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~流麗! くだらない日常に彩りを~

 さて、退屈な『日常』が始まりました。

 授業内容は初日以降はすべて座学。魔法の歴史ならばまだ納得できるものでもありますが、そこに貴族の歴史も混ぜ合わされると、ホントに興味がなくなってしまいます。

 誰も好き好んで最初に魔法を研究した貴族のことなど、勉強したくもないでしょうに。あと何ですか、神に御声をかけられた貴族って。神官魔法の歴史ではなく、貴族の歴史ですよ、それ。まったくもって面白くない授業です。

 フラレットのようにサボタージュするのが正解な気がしてくるというもの。


「ふあ~ぁ~」


 授業中。

 大口を開けてあくびをしてしまいました。


「プルクラ・ルティア・クルス。淑女たるもの、あくびは慎みなさい」

「失礼しました、ディファス教師」


 しかし、授業をサボタージュしたところで得られる情報はもう無いんですのよね。

 ユリファの自殺場所は女子寮だと分かりました。

 しかし、自殺の痕跡はすでに綺麗さっぱり消されていますので、調べたところでなにひとつ分かりませんでした。血痕はもちろん残っていませんし、地面に落ちた衝撃でひび割れなども無い様子。

 すでに現場から得られる情報は皆無と言えます。

 やはり女性貴族から情報を得るのが一番と思われます。もちろん、男性貴族からも聞き込む必要はありますけど。


「はぁ~」

「今度はため息かね」

「たびたび授業を止めてしまって申し訳ありません。先へ進んでくださいまし」


 そう答えたところで、クラスメイトからの反応は薄い。

 ちょっと前でしたら鼻で笑うような、嘲笑するようなひそひそ声や視線がたくさんあったのですが。決闘に勝ってからは無視される割合が増えましたわね。

 存在しない者、として扱われているようです。

 もしも『透明人間』なる魔物種がいるとすれば、こういう気分なのでしょうか。それとも、ゴースト種になればこの程度の扱いは慣れっこになってしまうのか。

 是非とも陰気のアビエクトゥスもいっしょに学院生徒になって欲しいところではありますが、あの騒がしい娘が貴族のつまらない授業に耐えられるはずがありません。

 きっと、ぺちゃくちゃとおしゃべりをして、わたしと一緒に教室から追い出されるのがオチです。

 それはきっと楽しそうな光景ですけど。

 妄想というのが寂しい現実ですわ。


「……」


 もう一度ため息をつきたくなりましたが、我慢しました。片眉をあげてディファス教師がこちらを見てきますが、気にしないでください、と視線で訴えかける。

 授業は淡々と進み終了。

 幸いにも今日はテストがなかったので居残り無しです。

 お昼を告げる鐘の音。

 上級貴族からメイドと護衛騎士がやってきて、片付けを終えて出ていく。サティスが教室に入ってくるまでも、退屈な時間ですのよねぇ~。

 おかげさまで――


「もう少し授業に身を入れてはどうかね、プルクラ・ルティア・クルス」


 ディファス教師のお小言が始まってしまいます。

 居残りより、よっぽどマシですけどね。


「貴族よりも魔法を覚えたいんですの、ディファス教師。このままでは、夜闇が怖くてトイレにも行けませんわ」

「ランプを点ければ良いであろう」

「油がもったいないです」

「なにがだ?」

「はい?」


 あ、もしかして『油』というものが消費される物、と認識できていないのでしょうか。

 そりゃディファス教師も貴族ですものね。きっと自室ではお世話してくれる従者やメイドがいらっしゃいますから、その方たちが油を取り替えていらっしゃいますし、油が消費されてなくなってしまう、という概念が薄いのかもしれません。


「おまたせしましたプルクラお嬢様……どうしました?」


 ようやく教室に入ってきたサティスですが、わたし達が無言でお互いを見ている状況を見て首を傾げました。


「なんでもありませんわ。ちょっとした認識の差をディファス教師との間に感じただけです。さ、帰りますわよ」


 片付けてください、と机の上の荷物をサティスに任せる。


「今日は居残り無しですか。ディファス教師さま、プルクラお嬢様にもっと居残りをさせたほうがいいと思います」


 わたしの愛すべきメイドであるサティスが裏切者になっていました。


「そういう訳にもいかん。気分が乗らないときに勉強したところで、得られる物はわずかだ。よくよく気分転換をさせてあげなさい」

「多少は無理をさせるべきでは? 甘えたところで『甘えた魔法使い』が出来上がるだけだと思います」

「カカカカ! それは良い表現だな、メイド殿。しかし、甘えたままで終われるほど私の授業は甘くはないよ」


 なんでわたしのメイドと歓談してるんですか、ディファス教師も。


「なるほど。舐められない授業、というわけですわね。辛酸を舐めることもありそうですわ」


 というわけで歓談に参加する。


「上手いことを言うではないか。その態度を授業でも見せて欲しいものだがね」

「もっと実践授業をしてくださいまし。クラスメイトが上級生に決闘を申し込まれたら勝ち目がありませんわ」

「そもそも入院して早々と決闘したのは、そなたが初めてだ」


 ディファス教師は、呆れた、と表情で語る。


「あら。生徒同士の衝突など日常茶飯事かと思われましたが。大人しいのですね、ここの魔法学院の貴族というものは。みんな『良い子ちゃん』なのでしょうか」

「貴族たる者、平民の模範であるべきであり、規律は守るものだ。平民出身のそなたには難しいかもしれぬが、そういうものだ。争いは忌むべきものである」

「……『はみ出し者』は淘汰されるべきでしょうか?」


 もちろん、わたしは『はみ出し者』と自覚しておりますが。

 ユリファがそうであった可能性は?


「そこまでは言わぬよ。さぁ、早く昼食をとってきなさい。君のメイドが獣のような目をしている」


 振り返れば、おなかすいた、と訴える我がメイド。

 さて、ディファス教師は話をそらしたのか、それとも真意しか語っていないのか。答え合わせは廊下に出てからでいいですわね。


「では、失礼します。今日も良い授業でしたわ」

「見え透いた嘘は相手を不快にするだけだぞ、プルクラ・ルティア・クルス。それとも再びクズと呼んで欲しいかね」

「わたしがクズになると、他のクラスメイトがゴミ以下になってしまいますので。名前で呼んでくださいな」


 ディファス教師が肩をすくめたところで、教室を出た。


「さて、サティス」

「さてサティスって、なんか面白い」

「ではわたしのことも、ぷるプルクラと呼んでくださ……そんなアホな会話をしてる場合ではありません」


 すっかり静かになった校舎を歩き、外へ出る。

 空を見上げれば吹雪。やはり周囲は白くかすんでいて、屋根上までは見えない。本日もかなりの天候の悪さのようです。


「先ほどのディファス教師に嘘はありましたか?」

「『みやぶる』を使ってたけど、正直に話してる感じだったよ。たぶん、ディファス先生は嘘をついていない」


 あたしのレベルではそう思った、とサティスは注釈を入れる。

 まぁ、おおむね信用してよいレベルでしょう。


「やはりそうですか」


 貴族として、というよりも『教師』として付き合ってくださる感じですので。

 この魔法学院の中でも、かなりマトモな類ではある。


「『はみ出し者』は淘汰されるべきではない。と、ディファス教師はニュアンスのみですが、そう思っていそうですわね。わたしの相手をしてくださるのが良い例です。逆に言うと、マトモであればあるほど関わる意味がない、という感じもします。そうなれば……ディファス教師からユリファの情報は聞き出せるかしら」

「たぶん無理」

「どうしてそう思いますか? わたしも同意見ですけど、言語化ができない感じがして」

「えっとね、もしもディファス先生がユリファのことを知っていたら、助けようとしてるはず。イイ人であればあるほど。だから、ディファス先生が『無事』ってことは、無関係だと思うよ」

「なるほど。無事なのが無関係の証明ですか」


 それはそれで世知辛い。


「他の教師はどうなのでしょうね。一番手っ取り早いのは学院長とお友達になることですけど……どこにいらっしゃるのでしょうか」

「学院長室にいるみたいだよ。住居も兼ねられてるみたい。中までは調べられてない」

「……やはりサティスがお嬢様役をやるべきでは?」


 めちゃくちゃ調べてるじゃないですか。

 わたしよりお嬢様に向いてるんじゃないでしょうか。うぅ。くやしい。


「メイドだから調べられることもあるから。やっぱりプルクラお嬢様じゃないとダメだよ。あたし、マジで魔法使えないもん」


 サティスは指を一本立てて、そこから毛糸みたいな魔力糸をぴろぴろと動かした。

 これがサティスが使える唯一の魔法です。

 というか、魔法未満ですわね。


「そう言えばそうでした。ま、学院長室も一応調べられたら調べておきましょうか。自殺を隠蔽している張本人と言えば、張本人ですし」


 そういう意味では、ディファス教師も隠蔽に協力していることになります。こういうのを、片棒を担ぐ、と義の倭の国では言うのでしたっけ。

 片側の棒を担ぐとどうして悪事を手伝う意味になるのでしょうか。変な国ですわね、まったく。

 情報共有はその程度にしておいて、食堂へ入る。

 時間はそれなりにズレておりますので、食事が終えている人もちらほら。というか、教室を先に出られる真紅ばかりですけど。

 できれば真紅とお友達になりたいところなんですけどねぇ。


「難しいでしょうか」

「どうして私の隣に座るんですか、あなた」


 ひとりぼっちで食事をしているロンドマーヌを見つけたので隣に座る。


「わたし、真紅制服と友達になりたいのですけど。伝手はございませんか?」

「話を聞きなさい。迷惑です」

「ロンドマーヌさま程度では真紅と交流が無かったのでしょうか。まぁ、あったとしても今のこの状況では無視されてしまいますので、伝手も何もあったもんじゃありませんわよね」

「どうしてケンカを売ってくるんですの!? 私のことが嫌いだったらそう仰ってください!」

「いま大好きになっていく最中です」

「きー!」


 ロンドマーヌは水の入ったグラスを持ち上げこちらを見ますが――そこでストップしたようです。

 わたしに水は効かない。

 学習ができる人間種とは素晴らしいものですね。


「なんなのよ、もう……ホントに、ほっておいて……」

「こちらも仕事ですので。で、ホントに真紅には伝手がありませんの? それとも真白でもいいのですが」

「あるわけないでしょ。あればあなたのことを今ごろは徹底的に潰していますわ」

「……う~ん。もう一度ロンドマーヌさまと決闘して、わたしが負けてみます? そうすると、あなたがコマとして動きやすくなるのですが」

「無駄よ。一度落ちた者が早々と復帰できるものですか」

「手のひらは返されない?」

「奈落に落ちた物を拾い上げたところで、それはチリやホコリと同じものではなくて?」

「生まれた赤ちゃんは、一度は床を這いずりまわりますわよ。獣のように、四足で」


 そう答えると、不機嫌な表情をこちらへ向けたあとに食事に戻るロンドマーヌ。

 論戦に無理やり勝ったところで得られるものは、友情ではなく不機嫌のようですわね。

 フラレットもいませんし、このままロンドマーヌの隣で食事を終えました。

 先にロンドマーヌが帰ってしまったので、ひとりきりで食べ終わると、サティスに後片付けを任せて食堂を出る。

 早々と分かりやすくちょっかいをかけてくる貴族もいませんでした。

 無視されている状況では、情報を集めることもできませんね。


「もう一歩、進みましょうか」


 わたしは男子寮へ向かいました。

 前回、運良くイジメの状況に遭遇しましたが……今日はいじめられているぽっちゃり少年はいないようです。

 仕方がないので男子寮へ入っていく黒紺制服に声をかけました。


「ごきげんよう。リッツガンド・タンカーを呼び出してくださいませんか?」

「どうして俺がそんなことを聞く必要が?」


 物凄く迷惑そうな顔でそう言われました。

 淑女のお願いを聞けない貴族は滅びればいい。

 とは思いましたが、我慢です。この程度で一族を滅ぼしていては、今ごろ人間領は魔王さまの物になっています。わたしが献上します。

 そう思いましたが。

 グッと我慢しました。


「それなりに見返りはありますわよ」


 わたしは黒紺貴族の手を取り、そこに金を握らせました。こういう時、ワイロって便利ですわよね~。黄金城地下ダンジョンをクリアした特典と致しましては、最高です。


「ふむ。ちょうどリッツガンドに用事があったのを思い出した。ついでに呼んでやらんことはない」

「それは良かったです。お優しい殿方で嬉しいですわ。よく見ればスマートでいらっしゃる。今度いっしょにお食事でもいかがでしょうか」

「こちらにも選ぶ権利というものがある」

「えぇ~」


 わたし、それなりに美少女だと自負しているんですけどねぇ。

 貴族相手には効かないのでしょうか。

 それとも美少女力より悪評が上回っているのでしょうか。

 わたしと食事するメリットより、デメリットが上回っている。

 とりあえず、この状況は情報収集に悪影響過ぎますわね。

 どうしたものでしょうか……


「そこで待っていろ。ブタになんの用事かは知らないが」


 あら酷い。

 ぽっちゃり少年をブタって呼んでるんですの?

 この方、イジメに加担している人だったのでしょうか。もしもそうなら人選を間違えましたわね。

 なんて思いつつ待っていると、ぽっちゃり少年が寮から出てきました。後ろには前回は見かけなかった従者の姿があります。メイドとは違って執事風ですが、お爺ちゃんのようですわね。

 あまり若くないせいで、イジメを止められる実力がないようです。

 もしくは、イジメを行う貴族の従者に止められているか。

 どちらにしろ、お爺ちゃまでは厳しそうです。


「あ、プルクラさま……」

「はい、プルクラです。ちょっとデートに行きませんか?」

「デ、デート!?」

「なにをそんなに驚いているのですか。デートくらい誰でもしますわよ」

「そ、そうなんですか……? 平民とは凄いものですね」

「はい。3歳くらいで初デートをする者は多いです。最近のデートトレンドは積み木ですわね。大きなお城を作れる殿方がモテますわ」

「は、はぁ」

「冗談ですわよ」

「えぇ!?」


 くすくす、と笑いました。

 からかい甲斐のあるぽっちゃり少年ですが、貴族としてはダメなんでしょうね。もっと毅然とした態度が必要と思われます。

 わたしは大好きですが。


「さて、サロンへ案内してくださいな。殿方がリードするのがマナーですわよ。ねぇ、従者の方」

「そうでございますな、お嬢様」


 お爺ちゃまはにっこりと微笑む。

 それからぽっちゃり少年に、耳打ちするようにレクチャーをした。


「で、では、どうぞこちらへ」


 震える声と震える指で、手を差し伸べてくれるぽっちゃり少年。

 わたしはそれに手を添えました。

 さて。

 色仕掛けの時間ですわー!

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色仕掛け………なぜか時計じかけのオレンジを連想してしまった
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