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~流麗! 師匠さんと合流……いえ、それよりも!~

 貴族とは走らず、優雅に歩くもの。

 それは護衛騎士にも対応するのかどうかは分かりませんが、魔法学院で走って移動する騎士という姿は非常に気になるもの。


「モンスターでも侵入したのでしょうか」


 昼食をサティスにお任せして、わたしは騎士を追って魔法学院の入口である最初に訪れた建物付近へとやってきた。

 今日は雪は降っていませんが、やはり春とは思えない風景。特に魔法学院の外は雪が溶ける様子もなく、岩山の風景は白く染まっていました。


「ん~……?」


 その風景になんとなく違和感がありましたが。

 上手く言語化できない。


「なんでしょう?」


 絶妙に気になる……牙がウズウズとして、なにかに噛みつきたいけど、その噛みつくものがなくって自分の腕をガジガジするしかないような……そんな気分です。


「血が吸いたいのかしら」


 なんらかのモンスター避けの効果でも働いていて、それがわたしの吸血鬼的な部分に反応しているのでしょうか。

 まぁ、イライラする程度でもありませんし、しばらく違和感を楽しみましょうか。


「それよりも、です」


 今は騎士の行方を探しましょう。


「と言っても……どこにも見当たりませんね」


 もしかして脱走が目的だったのでしょうか。

 この雪が降り積もるような岩山で、あんな軽装で山を下るなど自殺行為にも思えますが。騎士なら、それくらいのサバイバル訓練を積んでいるので大丈夫、という思い上がりかもしれませんね。

 脱走したのなら、わざわざ追いかける必要もありませんが……


「う~ん」


 さて、どうしたものか。


「おや」


 魔法学院の入口とも言える場所から外を眺めていると、後ろから声がかかった。


「どうしたんだい、プルクラお嬢様」


 受付から女子寮まで案内してくださったマゼラ・ブラーフマーですわね。ドワーフの女性で、スコップを持っている姿が似合いますが……なんでスコップ? いえ、シャベルというのでしたか。

 え~っと、魔王領ではこの大きさをスコップと呼んでいますが、人間領ではシャベルと呼ぶそうで。ドワーフの身長くらいはある大型のシャベル、いえ、スコップ……ええい、ややこしい! わたしがスコップと言えばスコップなんです!


「ごきげんようマゼラさま」

「よしとくれ『さま』だなんて」


 苦笑するマゼラにわたしは微笑みつつ、聞いてみた。


「そのスコップは何に使うんですの? 死体でも埋めました?」

「お墓はこっちではないよ」


 ……いや、お墓があるんですのね。冗談みたいに言いましたが、あんまり良い表情ではないところを見るに、実際に墓穴を掘ったことがありそうですわね。

 ユリファの墓穴でしょうか。

 そういえば、ユリファの遺体はどうなったのでしょう?

 やはり、この魔法学院に埋められたと考えるのが普通でしょうか。もしくは、証拠隠滅に魔王領に投げ捨てたか。


「おっと、怖がらせたかい。冗談だよ、お嬢様」

「いえ、わたしが死んだら魔王領に投げ捨てて欲しいな、と思っていただけです」

「お墓はちゃんと作ってあげるから安心しなよ。魔王領に行くなんて、とんでもない」


 マゼラは、驚くような悲しむような、そんな表情でわたしの背中をトントンと叩いた。

 相当に思い悩んでいるように見えたのかしら。

 ま、いいですけど。


「それで、マゼラ。スコップで何を掘っていましたの?」

「あぁ、もうすぐ春だろう? 花を植える準備をしていたのさ。殺風景より、花があるほうがよっぽどマシだからね」


 受付建物の裏手に花壇があるらしい。

 冬になると雪で埋もれてしまうそうで、毎年それを掘り起こして作り直しているそうだ。


「綺麗な花が咲くのが楽しみですわ。ところで先ほど騎士の方がこちらに走ってこられたのを見かけて気になったのですが。なにかありまして?」

「あぁ、魔物が出たのかと思ったのかい? 安心しなお嬢様。なんでもないよ」

「お客様でも来まして? 大貴族の視察とか」

「そんな物好きがいるのなら見てみたいものだね。単なる人員補充みたいなものさ」


 人員補充。

 つまり、新人ですね。

 配置換えという時期はとうに過ぎているでしょうから、外部から新しく来たと考えるのが普通です。

 ということは――師匠さん!

 この新しく来た人物が師匠さんに違いありません。

 やりました!

 これでラブラブタイムの始まりです。

 離れていた時間が長ければ長いほど盛り上がること間違いなし。今夜、勢い余ってベッドインしてそのまま結婚しハッピーエンドを迎えても問題はひとつもありませんわね!


「その方はどこにいるのでしょうか? ご挨拶しませんと」

「あぁ……それはちょっと無理かもしれないねぇ」


 マゼラは少し困ったような表情を浮かべた。


「あら、どうしてですの?」

「やんごとなき、と言えばいいのかねぇ。私なんかがおいそれと口を聞いてもらえるかどうか。お嬢様もあんまり近づかないほうがいいかも」


 ほっぺに手を当てるマゼラ。

 可愛らしい姿ですが、恋に悩む乙女ではなく、夕飯のメニューを考えるお母さん、という感じです。


「そんなに偉い人なのですか」

「まぁねぇ……この魔法学院が始まって以来の、かもしれないねぇ」


 なにやら扱いに困っている様子。

 学院始まって以来……もしかして師匠さんってば『勇者』を利用したのでしょうか。よくよく考えれば、魔法学院は魔王領のお隣ですものね。ここを拠点に魔王領を攻略する、とでも言えば、協力してくださる可能性が高いです。

 まぁ、こんな岩山をのぼらないといけないのが一苦労ですが。あと、魔王領からこっちに戻ってこられないというのもネックですけど。

 それでも定期的に支援物資を魔王領に送ることは可能でしょう。ポーションとか、お鍋にいれて魔王領に向かって投げ込めば、なんとかお届けできるかもしれませんし。ここは魔法学院ですから、落下速度を緩める魔法は何人か使えそうです。

 お鍋にいれたポーションがふんわり落ちてくる。

 めちゃくちゃ不敬な光景なので、神官ブチギレ案件かもしれませんが。

 こういうのを背に腹は変えられない、と言うんでしたっけ。確か倭の国ではなく、日出ずる国での言葉ですわよね。

 勇者という存在はそこまでナイガシロにされてないとは思っておりましたが……それでも、わりと放置されている概念かと思っています。それは度重なる失敗が影響しているのでしょう。応援はするけど支援はしない。個人としては支援するが、国としては応援しない。そんな感じでしょうか。

 ですがこの魔法学院は旧貴族文化が根強く残っています。勇者に対しての意識が、現代のものではなく、過去のものであるとするならば――大貴族以上の待遇があってもおかしくはありません。

 それこそ、マゼラが建物を追い出されてしまう程度には超重要人物として師匠さんが扱われていてもおかしくはないでしょう。

 くっくっく。

 では、わたしはそんな勇者パーティの一員だった師匠さんの愛妾として、この魔法学院に女王として君臨すれば――

 と思ったところで受付建物の扉が開きました。

 早速、師匠さんに会えますぅ。


「む」


 と、思ったら最初に出てきたのは騎士の方でした。

 黒く長い髪には所々に青色が混じっている。身長はそれほど高くなく、わたしと同じくらい。種族は獣耳種であり、丸みを帯びた可愛らしい耳が頭の上にありました。そして、ふんわりとしたしっぽがある。

 甲冑は装備しておらず、無機質でシンプルなロングソードとその鞘。


「……む。なんですかあなた」


 ギロリ、とその騎士がこちらを睨んできました。

「どこかで見たことあると思ったら……あなた、ルーラン・ドツクぞホネではありませんか」


「ドホネツクです。いえ、なぜ私の名を!? さては貴様、敵か!」


 いきなり抜刀しようとするルーラン・ドホネツクですが。

 扉から出てきた男の人がスパコーンと頭を叩かれました。


「なにをしているのですか、ルーラン」


 オールバックにした髪にぴっしりと整えられた従者服。仕立ての良さはそれこそ触らずとも分かってしまう程度には見事なものです。オシャレは足元から、という言葉に偽り無き革靴もまた高級そうであり、その男の人が見下ろしてくる瞳には幅の狭い眼鏡をかけてらっしゃいました。


「――」


 はい。

 イケメンに変装した師匠さんです。

 思わず告白しそうになりましたが、寸前のところで言葉を飲み込んだわたしを誰か褒めてください。いえ、もうこの際、魔王さまでいいので褒めてください。魔王さまをぶっ殺すために頑張ってる師匠さんってこんなイケメンなのによくぞ告白する愛の言葉を飲み込みましたね知恵のサピエンチェって言ってください! 言って! 言ってくださいまし!

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!


「失礼しましたお嬢様。我がパーロナ国の護衛騎士『マトリチブス・ホック』の教育が不足しているようで、気分を害したかと思います。しかるに、後ほど謝罪の機会を与えてくだされば嬉しく思います」


 うやうやしい言葉ですが……師匠さんの言葉になにひとつ感情が含まれていないような冷たさを感じます。

 冷酷でクールな冷たい視線。

 ゾクゾクしますわ!

 しかし、これが王族から見る旧貴族の扱い、なのでしょうか。侮蔑を含む、というよりも無関係でありたい、と願うような冷たさ。

 王族関係者であれば、それこそ下級貴族よりも立場も地位も上と言えます。見事な『変装』っぷりですわ師匠さん。


「では、失礼します。ルーラン、案内を」

「ハッ!」


 一礼もせずにスタスタと歩いて行くルーランと師匠さん。

 あぁ~、行ってしまわれました。

 はぁ……

 ……


「ん?」


 ……は?

 え、ルーラン?

 ルーラン・ドホネツク?

 え~っと……

 ルーランがいるってことは、マトリチブス・ホックがいるってことですわよね。

 マトリチブス・ホックがいるってことは――


「ヴェルス・パーロナがいるってことですの!?」


 わたしは思わず声を荒げてしまいました。

 聞いてませんよ!?

 ベル姫が魔法学院にいるんですの!?


「知らなかったのかい、プルクラお嬢様」


 胸を撫でおろしているマゼラが声をかけてきた。


「知らないも何も、え、え、え? だって教室に……えぇ~……?」

「そりゃ王族の姫がいっしょに授業なんか受けるわけないじゃないか。寮も別。学院にある別邸で授業を受けているそうだよ。お姫様がやってくるとなって、そりゃもう準備から何から大変だったんだから」

「はぁ……」

「さっき騎士の方に怒られそうだったけど、大丈夫かい? あんまり近づかないほうがいいよ。ピリピリしてるようだしねぇ」


 いえ、あのルーラン騎士はアホの子なので、ピリピリしているみたいに見えるだけで、あんまり何も考えてませんわよ。

 なんて説明するとややこしくなりそうなので止めておきました。

 それはともかく――


「ベル姫がいるんですのねぇ」


 こんなに近くにいたというのに。

 お互いに気付かないものなんですのねぇ……

 はぁ……

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姫何やってんスか……
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