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~騎士! 夜のマッサージは恋のかおり~

 オレ達は今日――

 初めて魔物との戦闘を経験し、初めて勝利した。

 目を閉じればすぐにでも思い出せるフッドの灰色の顔。

 フッドの操る剣と槍。

 飛んでくる矢。

 それらは、色濃くオレの心の中に残っていた。


「ふぅ……」


 冒険者ギルドに帰り、報告が終わった後。オレは自分のお金でからあげやチーズを店で買ってきて、仲間たちと一緒に豪勢な夕飯を食べた。

 まったくもって大赤字もいいところだ。

 でも――

 ガイスもチューズも、サチでさえも喜んでくれた。

 もちろんパルヴァスも。

 ポケットマネーを奮発した甲斐があったというものだ。


「だけどまぁ」


 オレは……ようやく冒険者の本分というモノを経験した。

 これぐらい派手に祝ってもいいじゃないか。

 と、オレは思う。

 大赤字になったといっても、お金にはかなり余裕はあるので、それほど無茶な使い方をしなければ問題はない。

 今日のところは大赤字だが、トータルでみれば大黒字になっている。

 大黒字、なんて言葉はあまり聞いたことがないが。


「基本的には、存在しない言葉なのかもな」


 と、オレは夜風に当たりながらつぶやいた。

 まだまだ夜は始まったばかり、という時間帯だが……冒険者の宿では、そこまで騒がしい連中はいない。

 ルーキーばかりの空間では、冒険自慢もケンカもいざこざも起きにくい。

 食堂で酒を飲む余裕もないので、酔っ払う者もいないし、自然と夜は静かになる。

 なにより、みんなクタクタに疲れているから。

 例外は、オレ達みたいな『初陣』を経験した者だけだ。興奮冷めやらぬ表情で仲間たちと語り合っていたのを、うらやましくも鬱陶しくも思って見ていたのだが……


「ふふ」


 いざ、自分の番になってしまうと、ギルドに戻ってもはしゃぐ自分の姿があった。

 よくある風景なのだろう。

 受付のお姉さんも笑って聞いててくれた。

 そんな受付のお姉さんも自宅に帰るので、夜のギルドは静まっている。

 遅めの風呂に入ったオレは、アップルジュースを飲みながら髪を乾かすついでに夜風に当たってほてりを冷ましていた。

 盾を持っていた手はしびれているように疲労している。

 風呂の中で、よく揉み込んでいたら遅くなってしまった。

 お風呂前にある窓を開けて涼んでいたのだが、景色がつまらないし、むさくるしい男部屋に戻る気にもなれない。

 そう思って場所を変えた。

 聞くところによると、女子部屋は比較的余裕があるそうだ。

 うらやましい。

 オレも、そっちに行って……


「いやいや」


 まだまだ早い。

 あせってはいけない。

 冒険と同じだ。

 じっくりといこうではないか。

 オレは頭を横に振りながらギルドの受付へと移動した。比較的広い空間であるし、表は大通りに面している。つまらない景色ではないだろう、とそちらへ移動した。


「ん?」


 適当に時間を潰すつもりで来た場所だが……

 先客がいた。


「――パルヴァス」

「んあ?」


 ちっちゃな身体に綺麗な金髪をポニーテールにしている後ろ姿があった。

 そんな可憐な姿は、オレの仲間以外に有り得ない。

 と、思って声をかけた。

 問題なく彼女はパルヴァスで、ちょっとマヌケな声を出して振り返った。


「なんだ、イークエスか」

「オレで悪かったな。師匠が良かったかい?」

「うん」


 間髪入れず、うなづかれてしまった……


「はぁ……それは悪かった。でも、パルヴァスにとっては、そんなに大事な人なのか」


 今日の戦闘で、彼女の腕前はなかなかなモノだとオレは思った。なにより、オレたちは戦闘経験がなかったのに対して、パルヴァスは何度か戦ったことがあるという。

 コボルトとギルマン。

 どっちも弱い魔物だし、大したことないって言ってた。

 でも、それでも、経験はパルヴァスの方が上だ。

 だからこそ落ち着いていたし、ガイスも助けられた。

 オレは、浮足立っていたと思う。

 防御に専念していれば良かったはずだ。

 無思考に攻撃に参加しようとしたので、ガイスが危険になってしまったと思う。

 騎士の本分は防御に有り、だ。

 そうすれば、ガイスに危険が及ぶこともパルヴァスが無茶をすることもなかった。

 反省するべきはオレだけ。

 失敗したのはオレだけ。

 パルヴァスは、褒めてくれたけど……やっぱり、オレは失敗していたんだと思う。

 そういう意味では、もしかしたらパルヴァスはフォローしてくれたのかもしれない。


「師匠はあたしの恩人だよ。師匠がいなかったら、あたしは冒険者になってないもん」

「そうか」


 オレはパルヴァスの隣に座る。

 ……ちょっと図々しいかな。

 でも、これぐらいやらなきゃパルヴァスの心は掴めない!

 と、思う。


「あ~、その、なんだ。師匠がいなくなっても、お、オレがちゃんと守ってやるよ」

「――ん。ありがとう、イークエス」


 がんばった、オレ!

 よく言った、オレ!

 ぜったいこんなセリフ、小説じゃないと言えないよなぁ、ってバカにしててごめんなさい、作者さま!

 歯が浮くようなセリフは、現実でも言えました!

 パルヴァスも笑ってくれたし、これはマンザラではないんじゃないか!?

 やったぜ!


「そうだ。マッサージ」


 と、パルヴァスはオレの後ろへとまわった。

 ひょい、と素早く動くものだから、あっという間に後ろを取られてしまう。

 ……さすが盗賊。すごい。


「約束だから、してあげる」

「い、いいのか?」

「いいのいいの。でも、あたし力とかぜんぜん弱いよ?」

「パルヴァスがしてくれるだけで、嬉しいよ」

「えへへ」


 と彼女は笑って、オレの肩をもんでくれた。

 風呂の中で自分で揉んでたけど……やっぱり他人にやってもらうのが一番効く気がするな。

 いや。

 好きな人に揉んでもらってるから……かな?


「気持ちいい。うまいな、パルヴァス」

「ホント? にひひ」


 彼女が耳元で笑った。

 その息が首筋に当たって、ぞくりと背中が震える。

 パルヴァスは、美人で可愛い。そういった、なんというか、絶妙なバランスの上に立っているような気がする。

 フとした瞬間に見せる美しさや儚さを感じるのは、やっぱり孤児だから、だろうか。

 冷たさのようなものさえ感じる。

 それは盗賊という職業だからなのか、それとも彼女の気質によるものなのか。

 分からない。

 でも、笑ったときは温かい。

 それこそ、可愛らしい、と思う。

 だから、オレはパルヴァスが欲しいと思った。

 モノにしたい、と心底思う。

 こんな気持ちは初めてだった。


「はい、寝ころんで」

「うん? こうか」


 パルヴァスにうながされ、長椅子にうつ伏せになる。

 そんなオレの腰の上にストンとパルヴァスはまたがるように座った。


「背中も揉んでいくねぇ~」

「お、おう……」


 いや、あ、あの、パルヴァスさん。

 ちょちょちょ、ちょっと、その位置がですね……小さなお尻が気持ちい――じゃなくて、細かく揺れる振動が硬い長椅子との間に挟まれた我が子孫繁栄のシンボルががががががが。


「気持ちいい?」

「――はい」


 と、答えるしかなかった。

 あぁ。

 好き。

 ほんと、好きになっちまいますよパルヴァス。

 でも。

 いま、手を出したら台無しになっちゃうので我慢する。

 まだダメだ。

 まだ早い。

 もっともっと、仲を深めてからだ。

 誰にも邪魔させない。

 師匠ってヤツにも、邪魔なんかさせるものか。

 ぜったいにオレは――


「ん、ん、はい、ん、よ、ほ、ほ、は。んふふ~、気持ちいいでしょ」

「はい」

「ん~? さっきから返事に元気がないよぉ。痛かった?」

「だ、大丈夫だから。気持ちいいので、続けてください」


 腰が少しだけ浮いてしまってるのには、気づかないで欲しい……


「はーい。続けるね~」


 かわいいのに、とても素直だし。

 頼めば、やらせて……いやいや、だからまだ早いって。

 もっともっと我慢して。

 最高のタイミングで告白しよう。

 きっと。

 きっとパルヴァスをモノにしてみせる!

 と、オレは腰をグリグリされて、妙な声が出てしまわないように歯を食いしばりながら、そう誓うのだった。

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