~卑劣! それは正義か浮気なのか~
王都へは昔、勇者と共に訪れたことがある。
「あれは旅立って間もない頃だったか」
まだ俺と勇者のふたりだけ。
南へ向かって旅立ち、ぐるりと回り込むようにして王都に着いたんだったか。まだまだ戦闘経験も旅の経験も少なかったので、一気に進むこともできなかった。
そのため、集落や村を移動しながら経験を積んでいった。もちろん、立ち寄った場所で人々を助けていったのは間違いない。
勇者と盗賊。
そんなアンバランスなパーティに限界を感じ始めたころ、俺たちは王都へとたどり着いた。
最初に仲間になってくれた戦士は、この王都で出会ったことを覚えている。
明るく豪快なヤツだった。
結局、最後はあいつに会うことなく別れてしまったなぁ。
今思えば……
「三人でいるのが一番楽しかったかもしれないな」
やはり、年齢の高い女、年上の女がパーティに加入したのが原因か。もしも、あの神官か賢者がパルくらいの年齢だったら、もしかしたら……
「いやいや」
俺は頭を振って雑念を追い払う。
有り得ない妄想はやめよう。
思い出を振り返っている場合ではなく、今は仕事をこなさいといけない。
前向きに生きようではないか。
「さて……と」
無事に王都に入れたが、領主さまの馬を連れたままでは行動がしにくい。
ここはさっさと宿を取って、しばらく預けておきたいところだ。
ならば――
「すまない。ちょっと尋ねたいのだが」
王都とも成ると、やはり貧困する人間は多くいる。物乞い染みた者から、ジックス街でいたようなケチな詐欺師まで。
それらは、やはり入り口たる門の近くにいるものだ。
旅人をカモにしようとしているのか、はたまた通りすがりの貴族の気まぐれを狙っているのか。
その意図にのっとり、俺はこちらを見ていた少年に声をかけた。
みすぼらしい服と汚れた肌の獣耳種の少年だった。獣耳種というのは、動物の耳としっぽを持った種族であり、タイプは様々だ。
猫であったりウサギであったり。変わりどころは鳥だろうか。鳥の耳ってなんだ? っていう気がしないでもないが、鳥としか表現できない奇妙な耳を持っている人もいる。
どんな動物の耳であろうとも、総称して獣耳種と呼ぶ。しっぽに関しては、生えている人と生えていない人がいるので、あくまで特徴である耳がクローズアップされたのだろう。
俺が声をかけた少年の耳はネコタイプだ。
どうやらしっぽは無いようで、薄汚れたズボンの後ろに揺れる物は無かった。
なにかを期待するような瞳でこっちを見ていたのは……おそらく物乞いの類だろう。
「は、はは、はい。なんでしょうか?」
少年が緊張したように声をあげる。
その近くでは、彼に嫉妬するような表情を向けてくる者もいたが、俺がにらみを利かせるとすぐ退散していった。
お互いに面倒なことは起こしたくない。
世の中、そういうものだ。
「馬を預けられる宿を知りたい。案内を頼む」
そういって少年に銀貨を渡す。
「わ、わわわ! こんなに……ありがとうございます! ま、任せてください。こっちです」
少年はそう言って歩き出そうとするが、そんな彼の服をむんずと掴んだ。
「わわわ」
見た目以上に軽く、ちょっとした悲壮感が心に去来するが……
俺はそれをワザと無視して、少年を抱え上げる。
「キミを乗せた方が手っ取り早い」
「で、ですが旅人さまの服が汚れます。べ、弁償なんてボクにはできませんから」
なに気にするな、と俺は少年をひっぱりあげて、前へと乗せた。
「わわわ」
「ん……? 違ったら申し訳ないのだが」
「はい?」
「もしかして、キミは女の子か」
「はい、そうです。えっと……女ってバレると危ないので……」
「あぁ~……」
今だけ出来る防衛方法、というわけか。
うーん。
幼い少女に声をかけ、颯爽と白馬で連れ去ってしまう旅人。
うーん。
失敗した……
選択を間違えた。
大人よりも未来ある少年に、少しでもチャンスを与えたかったのは間違いない。
でも、少年じゃなかった。
少女だった。
少年だったら、ギリギリ見捨てられる。心を鬼にして見捨てられる。
しかし、しかしだ。パルを救ってしまった手前、また同じように少女を見捨てるつもりでいられるかって言われたら答えはノーだ。
許してくれ、世界中の少年よ。
俺はダメな人間なのだ。
卑劣な男なのだ。
自分の好みで、救う人間と見捨てる人間を選んでしまうような、愚かな男なんだ。
まぁ……だからこそ……
賢者と神官の言葉に、何も言い返せなかったということもある。
「……」
だがどうする?
どうやってこの子を救う?
「はぁ~……」
「ど、どうしました?」
「なんでもない。とりあえず、案内してくれ」
王都は広く、分かりやすく居住区や商業区が別れてる訳ではない。一目で分かるのは、王様がいるお城くらいなもので、あとはどこに何があるのか分からない。
盗賊ギルドの場所くらいは把握しておきたいものだが……まぁ、とにかく最初は宿だな。
「あっちです」
少女の案内で大通りを馬に乗って移動していく。
さすがは王都なので、人通りは多い。俺と同じように馬に乗って移動する衛兵の姿や、馬車で移動する商人や貴族など。
他にも住民と思われる人や旅人、商人などなど。
人間から有翼種、エルフやハーフリング、はたまた珍しい小人族の姿まで様々だ。
大通りを見物するだけで一日をつぶせそうな勢いだが、それは老後の楽しみに取っておこう。
花鳥風月、という言葉が義の倭の国にあるそうだが、それらを美しく感じるにはまだまだ時間と経験が必要そうだ。
なにより、俺はまだ人間を美しいとも感じていないのだ。
少女にしかその感想を送れない。
たとえ目の前に傾国の美女を差し出されたとしても、俺は間違いなく今、俺が後ろから抱えている薄汚れた猫耳の男の子っぽい少女を選ぶだろう。
うん。
まだまだ隠居するには早すぎるってことだ。
いやぁ、しかし……
「――」
少女を後ろから抱えて馬に乗ってる状況は、あ、いやいや、考えるな。考えれば考えるほど沼にハマってしまうぞ、俺。気を付けろ、俺。
初めてはパルに捧げると決めているんだから!
「こちらです」
「え? あ、うん。ありがとう」
いつの間にか宿に到着していたらしい。というか大通りに面した宿で、ほとんど曲がる必要もなかったようだ。
「それでは、ボクはここで――」
「ちょっと待ってくれ。まだ仕事がある」
「ぼ、ボクですか?」
あぁ、とうなづいて少女に待ってもらう。その間に俺は厩舎に行き、泊まる予定であることを伝えながらアルブムを預ける。
「こいつは立派な馬ですな。名前はなんと?」
「アルブムだ。実は貴族さまからの借り物でな。できれば丁寧に扱って欲しい」
「はっは。たとえ貴族さまの馬でなくとも、ここまで立派な馬を見せられたら扱い方は一等丁寧にならざるを得んですわ。任せてください、旅人さん。アルブムも、しばらく休んでいってくれ」
厩舎で働く男ってのは、馬が好きな人間が多いのかなぁ。
俺は別に盗賊行為が好きだから盗賊をやっているわけではないが、彼らは馬が好きだから馬の世話をしているのかもしれない。
「……普通に考えれば、そうか」
いまいち、こう、仕事ってどうやって選ぶのかが分からないので、俺は頭をひねる。
これは孤児としての問題か、俺の考え方が狂っているのか。
「まぁ、それはともかく」
俺は宿の前まで戻ると少女と合流した。
ちゃんと逃げずに待っていたか。もしも居なくなっていてくれれば、まだ心のどこかで安堵できたかもしれないが……
こうなってしまっては、最大限――では、言葉が悪いな。
精一杯利用することにしよう。
うむ。
「待たせた。ひとまず自己紹介しておく。俺の名前はエラント。旅人だと思ってくれればいい。君は?」
「ボクはルーシャです」
「家族は?」
「います。いますけど……その、貧乏で……」
猫耳少女はポツポツと語りだす。
ルーシャ曰く。
母も父も働いているが、大した稼ぎじゃないそうだ。朝から夜まで仕事で出かけていて、顔を合わせるヒマがあまり無いらしい。
母も父も、どんな仕事をしているのか知らない。
と、ルーシャは語ったが……
その時点で、なにか怪しいものを感じた。
「ひとつ聞くルーシャ。正直に答えてくれ」
「は、はい」
「君の親は、どんな服を着ている?」
「服ですか? え~っと、普通の、あぁいう服ですけど?」
ルーシャは街行く人々の服を示した。
さすがに指を差すなんていう愚行は犯さない。そのあたりの常識は身につけているようだが……
少女が指差したのは、普通の服だ。
嫌な予感が的中した気分だった。
ルーシャが、ボクと同じような感じ、みたいなことを言ってくれれば良かったんだが。
現実は、どうやら少女に味方していないらしい。
ネグレクト。
育児放棄、という言葉を聞いたことがある。
それは、下手をすれば孤児よりも酷い運命をたどる可能性があった。
要は捨てられていないだけ。
あとは、なにもかもが与えられない。
家族に無視をされている状態だ。
「貧乏か」
「はい。ボクが食べるものまで、なかなか無くて」
そっか、と俺はルーシャの頭を撫でる。猫の耳がピコピコと指に当たった。
手遅れだ。
ルーシャの事情を、知ってしまった。
もちろん確証はない。
でも、俺の直感が告げている。
ルーシャは育児放棄されている、と。
知ってしまった。
知ってしまった限り、見捨てるという選択肢が消えた。
ならば、助けるしかない。
助けたいと思う。
そう思うのは、俺がロリコンだから、だろうか。
違うと思いたい。
勇者と共に冒険をして、理不尽で理由もないような状況で追い出されたから。
仲間から追放される、という誰にも吐露できないような目にあったから。
だから。
だからこそ。
俺は、人にやさしくしたいと。
できれば、そういう人間になりたいと思う。
そう願う。
そう祈る。
「――」
勇気ある者よ。
優しき者よ。
あの時、光の精霊女王ラビアンさまが言った言葉。
勇者の優しさの一握りでもいいから――
――俺に。
「ど、どうしたんですかエラントさま?」
「俺のことはお兄ちゃんと呼んでくれ」
「え?」
「いや、間違えた。エラントさま、なんていう偉そうな人間じゃない。貴族じゃないしな。だから気軽に呼んでくれたらいいよ。サマはやめてくれ」
「わかりました、お兄ちゃん」
「――……」
「や、やっぱりダメでした?」
「いや大丈夫だ。それでいこう」
正直――
グッときた!
ごめん、パル。
俺、ちょっと浮気しちゃいます!
おまえより先に、救わないといけない少女を助けてしまうことを。
どうか許して欲しい。