~流麗! 淑女的色仕掛け~
サロン。
いわゆる上流階級の交流の場所、とでも言いましょうか。一般的な家には決して存在しない優雅な応接室。
魔法学院では、サロンそのものが独立した建物になっているようで、男子寮のすぐ後ろにありました。
ふむふむ。
位置的には魔王領への境界である林の手前。
ちょうどお爺ちゃま騎士が見張りをしている前方に当たる場所、とでも言いましょうか。
「どうして男子寮側にあるのでしょうか。女子寮に近いともっと行きやすいのに」
「それは……」
手を繋いでいるぽっちゃり少年ことリッツガンド・タンカーが言い淀む。
視線があっちこっちに動いているようで、少し頬が赤くなりました。
これは――えっちなことですわね!
「なんでしょうか。気になります。こうなってしまうと夜も眠れずに悶々としてしまいますわ。ねぇねぇ、教えてくださいましリッツくん」
「え、いや、えっと」
「そこまで分かっていて黙っているなんて、イケずですわ。それとも、わたしに意地悪をして楽しんでいるのかしら」
「そ、そそ、そんなことないです!」
ぶんぶんぶん、と顔を横に振るぽっちゃり少年。ほっぺがぶるんぶるんと揺れているようですが、おなかもぶるぶるとしてますね。
やっぱり掴みたくなってきます。
「では教えてくださいな」
「え、えっと……」
ごにょごにょ、と答えてくれているようですが、声が小さくて聞き取れない。
「なんです、もう。ちゃんと教えてくださいまし。それともなんですか、わたしにこうやって近づいてもらうための策ですか?」
ぽっちゃり少年の顔にわたしは顔を近づかせました。
お腹まわりが大きいにで、身体はぴっとりと寄せなければなりません。
「とんだ策士ですわね。立派な貴族になれますわ」
「い、いえ、そんな、うわ、わぁ、近い!?」
「近づけているのですもの。当たり前ですわ。さ、教えてくださいまし」
「あの、その……女子寮の後ろにあった場合……男が頻繁に女子寮に近づくことになり、その、覗き……とか? そういうのを警戒して男子寮の後ろだと……思います」
なるほど、確かに。
サロンに行く途中で通りがかっただけだ、なんていう言い訳が成り立ちますからね。
上級貴族ともなると、そんな言い訳が簡単に通ってしまいそうです。
下級貴族女は、見られ放題になってしまいますわね。
それを防ぐための立地というわけですね。
「頭いいんですのね、リッツくん。わたし、思いも付きませんでした」
「えっと、プルクラさまが、清らかだからこそ、と思います」
こんなベタベタと少年にくっ付いている女を清らかだと言えるあなたの感性が清らか、とは思いますが。
まぁ、女の子相手にドスケベですね、なんて言えるはずもありませんからね。
後ろで聞いているぽっちゃり少年の従者であるお爺ちゃまも、それ絶対嘘ですなぁ、みたいな顔をしてらっしゃいます。
「では、入りましょうか」
いつまでも吹雪の空模様の中で、いちゃいちゃしているわけにもいきませんからね。
というか、吹雪でも普通に外にいられるこの魔法学院がおかしいんですけど。雪はほとんど学院内に降ってきませんし。積もらないので便利ですけど、雪遊びができなくて残念です。
「ほうほう。中は華やかですわね」
サロンに入ると、ふわりと温かい空気を感じる。内部はやはり木造で、校舎や寮よりも豪華絢爛に彩られていた。
校舎や寮よりも薄暗いのは、照明の光量をわざと落としているからでしょうか。
良い雰囲気ではありますが、暗がりに入れば顔も分からなくなりそうです。
廊下は玄関から左右に分かれているようです。その先に進むと、 それぞれ半個室のようになっており、薄手のカーテンで仕切りをしているスペースが並んでおりました。
薄暗いながらも外からでもある程度は何をしているか分かるようになっていた。中からの照明でカーテンに影が見えますものね。
ふ~ん。
ある程度見えるようにしないと、本気でえっちしちゃう者が現れるかもしれませんからね。
こういうのを『風紀』を保つ、というのでしたか。
「淫らに乱れてしまえば良いのに」
なんてつぶやきつつ、空いてる半個室を探します。
従者やメイドが外に立っていない場所が空いているところ……と、ようやくありました。奥に近いところが空いておりましたので、そこにふたりで入る。
「ごゆっくり、くつろぎください」
執事お爺ちゃまがにっこりとカーテンを閉めてくださる。
「中からは外があんまり分かりませんのね」
カーテンで仕切られると、中から見るとお爺ちゃまの影しか見えません。誰かが通りがかったら分かるでしょうけど、あまり気になりませんわね。
半個室の中にはテーブルとソファがふたつ。大きめですので、片側のソファにふたりで座ろうと思えば座れる。
「ん~。飲み物などはどうしたらいいのでしょうか?」
「……わ、分からないです。えっと、爺」
「お呼びでしょうか」
カーテンを少しだけ開けてお爺ちゃまが入ってきました。必要最低限にカーテンを開けて、素早く中へ入る。できるだけ中を見せないという配慮。さすがですわ。
「飲み物が欲しいんだけど、用意できる?」
「お任せを。プルクラお嬢様の好みは何でございましょう?」
「ホットワインが飲みたいところですが……無ければホットミルクで」
「じゃ、じゃぁ僕もホットミルクで……」
承知しました、とお爺ちゃまは素早く優雅に出て行った。
「ふむ。チャンスですわね」
「な、なんの?」
「イチャイチャするチャンスですわ!」
というわけで、わたしはぴょんと飛びように立ち上がると、ぽっちゃり少年の隣に座る。大きなソファがちょっぴり狭いのはご愛敬ですわね。
「イ、イチャイチャ!?」
「うふふふふふふ」
というわけでわたしはぽっちゃり少年にもたれかかると――むにゅ、とおなかのお肉をつかみました。
「うり、うりうりうりうり~」
これが触りたかったんですの!
「や、やめ、プルクラさま、ちょ、やめてやめて」
「良いではありませんか、良いではありませんか。まったくだらしないお腹ですわね。どれだけ食べるのが好きなんですの」
むにゅむにゅと掴み、ツンツンと突っつく。
師匠さんなんて細身で筋肉なんて無さそうに見えますけど、触るとカッチカチですからね。
この柔らかさは、このぽっちゃり少年でないと味わえません。
「しかし、アレですわね。違うんですのね」
「な、なにが?」
「おっぱいはもっとやわらかいです。ぽっちゃりのお腹もやわらかいですが、おっぱいには勝てませんか……」
「そ、そうなん……ですか」
ぽっちゃり少年の視線が少し移動しましたわね。
具体的にはわたしの手から胸へ。
ですが残念。
「わたしのお胸はぺったんこですわよ」
「あ、いえ、その」
「小さいほうが好みかしら。それとも大きいほう?」
むにむに、と自分で胸を揉んでみせる。
まぁ、ホントにぺったんこなので、掴める程度もありませんけどね。まぁ、つまめる部分はありますけど。げっへっへ!
「さぁ、どちらでしょうかどちらでしょうか。ほらほらお爺ちゃまが戻ってくるまでなら触りたい放題ですわよ。どうしますどうします?」
「あ、うわ、え、くっ!」
ぽっちゃり少年は意を決したかのように目を閉じました。
そして自分の手を大きく開き、ぎゅっと握りしめると膝の上に置く。
「――さ、触りません! 僕は紳士ですので」
「……そうですか」
わたしはソファに座り、ゆっくりとリッツガンド・タンカーの顔を見ました。
彼が目を開くのを待ち。
目が合うと、わたしは口を開く。
「あなたに敬意を表します、リッツガンド・タンカー。数々の無礼をお許しください」
「……いえ」
ホッとリッツ少年は息を吐いた。
「その……僕は試されていたのでしょうか?」
「いいえ。ただの戯れでしたわ。本気で触ってくれても怒りませんでしたし、軽蔑もしませんでした。ですが、あなたは大真面目にもそれを断った。紳士としてわたしと向き合ってくださるのでしたら、わたしは淑女として向き合わねば失礼に当たるでしょう」
「は、はぁ……」
ふふ、と微笑んでおく。
ちょうどお爺ちゃまが戻って来られてカーテンを開ける。少し雰囲気の変わった半個室内の空気を感じ取ったようで、優しく微笑まれました。
年の功、というやつでしょうか。
さすがお爺ちゃま。
「ホットミルクです。どうぞ」
「ありがとうございます、お爺ちゃま。これから内密の話をしますので、できれば聞かなかったことにしてくださいますと嬉しく思います」
「分かりました、お嬢様。これより私の耳は年相応になります。最近の若者言葉は聞き取りにくくてかないませぬ」
年は取りたくないものですな、と苦笑しながらお爺ちゃまはカーテンをしっかりと閉めて、外に出ました。
わたしはテーブルに置かれたホットミルクを手に取り、手のひらにじんわりと感じる温かさを楽しんでから口に運ぶ。甘くて温かくて美味しい。
そんなわたしの様子を見てからリッツ少年もホットミルクを飲みました。
ほぅ、という息を吐いたのを見てからわたしはこっそりとリッツ少年に話しかける。
「今から質問することは他言無用でお願いします。あなたが紳士ということが分かりましたので、その点は安心できますが。約束を違えれば、あなたに危険が及ぶかもしれません。くれぐれもよろしくお願いします」
「わ、分かりました」
ホットミルクではなく生唾をごくんと飲むようにリッツ少年はうなづきました。
「ユリファ・ルツアーノをご存知でしょうか」
「――はい」
今度は息を飲み、それからうなづくリッツ少年。
言葉に詰まったところを見るに、なにか知っていますわね。
「わたしはユリファについて調べに来ました。今はその情報を集めています」
「ほ、本当ですか?」
「わたしのこと、本当に貴族だと思います?」
くすくすと笑いながら聞いてみると、リッツ少年は複雑な表情をした。どう考えても、この学院の生徒らしくない振る舞いばかりでしょう。
「ユリファについて、なんでもいいので教えてください。もちろん、知らなければ知らないで充分ですわ。もし何も答えなくても、あなたを責めることは致しませんし、付き合い方を変えもしません。そして、もしもあなたが犯人であってもそれは同じです」
「犯人……」
「ユリファは本当に『自殺』したのでしょうか?」
わたしの質問にリッツ少年は黙り込む。
それは口をつぐんでいるのではなく、何かを思い出そうとしている感じでした。
「……一度だけ」
ぽつり、とリッツ少年は思い出すように語った。
「一度だけ、ユリファさまを見た時に……その……気になったときがありました」
「どこで?」
「裏の林で。ユリファさまの制服に泥が付いていたのを覚えています」
「泥……」
上級貴族の制服は真白だ。あの純白に泥が付いていたとなると、相当に目立つだろう。
遠くから見ても分かったに違いない。
「メイドや護衛騎士に連れられていましたが、汚れているのが分かりました」
「それは、メイドや騎士にやられた、ということでしょうか?」
「いえ、そうではないはずです。メイドや騎士はユリファさまを気遣っている様子でした。決して、主人を傷つけている様子はなかったです」
リッツ少年はちらりとカーテンの向こう側に立つお爺ちゃまを見ました。
優れた従者をお持ちですが、彼を充分に使いこなせていない自分に負い目か引け目を感じているのでしょうか。
「その時のユリファの様子はどうでした?」
「遠目で分かりませんでしたが、泣いている様子ではなかったと思います」
「……では、転んでしまっただけとか?」
「いえ。その……」
リッツ少年の瞳が泳ぐ。
言いにくいことなのかしら。
「他言無用はわたしもです。ここでの会話は決して広がりません。情報提供者の名は秘すと約束しますわ」
分かりました、とリッツ少年はうなづく。
「……ユリファさまは、どこかフワフワとしてらっしゃる方で。いつも楽しそうに、ゆったりと微笑んでらっしゃいました。上級貴族であられながら、ときどき食堂に来られたりするし、誰とでも気さくにお話される方でした」
リッツ少年はそこで言葉を切り、なので、とどこか苦しそうに続ける。
「なので――なので、ユリファさまのことを『娼婦』と呼んでおられる方々がいました」
誰にでも優しい人物を。
娼婦とあざける。
それは。
それは徹底的に間違った揶揄の仕方ですわね……
「娼婦と呼んでいたのは……それは特定のグループでしょうか。それとも『全員』でしょうか」
「……『男性貴族』だけの限定だと思います。その、僕はこんなですから、女性と話をする機会がなく、女性貴族がそう言っているのかどうかは分からないです」
なるほど。
ロンドマーヌから『娼婦』という単語はありませんでしたので。
男性貴族の間だけで言われていた可能性が高いですわね。
「ということは、あなたもそう呼んでいたのかしら?」
「いえ。僕はいじめられていて……ユリファさまのことは同類だと勝手に思っていましたから……」
イジメですか。
恐らく、リッツ少年が受けているような分かりやすいイジメではなく、もっと陰湿なタイプのものでしょう。
「では、ユリファはイジメを苦に自殺したと思われますか?」
「……分かりません。いつ見ても、ユリファさまはにこにことされていました。僕と違って、イジメられていても強い人だ、と思っていたので。まさか自殺されるなんて……思ってもいなかったです……」
ふむふむ。
なるほど。
新情報をゲットできました。
これはかなりの前進と言えますが……娼婦ですか。そのあだ名を理由に無理やり犯されて、自殺に至った、なんていうことも有り得そうです。
「分かりました。貴重な情報をありがとうございます。お礼におっぱい触ります?」
「ぶふぅ!」
タイミングが悪く、ホットミルクを吹き出すリッツ少年。
わたしにはかからないように、とっさに顔の向きを変えてくださいました。
紳士ですわね。
「お爺ちゃま、大変たいへん。リッツさまがむせましたのでハンカチをくださいな。ズボンが白い液体で濡れてしまいました!」
「わぁ、触らないでプルクラさま!?」
というわけで。
最終的にはわっちゃわっちゃとしましたが、楽しいサロンタイムでしたわ。