表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

910/938

~流麗! 女子寮会議~

 ベル姫といっしょに女子寮まで来ました。

 ゾロゾロと近衛騎士やメイドといっしょに歩くと目立つものですが、意外と見物客はいないものですね。

 まぁ、決闘の時と違って今回は情報が出回る前ですし、相手は王族。わたしは知りませんでしたけど、他の方にとっては周知の事実かもしれませんし。

 知らなかったのはわたしだけ。

 つまり、〝羞恥〟の事実。


「うふ」

「どうかしました、プルクラちゃん?」

「ちょっとはずかしめを受けた気分になりまして。思わず笑ってしまいました」

「分かります」


 理解度が高いお姫様で助かります。

 さてさて、余計なことをせず大人しく移動しましょう。

 他の貴族はジロジロとベル姫を見るだけで不敬となってしまう可能性がありますし、大人しくしているようです。この分ですと、しばらくはわたしがお姫様と仲良しなのが露見しそうにありませんわね。


「ここが女子寮なのですね。私のお世話になっている邸宅と見た目は同じようです。こちらは随分と大きいのですね」

「ベル姫はひとりで使ってらっしゃるけど、こちらは女子全員で使っています。大きいのは当たり前ですわ」


 そういえばそうですね、とベル姫は苦笑した。


「ついつい、少人数を思い浮かべてしまいました」

「王族の悪い癖ですわね」

「反省ですね。もっと庶民の暮らしを把握せねば。そのためにも師匠さまとお付き合いするのが一番と思いますが、どう思われます?」


 くるり、と反転するように師匠さんに向き直るベル姫。

 隙あらば師匠さんに話しかけたいようです。


「ヴェルス姫。ここに住んでいるのは庶民ではなく貴族です」


 やんわりと訂正して誤魔化す師匠さん。

 くふふ、と笑ってそれを受け入れているところを見るに、わざと間違えておいたのでしょうか。なかなかやりますわね、ベル姫。


「では、さっそく入りましょう」


 ベル姫の言葉に合わせて師匠さんが前へ出て女子寮の玄関口である扉を開いた。マトリチブス・ホックの何人かが先に入り、安全を確保する。

 もちろん、この女子寮に危険な場所など存在しませんが。

 しかし――自殺者が確実にひとり出ていますからね。

 警戒しておいて損は無いでしょう。


「どうぞ、ヴェルス姫」

「ありがとうございます」


 師匠さんに対して頭を下げて入るベル姫ですが――


「あっ、違いますね」


 訂正してやり直した。

 少し戻って、何食わぬ顔で師匠さんの横を通り抜ける。

 今の師匠さんはベル姫の従者ですので、礼は不要。代わりにわたしがお礼を言っておきましょう。


「ありがとうございます」


 師匠さんは目礼して答えてくださいました。

 なんでしょう。

 ホントに他人行儀なので、ちょっと寂しいです。そのくせサティスとは視線を合わせたりして、ちょっと心と心が通じ合っている感じを見せつけてくださるのでズルい。


「プルクラちゃんのお部屋はどっちですか? 階段? それとも廊下?」

「廊下の、一番奥からふたつめの部屋です。でも先に陰険眼鏡……こほん、寮の管理者に挨拶されてはいかがでしょうか」

「挨拶なんていります?」


 わたしは何食わぬ顔で女子寮に入ってきている師匠さんに視線を向けた。

 ここ女子寮ですわよ。


「一応、殿方の入室を許可していただかないと。あとになってベル姫のお父さまにとんでもない報告をされるかもしれませんので」

「それは好都合――ではなく、困りますね。では管理者に挨拶しましょう」


 こほん、と咳払いで誤魔化すベル姫。

 既成事実を作るのはよろしいですけど、こんなところでは捻じ曲がって伝わる可能性がありますからね。

 下手をすれば『男子寮で遊んでいる』などと根も葉も無い話に花が咲いてしまうことだってあるのですから、気をつけないといけません。

 噂話と言えば……

 魔王領にいた頃には愚劣のストルティーチァが、自国の女性は全員ストルティーチァの所有物である、というルールを発令した、なんていう噂が届き驚いたものです。


「事実だ」


 と、答えた時には更に驚きましたけど。


「僕は女性全員を抱こうと思う。無論、男性も希望者を募ろう。君もどうだろうか、知恵のサピエンチェ」

「お断りします。そこまでして愚劣の名を体現しようとしなくてもいいのでは?」

「しかし、魔王さまに頂いた名だ。愚劣という名に相応しい魔物にならなくては」


 涼やかに狂っている発言だったので、思い出深いです。

 果たして、本当に全員抱いたのでしょうか。あと希望する男性はいたのか、気になるところです。

 もう愚劣のストルティーチァではなく、性交のストルティーチァを名乗ればいいと思います。


「では、挨拶を」


 コンコンコン、とメイドさんがドアをノックする。

 はい、と中から返事があるのを待ち、メイドさんはうやうやしくドアを開けた。


「何か御用で――」


 中で作業中だった陰険眼鏡がヒクッとしゃっくりのように喉を鳴らす。

 まぁ、驚くのも無理はありません。

 誰かが訪ねてきたと思ったらお姫様だった。

 そんなこと、英雄譚でしか見たことありませんもの。

 まさか自分の身に起こるなんて、男の子ならいざしらず、女性でそんなことを考えている者は少ないでしょう。


「突然申し訳ありません、管理者さま。ご挨拶とお願いに参りました」

「は、はい。少々お待ちを――い、いえ、どうぞこちらに」


 わたしには一切入室を許さなかったくせに、簡単に入れるんですのね。


「いえいえ、すぐに済みますので立ったままで大丈夫です」

「そう、ですか」

「はい。それでお願いというのはですね。私の従者にひとり殿方がいるのですけれども、彼といっしょに女子寮に立ち入る許可をいただければ、と思いまして」


 ちらり、とベル姫は師匠さんに視線を向ける。

 すでに入ってきているこの人ですよ、と陰険眼鏡に紹介した。


「どうぞ。ヴェルス・パーロナ姫の従者でしたら、何の問題もありません。その、案内をしますので――」

「いえいえ、それには及びませんわ。友達の部屋に遊びに来ただけですので」

「友達……?」


 この学院に友達なんているはずがない。

 そんな表情を浮かべる陰険眼鏡ですが、気持ちは分かります。

 だって、学院内にベル姫がいるなんてひとつも気付けなかったわたしですから。こんな近くにいるのに今まで関係性のひとつも示していなかったので、疑問に思うのも無理はない。


「プルクラちゃんです。実は学院に来る前から仲良しなんです」

「実は仲良しなんです」


 というわけで、陰険眼鏡の前でベル姫と抱き付いてみせた。

 ほっぺたを合わせて、ニヤニヤと陰険眼鏡を見上げる。

 こんなことをしても護衛の近衛騎士が動かないほどの仲ですよ、と見せつけることで嘘ではなく事実として証明してみせました。

 まぁ、普通の王族にこんなことをしたらその場で首を落とされてもおかしくないですけどね。

 末っ子姫だからこそ許される愚行でしょうか。

 お友達バンザイです。


「な、なぜ……どうしてプルクラが……」

「王族のパーティに出席することもありましたので。その時に仲良くなったのです。でもまさか学院にいるなんて思ってもみなくて。気付いたときには本当に驚きましたわ」

「し、しかし、その娘はヴェルス・パーロナ姫の品位には似つかわしくない――」

「あら」


 スン、とベル姫は表情を消してみせる。

 面白くない、という感情をありありと見せて、そのまま陰険眼鏡を無視して廊下を進み始めた。


「ごきげんよう」


 仕方ありませんので、わたしが代わりにご挨拶をしておきました。

 もちろん、にっこりと愛想よく笑って。


「あっ……」


 陰険眼鏡は何か言おうとしましたが、言葉は続きません。

 なにせ、何もかも手遅れですから。

 王族の友人をけなす。

 陰口ならば問題ありませんが、本人の前でよくも言えたものです。『お姫様』が機嫌を損ねてしまうのも当たり前というもの。

 スタスタと進むベル姫を慌てて騎士たちが追い、護衛する。

 わたしは少し小走りでベル姫の隣まで移動すると、満足そうなお姫様の表情を見ました。


「王族らしい振る舞いもできましたのね」

「む。プルクラちゃんはちょっと私をバカにしすぎです。これでも本物のお姫様なんですから、王族らしい振る舞いはできて当たり前です」

「ふふ。では、お姫様らしくないベル姫しか知らないわたしは、本当の友人ということで良いでしょうか」

「当たり前です。プルクラちゃんとサティスちゃんはお友達です。いいえ、親友です」

「師匠さんは?」

「ラブです」


 ふたりして歩きながら後ろを振り返る。

 女子寮という男子禁制の区域にちょっぴりそわそわしながら付いてきていた師匠さんと視線があって、ふたりでニヤニヤとした。


「ヴェルス姫、プルクラさま、危ないので前を向いて歩いてください」

「それは命令ですか、師匠さま? それともお願いです?」

「注意です」


 ちぇ~、とくちびるを尖らせるお姫様。先ほどの冷たい表情が嘘のようです。さてさて、そんな楽しいやりとりをしている間にわたしの部屋に到着しました。


「こちらがわたしの部屋です。狭いですので、意識をしっかり持ってください」

「え、それほど狭いのですか?」

「驚かれるかと思って」


 サティスにドアを開けてもらって中へと入る。続いて騎士たちが先に入ってきて窓際を確認し、その前へと立った。

 それからベル姫が入ってきて、中をきょろきょろと見渡す。


「思ったより狭くないじゃないですか。もっとこう、息をするのも窮屈な部屋かと思っていました」

「これでも貴族ですから」


 ある程度の人数が入ると、窮屈さを感じるのは確か。

 というわけで、師匠さんとマトリチブス・ホックとメイドさんが数人入って、あとは外で待機となった。

 パタン、と扉が閉まったところで、ほへ~、と師匠さんとサティスが息を吐く。


「王族の前で緩んだ息を吐けるとは。師匠さんもサティスも、首を刎ねられてもおかしくはないですわね」


 くすくすと笑うと、ベル姫も笑う。


「そんなことしません。大昔の王様ではないのですから」

「この学院では、それが通じますよ」


 そうなんですのよね~、とお姫様は嘆息する。


「いったい、いつの時代だと思っているのでしょうか。というよりも、外から入ってくる貴族生徒のほうが多いというのに、どうしてここまで旧来の意識となってしまうのでしょう?」

「恐らく、大人の仕業ですわ」

「大人?」

「先ほどのツンツン陰険三角眼鏡のように、この学院から『卒業』できていない者ばかりのようです。魔法学園で育ち、魔法学園に残った者たち。本当の意味で、外の世界を知らないのですわ」

「なるほど」


 困ったものですね、とベル姫は肩をすくめる。


「加えて、ここに放り込まれる子ども達が望まれていない存在であることも大きいでしょう」

「高貴なる牢獄、でしたか。隠し子や命を狙われている子が多いらしいですけど、どうして旧貴族文化に染まってしまうのです?」

「染まってしまうというより、そうなってしまう、が正しいと思いますよ。彼ら、彼女たちは貴族ですけど、本来の貴族とは違う扱いをされる。疎まれたり隠されたりしているのですから、扱いが別になるのも無理はありません。だからこそ、自ら『貴族』になろうとする。高貴なる血を演じようとする。いわゆる『貴族ごっこ』がしたいのですわ」


 どこか物語染みた『貴族らしい貴族』というものは、やはり旧貴族文化を踏襲したものとなります。

 自分たちを貴族と誇示するあまり、分かりやすい貴族という姿を演じているのでしょう。


「でもでも、プルクラ。それだったら下級貴族の人たちがいるのおかしくならない? 同じ貴族なのに、虐げられてるっていうのかな? まるで平民みたいな扱いだよ」


 この部屋だって、とサティスが指し示すのはわたしの部屋。平民の部屋にしては大きいですが、貴族の部屋と考えると狭い。


「ですから、貴族ごっこなのです。わざと上級、中級、下級、という存在もしない区分を作り出し、明白に色分けする。つまり、王族、貴族、平民を作り出しているのです。真白が王で、真紅が貴族、黒紺が平民と言った具合ですわ。それだと貴族ごっこができるでしょう?」


 確かに、とサティスはうなづいた。


「ユリファはその犠牲となった、ということか?」


 師匠さんの言葉に、わたしは眉根を寄せました。


「それが分からないんですのよね。ユリファは上級貴族でした。つまり、王族として扱われていたはずです。それなのにイジメを受けていたという目撃情報があります」


 真白の制服が泥にまみれていたそうですし、貴族男からは娼婦と呼ばれていた。

 これがイジメでなかったら、なんだというのか。

 少なくとも階級制度の犠牲者とは思えません。


「ベルちゃんはイジメられると思う?」

「私ですか。いいえ、自分で言うのもなんですが皆さまから愛されてると思います。マルカもそう思ってくださいますよね?」

「もちろんです。嫌々仕える者はマトリチブス・ホックにはひとりもいません。全員、誇りを持って姫様にお仕えしております」

「では、私の陰口を聞いたことはありますか?」


 マトリチブス・ホックの騎士たちは首を横に振った。

 そんな中でひとりのメイドさんが手をあげる。ものすごい勇気ですわね。


「私、姫様の陰口を聞きました」

「非常に興味深いです。どこのどなたでしょうか」

「姫様の両親です。あの子、本当に大丈夫かしら……と、お母さまが心配してらっしゃるところへお父さまが、少し頭が弱いかもしれん、と笑っておられました。それを聞いて、お母さまも釣られて笑ってらっしゃいましたよ」

「お父さまお母さま!」


 ぐぅ、とベル姫が拳を握りしめる。陰口は陰口ですが、その怒りのぶつけどころが無くて歯を食いしばるしかない状態でした。哀れですわね。


「とりあえずヴェルス姫の陰口は置いておいて……プルクラ、ユリファへの認識として『誰とでも気安い』というのが無かったか?」

「ありましたわ、師匠さん。ぽややん、とした娘であり黒紺の下級貴族にも声をかけてくださる、とぽっちゃり少年が言ってました」


 リッツガンド・タンカーを師匠さんに紹介する。入手した情報は教えておりましたが、詳しい人物紹介はまだでしたので。


「そういえば彼もイジメられてましたわね。理由は少し鈍そうな子、ということでしょうけど。もしやユリファに声をかけられていたから嫉妬された、とかでしょうか?」

「その理由かは分からないが、ユリファがイジメられた理由は、むしろ声をかけたから、じゃないか」

「と、言いますと?」

「貴族ごっこに参加しなかったからだ。上級貴族でありながら下級貴族に声をかけた。つまり、王族が平民と気安く会話するという、この世界の常識を破壊するものだった。だからユリファという存在を否定しなければいけない。よって、イジメという形になった」


 なるほど。

 上級貴族なだけに徹底的に無視するわけにもいかず、分かりやすいイジメという形で、その存在そのものをおとしめたわけですね。

 それによって、世界のルールを守った、というところでしょうか。


「では、ユリファはイジメを苦に自殺した、と?」


 ベル姫の言葉に、わたしは自分の印象を言葉にする。


「どうにも、その部分に引っかかるものがあります。ユリファは穏やかな性格だった、と言いますし、泥まみれになっても泣いていなかった、という目撃証言もあります。穏やかながらも強い子だったのではないでしょうか。現状ではイジメを苦に自殺した、と言える状況ですけれども。そもそもベル姫。あなた、窓から飛び降りて自殺できますか?」

「私ですか? 飛び降り自殺をしようと思うのなら、勇気を出して飛び降りれるのではないでしょうか」

「いいえ、恐らく無理ですわ」

「どうしてでしょうか?」

「あなたを守ってくださる素晴らしい騎士団がいるからです」


 マトリチブス・ホックの皆さんがうなづきました。

 飛び降りようと思っても、絶対に騎士たちが阻止する。

 自殺しようと思っても自殺することすら許されない。

 それが王族という立場でもあるはず。

 上級貴族たるユリファも同じだと推測できます。


「そもそも護衛騎士とメイドが姿を消しているのが気になるのです。単なる自殺ではないことは明白ですわ」


 確かに、と全員がうなづいたところで――ガンガンガン! と隣の部屋から音がしました。


「襲撃か!?」


 慌ただしくなる近衛騎士たちですが、大丈夫です。


「そうですね。そろそろ、お隣さんを落としますか」


 ユリファと同じくイジメられている娘。

 フラレット・エンフィールドに話を聞いてみるのが、良い頃合いでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ