~流麗! お友達紹介~
隣室から響いてくる謎の打撃音。
ともすれば、攻撃にも思えますが――
「ご安心ください。単なる作業音ですわ」
「作業音?」
いぶかしげな表情でこちらを見るマルカ騎士。
気持ちは分かります。ベル姫への攻撃となるものはすべて抹殺しなければならないし、その攻撃をされる以前に止めないといけないのが、彼女たちの仕事です。
ですが作業は攻撃ではございません。
これは隣の部屋でフラレットが作業をしている音です。
なので、お隣のフラレットが攻撃されないうちに手早く説明してしまいます。
「これは『魔法の杖』を製作している娘が隣で作業しているだけですわ。こうやって騒音を立てますので、寮の最奥にされているのです。迷惑な貴族もいたものですわね」
肩をすくめてそう言いましたが……いぶかしげな目になったのはマルカ騎士ではなく師匠さんでした。
「……その隣にされているプルクラは何をやったんだ」
一瞬にすべてを理解するとは素晴らしいです!
さすがですわ、師匠さん。
その洞察力と推理力の鋭さ!
今だけはやめてほしかったです……
「こほん。師匠さんが何のことを言っているのか分かりませんわね。騒音に害はありませんが、このままでは会話もできません。ついでですのでご挨拶しておきましょう。フラレットはユリファ事件について味方になる上に、魔法の杖は核心的なアイテムです」
一応、師匠さんには『魔法の杖』の詳細を説明しておりますが。
それでも目の前で見ないかぎり、なかなか理解には及ばないと思います。なにせ、木の枝を通すだけで魔力効率が上がるなんて意味不明ですもの。
マジックアイテムでもなんでもないものが、どうしてそんな効果を発揮するのか。具体的な理論があるわけでもなく、ただただフラレットが作り出した物でしかない。
アーティファクトでも存在しないものを作り出す恐ろしさみたいなものもあります。
「少々うるさいですけど、いい子ですわよフラレットは」
必要のない報告をすべて省いていたので、騒音問題は言いませんでしたので。無用の混乱を招いた可能性はあります。
警戒されてしまっては可哀想なので、先に擁護しておきましょう。
「プルクラちゃん。魔法の杖とはなんですか?」
マジックアイテムでしょうか、と首を傾げるベル姫に適当に説明しつつ部屋を出ました。
そのまま隣のドア前へ移動するとノックする。
もちろん返事はない。
「失礼しますわよ」
ガンガンガン、と響いている音がドアを開けると余計に大きくなる。
一層と警戒する近衛騎士たちを見てから、中へ入ると――床に座って石を削っているフラレットがいました。
「フラレット! 遊びに来ましたわよー!」
削る音の隙間をぬって声をかける。
綿と木を使った耳栓をしてらっしゃいますので、大声を出さないと聞こえないのが面倒なところです。
「――あ、プルクラ。いま作業中ッスので、遊ぶのなら後に、いいいいいいいい!?」
作業中、知り合いに呼ばれて振り返ったら騎士団がいた。
そりゃ悲鳴にも似た声をあげてしまいますわよね。
しかも警戒するような視線付き。
今すぐ斬られてもおかしくない状況です。
「まぁ! 見たことない部屋の装飾ですね。ちょっと歩きにくくないですか?」
廊下からこちらを覗きながらベル姫が言う。
床には石や木の枝が無秩序に置かれていますからね。掃除という概念が行き届いたお姫様にとっては、新しくも斬新な部屋の装飾に見えているのかもしれません。
王城にある騎士団の宿舎ですら、こんなに汚れていませんものね。
そんなベル姫を常識がない、なんて笑うことは失礼です。
なにせ、フラレットが常識がありませんので。
「姫様はこちらでお待ちを。危険です」
「む。数々の冒険を乗り越え、エルフの森も歩いてきたのです。この程度、お城の階段よりも簡単です。ですが、危険な行為は許されませんね。はい、師匠さま」
んっ、とベル姫は両腕を広げる。
「……なんでしょうか、ヴェルス姫」
「抱っこです。従者ならば当然ですよ。ほら、主人に足場の悪いところを歩かせる気ですか?」
言ってる事とやってる事がまったく違うのですが。
しかし、さすが王族です。
ワガママな上に自分の欲望を忠実に叶えるとは。
「やはりあなたも天才でしたか」
師匠さんにお姫様抱っこされるお姫様を見て、わたしはつぶやきました。
「ベルちゃんいいなぁ。師匠ししょう、次あたしも」
「はいはい、後でな……いや、ダメか。しばらく我慢しててくれ」
「えぇ~」
そんなのんきなやり取りをしている間に、多少ショックから立ち直ったのか、フラレットが冷静に聞いてきました。
「プルクラ……いま、その人、ヴェルス姫って呼ばれてなかったッスか……」
「呼ばれていましたわ。ほらほら、早くご挨拶しませんと失礼にあたりますわよ」
ひぃ、と叫んだフラレットは慌てて立ち上がりカーテシーをしようとスカートを持ち上げようとしたところで両手にノミと石を持っていたので、ポイッと捨てる。
「お、は、初めましてッス――じゃなくて、初めましてです。フラレット・エンフィールドと申します!」
物凄い勢いで膝を曲げてカーテシーするフラレット。
惜しい。
勢い余ってスカートをめくりあげれば面白かったものを。師匠さんが大興奮するところが見たかったですが、残念ながら疑似的な持ち上げでした。
学院のスカート、元から短いので。もう少し、ふんわりとしたデザインでしたらたぶんイケましたのに。
もったいない。
「ご挨拶をありがとうございます。私はパーロナ国から参りましたヴェルス・パーロナと申します。このような高いところからの挨拶で失礼します」
お姫様抱っこを『高いところ』と表現するのは、マジでお姫様だけの特権ですわね。
「こちらの騎士は私の近衛騎士、マトリチブス・ホックです。消してフラレットには危害を加えないとお約束しますので、どうぞ肩の力を抜いてください」
「は、はいッス。あ、いえ、ハイ」
部屋の中を取り囲み、窓側へ移動して護衛を始める騎士たちに戦々恐々としたフラレット。
いくら安全と分かっていても、落ち着かないのは仕方がない。
「さて、フラレット。賭けはわたしの勝ちです」
「賭け……? 何の話ッスかプルクラ……」
「あら、お忘れですか。わたしの好きな人と再び会えるか会えないか、という勝負をしていたではありませんか。もしも会えたら、あなたの人生を丸ごとわたしの物とする。そういう勝負でしたわよ」
「絶対違うッス!」
チッ。
忘れていたのであれば、押しとおせるかと思いましたが。そう簡単には人間種の人生は手に入らないようです。ざんねん。
血を吸って眷属化するのでは趣が違いますからねぇ。
こう、不本意ながら人生をわたしに捧げている状態がベストです。
アンドロちゃんみたいな感じで。でもアンドロちゃんは自主的にわたしに人生を捧げてくださっていますので、あれもまたニュアンスがちょっと違いますけど。
「そんな約束をプルクラちゃんとしていたのですか。ダメですよ、フラレット。そんな簡単に人生を明け渡しては。結婚する旦那さまだけにしておくのが無難です。止めはしませんが」
「い、いえ、そんな約束してないッス――してないです」
「そうかしこまらずとも大丈夫です。気にしないで楽に話してください。私、言葉遣いが悪い程度で怒るような下らない主義は持っていませんので」
「……そ、そうッスか……あ、いや、できるだけ頑張りまス」
「ふふ、そうッスね」
くすくすと笑うヴェルス姫に呆気に取られるフラレットだが、はたと気付いたように慌ててベッドの上の石や木の枝をどける。
「ど、どうぞこちらへ座ってください」
「あら、ありがとうございます。師匠さま、おろしてくださいな」
「はい」
丁寧にお姫様をおろす師匠さん。
それを見ながらフラレットに紹介した。
「この超ステキでイケメンな殿方がわたしの好きな人です。名前をエラントと言いますが、いろいろな意味で『師匠』ですので、わたしは師匠さんと呼んでいます。将来を誓い合った仲ですの」
「許嫁というやつッスか……」
「いえ、愛人です」
「え?」
「ちなみにサティスが第一正妻です。そしてわたしが第一愛人。ヴェルス姫は第一夫人です」
「は?」
「嘘とか冗談だと思うでしょ? 全部マジですわ」
「へ?」
「あとエルフの森に可愛らしい男の子もいたので、彼を第一夫と認定したいところ。師匠さんのハーレムに、あなたも加わりませんか?」
「お断りするッス……」
いまいち覇気の無い断り方ですわね。
覇気の無い破棄。あ、いえ、なんでもないです。
「というわけで、師匠さん。以上のことがホントであることを証明してくださいな」
「なにが? どうやって?」
「サティス、師匠さんとキスしてください」
「はーい」
ぴょんぴょん、と部屋の中を跳ねるように移動して師匠さんに抱き付くサティス。避ければベル姫を押し潰してしまうタイミング。
上手い!
受け止めざるを得ない師匠さんは、仕方がない、という様子でサティスを受け止めました。
「はい、師匠。ちゅ~」
「むぅ」
師匠さんとサティスがキスをしました。あらあら、フラレットが真っ赤になって……いえ、フラレットだけでなくマトリチブス・ホックのうら若き乙女たちも真っ赤になってますわね。
それはそれでどうなんですの?
お姫様を狙う全裸男とかが襲ってきたらまともに戦えないんじゃないですか?
「次はわたしです。ほら、サティス。交代こうたい」
「はーい」
というわけで、入れ替わって師匠さんに飛びつきました。逃げようとしても無駄です。傀儡化で止めておきました。
ふっふっふ。
吸血鬼からは逃げられないのです。
「はい、ちゅ~」
「むぅ」
ぜんぜん納得いってない表情の師匠さんとちゅーする。無理やりしてるみたいで、ちょっぴり興奮しました。
「はい、証明完了です。次はベル姫ですわ」
「はい!」
待ってました、とお姫様は立ち上がりますが――
「ダメです!」
近衛騎士たちが殺到するように師匠さんとベル姫の間に立って止めてしまいました。むしろ師匠さんがどんどん部屋の外へ追いやられていく。
まぁ、わざと遠ざかっているんですけどね、師匠さん。
お姫様と合法的にキスできるチャンスだというのに。
意気地なし。
「なんでですか、なんでですかマルカ! 私だってフラレットに証拠を見せないといけないじゃないですか!」
「なんででも証拠もありません! 結婚前の姫が殿方とくちづけなど! ゆるされるはずがないでしょう!」
「ここなら誰も見ていませんわ!」
「私たちは空気とでもおっしゃるつもりですか、姫様!」
「いざとなれば空気に徹するのがマトリチブス・ホックでしょ」
「その『いざ』は今ではございません」
「あーん、私もキスしたかったー!」
哀れベル姫。
残念ながら実家から遠くはなれた地でも、簡単にキスは許されないようです。
「……プルクラ。あの子、ホントに姫なんスか?」
「間違いなくお姫様ですわよ。パーロナ国の末っ子姫。誰にでも〝フラット〟に付き合ってくださると有名です。噂通りのお姫様ですわ。良かったですわね、フラレット」
誰でも誰とでも仲良くなれる。
そんなお姫様。
フラット(平民)と付き合うには、これほど適したお姫様はいないでしょう。