくしていなさい。それだけです」
「はぁ」
「いいですか。くれぐれも大人しくしていなさい。その汚らわしい口を閉じていなさい。いいですね」
「分かりました。美辞麗句を垂れる前に行動で示せ、ということですわね。口ばかりのあんぽんたんが多い魔法学院での行動原理としては理にかなっています。権力を誇るのではなく、己を誇れ。まさに教師として素晴らしい御言葉。このプルクラ、その言葉を胸に刻んでおきます。汚らわしい口を閉じろ、と」
「……どうなっても知りませんよ」
「問題ありませんわ。いいえ、問題は楽しむものですから。それから、あなたはすでに眼中から外れていますので」
「なにを――」
「王族の不興を買っておいて。いつまで管理人という立場に甘んじていられるかしら」
「――っ!」
フン、と鼻を鳴らしてツンツン眼鏡は寮の部屋へ入ってしまいました。バタン、と強く扉を閉めたことから相当気が立っていることでしょう。
「貴族が口喧嘩で負けたらダメでしょうに」
詭弁をまき散らすのが貴族の醍醐味だというのに、それを放棄するなんてもったいない。ベル姫との一件など、無かったように振る舞っていたのに。まったくもって戦い甲斐の無い人間種だこと。
「旧貴族文化では口先の上手さは重要ではないのでしょうか」
「キスが下手そうだね」
「アハハ! 上手いですわ、サティス。口先だけのキスをしてあげます」
「汚らわしいので上辺だけのキスなんてしないでください、プルクラお嬢様」
ますます上手。
ウチのサティスを見てください、こんなにもユーモアがあるんですのよ! かわいいでしょ、かわいいでしょ!
と、自慢したかったですけど、周囲に誰もいないので出来ませんでした。
残念。
ひとまず心の内で称賛しながら教室の並ぶ校舎へ移動しました。空模様は相変わらず最悪でまたしても吹雪いている様子ですが、雪はここまで届いてこず。
雪が積もることもないので、そのまま道を歩き校舎へ到着しますと……
「なかなか物々しい雰囲気になっていますわね」
廊下には点々と直立不動で並ぶ騎士がいました。
真白貴族の護衛騎士ではありません。なにせ、真白貴族の護衛騎士はせいぜい3人程度。ここまで連綿と定点的に護衛騎士を配置できるほど多くありませんし、各貴族同士で騎士の連携も有り得ません。
つまり、この騎士たちはたったひとりの持ち物となります。
「ごくろうさまです」
そんな護衛騎士――マトリチブス・ホックのひとりに声をかけますと、ニヤリ、と彼女は笑いました。しかし、すぐに顔を無表情に戻し護衛任務に戻る。
愛嬌があって、しかも訓練が行き届いています。
さすがパーロナ国の末っ子姫を守護する近衛騎士たちですわ。
素晴らしい。
「全員、わたしの物にしたい」
「不敬ですよ、プルクラお嬢様」
「師匠さんと結婚すれば、共有物にならないかしら。あなたも使えてよ、サティス」
「おぉ」
おぉ、じゃありません。ちゃんと否定なさい。
「……!」
あと、そこのマトリチブス・ホックの騎士も親指を立てて了承するんじゃありません。なんであなた達が師匠さんと結婚することを是としているのですか、もう。
いいんですか、わたしに使われても?
マジで夜の旦那さまとのあれこれをガッツリと見物してもらいますからね! 旦那さまが混じれと命令したら、いっしょに楽しまないといけないんですから――いえ、師匠さんに限ってそれはないですね。10歳くらいのマトリチブス・ホックがいたら命令するでしょうけど。
いえいえ、それはさすがにマジで可哀想なので、旦那さまを全力で止めるのが妻の役目でもありますわね。
いざとなったら半殺しにしてでも止めましょう。
そう思いました。
さて、教室の前に到着しましたが……
異常に静かですわね。
いつもならざわざわとそれなりに会話をする声や動いている物音などが聞こえるのですが、今日は静まり返っていました。
張り詰めた空気とはこのことでしょうか。
「ふふ」
思わず笑ってしまいます。
こういうシーンと静まり返っている場を無駄に破壊したくなること、ありますわよね?
はい。
では、静寂を破りましょう。
「おはようございます!」
ドアを、ぴしゃーんッ! と開けまして、大きな声で挨拶しました。
教室のすぐそばにいた近衛騎士が、ぶふっ、と吹き出したのは黙っておいてあげます。
「――……」
そんなわたしの挨拶は見事に空振りに終わりました。教室内では誰も彼もわたしを見るばかりで声ひとつ上がりません。
いつもなら嘲笑のひとつや侮蔑な視線が届くところですが……皆さん、いまは教室の周囲をうかがうような感じで戦々恐々としてらっしゃいますわね。
それもそのはず。
教室内にもマトリチブス・ホックが睨みを利かせるように待機してらっしゃいました。
騎士団長のマルカもいらっしゃいます。
そう。
つまり、すでにいらっしゃるわけですよ。
現状、この魔法学院で最高の地位を持つ者が。
教室の机の並びが変わっていました。今まであった机がすべて一段階づつ後ろへとズレています。そして、教壇の前に豪奢で大きな机が追加されていました。加えて、その椅子もまた真白貴族に負けず劣らず……いいえ、真白貴族の物より遥かに豪華絢爛と言えるほどの、まるで玉座のような椅子がありました。
そこに座っているのは制服ではなく、王族らしい美しいドレスを着た人物。
パーロナ国の末っ子姫。
ヴェルス・パーロナがおすまし顔で座っていました。
「あら。見かけない机と椅子がありますわね」
シンと静まり返る教室内で、わたしはワザとらしく声をあげました。冗談の類としては、最低の部類です。いいえ、最悪と言っても過言ではありません。
なにせ、貴族になったばかりの小娘が王族に対して、質の悪い冗談を言っているわけですから。
世が世なら、一族まとめて処刑です。
「……」
わたしの声に対して、いぶかしげな表情を浮かべるヴェルス・パーロナ。近くに待機している近衛騎士に加えて、オールバックの眼光鋭い従者がこちらを睨みつけてきました。
と、同時に後ろでサティスがオロオロとする。
「もしかして、わたしのために用意された席でしょうか。ふふ、日頃の行いの良さがようやく世界に通じたようです。では、ありがたく」
そのままわたしはお姫様のお膝の上に座りました。
教室内が一気にザワつき、少女の悲鳴すら聞こえました。
はい、処刑決定。おしまいおしまい。
そんな軽い感じではなく、皆さま連帯責任的な物を恐れているのでしょうかねぇ。
「きさまぁ!」
まぁ、それはともかく。
王族のお膝の上に座るなど冗談でも言語道断、というわけでマルカさんが普通に怒ってきました。
「止まりなさい、マルカ」
「しかし、姫さま」
「いいんです。だってプルクラちゃんは友達ですから」
わたしは、ふふん、と笑顔をつくり教室内を見渡しました。
そう。
これが本物のマウントというやつですわ!
「仲良しですものね~」
「ね~」
ほっぺをベル姫と合わせて、教室内にアピールするのでした。
皆さまの唖然とする顔。
それを見まわして、超満足できたのは言うまでもありません。