~流麗! 冷静冷酷の冷たい視線~
ヴェルス・パーロナ。
パーロナ国の末っ子姫。
盗賊ギルド『ディスペクトゥス』のプリンチピッサ。
つまり、わたしのお友達。
ベル姫が魔法学院にいたのでした。
そして、師匠さんがベル姫の従者として学院にやってきました。
「くっ」
そしてなにより。
ベル姫がこんなにも近くにいたのに、まったく気付けなかったアホのわたしが、ここにいます。
『はい、集合!』
というわけで、サティスの傀儡化を高めて意識を繋げる。
サティスを緊急招集です!
『やだ』
『ぶっ殺しますわよ、我が愛すべきメイドさま』
なんで断れるんですか、もう!
『いま食事中だもん』
『あ、はい。早く食べて寮の部屋へ戻ってきてください』
はーい、という返事を聞いて傀儡化を解除する。
まぁ、食事中なら仕方ありませんわね。食いしん坊っていうより、食に関してトラウマ持ちというか、なんというか。
下手をすれば、今でも生ゴミでも喜んで食べてしまうっていうのが悲しいところです。
いつか、ゴミをゴミとして認識できるようになれば、幸いですわ。
なんて思いつつ、マゼラ・ブラーフマーに挨拶をしてから寮の部屋へと戻る。
しばらく待っていると、急いだ雰囲気など欠片もただよわせず、のんびりとサティスが戻ってきた。
わたしより、よっぽど優雅な振る舞いに思えます。
「さすが盗賊ですわね。メイドとして素晴らしい『変装』です」
貴族は走らない、ということですが、その従者もまた優雅であれ。
さすがサティス。
超一流の『変装』というわけですね。
「え、あ、うん」
なぜか視線をそらす小娘。
「……素でしたのね」
「違うよ?」
「ちょっとは急ぎなさい!」
サティスの口に指を突っ込んで両側へと引っ張った。
「いひゃい、いひゃい!」
「お腹いっぱいになって油断してたでしょ、小娘が。いつかお腹がつっかえて、お尻丸出しで壁の穴にでも埋まるといいわ」
「そんな特殊な状況にならないもん!」
「今すぐ実行してさしあげますわ」
パチンと指を鳴らして影の壁を作り出す。サティスのお腹あたりで拘束するようにして、持ち上げた。
お尻を突き出したような形になり、ジタバタと手足を動かすサティス。
おーっほっほっほっほ!
「ざまぁないわね!」
「うわぁん、ちょっとマジで抜けないけど!? ごめん、ごめんってば~!」
「このまま後ろから突っ込んでもよろしくてよ?」
ほらほら、逃げてみなさい~。と、サティスのおしりをメイドスカートの上からなでなでしてあげました。
「ホントにやったら、師匠がブチギレるよ。ぜったいに許してもらえないんだからね、プルクラお嬢様」
「……そうですわね。やめておきましょう」
影を解除して、サティスを解放する。ストン、とそのまま着地すると何事もなかったかのように立ち上がるメイド。
「さて、報告があります」
「なぁに?」
「師匠さんが学院にやってきました」
「どうしてそれを先に言わないの!?」
「緊急的に集合させたでしょうが!」
掴みかかってくるサティスの手を止め、ガッシリとホールドしました。今回は全面的にわたしが正しいので、力でねじ伏せます。
「いたたたたたた!? ごめんなさい!」
「分かればよろしい。ん~、ちゅぅ」
「ぎゃぁ! キスするなー!」
「顔が近いと、つい」
「キスするのは師匠とだけにしてよぅ」
「え~」
これほど効率よく嬉しさと気持ち良さと満たされる充足感を味わえるというのに。師匠さんとだけするなんて、もったいない。
「アンドロさんともしてたわけ?」
「アンドロは、大切な部下ですから。というか、ちゅーしたらたぶん嫌われてました……」
あ~、とサティスも納得する。
真面目なのはいいですけど、冗談が通じないのは厳しい。いえ、ジョークの類はちゃんと認識していましたし、談笑などはできるんですけど。あんまり乗ってくれないのがアンドロちゃんの弱点ですわよね~。
もっとも。
アンドロちゃんがもっと楽しい性格をしていたら、支配者生活に飽きることがなかったので、わたしは人間領に逃げることもなかったでしょう。
真面目でありがとうございます、アンドロ。
「魔王サマは?」
「無理むり。たぶんちゅーしたら笑いながら殺されそうです。まぁ、ちゅーする前に近づくのも至難ですけど」
ま、そんなことより――
「ヴェルス・パーロナについてです」
「ベルちゃん?」
えぇ、とわたしはうなづきました。
「あなた、まったく報告してこなかったけど、知ってましたの?」
「なにが?」
「ベル姫、いますわよ」
「どこに?」
「ここに」
「うぞぉっ!?」
なんですか、うぞ、って。
驚き過ぎにも程があるでしょ。
「その様子だと、サティスも気付いてなかったんですのね」
「だ、だだ、だって誰もそんなことひとつも言ってなかったし、校舎にはいなかったよね? え? え? マジで?」
「マジですわ。どうやら王族用の別邸があるらしく、そこで授業を受けてらっしゃいます。師匠さんはその従者として来られたみたいで、オールバックにした従者服でカッコ良かったですわ」
「ズルい。あたしも見たい~」
「あとでたっぷりと見れますわよ。なんなら、あなたもベル姫のメイドになってらっしゃい」
そんなわけにもいかないよ、と話してるとコンコンコンとドアがノックされました。
サティスと顔を見合わせてから、こほん、と咳払いをひとつ。
気合いを入れなおしてお嬢様モードをオンにする。
「どうぞ」
中から声をかけると、失礼します、と扉があいた。
「プルクラ・ルティア・クルス殿の部屋でお間違いないでしょうか」
扉を開けたのはルーラン・ドホネツク。
先ほど出会ったにも関わらず、まるで初対面のような振る舞いですが――まぁ、貴族と王族のルールというか文化というか。
それを生真面目にこなしているのでしょう。
「我が主、ヴェルス・パーロナがお呼びです。至急、準備を整えてください」
「分かりました。サティス、準備を」
「えっと、何を準備したらいいの?」
「……さぁ?」
分からないので、わたしとサティスはルーランを見た。
ルーランも首を傾げる。
アホ3人が集まっても、この世に何も生み出せないことが証明された気分です。
「手土産も準備できませんし、手ぶらでいいでしょうか」
「たぶん」
堂々と曖昧に答えるルーラン。
ベル姫の教育より、この娘の教育を第一にしないといけないと思いました。頑張りなさいよ、マトリチブス・ホック。
ま、それはともかく。
「準備ができました」
「では、付いてきてください」
サティスと共に部屋を出ると、先行するルーランに付いていく。途中、何人かの貴族に見られましたが、なにやらヒソヒソとこちらを見てなにか言われている様子。
わたしが嘲笑されるのはまぁいいですけど。
ルーランもいるのですが、大丈夫でしょうか?
それってベル姫も嘲笑されることになりません?
まぁ、わたしは皆さんがどうなろうと知ったことではありませんが。
ルーランに付いていくと、校舎を過ぎて男子寮も過ぎて、建設中の神殿が見えてきました。
この前に見たときより、かなり完成に近づいてますわね。
さすがドワーフの皆さんです。
「あ」
「どしたん、プルクラお嬢様」
「まだお外ですわよ。口の聞き方に注意しなさい、サティス」
「はーい。で、どしたん?」
改めなさいってば。
まぁ誰も聞いてませんし、いいけど。
「この先のあそこ。あそこに護衛騎士が守っている建物がありますわよね」
「あ、うん。もしかして、あそこにベルちゃんがいるの?」
サティスが聞くと、ルーランは前を向きながら、そうです、と答えた。
「わたし、あそこを調査する寸前でやめました。あの時、もう少し続けていれば……」
見てたのに。
見てはいたのにぃ。
ユリファの件には全然無関係だと思って、こっち側の調査を打ち切っていましたわね。
大失敗です。
「はぁ」
と、ため息をついている間にも別邸と呼ばれた建物に到着しました。
造りは他の建物と同じで、石を積まれた外壁をしています。窓は少なく、中の様子は外からではほとんど分かりません。
二階建てで、長方形。近づけば近づくほど武骨な外観ではあるので、ここに王族がいるだなんてまったくイメージができないのは仕方ないこと……と、言い訳なんかしたら盗賊失格ですわね。
まぁ、わたしは盗賊ギルドのメンバーではあるのですが、盗賊ではないので。ほら、戦闘では騎士とか戦士ポジションの前衛ですし、盾役ですので。はい。
なんて自分に言い訳をしている間に到着しました。
「ご苦労様、ルーラン。お待ちしておりました、プルクラお嬢様、サティスさま。どうぞ、お入りください」
入口を守っていたマトリチブス・ホックの騎士が扉を開けてくださる。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから中へと入りました。
他の建物と同じく、やはり中は木製の壁や床が張られていて、温かい空気を感じる。玄関口にはすぐに階段があり、二階へ向かうことができるようです。
階段にはカーペットが敷かれていますが、一階の奥へと進む廊下にはカーペットは無し。
ということは、ベル姫は二階で過ごしているわけですわね。
予想通りルーランは階段を上っていく。
後ろに続きながら建物内を観察しますが……そこまで派手な装飾や調度品があるわけではなく、質素な感じではあります。
まぁ、ここで永遠と暮らすわけではありませんし、そもそも客人を迎えることもないと思いますので、見栄を張る必要もない、という判断でしょう。
どうせ貴族と交流するつもりはありませんし、訪れるのは授業しに来る教師だけですからね。
「こちらです」
二階へあがりすぐに扉の前でルーランは頭を下げて案内を終えた。
そのまま扉の反対側へ下がり、護衛の任務に戻る。
扉の両側にはマトリチブス・ホックの騎士がふたり、警護をしていて視線と表情でにっこりと挨拶してくださった。
わたしは少しだけ目礼する。
すると、わたしの代わりに騎士のひとりが扉の前に立ち、ノックをしてくださいました。
少しだけ待ち、中からどうぞと聞こえると騎士は扉を開く。ふわり、と中から何やら甘い香りがしてきました。
「失礼します」
部屋に入り、頭を下げる。
そして顔をあげると――
「ようこそ。プルクラ・ルティア・クルス」
まるで玉座のような絢爛豪華な椅子に、偉そうにふんぞり返りながら見下すような視線を向けてくる金髪紅眼のお姫様がいたのでした。
冷酷な瞳。
まるでこちらを見下すような視線ですが、それはお姫様だけでなくその後ろからも感じます。
「……」
師匠さんです。
オールバックに幅の狭い眼鏡。その奥から鋭く冷たい視線を、こちらに向けてくるのでした。