~卑劣! 盗賊スキル『変装』(物理)~
次にルーシャに案内してもらったのは、そこそこ高級な衣服などを扱う店。
どちらかというと、庶民的な方ではあるのだが貴族が着る豪奢なものではなく、あくまで一般人の手の届く範囲の店。
という絶妙なニュアンスの注文に、果たしてルーシャは答えてくれた。
「良く知っているものだな」
「いえ。こういう店のまわりは、その……お金持ちの人が多いので……」
なるほど。
おこぼれが貰いやすい、というわけか。
あながち、みすぼらしい髪や服は、ワザとやっている演出なのかもしれない。そのメリットとデメリットを天秤にかければ、まぁデメリットに傾いてしまうが。
小さい子どもだからこそ取れる方法なのかもしれないな。
俺がやったとしても同情は買えないだろう。
子どもだからこそ有効な手だ。
「ここでは俺の服を買う。ルーシャは、そうだな……奴隷みたいな立場を演じてくれ」
「は、はい、分かりましたご主人様」
「よろしい」
即座に呼称が変えられる。つまり、臨機応変に機転が利く、ということだ。
やはり、見所はあるようだ。
策に組み込んでも使えるだろう。
そんなルーシャの猫耳頭を撫でてやり店のドアを開ける。カランコロンと鳴るドアベルも、どことなく高級な気がした。
「いらっしゃいませ。失礼ですが、ここは旅人さまのような方が――」
「いや、旅人は今日で廃業だ。この街で商売を始める。使用人、もしくはメイドを派遣する仕事だ。それなりの立場に見えるように見繕ってくれるか」
近づいてきた男に、俺は有無を言わさず早口でまくしたて、一方的にチップを握らせた。
ちなみに金額は銀貨一枚。
ま、チップと考えれば破格の値段だろう。
「失礼しました旦那さま。すぐに用意しますが……なにかご希望はありますでしょうか?」
「商人といえばハッタリだろ? こんな俺でも立派に見えるようにしてくれれば何の問題もないさ。それとも難しい注文かな?」
「いいえ。可能でございますよ、旦那さま」
ニヤリと笑った俺に対して、男はニヤリと笑う。
商人といえばハッタリ、と言われて怒るのではなく共感してくれたようだ。
盗賊スキル『みやぶる』。
対象の弱点を看破したり情報を得るスキルだが……まぁ、こういう具合に使うのも悪くはない。
店員は厳格な男だが、どことなく隙があるように思えた。それは悪い隙ではなく、『遊び』と表現できる隙。
時にそれをユーモアと表現することがある。
そこを突いてみたのだが、上手くいったようだ。
もちろん、チップ有りきの話だろうけど。
俺と店員の会話を聞いていたルーシャは大人しく待っていたが、内心は穏やかじゃなさそうだ。
見る限り店内は豪奢な装飾品や、明るく照らす照明ランプなど雰囲気は抜群に良い。
ちょっとでも汚そうものなら怒号と弁償が待っている。
奴隷少女は肩を縮こませているしかないだろう。
それに優しく声をかけてやりたいものだが……
今は我慢だな。
主人と奴隷の関係など、一方的なものだ。時に奴隷がメイドや使用人に代わることもあるが、勘違いしたご主人様は見るに耐えられん。
そんな風には成りたくないものだが、それでも最低限は演じないといけない。
「お待たせしました旦那さま。こちらなどいかがでしょうか?」
男が持ってきたのは、執事らしいシックな黒い服だ。
もっとも――ホンモノの執事服とは違って、あくまでそれっぽいだけ。
まぁハッタリには充分だろう。
出来栄えは腐っても高級品。あとは俺次第、というやつだ。
「ありがとう。着替える場所はあるかな?」
「はい、こちらへ。お付きの方もごいっしょにどうぞ」
「は、はは、はい!」
ルーシャは呼ばれると思っていなかったのだろう。
慌てて返事をして、後ろをトコトコと付いてきた。
店員にちょっとした個室に案内され、俺とルーシャは中に入る。
アレかな……ルーシャのことは本気でお付きの奴隷とかそう思ってるんだろうか?
俺が着替えもひとりで出来ないような貴族に見えたとは思えないが……
まぁ、いいか。
「――」
俺は静かに、と口に人差し指を当てて合図する。
ルーシャはうんうんとうなづいた。
まさか本当に着替えを手伝ってもらう訳にもいかないので、手早く自分で着替えを済ませる。
あまりに早すぎると不審に思われるかもしれないので、少しばかり時間を置く。まぁ、その間にルーシャへのフォローとして、よくやった、と頭で撫でていたのだが。
緊張が解けたのか、ふにゃり、とルーシャの表情がやわらいだところで行動に移ろう。
個室にあった大きな姿見の鏡で自分を確認すると――
「ふむ。悪くない。どうだい、ルーシャ?」
「はい。とってもお似合いでステキです、ご主人様」
よろしい、と俺は彼女の頭を撫でてやる。
いわゆる店員への合図だ。
本当の確認ではない。
「着替え終わりましたでしょうか?」
と、目論見通り声が聞こえたらしく、店員が最終チェックにやってきた。
「ふむ……丈はピッタリですが、少々のズレが気になりますね。仕立て直しもできますが、いかがなさいましょう?」
「いや、問題ないだろう。さすがの目利きだ。サイズまで合わせてくるとは……これがプロの仕事というものか。あやかりたいものだな」
「いえいえ。偶然ですよ、旦那さま」
「謙遜を。何かあれば後からでもいいかな?」
「えぇ。いつでもおいでくださいませ」
店員は深く頭を下げた。
「あ。よろしければ来ていた服はこちらで処分しておきましょうか?」
「――ふむ。いや、今まで旅をしてきた相棒だ。愛着があるし、せめて自分で処分するよ。ルーシャ、持ってくれ」
「はい、ご主人様」
まさか捨てられるわけにもいくまい。
ちなみに聖骸布は見えないように胴に巻き付けておいた。
サラシ、みたいな感じで。
聖骸布というだけに、ラビアンさまの遺体を包んだ布なので本来の使い方に近いのだが……どうにも居心地が悪い。
アレかな。
遺体を包むもの、だからかな。
死を暗示してそうで、ちょっと怖い。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
店員にお金を払って、俺とルーシャは店を出た。
無事に、しかも手早く、そこそこの衣服を買うことができたな。
これもルーシャのおかげだ。
「ふぅ……緊張するな。ルーシャは大丈夫だったか?」
「つ、疲れました……はぁ~」
まぁ、上出来じょうでき。
俺はルーシャから服を受け取ろうとしたが、彼女は持ちます、と主張した。
本当の奴隷を演じる方が楽なのかもしれないが――
「まだ案内があるぞ。もう一軒だ」
「つ、次はどこですか? できれば普通のお店がいいのですが……」
「メイド服を買う。ルーシャ、キミをメイドにするぞ」
「は、はぁ……ボクがメイドですか。えっと、本当にご主人様になるんですか?」
「逆だな。俺じゃなく、キミがホンモノのメイドになるんだ」
「ボクが?」
あぁ、と俺はうなづいてルーシャに案内をうながした。
少年のような姿をした少女メイド。
さぁ、これで喰いつかなければ嘘になるよな。
待ってろ、イヒト領主の娘さまよ。
あなたに最高のプレゼントを用意してやろうじゃないか。




