~流麗! 楽しみ殺すコツ~
貴族女こと、ロンドマーヌからの情報。
ユリファの死因は落下死であり、その場所は女子寮であること。その際に争うような物音はせず、自殺に見えているのは確か。
そう。
それは確かに『自殺』と言えるでしょう。
しかし――
「ではなぜそれを『隠蔽』しているのでしょうか」
自殺の一言だけで済まし、どうしてその状況などをまったく説明せずに隠す必要があったのか。
そこに疑問が残ります。
夜中。
影を使って女子寮の周囲を探索してみる。
落下死ということは……地面に身体を打ち、その衝撃とダメージで死んだことを意味します。三階程度の高さならば、運が良ければ死なないこともあるかと思いますが……
「石で舗装されてますわね」
土の地面ではなく、綺麗に舗装された石の地面。
蜘蛛ちゃんを見上げさせる。
三階の窓が見えるけれども、その上空はやはり分厚い雲で夜目が効かない状態では暗黒とも言えるほどの暗さです。
「吸血鬼の独壇場と言えますわね」
窓から飛び降りたとして、およその飛距離を考えてみる。まさか助走をして、綺麗に窓枠に足をかけて飛ぶとも思えませんし、そこそこの距離しか飛べないはず。
それを考えると――
地面に到達するのは女子寮の周囲を石のブロックが並べられて舗装されている場所ですわね。
舗装されていない土まで飛ぶのはほぼ不可能。
硬い石の地面に落ちたのは確実です。
「ふ~む。足から落ちれば、生き残れないでしょうか」
ちょっと試しに三階から落ちてみたいところですけど……たぶん師匠さんやサティスだったら生き残りますわよね。魔力糸か、もしくは他の手段を取り、無事に着地するはずです。
しかし、ユリファは盗賊ではない。
訓練をしていない貴族の女性、ということを考えれば――
「確実に死にますか。運が良くて大怪我」
頭から落ちれば即死するでしょうけど、足から落ちればギリギリで死ななかった可能性があります。
ですが、ギリギリで死ななかった場合は治療しなくてはなりません。回復魔法を使う神官がいなかった場合、ポーションかハイ・ポーションを使用すれば、なんとか助かる可能性もありますが……
「いいえ、即死でしたでしょうね」
わたしは自分の考えを否定した。
ロンドマーヌのあの表情。落下したユリファを目撃したのは確実です。つまり、悲惨なことになった姿を見たということです。
「頭からか」
石で舗装された地面に頭から落ちる。
見るも無残な『顔』になったことは確実です。ユリファがどの程度の美人だったかは分かりませんが、美人であればあるほど落差として受ける印象が強いものとなります。
「落下と落差、ね。死んだ姿は美人の失墜とも言えるかしら。墜落ですものね」
落ちることに意味があったのでしょうか。
まるで呪いのよう。
信用の失墜?
それとも、落ちぶれるという意味の暗喩?
凋落、没落、零落……えとせとら、えとせとら。
「『呪い』はちょっと、こじつけすぎるかしら」
う~む。
落ちるに意味を見い出すのは、少し恣意的過ぎますわね。
「……やはり動機を調べないといけないようですわね」
死因は分かりました。
今のところ自殺に思えますが、この程度で調査終了とはいきません。なにより、まだ無理やり落とされた可能性もありますからね。
たとえば、誰かとケンカをしてドンと窓に向かって押された。勢いあまってユリファは窓から落下してしまう。
上級貴族なら、そんな状況をすべて隠蔽する財力と発言力があるでしょう。目撃者の口をすべて封じてしまう方法もいろいろあります。
なにより、護衛騎士やメイドがどうなったのかも分かっておりませんし。
「はぁ~」
まずは、一歩でも前進できたことを喜びましょうか。
――というわけで翌日。
いつものように朝の準備をしてフラレットを起こしに行く。またしても適当な寝方をしたせいで寝ぐせが付き放題のフラレットの髪を整えてやってから食堂へ行きました。
「あら」
いつものようにすみっこの席を確保していると、ぽっかりと空いてる空間があるのを発見しました。
遠巻きにひそひそと貴族たちに見られているのは……ロンドマーヌのようですわね。
決闘でわたしに負けたせいで、どうやら地位は落ちるところまで落ちたようです。それこそ落下死レベルの失墜ですね。
「ですが生きています。フラレット、彼女を助けてもよろしいでしょうか」
「……なんで私に聞くッスか?」
「正直におっしゃってください。ざまぁみろ、と思ってらっしゃるでしょ」
「……」
フラレットは答えずにうつむく。
肯定、ですわね。
今まで自分をいじめていた者が、今度はいじめられる側へまわった。
因果応報、という言葉が義の倭の国にあったでしょうか。それとも日出ずる国だったかもしれません。
なんにせよ、当然の報いと言えるでしょう。
「まぁ、助けるといっても。最底辺であるわたし達の仲間入りをさせてあげようと思いますので。つまり、引きずりおろす、という考えでもあります。同じ傷をペロペロと舐め合う仲ですわ。濃厚に」
「それを聞いたら余計に嫌ッス」
「……言い方をミスしました。助けてサティス」
メイドに助けを求めましたが、いませんでした。ごはんの準備に行ってしまっているので、わたしのことを助けてくれる人間種は誰もいません。ちくしょう。
はぁ~、とため息を吐き出して気分を入れ替える。
「分かりました。では、個人的に友達になってきます」
「プルクラの好きにするッス……私には関係ないッスので、どうぞ」
やめて、という表情をぜんぜん隠せてませんよ、フラレット。
かわいい子ですわね。
「すねないでくださいまし。この学院で一番に友達になってくださったのはフラレットです。全員から同時に告白されましたら、第一彼女として迎え入れる準備は整っていますわ。新婚旅行は魔王領にします? それともわたしの実家がよろしいでしょうか?」
「プルクラのそういうところ嫌いッス」
「わたしなりの愛情表現なんですけどねぇ。冗談の種類が好みではない?」
無言の抗議。くちびるを少し尖らせるフラレットのくちびるを奪いたくなりましたが、我慢しました。
「では言い換えましょう。どんなことがあろうとも、あなたの作る魔法の杖を一番に選びますわ」
「それなら、まぁ……」
自分ではなく、自分の作品を褒められると、ついつい甘くなってしまう。
見習い職人の良いところであり、悪いところでもある。
「ふふふ。職人の鑑ですわね、あなた。仕方ありませんので、婚約破棄します。是非とも親方と結婚してくださいな、フラレット」
「ふひぇ」
変な声をあげて赤くなるフラレット。
意外と恋愛観がこじれているかもしれませんので、しばらくはそっとしておきましょう。
トントンとフラレットの肩を叩いてからロンドマーヌのところへ移動しました。
ざわざわと遠巻きに見ていた貴族たちがぴたりと止む。それに気付いたロンドマーヌのメイドさんはこちらを見て複雑な表情を見せたあと、頭を下げた。
交流を許してくれた雰囲気はありますわね。
「ごきげんよう」
「……何の用事でしょうか」
周囲の反応からわたしが来たことは分かったのでしょう。
ロンドマーヌはこちらを見ることなく、朝食後の紅茶を口に運んだ。
「朝の挨拶ですわ。お友達と会ったら挨拶するのは当たり前ではなくて?」
「いつ友達になったのよ」
「昨日の敵は今日の友、ですわ」
「なによそれ」
つぶやくように悪態をつくロンドマーヌ。
「とにかく、気安く話しかけないでちょうだい、フラット」
「わたしは平民でも問題ありませんが、このままでは平民以下の扱いを受けますわよ、ロンドマーヌさま。徒党を組んだほうが安全ではなくて。状況を苦慮してあなたが『自殺』でもしたら大変ですので」
「……」
自殺というワードを告げたところで、ロンドマーヌはようやく私を見た。
少し顔色が悪いのは、ユリファのことを思い出したのか、それとも自分の地位が底まで落ちてしまったことを苦慮してのことなのか。
「私は……自殺などしません」
「無論です。当たり前です。自殺などさせるものですか」
「……でしたら、放っておいてちょうだい」
はぁ~。
まったくもって貴族というものはプライドが邪魔をするようですわね。
「分かりました。ですが、あなたのメイドさんは勝手に守らせていただきますからね」
「……どういうことですの?」
わたしは少しだけ身をかがめて、ロンドマーヌにひそひそと伝える。
盗賊スキル『妖精の歌声』……でしたっけ。師匠さんやサティスのように上手くはできませんが、真似ることくらいは可能です。スキルレベル1くらいで。
「言うまでもありませんが、メイドの地位は主人と連動しています。わたしのメイドであるサティスはかなり狙われているようなので、嫌がらせが何度もありました。まぁ、あなたのところのメイドのせいかもしれませんけど」
「……」
「傲慢に振る舞っていた反動が今後、来るかもしれません。ウチのサティスといっしょにいれば、なんとか助けられるかもしれませんので。よろしくお願いします」
「どうしてあなたがそこまでしてくれるのかしら」
「メリットですわ」
簡単な話です、とわたしは伝える。
「他人に優しくしていると、得なことがいっぱいあります。お礼というやつですわ。得られる情報も段違いでしょう。3歳児にも分かる簡単な話です。敵と味方、ロンドマーヌはどちらを助けようと思いますか?」
「……貴族が平民は守るのは当たり前です。だからこそ、平民は貴族に税を納める。その貴族の振る舞いが、その土地や領民の品位となります」
「その『当たり前』を壊しなさいロンドマーヌ。ここにはあなたの敵しかいない状態でしてよ」
そう告げると、ロンドマーヌは思わず周囲を見渡した。
今まで『仲良し』だったはずの貴族たちの顔は、すべて嘲笑に変わっている。
平民に敗北した弱者を見る視線。
落ちぶれた人間種を嘲る視線。
地面を這いまわる蟲を見る視線。
ひとつの失敗がここまで致命的になってしまうとは。つくづく、人生を生きるということは難しそうです。
もっとも。
魔物種であっても、同じ難しさがありますけど。
わたしだって魔王さまに四天王にして頂かなかったら、今ごろはどこか魔王領の端っこあたりで干からびてるかもしれませんし、ストルくんに飼われている可能性もあります。
……冗談でも想像したくもありませんわね、そんな生活。
せめて師匠さんに飼われたい人生です。魔生です。言いにくいので、吸血鬼も人間種ということでいいですか? いいですよね、もう。はい、今日からわたしは人間種です。やった。
「良ければわたしといっしょに人間種になりましょう、ロンドマーヌ」
「わたしは元から人間よ」
嘘おっしゃい、とわたしは鼻で笑いました。
「あなたは種族『貴族』をやっていたではありませんか。ニンゲンでもエルフでもドワーフでも有翼種でも獣耳種でもハーフリングでも魔物種でもない、貴族種ですわ」
「……」
「ちゃんと人間種になりなさいな。わたしもいっしょにニンゲンになってさしあげますので」
「あなたは人間じゃないっていうの?」
「はい。これでも魔物ですから」
くすくすと笑いながらそう答えると、ロンドマーヌは冗談と思ったのかフンと鼻を鳴らす。
まぁ、そう簡単に『旧貴族種』から転生できるのであれば、苦労はないですけど。
しばらく時間が必要でしょう。いい意味でも、悪い意味でも。
すぐに結果は出てしまいますからね。
イジメの反動で、これから仕返しが待っているでしょうから。
「では、ごきげんようロンドマーヌさま。メイドさんの件はお任せください」
カーテシーをしてその場を後にする。
メイドさんには会釈をしてから、離れました。
「おかえりなさいませ、プルクラお嬢様。朝ごはん、冷めちゃうよ?」
自分の席に戻るとサティスがすでに朝食の準備を終えていた。今日の朝食はパンとサラダとスープにとろとろのスクランブルエッグです。なんというかメイン意外は割と同じなんですのよね、ここの食事。
もうちょっとバリエーションを増やして欲しいところですが、あまり文句は言えませんよね。
こんな山奥なんですもの。
「でも、できればフルーツが食べたい。ミカン。ミカンでいいので食べたいです」
「レモンならあるかも」
「レモンってフルーツに入るんですの? ……いえ、入りますよね。レモンに対してひどいことを言ってしまいました」
「レモンに謝って、プルクラお嬢様」
「申し訳ありませんでした」
この場にはないレモンに頭を下げておく。
「……プルクラもサティスも、毎日楽しいそうッスね」
そんなわたし達の会話を聞いて、スクランブルエッグを食べながらフラレットが言う。
「違いますわ、フラレット」
わたしはにっこり笑って答える。
「楽しそうではなく、楽しんでいるのです」
それが退屈を殺すコツですわ。