~流麗! 失格の言い渡し~
まるで玉座のような豪華絢爛な椅子に座る金髪紅眼のお姫様。
その冷ややかな視線が、わたしを見下すように睨みつけてきました。
虫を見るような嫌悪の視線ではなく、相手を人間と分かった上で興味を示すことはない、とでも言うかのような、冷たい瞳でした。
「そなたがプルクラ・ルティア・クルスか」
薄く綺麗にほどこされた化粧。その唇を割って、静かな声が響く。
「はい――」
そう答えたのですが……お姫様にはまるで届かなかったような雰囲気。
返答があったのはお姫様の後ろに立つオールバックで鋭い視線をこちらに向けていた従者のひとりでした。
「王族の御前である。頭が高い」
「失礼しました」
わたしはそう返事をして、片膝をついて座る……って、この制服のスカートはそれなりに短いのでぱんつ丸見えになるんですけど。
どうしたらいいんですの?
え、むしろ見せつける感じ?
しかし、それも失礼ですわよね。というか、膝を付くことをひとつも考慮してないデザインの制服ですね、これ。
さすが貴族しかいない学院ですわ。王族がいることをまるで想定していません。
仕方ありませんので、ちょっと太ももを閉じる感じでごまかしますか。
サティスはどうするのでしょう、と思ったけど。メイド衣装はスカートが長いですから、気にせず両膝を床に付いている状態ですね。
う~む。
やはりぱんつが見えてしまいますわね。
なんでわたしだけ恥辱をさらすことになっているのでしょう。
むしろウェルカムですけど。
「我が護衛騎士がそなたに失礼をしたらしい。それは事実か」
お姫様が問いかける。
わたしは床を見たまま答えました。
「いいえ。わたしが勘違いで護衛騎士さまに声をかけてしまったのです。知り合いと見間違えてしまいました」
「ほぅ。では、そなたの犯したミスということで良いのか? こちらに非が無いということでかまわぬのだな」
はい、とわたしは肯定する。
「そなたは正直者だな。それとも王族に媚びでも売っておるのかな」
「いいえ。いいえ、ヴェルス・パーロナ姫さま。わたしは愚直なだけです。媚びを売るのなら、護衛騎士さまが悪いことにしますわ」
「おや。それでは私にどんな補償を求めるのだ? お金か、それても貴族としての地位向上か」
わたしは、いいえ、と答えながら顔をあげる。
「お友達になってください。そう願いますわ」
そんなわたしの視線を受けて、お姫様の視線はすぅーっと細くなる。
「残念だ。その願いは聞き届けられぬ」
そしてにっこりと笑った。
「だって、もうお友達ですもの」
ふふ、と笑って空気が弛緩したのが分かる。
「一度やってみたかったのです。王族ごっこ。どうでしたどうでした?」
「どうして本物の王族がごっこ遊びをするのですか、ベル姫。師匠さんもノリノリで大臣ポジションをやってるじゃないですか」
後ろで控えていたオールバックのカッコイイ従者風の師匠さんが髪を撫でつけながら答える。
「一度は経験しておいたほうがいいだろう」
良い経験となった、と師匠さんは腕を組んで噛みしめるようにうなづいた。
この魔法学院でいる間は、さっきみたいな後方従者っぷりでいるのかしら。オールバックにしていますし、冷酷な印象を受けますわね。
「師匠~、わーい師匠だ~」
サティスはのんきに師匠さんに抱き付こうとしましたが……ベル姫が止めました。
「ダメですよ、パルちゃん。今は私の従者なのですから」
「え~! じゃぁ許可をください。あと、今はパルヴァスじゃなくてサティスだよ」
「おっとそうでした。ではサティス、師匠さまに抱き付く許可を与えます」
「わーい」
というわけで、サティスは無事に師匠さんに抱き付くのでした。
「ではわたしにも許可をください」
「はい。プルクラにも抱き付く許可を与えます」
「ありがとうございます」
というわけで、サティスといっしょに師匠さんに抱き付きました。
冷酷でクールな変装をしていますが。
口元がひくひくと動いていますわね、師匠さん。喜びが漏れ出ています。変装失敗です。腰が引けています。引いてしまっている理由を知りたいところです。
うひひひひ。
どんなにクールで冷酷な変装をしていても、カワイイ女の子に一発でやられてしまう師匠さん。
そんなダメな師匠さんが好き。
初対面のパルにブラフで負けた理由が分かります。
「ベルちゃんは抱き付かなくていいの?」
「ふっふっふ。今は私の従者ですので、あとでたっぷりと楽しみます」
抱き付くのではなく、楽しむ、と答えるお姫様。
さすが王族ですわ。
師匠さんと何をするつもりなのでしょうか。何をして、何をさせるつもりなのでしょうか。
これは眷属をこっそりと仕込んでおいて、覗き見をする価値がありますわね。
うふふふふうふふふふふふふ。
さて――
一通り再会の挨拶を済んだところで師匠さんからの御言葉です。
師匠さんの前にわたしとサティスが並びました。
「おまえら、失格」
「はい」
「あう」
ですよね~。
「この距離にヴェルス姫がいるというのに、気付かないとはどういうことか」
「つい、調べものに関係ないものと……調査を怠りました」
「あたしも、こっちまで調べに来なかったので……」
「言い訳無用」
「はい」
「あう」
久しぶりに叱られてますので、サティスの落ち込みっぷりがすごい。
「待ってください師匠さん。サティスは悪くありません。ここではメイドの行動がかなり制限されておりますので、やはりわたしの責任ですわ。全面的にわたしが悪いので、ここはわたしだけに罰を与えてください」
ふむ、と師匠さんは一応考えてるフリはしてくださいました。
お優しいこと。
わたしだけの責任にすることができるかもしれませんね。がんばりますよ、サティス。
「プルクラの言いたいことも分かる。だが、プルクラに助言するのも仲間の役目だ。そこにサティスの責任もある。アドバイスや相談、報告、それを怠った事実はくつがえせない。というわけで、ふたりとも失格だ」
「あう」
「あう」
擁護できませんでした。
いっしょに叱られましょう、サティス。
「師匠さま」
「なんですか、ヴェルス姫」
あらベル姫。
もしかしてわたし達をかばってくれるのでしょうか。
さすがわたしの『お友達』。
いいえ、今日からあなたは『親友』で――
「私もいっしょに叱ってください」
「ちょっと意味分からないんで、黙っててもらっていいですか?」
「あう」
すいません、お姫様。今日から『他人』に格下げさせてもらってもよろしい?
というわけで3人で師匠さんに叱られました。
なぜベル姫もいっしょになって注意を受けているのか、サッパリ意味が分かりませんが。
でも、嬉しそうなので良しとしましょう。
「うふふ。私もディスペクトゥスのプリンチピッサですので」
仲間の一員となりたかったみたいです。
王族のくせに盗賊に成り下がるとは見上げた心意気ですわ。
「――というわけだ。盗賊というもの、視野を広く保つというのは、なにも視界だけの話ではない。意識も重要であり、無関係と決めつけないこと。分かったか?」
「はい」
「はーい」
「分かりました」
三者三様の返事をしたところで、師匠さんはよろしいとうなづく。
滅多にお説教をしない師匠さんですが、お説教時間が短いところがいいですわね。まぁ、お説教というよりは、盗賊修行のレクチャーのように思えますけど。
「ほら、サティス。そんなに落ち込むな。ここまでは失格だが、ここから先は合格にしていけばいい。大丈夫だ。まだまだできるだろ?」
「はい……師匠、ぎゅーして」
「いいぞ」
師匠さんが優しくサティスを抱きしめてらっしゃいますが、今度は腰が引けていません。ポンポンと背中を優しく叩いている様子は、愛を感じますわね。
こればっかりは邪魔するわけにはいきませんので、わたしもベル姫も見守りましょう。
「で、どうしてベル姫はこんな所にいらっしゃるの? まさか国王から捨てられまして?」
「捨てられたのでしたら、こんな所にいませんよプルクラちゃん。真っ先に師匠さまに嫁入りしています。むしろ逆ですね。勉強熱心な親に特別授業を受けて来い、みたいな感じで飛ばされてしまいました」
飛ばされた、というのは文字通り転移させられたのでしょう。
「神官になったから?」
サティスの言葉に、そうです、とベル姫は答える。
「光の精霊女王ラビアンさまからお声をいただき、神官魔法を使えるようになりました。そこでお父さまはしっかりと魔法の何たるかを学んで来い、と魔法学院に入学を決めてしまって。わたしとしてはパーロナ国王都の神殿でお祈り程度で良かったと思うんですけど、そうもいかないみたいで……」
はぁ~、とベル姫はため息混じり。
「そうもいかないって、どうして?」
「王族で精霊女王さまや神さまに御声を頂けるのは、相当に珍しいみたいです。貴族でも早々とないものですから、歴史書に確実に名前が残るみたいで。パーロナ国の歴史書には確実に私の名前が残ることが決定しました。ほら、プルクラちゃんも授業を受けているのなら分かりますよね。あの歴史の教書に載っているやつです」
「分かりません」
「え、あれ? プルクラちゃん授業は受けてないんですか?」
「ぼ~っとしててテストが来るごとに居残りしていますわ」
あ、師匠さんの視線が怖い。
なにやってんだおまえ、という視線が怖いです。
むしろ、痛い。いたたたた。
あ、あ、あ、もっと!
もっと見てくださいまし!
「ま、まぁ、とにかく。パーロナ国の歴史書に名前が残ってしまうのは確実なので、魔法のお勉強をしてこい、と。特別授業を先生方にしてもらっています。覚えることが多くて大変です」
詰め込み授業のようで、授業内容は相当先に進んでいるようですね。
奥に見える教書の山がそれを物語っています。
お可哀想に。
「あとは、実際に神官としての心構えと言いますか、魔法に慣れておくのも大事だと言われました。王族の神官魔法は、神の奇跡に加えて、それこそ王からの施しと捉えられますので。無闇にやたらと使用しないように、みたいな心構えみたいなものも教えられています」
「ベルちゃん、エルフの森で連発してなかった?」
「マインドダウンするまで連発しました。施し、しまくりです」
施された周囲のマトリチブス・ホックたちに動揺が走ったのが少し面白かったです。
「価値が下がってしまうわけですわね。安いお姫様ですわ」
「これでも『末っ子姫』ですからね。もともと安いのですから、気にしませんのに」
本人の意思とは裏腹に。
そうも言っていられないのが、王族の困ったところ、でしょうか。
もっとも。
旧貴族文化より、よっぽどマシな気がしますけどね。
「姫様、ご自分を卑下なさらないでください」
黙って聞いていた近衛騎士のひとりが注意する。騎士団長のマルカでしたか。ここでは皆さま騎士甲冑を装備しておりませんので、誰が誰か識別しやすくていいですわね。
まぁ、あんまり交流してない人の名前なんてまったく覚えられませんが。
「卑下しているつもりはありませんが……ですが、私が下がるとマトリチブス・ホックも下がってしまいますし、気をつけないといけませんね。あ、最初の演技はどうでした? 王族っぽかったでしょうか?」
こちらを見下す視線でしょうか。
「上手くできてたよ。さすが王族って思った」
「ふふ、やりました。師匠さまにお願いして、『変装』のコツをご教授いただきました。これで私も立派な盗賊ギルドの一員ですね」
「プリンチピッサは、立派なギルド員だよ」
「そう言っていただけると嬉しいですわ、サティスちゃん」
えへへ~、とふたりは手を繋ぎ合って喜んでいる。
仲良しなのはいいことですわ。
ホント、このまま三人で師匠さんと結婚できないかしら。
とてもしあわせになれるに決まっていますのに。
「それで、ベル姫。わたし達の仕事内容は把握しているのかしら」
「はい、報告を聞いております。ユリファ・ルツアーノの真相を確かめること、ですね。師匠さまが合流するという連絡を受けた際に少しだけ聞いていたのと、先ほど師匠さまより詳細を聞かせていただけておりますので、把握できました」
わたしは師匠さんに視線を向ける。
その視線を受けて、師匠さんはうなづきました。
「では、ヴェルス姫」
「今は私もディスペクトゥスの一員です。どうぞプリンチピッサと呼んでくださいな、ギルドマスターさま」
「そ、そうか。ではプリンチピッサ。君にユリファに関する調査依頼を手伝ってくれることを期待する。援助してもらえるだろうか」
「お任せください。このプリンチピッサ、命に替えましても誠心誠意、お手伝いすることを誓いますわ」
そう嬉しそうに答えたベル姫ですが……
「姫様、重いです。もうちょっと軽めの返答をお願いします」
マルカ騎士にダメ出しされました。
「あれぇ~、ダメですか?」
「王族が簡単に命を賭けないでください」
「分かりました。では私の処女を捧げまして――」
「姫様!」
「冗談です、冗談ですぅ。いえ、本音ではあるんですけどね。だってだって、師匠さまが私の従者なんですよなんですよ!? こんなチャンス、二度と無いんですから!」
あぁ、ダメですわこの姫様。
だいぶ舞い上がっていらっしゃいますので、ちょっと冷まさないとダメそうです。
魔王領の境界にある林に吊り下げておけば。
それなりに冷えるかしらね。