~流麗! 人間種強度が下がってしまうから~
ほんの少しですが情報が集まってきました。
というわけで、師匠さんに報告。
『――ふむ。上級貴族ではあるが、敬われる存在ではなかった……ということか』
『まるでわたしのようですわ』
『……ルビーはアンドロに任せきりだったのが悪いのでは?』
『領民との関係は、支配者と支配される者ではなく。わたしはお友達になりたかったのです』
立派な心掛けだが……う~む……と、師匠さんが腕を組んで悩んでいるのが何となく分かりました。傀儡化って素晴らしいですね。
師匠さんが悩まれるのも分かります。
支配地域のトップとお友達。そんな関係になってしまいますと、いざという時に言う事を聞いてくださらない可能性があります。
いわゆる『舐められる』というやつですわね。
わたし、別に舐められても平気なタイプですが。これを蛇蝎の如く嫌う者の多いこと多いこと。
師匠さんは、舐められても平気なタイプのようで嬉しいです。
いっしょにペロペロされる仲でいたいものですわ。
『それで師匠さんはそろそろ来られますの? 待ちくたびれてそろそろ支配者として魔法学院に君臨しそうなのですが』
『是非ともやめてくれ。ちょっとした伝手が見つかったからな。そっちで調整してる』
『商人路線は止めですか』
すまんな、と師匠さんは謝りました。
別に謝らなくてもいいのですが、大量に女性用の可愛らしい下着を売りに来る商人のおじさん、というのを見たくないか、と言われれば見たいに決まってますので残念です。
しかも、それが師匠さんですのよ?
絶対見たいでしょ。
たぶん、女性貴族に物凄く微妙な顔をされるに決まっています。
絶対見たい!
少女たちに侮蔑の表情で見られて悲しんでる師匠さんを見たい!
『なにか他に報告があるのか?』
『いいえ、なにも』
こほん、としなくても良い咳払いでごまかしておきました。
『では、師匠さんを迎えるに当たって、こちらから動く必要は何もありませんのね』
『……ふむ。そうだな。特に気にしないで普段通りに生活しておいてくれ』
分かりました、と傀儡化を解除。
ふぅ、と息を吐くとサティスがじ~っとわたしを見ていました。
「なんですか? 改めてわたしの美しさにビビり散らかしているのでしょうか?」
「プルクラお嬢様ばっかり師匠とお話しててズルい。あたしも話したいよぅ」
「では吸血鬼化させましょう。はい、首をお出しになって」
「……ごめん」
くすくす、と笑ってわたしはベッドに座ったまま、ぽんぽん、と自分の膝を叩きました。
「なにそれ?」
「後ろから抱きしめてあげますので、お膝に座ってくださいな」
はーい、とサティスはわたしの膝に座りましたが……
「なんかイメージと違いましたわ。わたしの想像では、こう、サティスを包み込んで頭を撫でてあげられるような感じだったのですけど」
ほぼ身長が変わらないせいか、思いっ切り座られてしまっているだけ、という印象です。
「どんだけ自分を大人の女だと思ってるのさ、ちんちくりんお嬢様」
「せめて『プルクラ』に掛けた名前でお呼びなさいな」
とりあえず、サティスの頭を撫でておく。
「よしよし。もうすぐ師匠さんが来られるようですので、存分に甘えなさいな」
「ホント?」
「えぇ。商人ではなく伝手を利用するそうです。さすが師匠さんですわね」
「商人だとすぐに帰らないと怪しまれるから、別の方法を取ったのかも。でも残念だなぁ」
「あら、何が残念ですの?」
師匠さんが来てくださるっていうのに。
「もしも師匠が商人でこっそりと滞在するのなら、プルクラお嬢様はどこに師匠をかくまう?」
「そりゃぁ、この部屋……この部屋ですわね」
「そう。師匠をあたし達の部屋に閉じ込めておく。みたいな」
わたしとサティスは、うふふふふふ、と笑いました。
師匠さんのお世話はすべてわたし達でします。食事やお風呂など、わたしの許可がないと不可能な状態になってしまいますし、こそこそと外に出ることも難しいでしょう。
なにせ女子寮ですので。ちょっとでも見つかってしまえば、男性である師匠さんでは大騒ぎになってしまうのは明白です。
「実に惜しいですわね」
「あたし、師匠を女装させたかった」
「あなた天才って呼ばれてません!?」
「えへへ~。プルクラお嬢様には言ってもらえる」
という感じで師匠さんについて一通り盛り上がりました。
さてさて――
師匠さんと合流する前にもう少し情報を集めたいところですが……
「そうもいかない現状ですわね」
教室の一番後ろの端っこで、わたしは頬杖を付きました。
決闘を終えてからというもの、まさに『空気』という扱いでしょうか。
そうでなくとも、虫を見るような視線だけで、有効的な物はひとつもありません。人間種扱いではなく、動いて喋るだけの存在みたいな感じに思われていそうです。
お隣の席の6歳くらいの女の子なんて、こちらを恐怖の視線で見ているではありませんか。
「お友達になれそうでしたのに。ねぇ?」
「ひゃ!?」
気まぐれに声をかければ悲鳴をあげられる始末。
まだ授業が始まっていないので良かったですわ。
「ゴミが口を利いてるな」
真紅の貴族男がそんな発言を微妙に聞こえるように言うと、くすくすと笑う声が教室内に響く。
あらあら。
どうやら、無視をするのに飽きている人間種がいるようですわね。何故あの決闘結果を見たあとにわたしを見下せるのでしょうか。
それともフラレットの『魔法の杖』があったから、わたしが勝てたと思っているのでしょうか。
まぁ、それでしたらぜんぜんオッケーです。
フラレットの地位が上がりますので、せいぜい甘んじて小馬鹿にされておくとしましょう。
「……」
お隣の6歳ちゃんはチラチラとこちらを見てくださるので、にっこりと笑っておく。
たぶん、謝罪の感じですし。
本来ならこの子が序列最下位だったのですよね。それを考えると、わたしの受けているこの感じをこの6歳ちゃんが受けることになっていたと考えると、ちょっと泣きそうです。
同じ教室内の新入生はユリファに関係ないので、無視するべきなのですが。
この子だけでも、他にお友達を見つけてあげないと。
ホントにかわいそうなので。
あと6歳は師匠さんのゾーンから外れていますので安全です。さすがの師匠さんでも6歳に手を出すような鬼畜ではないはずですし、これはもうロリコンではなくペドフィリアの領域です。赤ちゃんに欲情するようなものです。別物です。
「あと4年経っていたら助けてあげられなかったかもしれません」
「? ?」
首を傾げる6歳ちゃんににっこりと笑いかけたところで授業開始のベルが鳴りました。
さてさて、今日も退屈な授業です。
テストが無いことを祈りつつ――ぼ~っとしてましょうか。
これでもわたし、心を殺すことは得意ですもの。
四天王会議とか超退屈でしたので、真面目に聞いているフリをして何にも考えてなかったので、アスオくんに思いっ切り怒られたりしました。
「無を体得しました。今ならアスオくんに勝てますわよ。無の境地です」
「今は会議中で大事な話をしているんだ。真面目にやれ」
「あ、はい」
どこが『乱暴』のアスオェイローなのか。魔王さまに問い詰めたい気持ちになりましたが、わたしは『知恵』のサピエンチェですので何にも言えない気分になったのを覚えてます。
「プルクラ・ルティア・クルス。居残りだ」
「あ、はい」
アスオくんのことを考えてたらテストで0点を取ってしまいました。
今度会ったら、アスオくんを一発殴ろうと思います。
堂々とディファス教師が宣言するものですから、くすくすと貴族の皆さんに笑われてるじゃないですか、もう。
こういうのはこっそり伝えるのが、配慮というものではないでしょうか。
わたし、そういう機微は自分の支配領でちゃんとしていましたわよ? 部下を叱るときは、裏でこっそり。
もちろん、褒めるときはみんなの前で、です。
アンドロちゃんもしっかり受け継いでくださってますので、我がサピエンチェ領はみんな仲良しなのです。えっへん。
「はぁ~」
授業が終わり、従者やメイド、護衛騎士が入ってくる。机の上の荷物を片付けて、続々と教室から出ていった。
お隣の6歳ちゃんは、少しだけこちらを気にかけてくださるようですが……メイドにたしなめられて、そのまま教室を出て行きましたね。
う~む。
どちらかというと、あのメイドが悪いのかもしれません。
そう考えているとサティスがやってきましたが……またしても居残りだと分かると白い目でこちらを見てきました。あのメイドより酷い視線ですわ。
ついでにディファス教師もやってきました。メイドよりよっぽどマシな視線を向けてくださいます。さすが先生。生徒思いで素晴らしいです。
「プルクラ・ルティア・クルスは、私の仕事を邪魔するのが喜びなのかね」
テスト用紙を再び渡され、教書を見ながら答えなさい。と居残り内容が伝えられた。
「そんな他人を見下して喜ぶような特殊な性癖はしておりません。どちらかというと、自分がひどい目にあうのが喜びです。今のように」
「それに他人を巻き込まないで欲しいものだ」
「申し訳ありません。あと、ひとつお訪ねしても良いでしょうか?」
「授業内容かね」
「ぜんぜん関係ありませんわ」
ディファス教師はワザとらしいため息を吐き出されて、どうぞ、とうながした。
「隣の席の少女ちゃんとお友達になりたいのですが。どうすれば良いでしょう」
「……推奨しかねるな」
「あら、どうしてですの?」
「君の立場はとても危うい。その状況で、彼女と近づけば……彼女も巻き込んでしまう。君は攻撃を跳ねのける力を持っているが、あのお嬢様は持っていない。それが答えだ」
「では、あの子のメイドがわたしを邪険にしているのは、あの子を守るため、でしょうか」
「趣味と実益を兼ねているのだろう」
「ひどい答えですわ、ディファス教師」
さっさとやりたまえ、と言われましたので教書とにらめっこ。サティスは後ろで待っていただくことにして、さっさと答えを埋めてしまいましょう。
「居残りを待つのって時間の超無駄ムダですよね、プルクラお嬢様」
「うるさいですわよ、私の愛しいメイド。邪魔するのでしたら、先にごはんでも食べてきなさい」
「いいの? はーい」
……ホントに出て行ってしまったので、思わずディファス教師とサティスを見送ってしまった。
「貴族が個性的ならメイドも個性的になるようだ。君が上級貴族でなくて良かったよ。個性的な護衛騎士が加わったら、手に負えない」
「ディファス教師。皮肉ならもうちょっと分かりにくく仰ったほうがよろしいですわよ」
「伝わらないと意味がないではないか」
そのとおりですので、ぐぅの音も出ませんでした。
むぐぐ。
仕方ありません。
さっさと終わらせましょうか。テストの問題文を読みつつ教書とにらめっこ。昔の貴族の名前なんて覚えても意味ないでしょうに。魔法理論を教えてください、魔法の理論を。
わたしにも使える基礎の魔法を教えてください。
と、心の中で叫びつつ終わらせました。
「終わりました」
「ふむ……よろしい。君は優秀なのか愚か者なのか、分からないな」
「なまけもの、ですわよ。それではごきげんよう、ディファス教師」
ディファス教師の返事を聞きつつ、自分でインクとペンをかたずけて教室を出る。すっかりと静かになってしまっていて、居残りをしているのはわたしだけのようです。
フラレットは今日もサボタージュでしょうか。
いっそのこと、わたしも授業に出るのをやめても問題はないのでしょうけど……とりあえず、それは師匠さんと合流してからですわね。
いろいろと情報をすり合わせて判断をあおぎましょう。
「ん?」
校舎の廊下にある数少ない窓から外が見えるのですが……なにやら走っていく騎士の姿がありました。
なにやら急いでいる様子。
向かう方角は……魔法学院の入口かしら。それとも最初に訪れた受付みたいなカウンターがある建物かもしれません。
「なにかあったのでしょうか」
走っている、ということは何かしら不測の事態と考えられます。
『サティス。ちょっと何か起こってるみたいですので、わたしの昼食はいりません。良かったら食べておいてください』
サティスの、やった、という返事を聞きつつ、外へ出る。
さてさて。
何が起こったのやら。
ユリファに繋がる『不測の事態』であればいいのですが。
とにかく、先ほどの護衛騎士を追いかけてみましょう。




